娘は友達と一緒に祝いたい
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──娘は友達と一緒に祝いたい
「え? サンドラちゃんってペテン師と結婚させられるところだったの?」
そう告げるのはウィレミナだ。
場所はイースト・ビギンにある喫茶店。リベラトーレ・ファミリーのシマだ。
「そう。降霊術とか占いとかで詐欺をして、おまけに結婚した相手を殺してた。今はフランク王国の監獄に叩き込まれて、処刑の日を待っているだけ」
ポリニャック伯爵──いや、ポリニャックはフランク王国の国家憲兵隊によって拘束され、裁判の結果死刑判決を受けた。フランク王国王室に対する詐欺と数千万ドゥカートに及ぶ脱税、そして結婚した少女たちの殺害が認められ、今は監獄で死刑執行を待つだけの身になった。もはやフランク王国政府の要人たちもポリニャックを見捨て、フランク王国の犯罪組織も彼を見捨て、誰も助けるものはいない。
「うちのおじいちゃんも今回の件で反省したよ。もう二度と降霊術は行わないし、当主の座はお父さんに譲るって。おじいちゃん、凄く落ち込んでいたから心配だな」
「諸悪の根源なんだから心配する必要なんてないよ」
「そんなこと言わないで」
確かに悪いのはサンドラの祖父である。だが、この世界では普通に降霊術が信じられていることを考えると、彼はポリニャックの詐欺の被害にあったひとりと言えなくもない。それでもクラリッサは許すつもりは欠片もなかったが。
「いつか本当に結婚するときはおじいちゃんにも祝ってもらいたいな」
「おじいちゃんとは絶縁しよう」
「しません」
クラリッサはサンドラの祖父に厳しくなったぞ。
「しかしねえ。サンドラはフランク王国に連れ去られて殺人鬼と結婚させられそうになるわ、クラリッサちゃんはカンタベリー大主教の手紙を持ってそこに乗り込むわと、私には信じられないことだけだよ」
「別に大したことじゃないよ。焦りはしたけれど」
ウィレミナが現実味のない感じだという風に告げるのにクラリッサがそう返した。
「けど、助けに来てくれたクラリッサちゃん。とってもカッコよかったよ。物語に出てくる正義の味方とか王子様みたいだった。私、少しだけだけどクラリッサちゃんに惚れちゃったかもしれないぐらいにカッコよかった」
「それほどでもない」
「まあ、あのどこで覚えたのか分からないとても汚いフランク語がなければパーフェクトだったんだけれどね」
「……? フランク王国の人たちっていつもはあんな感じで喋らないの?」
「喋らないよ! “てめえのケツにてめえの頭を突っ込んでやる”なんて初めて聞いたよ! フランク王国の人も第一外国語で習ってるように喋るよ!」
「おかしいな。私が聞いたフランク人の会話ではいつも聞こえてたんだけど」
クラリッサは第一外国語で習っているフランク語は古典文学か貴族が畏まった場で使うものだと思っていたぞ。クラリッサのフランク語の教師はこれまでフランク人とやり取りするリベラトーレ・ファミリーの構成員だったからね。
「クラリッサちゃんのところはちょっとおかしいよ。まあ、港に迎えに来ていた人たちも凄かったけれど……」
クラリッサとサンドラ、ファビオがドーバーに戻ってきたとき、そこには黒服のリベラトーレ・ファミリーの構成員が列を作って待っていた。彼らはクラリッサとサンドラに怪我がないことを確認すると、速やかにふたりを家まで送り届けたのだった。
そのあまりの迅速さにサンドラは目を回していた。
そして、思った。あれだけの組織力とカンタベリー大主教の手紙まで手に入れてくるクラリッサちゃんは少しおかしいと。
「少し変かもしれないけど、友達でいてくれる?」
「もちろんだよ。私からは改めてお礼を言うね。ありがとう、クラリッサちゃん。とってもカッコよかったよ。これからもよろしくね!」
クラリッサが尋ねるのにサンドラが頬を赤らめてそう返した。
「それはよかった。私こそよろしく」
「あたしも忘れるなー!」
クラリッサとウィレミナがそう告げて、3人はけらけらと笑った。
「それじゃあ、今日はお祝いにしようか。サンドラの結婚破棄&おじいちゃんとの絶縁記念パーティーを開催します」
「おじいちゃんとは絶縁しないってば」
クラリッサが告げるのに、サンドラが突っ込んだ。
「うーん。しないの? した方がいいと思うよ?」
