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娘は文化祭の準備をしたい

……………………


 ──娘は文化祭の準備をしたい



 衛生の講座は特に問題もなく終わった。


 クラリッサたちの6年A組も食品販売が許可された。


 その代わり販売できるのは火を通した商品のみ。


 クッキーなどの焼き菓子。紅茶やコーヒーという飲み物。そういうものに限定されている。生クリームや果実ジュースなどはまだまだ使うことができない。


 それでもやれることはいろいろとあるものだ。


「それでは価格設定を行いたいと思います」


「はい」


「では、クラリッサさん」


 文化祭の準備が進む2月。残り2か月でクラリッサたちも中等部に進級だ。


「ライバルとなる他のクラスの価格を見てきたけれど、コーヒー一杯が300ドゥカートほどで、クッキーなどの焼き菓子が500ドゥカート程度だった。私たちは他のライバル店よりも価格を低めに設定して、お客を呼び込みたいと思う」


「なるほど。いいアイディアですわ」


 クラリッサが珍しくまともな意見を述べるのにフィオナが感心した。


「で、商品価格とは別にサービス料を取ろう。うら若き男女が甲斐甲斐しくサービスするわけだから、サービス料を取らないのはどうかしている。サービス料は座席ごとに5000ドゥカートぐらい徴収するのがいいと思う」


「クラリッサちゃん。高級店や怪しいお店じゃないんだから」


 クラリッサの金への欲望は大きい。大きすぎる。


「あたしはうちは他のクラスより値上げすることを提案するね」


「ウィレミナさん。それは何故?」


 ウィレミナが告げるのにフィオナが首を傾げる。


「こういうお店の出来栄えって1日2日限りのものだから、口コミで評判が広がるには遅いし、お客は何を考えてお店を選ぶのか判断しないと。ここは貴族の学校だから、高級品というものはいいものだという価値観を持った人が多い。そこを利用するんだ。他所より高いなら、きっとこのお店の品はいいものだろうという考えをしてくれるわけです」


「なるほど。それは考えつかなかった」


 ウィレミナが告げるのにクラリッサがとても感心する。


「ウィレミナ。卒業したらうちのファミリーに入らない? 表の仕事を任せるよ。君ならいい仕事をしてくれそうだ」


「ク、クラリッサちゃんのところはちょっとなー……」


 そして、有能な人材の引き抜きにかかる抜け目ないクラリッサである。


「では、価格設定はウィレミナさんに任せましょう。あくまで文化祭の出し物ですので、そこまで収益は気にしなくとも結構ですわ。ただ、お店が盛り上がりさえすればいいんですの。そうすれば皆さんのやる気も上がりますからね」


「給料も上がるから嬉しいね」


「クラリッサさん。文化祭の出し物で給料は出ませんわ……」


「そんな」


 またしても戦慄するクラリッサであった。


「学園は生徒を無賃金で働かせすぎでは? ストライキを提案する」


「クラリッサちゃん。どこの学園でも生徒にお給料はでないよ」


 そしてストを起こそうとするクラリッサをサンドラが宥めた。


「後は準備ですが、役割分担をしようと思いますの」


 フィオナはそう告げて黒板に向かう。


 フィオナは食品担当、衣装担当、店舗担当と3つの文字を記した。


「食品担当の方はクッキーなどの焼き菓子の作成やコーヒー、紅茶などの仕入れを担当していただきます。一番忙しくなると思いますので、人数は一番多く割り振りますわ」


 喫茶店にはお茶と菓子がなければならない。それを準備するのが食品担当だ。


 王立ティアマト学園の文化祭の来場者数は2000名以上にも及ぶといわれる。それだけのお客が全員この6年A組の執事・メイド喫茶に来るとは限らないが、このクラスの保護者だけでも30名はやってくる。それだけの人数を賄えるだけの菓子を準備するのは一苦労だ。これは担当人数が増えるのも納得である。


「次に衣装担当です。衣装担当の方はクラスの皆さんの採寸を図って、お店に行ってデザインを選んで、作成を依頼してください。お店の選定やデザインなどは担当の方にお任せしますわ。今回の目玉ですので、しっかりと選んでくださいまし」


 今回の6年A組の催し物は執事・メイド喫茶である。


 生徒たちが執事服、メイド服に扮してお客をもてなすのが今回の目玉である。そうであるがためにその執事服とメイド服の調達はかなり重要な仕事であった。


 とはいっても、執事服とメイド服を縫って作るわけではない。初等部3年から家庭科の授業が始まっているが、簡単な料理作りと簡単な裁縫について教わっているのみだ。執事服やメイド服のような込み入ったものを作るのは不可能である。


