娘は衣装を調達したい
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──娘は衣装を調達したい
いよいよ文化祭の準備が本格化した。
クラリッサたちのクラスでもクラスメイトたちの採寸が行われ、衣装づくりに向けての活動が本格化した。
その他にも食品担当の生徒たちは作るお菓子の内容について話し合い、材料の買い出しに向かう。店舗担当の生徒たちはどうすればお洒落な外装の店舗ができるかを話し合っている。生徒たちは誰も彼も一生懸命だ。
さて、クラリッサたちはこれから採寸したデータを基に衣装を作ってもらうため、服屋を訪れることになった。だが、何事もすんなりいかないのがこの世の中なのだ。
「私が推薦する店に行くべき」
「いいや。店舗選びは私に任せてもらおう」
クラリッサが告げるのにジョン王太子がそう告げて返す。
早速このふたりは店舗選びでもめていたのだ。
「私の方はもう紹介状も準備してある。これからクラス15名分という量の衣装を頼むのならば紹介状がある方がいい。他のお店では断られる可能性もある」
「むう。それはそうだが、私が誰か忘れていないかね」
「……誰?」
「王太子だよ!」
クラリッサが理解できないという顔をするのにジョン王太子が突っ込んだ。
「民に負担をかける気はないが、私の名前を出せばある程度は快く承知してくれるはずだ。店の看板にも王室ご用達の名前が付けられるのだからね。どうだね、クラリッサ嬢。私の意見に反対できるかね?」
「親の権力を乱用する王族のいる国に私は住んでいるのか」
「悪かったな!」
クラリッサが落胆した様子で告げるのに、ジョン王太子が叫ぶ。
「はいはーい。ジョン王太子が選ぶと王太子割引とかつくの?」
「む。そ、そういうものはないのではないかな。王族が民に施しを受けるわけにはいかない。適正価格を支払うべきだろう」
「けど、あたしたちの使える予算って決まってるよ?」
ウィレミナはそう告げて使用できる予算の記された紙を差し出す。
15名分の衣装を作るにはギリギリの額だ。
「分かった! 私が自腹を切ろう! それで解決だ!」
「それはダメって先生に言われていたじゃないですかあ」
ジョン王太子が奥の手を告げるのにヘザーが突っ込んだ。
各クラスの予算は決まっており、公平な競争のために生徒が自腹を切って商品などを準備することは禁止されている。生徒たちが自腹を切り始めると、際限なく金が文化祭に流れ込み、収拾がつかなくなるのだ。
「私の店は割引できるよ。うちのファミリーのシマだから」
「だってさ。どうする、殿下?」
クラリッサがここぞとばかりに告げるのにウィレミナがそう尋ねた。
「だが、フィオナ嬢の纏う衣装を選ぶのだぞ? 私は彼女には素敵なメイド服を着てもらいたいと思っているのだ。だから、王国一の仕立て屋で」
「そんな予算ないですよう」
ジョン王太子が苦しい表情で告げるのにヘザーは無慈悲に突っ込んだ。
「では、予算の都合上、クラリッサちゃんのお店へ」
「安心して。フィオナたちにいいものを着てもらいたいのは私も同じだから」
ウィレミナがそう告げ、クラリッサがそうフォローする。
「分かった。そうしよう……」
というわけで、お店選びは決着がついた。
後はどのような執事服、メイド服を選ぶかである。
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「いらっしゃいませ、リベラトーレの御令嬢方」
リーチオが紹介状を書いた店はかなりの高級店であった。
「おい。散々、私の予算不足を指摘したが、大丈夫なのかね?」
「大丈夫。はい、これ、パパからの紹介状」
ジョン王太子がひそひそとクラリッサに話しかけるのにクラリッサはリーチオが準備してくれた紹介状を手渡した。
「確かに承りました。リーチオ様にはよろしくとお伝えください」
「うん。分かった」
服屋の店主が恭しく頭を下げるのに、クラリッサがそう告げて返した。
「これで値段が下がるのかね?」
「下がるんですよ、殿下。クラリッサちゃんのシマなら値引きが効くんです」
「思ったのだが、クラリッサ嬢の実家は金融業で間違いなかったね? 私が思うにどうにも反社会的勢力とのつながりがありそうに聞こえるのだが」
「気のせいです、気のせい」
ジョン王太子はまだクラリッサの実家がマフィアだとは気づいてないぞ。
