娘は使い魔を召喚したい
……………………
──娘は使い魔を召喚したい
月日の流れは早いものでいよいよクラリッサたちも中等部に進級する目前の初等部6年生の後期を迎えていた。これからは初等部最後の体育祭と文化祭、そしてちょっとしたイベントを目前に控えている。
そのイベントというのが──。
「では、皆さん。準備はいいですか?」
時間は魔術の授業。
戦闘科目、非戦闘科目合同で行われた合同授業においてそれは行われた。
魔術の担当教師も初等部4年から変わり、戦闘科目の担当教師も示現流のごとき魔術を教える教師からテクニカルな魔術の使い方を教える教師に変わった。もっともスパルタ度は大して変わっていないというのが実情だが。
そんな魔術の授業において何が行われるのかというと。
「安全のためにひとりずつ行っていきます。皆さんのお友達ができるといいですね」
「使い魔は君たちの頼もしい仲間になるだろう」
そう、使い魔召喚の授業である。
これは初等部6年における魔術の授業におけるテストに等しく、これをクリアすることができなければ中等部に進級はできない。だが、だからと言ってそこまで難易度の高いものでもない。まあ、中等部の授業に向けた軽い課題のようなものだ。
追記しておくとこれまで人間が召喚された例はなく、万が一人間が召喚されたとしても魔術教師の使える帰還魔術によってお帰り願うことになっている。王立ティアマト学園はきちんと人権にも配慮しているのだ。
「それでは最初にやりたい人は誰かなー?」
魔術教師が告げるのにはいはいと手が上がる。
「それではジョン王太子殿下からどうぞ」
ジョン王太子も初等部6年生になってかなり大人びてきた。身長もぐいっと伸びたし、体格も男の子らしくなってきた。それでもまだまだ成長はこれからだ。これからより逞しい体つきになっていくことだろう。
「出でよ! 我が神聖なる使い魔よ!」
ジョン王太子が詠唱すると──。
何も起きなかった。
「あのー。ジョン王太子? 勝手に呪文をアレンジしないくださいね? 正式なスペルじゃないと魔法陣は機能しないってことは教わりましたよね?」
「……すみません」
呪文を自分のスタイルに合わせてカスタムするのはまだまだ早い。
「我が呼び声に応え、来たれ。使い魔召喚!」
ジョン王太子がそう告げると、魔法陣から白煙が噴き出す。
「キーッ!」
魔法陣から現れたのはワタリガラスだった。
それは一声鳴くと、トトトとジョン王太子の方に向かっていた。
「ワタリガラスはロンディニウム塔のシンボル。王家に所縁のある動物ですな。流石はジョン王太子です。可愛がってあげてください」
「ああ。もちろんだとも」
それから使い魔の契約が行われる。
召喚された生き物は主の言葉を理解し、契約内容についての説明を受ける。大体は主の命に従ってこれから先生きていくように。その引き換えに主はその使い魔の命尽き果てるまで面倒をしっかりと見るという内容だ。
ペットを飼う時の心構えを儀式化した感じである。
「では、次はフィオナ嬢。挑戦してみてください」
「はい」
続いてフィオナが魔法陣の前に立つ。
フィオナも成長していた。身長は伸びたし、体つきもより女性らしくなっている。それでも身長はクラスの中では最後尾から数えた方が早い小柄な体型であるが。もっとカルシウムを取るべきだったのかもしれない。
「我が呼び声に応え、来たれ。使い魔召喚!」
フィオナがそう詠唱すると同じように白煙が噴き出す。
「にゃー」
今度現れたのは猫だった。恐らくはノルウェージャンフォレストキャットである。長毛種の大型の猫である。それはフィオナの足元まで行ってすりすりと頭を擦り付けると、つぶらな瞳でフィオナの顔を見上げた。
「ああ。なんて可愛らしいんですの。とっても可愛いですわ!」
「それではフィオナ嬢。使い魔契約の儀式を」
「はい!」
