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父はペテン師を破滅させたい

……………………


 ──父はペテン師を破滅させたい



 ノルマン宮殿は歴史ある宮殿である。


 ロンディニウム郊外に位置し、その荘厳な建物はアルビオン王国王室の権威を象徴していた。アルビオン王国の政治はこことロンディニウム中心街に位置するイーストミンスター宮殿で決定されていくのである。


 そして、そんな政治的中枢に入り浸っている外国人がいる。


「国王陛下。今日はお日柄もよろしく交渉日よりですな。いよいよ、フランク王国とアルビオン王国が一致団結する日が来るのです」


 ポリニャック伯爵である。


 ポリニャック伯爵はその占いと降霊術──という名のいかさまを以てして、フランク王国の貴族に上り詰めると、今度はフランク王国の犯罪組織と結託して、アルビオン王国においても活動範囲を広げようとしていた。


「うむ。北ゲルマニア連邦とは言わないが、我々が共通の敵に対抗するためにはそれなりの友好関係が必要であろう。それに東にはまだ魔王軍の脅威もある」


 現在のアルビオン王国国王──ジョン王太子の父──ジョージ2世はそこまで熱心に占いや降霊術を信じる方ではなかったが、世間一般的な信頼はおいていた。つまりはこの世には占えることもあるし、降霊術によって死者と会話することもできるということを信じているということである。


 それに相手はフランク王国で名高い降霊術師だ。無下にはできない。


「それでしたら、いよいよ交渉を纏め──」


「大変です、陛下!」


 ポリニャック伯爵が笑みを浮かべようとしたとき、侍従のひとりが駆けこんできた。


「どうしたというのだ?」


「はっ。先ほど宮殿来られていたオーフォード伯の奥様が突如として発作を起こされました。意識ははっきりとしていませんが、ここにいる幽霊に憑りつかれたとうわごとを繰り返しているようであります。場所は降霊術が行われた部屋でして」


「なんと」


 オーフォード伯爵はジョージ2世の昔からの友人であり、良き相談相手だった。今日はいよいよフランク王国との同盟締結を前に意見を聞くために、このノルマン宮殿に夫婦で招いてたのであった。それが倒れたという。


「ポリニャック伯爵! そなたは今日、このようなことが起きるとは一言も予言していなかったではないか。貴公は今日は何事も起きず、平穏無事に同盟が締結されると申していたはずだ。それが貴公が降霊術を行った部屋で私の友人の妻が倒れただと?」


「お、お待ちください! 何かの間違いです! 私が確認いたしましょう!」


 ジョージ2世が疑いの目でポリニャック伯爵を見るのに、彼は報告に来た侍従を急かして、問題のあった部屋に向かった。


「ここです、伯爵閣下」


 既に部屋の周りには使用人や侍医たちが集まっていた。


「失礼する」


 そこでポリニャック伯爵は嗅ぎなれた臭いを感じた。


 アヘンの臭いだ。


「この臭いはアヘン……?」


 侍医もその臭いに気がついた。アヘンは鎮痛剤として医師から処方されることもある薬品だ。しかし、常習性や過度の摂取による健康被害も認識されており、医師は慎重に患者に対してアヘンを処方するようにしている。


 そのアヘンの臭いがどうしてこの部屋からするのか。


「ああ。霊が、霊たちが呼びかけています……!」


 そして、狂ったような女性の声がする。オーフォード伯爵の妻だ。


「霊たちが、過去のアルビオン王国国王の霊たちが呼びかけてきます……! 災厄が迫っていると! 偉大なるアルビオン王国がペテンにかけられようとしていると! ああ、霊たちは怒っています! ペテン師が宮殿にいると怒っています!」


 その言葉にポリニャック伯爵がぎょっとする。


 ペテン師とは自分のことだ。どうして初めて会うはずのオーフォード伯爵の妻が自分のことについて知っているのだ。どうしてフランク王国の政府要人たちにもばれることのなかった自分のペテンがばれているのだ!


「これは降霊術の道具ですな。中からアヘンの臭いがするが……」


 侍医は既にアヘンの臭いの出どころを見つけていた。


 降霊術に使われる香を焚く道具だ。その中から強いアヘンの臭いがする。


「それはポリニャック伯爵閣下の持ち物では?」


 使用人のひとりがそう告げ、周囲の人間が猜疑の目でポリニャック伯爵を見る。


「ち、違う。これは私の物ではない。私の物は部屋に仕舞ってある」


「では、確認させていただけますか?」


 使用人ではなく、侍医でもなく、宮殿を警備する近衛兵がそう告げる。


「もちろんだ。こっちに来てくれ」


 ポリニャック伯爵は動揺を押し殺して、近衛兵を部屋に案内する。


 疑われるようなものは部屋には残していない。全て処分してある。近衛兵がいつ部屋に踏み込んでも問題はないはずだ。


「ここが私の部屋だ。好きに調べてもらって構わないよ」


「それでは」


 あれはよく似ていたが自分の使っている道具ではない。自分の使っているものもアヘンを利用しているが、いつも厳重にカギのついたカバンに仕舞い、仕舞い忘れるようなことはない。あれがばれてしまうと降霊術師としての評判に傷がつくのだ。