「さて、どんな感じのメイド服にしようか?」
「優雅で、美しさに満ち溢れたものがいいね。フィオナ嬢を始めとする我らが王立ティアマト学園の生徒たちが纏うのだから、立派なものでなくては」
「じゃあ、具体的には?」
「……任せていいかな?」
ジョン王太子はメイド服にそこまで詳しくないぞ。
「それじゃあ、ジョン王太子は執事服の方を選んでくださいな。アルビオン王国の誇る王室のセンス、期待してますよ?」
「任せたまえよ」
ジョン王太子は張り切っている。
「執事服に華を求めたらダメだよ。あくまで執事は主人に仕える人だからね。でも、布地なんかはけちけちしないでね。執事の装いも主人の品格を示すものだから。それから品格を出すために見えないところにも気を使うんだよ。分かった?」
「……やたらと詳しいのだね、クラリッサ嬢」
「まーね。それから私も執事服で参加するつもりだからよろしく」
「え?」
クラリッサが告げるのにジョン王太子は目を丸くした。
「いや。待ちたまえよ。君は女子だろう? 女子はメイド服なのではないのか?」
「そういう固定観念に囚われちゃいけないんだよ。自由な発想こそが、生徒たちを成長させて、柔軟な発想のできる大人にするんだよ」
「そうか。なるほど。……って、騙されないぞ! 君は大人しくメイド服を着たまえ! どうせ執事服でフィオナ嬢とペアになろうという気だろう!」
「違うよ。いざという時に動ける恰好がいいんだ。お店にやってくるチンピラどもをなぎ倒すならメイド服より執事服でしょう?」
「……文化祭にチンピラは招かれないよ」
王立ティアマト学園の文化祭の招待状がチンピラの手に渡ることはないぞ。
「とにかく、君は大人しくメイド服にしたまえ。君がアクティブになると余計なことが起きかねない。何かあったら私が対処する」
「君がフィオナとデートしている間は?」
「……それでも他の男子がいる」
フィオナとのデートは否定しないジョン王太子であった。
「仕方ない。動けるメイド服を作ろう」
「クラリッサちゃん。ここは可愛さ重視でいこうぜ」
クラリッサが渋々とメイド服選びに参加するのにウィレミナがそう告げる。
「スカート丈は短ければ短いほどいいい。蹴りが出しやすい」
「賛成ですよう! 男性のお客さんからチラチラと覗くパンツを見られて、劣情に満ちた視線を浴びせられるんですよう。恥ずかしくて、隠そうとすると粗相をして、そこでご主人様からお仕置きを受けるんですう」
「やっぱりスカートは長い方がいいね」
「そんなあ!」
隣の変態と同類にされたくないクラリッサである。
「メイドさんそのままの格好だと面白くないし、リボンとかフリルとかで飾りたいよね。エプロンドレスってことで色も黒にこだわらずに水色とかでもいいかも」
「張り切ってるね、ウィレミナ」
「いつもドレス作る機会なんてないからさ。お洒落の機会には張り切っちゃうぜ」
ウィレミナの家は貧乏なので、末っ子に近いウィレミナがドレスを作る機会はないのだ。ほぼ全て姉たちのお下がりをサイズ調整して着ているのが現状である。
しかし、そんな彼女にもドレスを作る機会がやってきた。
ドレスといってもメイド服だが、それでも洋服を作るのには変わりない。ここは張り切って、一番いいドレスを作成したいところである。
「じゃあ、こんなのどう? コルセットがあって、胸ところを強調するドレス。フリルもたくさんで、可愛くない?」
「あたしたち強調するほど胸ある?」
「非情な現実が突き付けられた」
ウィレミナの言葉に愕然とするクラリッサ。
そうなのである。同じ初等部6年生でも発育のいい子供はいるのだが、クラリッサたちはまだまだなのである。いくら胸を強調するデザインの衣装を着たところでないものはないのである。現実は非情だ。
「このリボンが可愛い奴はなかなかよさそうだと思わない?」
「ううむ。悪くないね。袖口に暗器が仕込めそうだし、ポケットもある。それからスカート丈もそれなりなのでガーターに武器が仕込める」
「うちの出し物は執事・メイド喫茶であって、暗殺者喫茶じゃないぞー」
クラリッサの目論見は却下された。
「色も黒ひとつだと面白くないから赤とか青とか入れようか?」
「それだと統一感に欠けない? メイドさんらしくない気がする」
「さっき暗器仕込もうとしていた人に正論を言われた」
クラリッサはいつもおかしなことばかり言っているが、まともなこともいうぞ。
