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娘は挑戦に応えたい

……………………


 ──娘は挑戦に応えたい



「おはよ」


「おはよう、クラリッサちゃん」


 入学式から2日後。


 王立ティアマト学園はいよいよ新入生を迎えて、本格的に動き出そうとしていた。


「クラリッサ嬢!」


 ……のだが、いろいろと問題はあったのだ。


「なに?」


「なに? ではない! 君だろう! 私の机に馬の首を置いたのは!」


 そうである。入学早々決闘騒ぎを起こしたクラリッサとジョン王太子の間には、重大な問題が転がっていたのである。


「証拠は?」


「しょ、証拠はないが、君以外に誰がやるというのだ!」


「君、案外嫌われているかもしれないよ?」


 ジョン王太子が告げるのに、クラリッサがにやりと笑った。


 ジョン王太子の机の上に馬の首を置いたのはクラリッサである。正確に言えばクラリッサの命を帯びたファビオがこっそり夜中に置いてきた。首を斬られた馬は王家の名馬として名高いもので、ジョン王太子は登校したら自分の机の上に自分の家の馬の首があるということに二重のショックを受けて、その日は早退していた。


 無論、クラリッサは尻尾を掴まれるような間抜けなことはしていない。


 警備員、買収済み。用務員、買収済み。教師陣、買収済み。学園長、買収済み。


 それに加えてこれまで“静かなる殺し屋(ザ・サイレント)”と名高いファビオに仕事を任せているのだ。どこに証拠が残ろうというのだろうか。残るはずもない。


「わ、私が嫌われているだと! 何を根拠にそんなことを!」


「落ち着いて。まずは胸に手を当てて、本当に自分に敵がいないか考えてみて」


 ジョン王太子がクラリッサに向けて叫ぶのに、クラリッサがジョン王太子の手を取って、彼の胸にその手を押し付ける。


「王太子になるまでに敵を作らなかった? 兄弟姉妹との仲は良好? 両親には本当に愛されている? 友達だと思っている人間は裏で何をしているか知ってる?」


「そ、それは……」


 そう言われるとなんだか不安になってくるのが人間というものだ。


「あれは一見すると私の仕業のように見えるけれど、それでは分かりやすすぎないかな。この事件には裏があるように思えるよ。もっと目を光らせて。もっと他人を疑って。本当に自分を貶めようとしているのが誰なのか考えて」


 クラリッサは脳筋に近いリーチオという父親に育てられたにもかかわらず、手段は割と知的だった。まあ、それもリーチオの部下であるピエルト辺りに『これからのマフィアはインテリじゃないとダメだそうだよ』と吹き込まれたからなのだが。


「う、うむ。確かに分かりやすすぎる気がしてきたが……。って、騙されるか!」


「ちっ」


 ジョン王太子は流されかけたところで止まった。


「物的証拠が何もない以上は君に法的責任を追及するわけにはいかない。だが、現時点を以て君は私の宿敵だ! 私の目の前で私の婚約者を誑かし、王太子としての私の名誉を傷つけてくれたのだから──」


「あ、おはよ」


「聞いているのか、君はっ!?」


 ジョン王太子が大事な話をしている間に反対方向を向いているクラリッサであった。


「おはようございます、クラリッサさん」


 そして、よりによってこのタイミングでやってきたのがジョン王太子の婚約者であり、ちょっとちゃらんぽらんの女の子フィオナだ。


「今日も髪の毛ふわふわだね。けど、ちょっと髪型変えたかな?」


「気づいてくださいます? そうなんですの。クラリッサ嬢に言われてから、この癖毛も悪くないなって思えてきて、いろいろと髪型を変えてみることにしたんですの」


「いいね。女の子にとって髪は魂だからね。精一杯、お洒落しなきゃ。君は髪が傷むことを気にしてたから、今度いいシャンプーとリンスを教えてあげるよ。君の天使の羽のような髪の毛が、もっとふわふわで綺麗になるように、ね」


「ひゃ、ひゃい!」


 フィオナの顔は真っ赤だぞ。


「クラリッサ嬢……。君という人間は……」


 そして、ジョン王太子はまたしても目の前で婚約者を口説かれているぞ!