「しません。それに今日はパーティーって全然支度なんてできてないよ」
「大丈夫。身内のパーティーだから。招待客は身内だけ」
サンドラが渋い顔をするのに、クラリッサがそう告げる。
「そもそも今からパーティーの準備なんてできるの?」
「できるよ。というよりも、させるよ」
「……クラリッサちゃん。あんまりそういうことしちゃダメだぜ?」
クラリッサは自分たちのシマのレストランを使う気満々だ。
「今日はめでたい日なんだから祝わないと。身内のことはどんな些細なことでも祝うのがリベラトーレ・ファミリーの習わしなんだ」
「どうするね、サンドラさん?」
クラリッサが告げるのにウィレミナがサンドラに話を振った。
「じゃあ、せっかくだから祝ってもらおうかな。本当にクラリッサちゃんの都合がよければだけれど。無理はしないでね。脅迫したりするのもなしだよ」
「君は私のことをなんだと思っているの」
すっかりクラリッサへの認識が固定されたサンドラである。
「それじゃあ、夕方7時にウィリアム4世広場に集合だよ」
「分かった。支度してくるね」
「ドレスとかは適当でいいよ。身内のパーティーだから」
クラリッサはそう告げ、サンドラたちと一時解散した。
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「パパ。パーティーだよ」
「パパはお仕事だよ」
クラリッサが返って来て早々に告げるのにリーチオが憂鬱な表情で返した。
「本当にフランク王国の組織とは抗争になっていないんだな?」
「ええ。全員国外退去しました。連中の指を犬に食わしてやった時は大爆笑ですよ」
「そういう話をクラリッサの前でするんじゃない」
リーチオが尋ねるのにベニートおじさんが上機嫌にそう告げて返す。
こういうことをするからクラリッサの余計な知識フォルダが膨れ上がるのである。もうすでにクラリッサは敵対者の指を犬に食わせる拷問を学習したぞ。
「パパ。フランク王国の組織ってポリニャックと関係あるの?」
「ん。まあな。お前には関係のない話だから、ちょっと外に出てなさい」
クラリッサはファビオに連れられて書斎から退去させられた。
「それで、ポリニャックは死刑か。自業自得だな、クソ野郎め。これで全員に報いは受けさせた。リベラトーレは『受けた恩は絶対に返す。受けた害は必ず血を以てして報復する』だ。フランク王国の組織もポリニャックも俺たちをなめ腐ってくれた。報いは受けさせなければならなかった。後はフランク王国の組織と関係修復ができればいい」
「このまま連中を潰すというのは? フランク王国もシマに加えられますよ。せめてカレーだけでも押さえられれば、これからのビジネスが楽になります」
「ふうむ。確かにカレーは欲しいところだが、それを巡って抗争の種を作りたくはない。その点はどうなんだ?」
そこでリーチオはピエルトに話しかけた。
「ポリニャックの件でフランク王国の組織も国家憲兵隊に締め上げられてます。フランク王国にとっては大きなスキャンダルで、アルビオン王国との国際問題まで招きましたからね。その間に掠め取ってしまえば、既成事実を作ることはできるでしょう」
「なるほど。悪くはない状況だな。逆にこちらは捜査に協力してやったおかげで、フランク王国政府に伝手ができた。貸しもな。カレーを制圧できるか検討して、できそうならば実行しろ。俺たちはこれまで忍耐を強いられた。だが、忍んでばかりではないということを部下たちにも示さなければならん」
ピエルトの報告にリーチオがそう告げる。
リベラトーレ・ファミリーは構成員2000名という大規模なマフィアだ。それを養うにはそれなりの収入が必要になる。シマを拡張することは利益の拡大に繋がり、同時に構成員たちに仕事を与えることに繋がる。
しかし、アルビオン王国をロンディニウムを中心に支配下に置くリベラトーレ・ファミリーにとって海外遠征はリスクを伴う。フランク王国の官憲を買収しなければならないし、フランク王国の犯罪組織との抗争についても考慮しなければならない。
だが、それでもこれまでフランク王国の犯罪組織に舐められ続け、部下たちは不満を持っている。何かしらの方法で利益を拡大し、それを目に見える形で示さなければ、リーチオもリベラトーレ・ファミリーのボスとして示しがつかないだろう。