フィオナは猫の体を抱きかかえると、魔法陣から離れる。
ちなみに使い魔召喚された生き物が使い魔契約を終えると、寿命が元の5倍、10倍にまで伸びる。フィオナの猫は3歳ほどの猫だが、これから最大で100歳ほどまで生きるだろう。そして、主人が死ぬと使い魔の契約は解除され、また使い魔は自由になって、そのまま自然の生き物として生涯を閉じることになる。
ペットロスが怖い人でも割と安心だ。極端に寿命が短いセミとかを召喚しない限り。
ごくたまにだがいるのであるセミを召喚する生徒。
「夏はちゃんと毛を刈ってあげますよ。ご飯はお肉を上げますからね。それからそれから、専用のベッドも作って、一緒の部屋で寝ましょうね。お風呂にも入れてあげますわ。後はネズミの玩具を好きなだけ買ってあげますわよ」
「にゃーん」
フィオナがニコニコしながら告げるのを猫は満足そうに聞いていた。
「後は名前を付けませんとね。そうですわね。ネルソンと名付けますわ。勇猛で、おりこうさんな子に育つのですよ」
「にゃん?」
使い魔召喚された動物は人の言葉を理解するが、固有名詞は分からないところがあるぞ。ちゃんと説明してあげよう。
「では、次はウィレミナ嬢」
「よーし! あたしは犬派だから犬希望!」
そして、次はウィレミナが魔法陣に向かう。
魔術の授業でクラリッサとウィレミナが一緒になるのは初めてのことだ。彼女がどれだけ魔術に長けているかが試されるかもしれない。
そして、ウィレミナも成長していた。身長はかなり伸びた。体つきは中性的だが、健康的な体格だ。フィオナと違って身長は前から数えた方が早く、ジョン王太子よりも伸びているぞ。毎日の運動のおかげだろう。
「我が呼び声に応え、来たれ。使い魔召喚!」
そして、魔法陣から煙が噴き上げる。
召喚されたのはウィレミナの希望通り犬だった。ゴールデンレトリバーだ。赤毛の2歳ほどの犬が尻尾を振ってウィレミナに突撃してくる。
「よーしよし! 可愛い奴だ!」
「それでは使い魔契約を」
ウィレミナは尻尾を振って後をついてくる犬を連れて魔法陣から離れる。
「うちの家って猫派ばかりで兄貴たちも使い魔は猫だし、あたしはようやく犬を飼えるよ。貧乏だから食事はあんまり期待するなよ。それでもなるべくいいものを食べさせてやるからな。散歩も毎日してやるぞ。あたし、朝から走るから、ついてこいよ。いいな?」
「ワン!」
ウィレミナが犬を撫でながら告げるのに、犬が返事する。
「それから名前はブルーだ。あたしがアルファ──群れのリーダーだから、お前はブラボーのブルーな。色が青じゃないのにって文句言うなよ。ブルーだっていい名前だろ?」
「ワン!」
ブルーは嬉しそうにしている。
「それでは次は──」
生徒たちが次々に使い魔を召喚していく。
中にはカゲロウを召喚してしまった生徒というアクシデントもあったが、おおむね自分の人生に寄り添ってくれる使い魔を召喚できたぞ。カゲロウは流石にお帰り願った。5倍、10倍に寿命を延ばしても数日で死んでしまうのでは……。
「どうしよう。私の家、お母さんが猫とか犬の毛でくしゃみが止まらなくなるから、噛まなくて、毛がない生き物がいいんだけど」
クラリッサの横でサンドラがそう告げて唸る。
サンドラも成長していたが、身長はあまり伸びなかった。女子の平均身長より10センチほど低く、フィオナよりも身長は低い。ウィレミナとは既に頭ひとつ分の身長差を付けられている。だが、体つきはウィレミナより女性的だ。
「なら、鯨とか」
「どこで飼えばいいのかな、それ?」
「それならドラゴン?」
「それも住宅街にいたらパニックになる奴だよね?」
クラリッサは大型動物を推している。謎だ。
「では、次はサンドラ嬢」
「はい」
魔術教師が呼ぶのにサンドラが魔法陣の前に進む。
(毛がなくて、噛まなくて、そこそこの大きさな生き物来てね……!)