「このカバンは?」


「今、カギを開けよう」


 近衛兵が自分の使っているカバンを引き出して告げるのに、ポリニャック伯爵はそのかばんのカギを外して見せた。


 そして、近衛兵たちは見た。


 道具がきちんと収められたカバンの中に隙間があるということ。その隙間に先ほど見つけたアヘンの臭いのする道具がすっぽりと収まるようになっているということに。


「ポリニャック伯爵閣下。これはいったい?」


「ま、待て。何かの間違いだ!」


 近衛兵がポリニャック伯爵を睨むのに、ポリニャック伯爵が叫ぶ。


「これを見てください」


「この臭い。アヘンだな」


 そして、さらには処分したはずの残りのアヘンがサイドテーブルから発見された。


「ポリニャック伯爵閣下。お話をお聞きしてもよろしいですか?」


 近衛兵が冷たい声でそう告げる。


「外交特権だ! 外交特権を行使する!」


 ポリニャック伯爵はそう叫んだ。


 外交特権。外交官はその身体の不可侵を保証され、逮捕・拘禁などされないなどという権利。ポリニャック伯爵はその権利を今ここで行使した。


 このままではポリニャック伯爵はこのアルビオン王国の国王に対する背任行為から、オーフォード伯爵の妻に対するアヘンによる傷害まであらゆる罪に問われる。そうならないためには外交特権を行使するしかなかった。


「……国王陛下よりお言葉があります」


 やがて、侍従のひとりが近衛兵に何かを告げ、近衛兵がポリニャック伯爵に対して強い口調でそう告げ始めた。


「ただちに宮殿より退去せよ。もはやフランク王国との同盟はない、とのことです。お分かりいただけましたか?」


「分かった……」


 終わった。


 アルビオン王国との同盟にかけていたフランク王国政府はポリニャック伯爵のこの大きな失態を見逃しはしないだろう。このままこの国に留まっていては、外交官としての資格を剥奪され、そしてアルビオン王国当局に拘束される。


 待っているのは冷たい監獄での暮らし。これまでのように贅沢な食事も、美しい少女たちとの交わりもない、地獄のような環境での暮らしだけ。


(逃げなければ!)


 ポリニャック伯爵の決断は早かった。


 フランク王国にはまだ彼の支持者がいる。フランク王国に逃げ込めば、アルビオン王国のことなどとぼけていられる。監獄に放り込まれることはない。


 その前にしなければならないことがある。


 ポリニャック伯爵は馬車に乗り込むと大急ぎでノルマン宮殿を去り、ロンディニウムの街を進む。目指す先は──。


「ポリニャック伯爵閣下? 今日はどうなさったのですか?」


 ストーナー家のタウンハウスだ。


 ポリニャック伯爵は顔を真っ赤にしてそこに乗り込んできた。


「失礼。これからフランク王国に発つことになりました。サンドラには一緒に来てもらいたい。結婚式はどうせフランク王国で挙げるつもりだったので問題はないでしょう」


「そんな急に……」


「時間がないのです。失礼する」


 サンドラの母が戸惑うのにポリニャック伯爵は家の中に上がり込んだ。


「サンドラ! サンドラ! 一緒に来るんだ!」


 そして、怯えるサンドラの姿を確認するとその手でサンドラの細い腕を掴んだ。


「待って! 行きたくない! まだクラリッサちゃんたちにお別れも言ってない!」


「そんなことはどうでもいい! 来るんだ!」


 ポリニャック伯爵はサンドラを馬車に押し込むと、ロンディニウム郊外のフランク王国の犯罪組織が根城にしている場所を目指した。


 一刻も早く、そしてサンドラを連れて逃げなければいけない以上、フランク王国の犯罪組織の手を借りなければならない。彼らならばすぐにでも密輸に使用する船舶を用意してくれるだろう。それでフランク王国まで逃げ切ればそれでハッピーエンドだ。


 だが、そうはならなかった。


 フランク王国の犯罪組織の根城にたどり着くと血の臭いがした。


 濃い血の臭い。


「何があった……?」


 ポリニャック伯爵は使用人にサンドラを押さえておくように命じると、自分が用意してやった屋敷の扉を叩き、代表者の名前を呼んだ。


 そして、その代表者が姿を見せた。


 全身が血まみれの状態で。


「なっ……。どうしたというのだ?」


「あんたのペテンがリベラトーレの連中にばれたんだよ。俺たちが連中のシマを荒らしてるのがばれて、俺たちは抗争する意志がないのがばれた。それでカチコミを食らった。あのベニート・ボルゲーゼが手勢を500名連れてきて俺たちを滅多打ちにして、切り刻んだ。おかげでこのありさまだっ!」