「ベニート。カレーを偵察し、フランク王国の組織がどの程度残っているかを調べ上げろ。それから敵の抵抗が弱いようであればさっそく税関と出入国管理を買収し、こちらから人間と武器を送り込む。それから時間をかけて確実に基盤を作れ。現地のチンピラと揉め事になったりすれば潰していい。だが、官憲にはまだ手を出すな。いいな?」
「了解しました、ボス」
そして、これで話は終わりだというようにリーチオが頷く。
ベニートおじさんとピエルトは退去し、クラリッサが自室からやってくる。
「ベニートおじさん。フランク王国に行くの? しばらく会えない?」
「すぐに帰ってくるよ。偵察だからね。ちょいとばかり乱暴なこともあるかもしれないけれど、その時はいつものようになぎ倒してやるだけだ。フランク王国の組織は大したことはないんだよ。官憲もポリニャックに気づかなかったような間抜けだ。連中が俺たちが来て、戦争をやろうっていうならベニートおじさんが銃で全員撃ち殺してやる。頭を狙って一撃だ。相手は脳漿をぶちまけて、蛙みたいな声で潰れちまう」
クラリッサが寂しそうに尋ねるのにベニートおじさんがノリノリでそう告げた。
「ベニート」
そして、そんなベニートおじさんの横にリーチオだ。
「クラリッサに余計なことを教えるなといっただろう。お前の話は教育に悪い。あまり度が過ぎるとクラリッサに会わせんぞ」
「申し訳ありません、ボス。だが、こういう話を覚えておくと、クラリッサちゃんも度胸がつくでしょう? 立派な大人になりますよ」
「碌な大人にならん」
ベニートおじさんの弁明はあっさりとリーチオに却下されたぞ。当然だ。
「ベニートおじさん。今度、銃撃戦するときに連れて行って」
「ハハハ。クラリッサちゃんは度胸があるな」
ベニートおじさんは笑っているがリーチオは欠片も笑っていない。
「で、クラリッサ。パーティーってなんだ?」
厄介なベニートおじさんをピエルトに連れ出させ、書斎で改めてリーチオはクラリッサから話を聞くことにした。
「サンドラの生還記念パーティー」
「ちょっと待てよ。お前の友達っていつ生死の境をさまよったんだ?」
クラリッサの発言はよく分からなかった。
「もう。この間、フランク王国に殺人鬼に連れ去られたでしょう。そこから生還したお祝いがしたいの。友情を確かめ合うとか、そういう感じ?」
「そういう感じ? って俺に聞くなよ。まあ、そういうことならパーティーの準備をしてやる。何人くらい招待するんだ?」
「サンドラとウィレミナとフィオナとヘザーと、それからパパとベニートおじさんとピエルトさんと……」
「ちょっと待て。なんでお前のパーティーにベニートが参加する」
「……? 身内のパーティーだし、参加する人は多い方が楽しいでしょ?」
「ダメだ。ファミリーの人間は参加しない。お前の友達だけ」
「そんな」
「そんな、は俺のセリフだよ。どうしてファミリーの人間を参加させようとする。大抵の奴は教育に悪い人間なんだぞ。友達に合わせるような人間じゃあない」
クラリッサが戦慄するのに、リーチオが呆れたようにそう告げた。
「それでお前の友達が4人。お前を合わせて5人だな。うちのシマのレストランで食事してくるといい。いい席を準備させておいてやるが、あまり大騒ぎはするなよ。まあ、お前の友達は貴族だし、そこら辺は分かっているだろうけれど」
「いえーい」
「早速お前が騒いでどうする。不安にさせないでくれ」
拳を突き上げてパーティータイムを演出するクラリッサにリーチオが突っ込んだ。
「今日の午後7時からだから」
「分かった、分かった。ファビオ、伝言を頼む」
そして、リーチオはファビオを呼び、クラリッサたちのためにレストランを確保させるための手はずを整えた。
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「よ! クラリッサちゃん。こんなもんだけどいいかな?」
「いいよ、いいよ。。身内の気軽なパーティーだから」
ウィリアム4世広場。午後7時ちょっと前。
クラリッサが朱色のカジュアルなワンピース姿で待っているところに、ちょっとだけおめかしした同じくカジュアルなパンツルックのウィレミナが合流した。ウィレミナの活動的な雰囲気と相まって中性的な装いになっている。
「サンドラたちは?」
「まだ」