そう思いながらサンドラは呪文を詠唱する。
「我が呼び声に応え、来たれ。使い魔召喚!」
そして、魔法陣から白煙が噴き上げる。
「ブオ……ブオ……」
奇妙な鳴き声とともに現れたのは鯨でもドラゴンでもなく、ゾウガメだった。それも地球においてはかのチャールズ・ダーウィンに進化論のヒントを与えたガラパゴスゾウガメである。それなりの大きさで、ゆったりとした動きでゾウガメはサンドラの方に向かってくる。ゆったりといったが、かなり遅い。
「え? え? 何この大きな亀?」
「珍しい亀ですね。さあ、向こうで使い魔契約をしましょう」
「この亀と!?」
魔術教師が告げるのにサンドラが叫んだ。
「え、えっと。おいで、おいで。こっちだよって君は歩くのが遅いね……。私が抱えて移動させるしか……。この子、重い! 滅茶苦茶重い!」
ガラパゴスゾウガメは最大で250キロを上回るぞ。
「そうか……。これからは君のペースに合わせなきゃいけないんだね……」
「サンドラ、台車借りてきた」
「ありがとう、クラリッサちゃん!」
見るに見かねてクラリッサが用具室から台車を持ってきた。
「ええっと。餌は草食なんだよね? キャベツとかでもいいの? ふむふむ。それから甲羅干しの時間が欲しいと。日当たりのいい部屋を君の部屋にするね。それから君の名前はハリエット。よろしくね、ハリエット」
「ブオー……」
ちなみに主人も使い魔の言っていることが理解できるようになるぞ。流石にコミュニケーションの取れない生き物では不可能だが。
「次はクラリッサ嬢」
「よし来た」
クラリッサは残り物には福があるという言葉を信じて最後まで待っていたぞ。
クラリッサも大きく成長していた。身長こそウィレミナより数センチほど低いが、男子でも背が高い方のジョン王太子に並ぶ背の高さだ。体型はスレンダーなそれを維持しており、すらりとした美しい体型をしている。
「我が呼び声に応え、来たれ。使い魔召喚!」
クラリッサが叫ぶと何故か白煙ではなく、黒煙が噴き上げる。
そして、粘着質な音が響き、ずるずると何かが這う音が聞こえる。
「テケリリ、テケリリ!」
そして、現れたのは名状しがたい生き物? であった。
謎の触手が不定形に伸び、眼球のような器官がぎょろぎょろと周囲を見渡している。そんなSAN値直葬の生き物が、クラリッサの方を目指してそれなりの速度で這い進んでくる。生徒たちは思わず悲鳴を上げた。
「おお。凄いの来た」
「やばいのだよ!」
クラリッサがガッツポーズを取るのにウィレミナが突っ込んだ。
「お、送り返しますか、クラリッサ嬢?」
「いや。この子と契約することにする。役に立ってくれそうだ」
魔術教師も見たことのない得体のしれない生き物を前にクラリッサはそう告げた。
「おいで、こっちだよ」
「テケリリ」
でも、クラリッサの命令には素直に従うぞ。
「君は何を食べるのかな?」
「テケリリ」
クラリッサが尋ねるのに名状しがた生き物の視線がジョン王太子のワタリガラスに向けられて、触手がそちらの方に伸びる。
「あのカラスが食べたいの?」
「おおい、クラリッサ嬢! 人の使い魔を食べる相談をしないでくれないか!? 私のモントゴメリーが怖がっているだろう!」
名状しがたい生き物は肉食のようだ。
「仕方ない。肉は他に用意してあげるからそれで我慢するんだ。何々? 生きている肉がいいのか。人間でもいいと。骨まで溶かしてきれいさっぱり平らげるんだね。君は私のファミリーで役に立ちそうな人材だな」
「クラリッサちゃん。人間の味を覚えた獣は危険なんだよ」
クラリッサが感心して頷くのにサンドラが静かにそう告げた。
「大丈夫。死体しか食べさせないから。生きた人間の味は知らないままだ」
「どこで死体を調達するつもりなのかな?」
「死体とは結構出るものなんだ」
クラリッサは使い魔をファミリーの死体処理に使うつもりのようだった。
「とにかく、人間を食べさせたらダメだよ。生きてても死んでても」
「そんな。この子の存在価値の9割が消える」
「そんなに!?」
どれだけ死体処理に期待していたのだろうか。
「しょうがない。普通に飼おう。餌はささみとプロテインとブロッコリーだよ」
「おいおい。使い魔を筋肉質にしてどうするんだい」
クラリッサは使い魔をムキムキにしたい。
「それより名前を付けよう。名前つけておかないと“名状しがたき何か”って呼ばなくちゃいけなくなるよ。呼ぶたびに正気が失われていく気がするよ」
「ううむ。名前か」
サンドラの言葉にクラリッサが唸る。
「よし。君の名前はアルフィだ」
「テケリリ」
「そうか、そうか。気に入ってくれたか」
クラリッサが告げるのに、アルフィは触手を振った。
「……これからの魔術の授業はあの不定形で名状しがたい生き物と受けるのかー……」
「魔術を戦闘科目にしなくてよかったー……」
憂鬱になるサンドラと安堵するウィレミナであった。
頑張れ、サンドラ。美人は3日で飽きて、名状しがたい生き物は3日で慣れるぞ。
……………………
面白いと思っていただけたらブクマ・評価・励ましの感想などお願いします!