 なので、衣装担当はクラスメイトの採寸を行い、それを服屋に持っていき、デザインのいい執事服とメイド服を選び、作成を依頼するのが仕事である。


 一見すると簡単な仕事のようだが、感性が問われる仕事だ。油断はできない。


「最後に店舗担当。この方々は店舗のレイアウトを考えて、実際にそのレイアウト通りに飾り付けるのが仕事となりますわ。実際に店舗の飾り付けができるようになるのは文化祭の1週間前からになりますので、それまでは他の方々を手伝ってくださいまし」


 店舗担当は店舗のレイアウトを考えることと、実際に店舗を飾り付けるのが仕事だ。彼らのメインの仕事が始まるのは遅いので、それまでは他を手伝うことになる。


「それではそれぞれやりたい役割に手を上げてくださいまし」


 フィオナはそう告げて教室を見渡す。


「クラリッサちゃん。何にする?」


「正直なところ、私にクッキーを焼いたりするのは荷が重い。この間の家庭科の授業中は危うく家庭科室を料理するところだったからね。我ながら凄いよ」


「うん。自慢げに言うことじゃないよね」


 自慢そうにクラリッサが告げるのに、サンドラが突っ込んだ。


 クラリッサの料理音痴というか手の不器用さは折り紙付きで、この間の調理実習の時も家庭科室をバーニングするところであった。幸いにして火は消し止められたものの、家庭科の授業は大失敗に終わってしまった。


「だから、衣装担当にしようと思う。衣装担当なら私のデザインのセンスが活かされるからね。サンドラはどうする?」


「私は食品担当にしようかな。クッキーを焼いたりするの得意なんだ」


「ああ。そういえばそんなことを言っていたね。期待してるよ」


「クラリッサちゃんが食べるんじゃないよ?」


 クラリッサは食事を提供する側だぞ。


「ウィレミナはどうする?」


「あたし? あたしも衣装担当にしようかな。あたしも料理苦手だし」


「同志」


「あたしは家庭科室を炎に包みそうはなっていないからな?」


 クラリッサが仲間を見る目で見るのに、ウィレミナが神妙な顔でそう告げた。


「それでは食品担当──」


 フィオナが役割を読み上げ始め、手が上がる。


 この6年A組は料理に自信がある生徒が多いのか、食品担当にはそれなりの人間が集まった。クラスメイト15名中6名が食品担当に応募だ。


「それでは次は衣装担当──」


 そこでクラリッサたちが手を上げる。


 だが。


「なんで君も来るの」


「私に言わせれば何故君が来るのかだ」


 クラリッサとジョン王太子が同時に手を上げたのである。


「私にはセンスがあるからね。君にはないでしょ」


「このう……。私にだって王室のセンスがある!」


 クラリッサとジョン王太子がにらみ合う。


「まあ、いいや。文化祭の間は休戦だよ。何としても儲けないといけないからね」


「む。割と大人な対応だな、クラリッサ嬢。だが、それでいいだろう。休戦だ」


 このふたり、クラス対抗の行事の時は概ね休戦している。


「では、衣装担当はクラリッサさん、殿下、ウィレミナさん、ヘザーさんですわね」


 なんとも怪しい面子になった。


「それでは残りの方は店舗担当ということで。よろしいですか?」


 フィオナが確認するのにクラスメイトたちが頷く。


「それでは明日から早速準備を始めてくださいまし」


 というわけで、文化祭の準備の役割分担が決まった。


 一見すると問題のないようなアイディアに見えるがさてさてどうなることだろうか?


……………………


……………………


 その日の放課後。


 クラリッサの所属するアーチェリー部では実演を見せることが決まった。それもただの的ではなく、リンゴやカボチャといった的を射抜くのである。


 それはそうと明日からは執事服、メイド服を選ぶ作業が始まる。


 クラリッサはセンスがあると自分で言ったものの、実際のところどのようなものがいいのかはよく分かっていなかった、メイド服は可愛いのを選べばいいだろうが、執事服はどのようなものを選ぶのがいいだろうか?