「うーん。じゃあ、黒で統一? せめてリボンや靴下ぐらいでは違いを付けない?」
「いいんじゃないかな。執事・メイド喫茶といっても、実際にメイドをやるわけじゃないし。リボンとかなら他の人と交換して好きな色を選べるしね」
「いえいっ! なら、リボンの色はいろいろと選ぼう」
メイド服そのものは採寸してあるので交換しにくいがリボンなどの小物は交換できる。自分の好きな色が選べるわけなのだから、これは嬉しい配慮だろう。
「リボンというのもありきたりですから、ここは首輪にしてはあ? お客様もご主人様感が出ていいと思いますよお」
「……君ひとりだけならそれでもいいよ」
もはやクラリッサもウィレミナもヘザーにかける言葉はないぞ。
「デザインは基本的にこれでいいけど、ジョン王太子の執事服とも合わせたいね。ジョン王太子がどんなものを選んでいるのか見させてもらおうぜ」
「おー」
クラリッサたちはわくわくしながらジョン王太子の方に向かう。
「ジョン王太子。どんなの選ばれました?」
「ふむ。こういうのがいいのではないかと思っている」
ジョン王太子が指さすのは真っ白な生地のジャケットに赤いネクタイ、そして黒いシャツという組み合わせのゴージャスな執事服……? であった。
「これはない」
「これはないです」
クラリッサとウィレミナのふたりがふるふると首を横に振った。
「し、しかし、格好いいいだろう!? 誰もが憧れるようなものだぞ!」
「いや。執事服を選ぶんだよ、君? こんな奇天烈な執事服の執事、見たことある?」
「……近衛の儀仗兵などは」
「それは執事じゃないよね?」
視線を逸らすジョン王太子にクラリッサがそう告げる。
「だって、黒一色では地味ではないか! もっと華やかな方が客も来るだろう?」
「ジョン王太子ー。うちのコンセプトは執事・メイド喫茶ですぜ。それをお忘れなく」
完全に初期のコンセプトを見失っているジョン王太子である。
「だから、執事服に華はなくていいんだって。隠れた優雅さがあればそれでいいの。生地の質がよくて、デザイン性は無難なの。ただし、細部にはこだわって」
「むう。というが、どのようなものがいいというのかね?」
「これなんていいんじゃないかな。布地をカシミヤにすれば十分通じると思うよ」
「……地味ではないか?」
クラリッサが選んだのはファビオが着ているようなタイトな感じの執事服だった。
「流石はリベラトーレの御令嬢。お目が高い。それは最近、ブルジョア層の間で流行している執事服です。貴族の方々も評判を聞いて時折買いに来られますよ。執事らしく控えめなデザインながら、細部の出来にはこだわった一品であると自負しております」
「ほらね?」
店主がおすすめするのに、クラリッサがどやっとする。
「しかし、私の方もそれなりに人気なのでは?」
「そちらの方は……。その……。歓楽街でホストをやっている方などには人気なのですが、執事服としてはあまり……。いかんせん、目立ってしまいますので」
その言葉はジョン王太子にとってショックであった。
「しかし、これって確かにカッコいいといえばカッコいいんだよね。ジョン王太子がこれを選びたくなったのも分かる気がする」
「これを着たドエスの執事さんにビシビシ鞭で叩かれたいですよう」
ウィレミナとヘザーはジョン王太子に一応の理解を示す。
「そうだ。いっそ、ジョン王太子だけこの執事服にするとか?」
「それは何かの罰ゲームかな?」
ウィレミナがナイスアイディアという感じに告げるのにジョン王太子が突っ込んだ。
周りは普通の執事服なのに自分だけこのホストに人気なスーツを纏っていたら悪目立ちすること間違いなしである。とてもではないが、ジョン王太子もお断りだ。
「いいんじゃないかな。君、王太子だし」
「王太子は目立てばいいってものじゃないんだよ!?」
謎理論を展開するクラリッサであった。
「まあ、執事服の方も決まった感じだし、メイド服の方もデザインを合わせていこうか。私的にはエプロンも決め手となると見たね」
「メイド服選びのプロ」
「褒めすぎ」
そんなこんなでクラリッサたちは執事服とメイド服を選んで発注した。
お値段は予算を大きく下回った。流石はクラリッサの顔が効く店なだけはある。
もっとも、この不自然すぎる値下げにジョン王太子は首を傾げていたが。
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