 代表者が自分の左手をポリニャック伯爵に突き付ける。


 左手の指は全て失われていた。根元から切り刻まれ、指は一本として残っていなかった。そのことにポリニャック伯爵が悲鳴を上げる。


「……これで連中の報復は終わった。俺たちは連中のシマから何もせずに完全に撤収することで講和した。今さら何を頼みに来たのかは知らないが、俺たちはもうお前のペテンに手を貸すつもりはない。さようならだ、ポリニャック伯爵」


 代表者はそう告げて屋敷の扉を閉じた。


「金なら払っただろう! たっぷりと! 裏切るのか!」


 ポリニャック伯爵は屋敷の前でそう叫んだが、応えるものはいなかった。


 ポリニャック伯爵は監獄行きの危機の中、ロンディニウム郊外で呆然とした。


……………………


……………………


「まあ、洗えば出てくる、出てくるというものですよ」


 リーチオの屋敷でそう告げるのはピエルトだ。


「脱税。賄賂。アヘンの密輸。そして、詐欺。全て動かぬ証拠付きです。ボス、こいつはフランク王国に送っておきますか?」


「そうだな。そうしておくべきだろう。俺たちに楯突くとどうなるか思い知ればいい」


 ピエルトはベニートおじさんがフランク王国の犯罪組織とどったんばったんやっている間に、ポリニャック伯爵について調べ上げていた。それによれば金融に関する犯罪を中心に、数十件の犯罪が証拠付きで確認されている。


 リーチオはフランク王国の犯罪組織を自分たちにけしかけたポリニャック伯爵を許すつもりは欠片もなく、徹底的に破滅させてやるつもりだった。


「それから気になる情報がちょっとあるんですよ」


「なんだ?」


「いや、これまでポリニャック伯爵と結婚した子の情報を調べたんですけど」


 そう告げてピエルトは報告書を差し出す。


「……結婚時、12歳。死亡時14歳。死因は病死。結婚時16歳。死亡時17歳。死因は病死。結婚時11歳。死亡時12歳。死因は病死。なんだこれは。明らかにおかしいだろう」


 リーチオは報告書から顔を上げてそう告げる。


 どの女性も20歳に満たぬままに結婚し、そして若くして病死している。不自然だ。


「そう思いますよね。となると、これは殺人も追加ですかね」


「女を、まだ子供を殺してやがるとはクソ野郎ここに極まりだな」


 リーチオは女子供に暴力を振るう男が気に入らない。それは恥ずべき行為であり、報いを受けるべき行為であった。


「パパ」


 そんな時に書斎の入り口にクラリッサが立っていた。


「いつからそこにいた」


「さっきから。ポリニャック伯爵ってサンドラが結婚する相手だよね。その男が結婚した相手を殺しているって本当なの?」


 リーチオの言葉にクラリッサがそう尋ねる。


「そういうことになるだろうな。だが、あいつはもう終わりだ。ピエルトが奴の犯罪の証拠を押さえた。これを送れば奴はフランク王国でも罪人になる。監獄にぶち込まれて、そのまま死ぬまで監獄暮らし。いや、殺人が本当ならば死刑になるな」


「サンドラが連れていかれた」


「なんだって?」


「サンドラの家に行った。そうしたら、ポリニャック伯爵っていうフランク人がサンドラを連れて行ったって。ポリニャック伯爵は結婚した子供を殺してるの?」


 クラリッサはじっとリーチオの瞳を見据えて尋ねる。


「ファビオ」


「はっ。ここに」


 リーチオが呼ぶのにファビオがずっと現れる。


「今すぐポリニャック伯爵からクラリッサの友人を取り戻してこい。殺しはするな。殺すのはフランク王国の人間に任せる。貴族の血は貴族が流させればいい」


「畏まりました」


 ファビオがそう告げて外に向かおうとする。


「私も行く」


「クラリッサ。ファビオに任せておけ」


「サンドラは私の親友なんだ。いくらファビオでも任せておけない」


 クラリッサはそう告げると人狼ハーフの脚力でファビオとともに屋敷を飛び出した。


「畜生。ファビオがついているから安心していいだろうが」


「いいんですか、ボス?」


 リーチオが唸るのにピエルトがそう尋ねる。


「任せるしかないだろう。クラリッサの友人の話だ。本来ならあいつがやるべきことなんだからな。俺たちは部外者だ」


 リーチオはそう告げながらもピエルトにクラリッサを迎えに行く準備をさせた。


……………………

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