時間はまだ午後7時という待ち合わせ時間になっていない。
だが、そろそろやってくるだろう。
「お待たせしました、クラリッサさん」
「いや。私も今来たところだよ、フィオナ」
フィオナの馬車がやってきてフィオナを降ろすのにクラリッサがそう告げた。
フィオナもベージュ色のカジュアルなドレス姿だが、高級感は否定できない装いだ。流石は公爵家。カジュアルな場でも気は抜かないというところだ。
「おまーたせしましたあ」
フィオナからやや遅れてヘザーが到着。
ヘザーは濃い紺色のドレス姿だった。それなりの露出度だったので、クラリッサはまじまじとヘザーを観察したが、自傷行為の跡や縄の跡はなかった。
「お待たせ。時間ギリギリだったかな」
最後にやってきたのがサンドラだ。
サンドラは一応はパーティーの主賓ということもあって、それなりにめかしこんでいる。明るい青色のドレスにアクセサリー。カジュアルなものであるが、爪の手入れに至るまで手は抜いていないことが分かる。
「それじゃあ、全員揃ったし、行こうか」
「おー!」
クラリッサたちは夜の街をレストランに繰り出していく。
「ここだ。このレストラン」
「あの、クラリッサさん? ここってドレスコードとかがあるお店では?」
ウィレミナが困惑しながら見るのは紳士淑女が夕食の場で会話に花を咲かせている超高級レストランであった。リーチオがせっかくだから楽しんで来いといった店は、よりによってそういうお店だったわけである。
「クラリッサ・リベラトーレ様でしょうか」
「うん。予約していた客。準備はいい?」
「もちろんでございます。ごうぞごゆっくり。それからリーチオ様によろしくとお伝えいただけるでしょうか。当レストランをご利用いただきありがとうございますと」
「伝えておくよ」
明らかにレストランの支配人クラスの出迎えを受けるのにクラリッサは淡々と応じていた。それを見ていたウィレミナとサンドラは硬直している。
「何固まっているの、君たち。外でパーティーはできないよ」
「う、うん。そうだね……」
外でパーティーをした方が安全ではと思ったサンドラたちであった。
「クラリッサさんはこのようなお店にも知り合いの方がおられますのね」
「まあ、顔が広いんだよ、うちのパパは。それにせっかくの友達のパーティーにけちけちしたくはないしね。フィオナも楽しんでいって」
「はい!」
分かっていないのはフィオナだけだ。
レストランでは前菜から始まるフルコースが提供され、クラリッサたちはワインの代わりにジュースを飲みながら、会話に花を咲かせた。
「つまり、サンドラさんは少女趣味のある変態連続殺人鬼に無理やりフランク王国に連れ去られ、その上無理やり結婚式を挙げさせられそうになったとお!? どういうプレイなんですか、それえ! 滅茶苦茶そそるじゃないですかあ!」
「そそらないよ……。普通にクラリッサちゃんが来るまでは人生が終わったと思ってたんだから……。まあ、クラリッサちゃんは私のために来てくれたわけだけれど」
ヘザーが興奮しながら告げるのに、サンドラがそう告げて返した。
「クラリッサさんは王子様のようですわ。サンドラさんには少しばかり羨ましく感じてしまいます。こういうのは不謹慎なのかもしれませんけれど……」
「本当にクラリッサちゃんは格好良かったよ。クラリッサちゃんが男の子だったらよかったのになって思うぐらいに」
フィオナとサンドラがクラリッサに視線を向ける。
「……? 私が女の子でも男の子でも変わらなくない?」
「変わるよ! 女の子と女の子は恋愛できないんだから!」
クラリッサが理解できないという顔をして告げるのにサンドラが突っ込んだ。
「わ、私はクラリッサさんが女性のままでも結構いけたり……」
「婚約者! 婚約者の存在を忘れないであげて、フィオナさん!」
クラリッサ相手でも浮気は浮気だぞ、フィオナ。
「まあ、サンドラが元気でよかった。私たちは友達だから、どんな状況でも助けに行くよ。私はサンドラが不幸になるところを見たくはないんだ」
「もー……。クラリッサちゃん、そういうところだよー」
クラリッサに言葉にサンドラがそう応じ、彼女たちはわいわいと食事を楽しんだ。
頑張れ、クラリッサ。友達に勘違いされない程度に優しい子になるんだ!
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