「ファビオ」


「はい、お嬢様。いかがされましたか?」


「その服、脱いで」


クラリッサがそう告げるのにファビオは意味が分からず固まった。


「ファビオ。その服を脱いで?」


「あの、お嬢様? ここでですか?」


「うん。ここで」


 場所は学園の正門付近。ファビオのように主人の帰りを待つ使用人たちが馬車で列を作っている。そして、クラリッサはそんな衆人環視の下でファビオに服を脱げという。


「ファビオ。早く」


「お嬢様。お屋敷に帰られてからにしましょう。そうしましょう」


「なるはやがいいんだよ」


「それでも落ち着かれてください」


 急ぐクラリッサを宥めて、ファビオは馬車にクラリッサを乗せようとする。


「帰ったら絶対だよ?」


「わ、分かっております、お嬢様」


 クラリッサが念を押すのにファビオはどうしてこんなことになったのだろうと思いながら、馬車でクラリッサを屋敷まで送り届けた。


「ただいま、パパ」


「お帰り。そろそろ文化祭だな。何をするのか決まったのか?」


「決まったよ。それじゃあ、ファビオ、服を脱いで」


「……!?」


 リーチオは娘の口からとんでもない言葉が飛び出していることに気づいた。


「ここでですか、お嬢様。せめて部屋に行ってからの方が……」


「いいから、いいから。早く始めよう」


 書斎からクラリッサたちの姿は見えないが、声は玄関の方からする。


「おい! ファビオ、クラリッサ! お前たちは何を──」


 リーチオは書斎から飛び出して、玄関に向かった。


 そこでは──。


「あ。パパ。どうかした?」


「ボ、ボス。これには理由が……」


 そこには上着を脱がされて、その上着をまじまじとクラリッサに観察されているファビオの姿があった。


「……何がどうしてこうなってるんだ?」


「はい。文化祭でお嬢様のクラスでは執事・メイド喫茶をされるそうでして。お嬢様はその中で衣装担当となられたので、執事服のことを調べるために私の服を、と」


 リーチオが困惑した様子を見せるのにファビオがそう報告した。


「そういうことか」


「あ。武器が隠してある。このアイディアは導入しよう」


「やめなさい」


 ファビオは殺し屋なのでいざという場合に備えて武器が使えるようになっているぞ。


「執事服を選ぶのなら俺が手伝ってやる」


「おお。パパのセンスが光る?」


「センスが光るかどうかは分からんが、常識的なことなら教えられる」


 リーチオがそう告げるのにクラリッサはファビオに上着を返却した。


「まず、執事服に華やかさを求めるな。執事はあくまで主に尽くすのが仕事だ。主より目立った服装をしちゃならん。落ち着いた雰囲気にしておくべきだな」


「ふむふむ」


「それから目立たなければいいからと言って安物の布地や装飾を選ぶな。執事はステータスの一部だ。その装いには主人の財力が反映される。目立たないながらも、確かな高級品を執事には与えておかなければならない」


「ふむ? 目立たないけど高級品なの?」


「そうだ。布地の質や小物にこだわるんだ。見えないところまでしっかりしていると、その執事の評価と主人の評価は上がるぞ」


「なるほど。つまり、暗器にも高級品をってことだね?」


「全然違う」


 クラリッサはまるで理解していなかった。


「というか、クラスメイトと何名かで選ぶんだろう? 男の物の服は男子に選ばせとけばいいんじゃないか? お前はメイド服の方が好みだろう?」


「私、執事服着るよ?」


「え?」


 クラリッサが平然と言い放つのにリーチオが首を傾げた。


「男の子だから執事服。女の子だからメイド服っていうのは古い価値観だよ、パパ。これは文化祭なわけだし、自由にやらなくちゃ。男女の垣根を越えて、自由な発想で取り組んでこそ、子供は成長するわけなんだよ」


「……メイド服には暗器が仕込みにくいからって理由じゃないだろうな」


「……違うよ?」


「その間はなんだ、その間は」


 クラリッサがきょとんとした表情をわざとらしく浮かべるのにリーチオが突っ込んだ。そうである。クラリッサはメイド服よりも執事服の方が動きやすく、その上暗器も仕込みやすいことを知ってしまったのだ。


「大人しくメイド服にしなさい」


「酷い。パパは子供を成長させようとする意志がないの?」


「暗器を仕込んでも成長はしないぞ」


 クラリッサが告げるのに、リーチオがそう返した。


「……まあ、メイド服もいざとなればいろいろ仕込めるか」


「何か言ったか?」


「なーにも」


 クラリッサ的には袖口、ポケット、ガーターに暗器を仕込む予定になったぞ。


「服を仕立てる店は決まっているのか?」


「まだ。うちのシマでいいところある?」


「あるにはある。貴族様ご用達ってわけじゃないが、それなりに金持ちの利用する店だ。執事服やメイド服も作っているところだぞ」


「じゃあ、パパ。紹介状をお願い」


「分かった。準備しておいてやろう」


「ありがとう、パパ」


 クラリッサはそう告げてリーチオの腕にしがみつく。


「文化祭、絶対に来てね。おもてなしするから」


「ああ。必ず行く」


 頑張れ、クラリッサ。服の良し悪しの分かる人間になるんだ。


……………………

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