 ジョン王太子は手袋をおもむろに外すと、クラリッサに向けて投げつけた。


「決闘だ!」


 ジョン王太子が宣言するのに周囲の生徒が歓声を上げる。


「懲りないね、君」


「この間のは不意打ちだった。だが、今度は私も本気で行かせてもらうぞ」


「……負け犬ほどよく吠える……」


「何か言ったかね!?」


「なーにも」


 クラリッサは口笛を吹いてそっぽを向いた。


「んじゃ、早く始めよう。この間みたいに怒られたくないし」


「よろしい。では、中庭だ!」


 そして、全く懲りないジョン王太子と今度も余裕で捻る気満々のクラリッサは、大勢の野次馬を引き連れながら、中庭に向かったのだった。


「クラリッサちゃん、大丈夫かなあ……」


 サンドラも決闘の行方が心配でクラリッサたちの後を追った。


……………………


……………………


「諸君、決闘だ!」


 中庭で堂々とそう宣言するのはジョン王太子である。


 教師陣はまた生徒たちが決闘騒ぎに夢中になっているのにため息をついている。だが、よりによってその決闘の主催者が王太子なのだから止めようがない。彼らとしては早いところ王太子が怪我をしたりする前に事が終わるのを祈るのみである。


 一方の生徒たちはこの間の決闘を見逃した生徒もおり、入学早々こういうイベントに出くわしたことにワクワクしている。この間は瞬く間にクラリッサがジョン王太子をノックアウトしたことを知っている生徒もおり、今度はどうなるのだろうかと思っている。


 肝心のジョン王太子はやる気満々だ。男子生徒の制服である赤色のブレザーの上着を執事として連れてきたものに預け、ネクタイを締めなおしている。この間は観衆の面前で朝食だったものをゲロったこともあって、今回は朝食を抜いている。最初から彼は決闘をするつもりで登校してきたようだ。


 そして、クラリッサはといえば、のほほんとしている。


 王者としての貫禄といえば聞こえはいいのだが、この娘、実は何も考えていない。また弱っちいのに絡まれて面倒くさいなあとしか思っていないのである。気合もなければ、戦意もない。そんなものを持つ必要もないのだ。


 リーチオから教えられたとおりに、開戦即ボディブローという教えを守るだけである。それが不発に終わったら敵の“急所”を狙った一撃を繰り出す。相手が男性の場合は、まあ股間を狙った一撃を加えるだけだ。


「準備はいいかね、クラリッサ嬢?」


「いつでもどーぞ」


 クラリッサはのんびりとした様子で確実に王太子のボディががら空きなのを確かめていた。開戦即ボディブローでKOが決まりそうだ。


 ジョン王太子は今回こそは勝利を確信していた。


 この間の戦いでは相手がフィジカルブーストを使ってくることを想定していなかった。だが、もう相手の手札は一度見た。相手がフィジカルブーストを使ってくるならば、自分も使うだけの話だ。今度こそ互角の勝負の上に勝利できる。


 何故ならば自分はアルビオン王国王太子だからだ!


「クラリッサちゃん……」


 サンドラは心配そうにクラリッサを見つめる。


 観客の応援はほぼ半々に分かれていた。


 この間の勝負で圧倒的強者を演出した謎の美少女──世間的にはクラリッサはかなりの美少女である──クラリッサを支援するものが半分弱。


 やはりこのアルビオン王国を代表する貴族の頂点に立つであろうジョン王太子を応援するものが半分強。ジョン王太子はこの間は酷い惨敗だったが、今度こそはあの平民にリベンジをとの声が高らかと響いていた。


「立会人! 始めてくれたまえ!」


「本当にやるんです? この間みたいなことになりません?」


 立会人は前回も決闘を見届けた生徒である。


 どうにも嫌な予感がして立会人を辞退したかったのだが、ジョン王太子につかまってしまった。どうにもついてない人物である。


「この間のような無様は晒さぬよ! 今回勝利するのは私だと明言しよう!」


 ジョン王太子がそう宣言するのに観客(ヤジ馬)たちから歓声が上がった。


「えー。それではジョン王太子対クラリッサ・リベラトーレの決闘をここに始めます。両者、位置についてください」


 日光の向きなども考えられた平等な配置となり、クラリッサとジョン王太子が対峙する。クラリッサは相変わらずぼんやりとしているが、ジョン王太子の方は戦意に満ち溢れ、いつでも戦闘が始められる体勢を取っている。


「クラリッサちゃん! 気を付けてねー!」


 観客たちのざわめきが響く中、サンドラがクラリッサに向けてそう叫んだ。


 サンドラはジョン王太子が既にフィジカルブーストの魔術を習得していることを理解している。王族は学園で教わるより早く、魔術や剣術について教わるのだ。そのことは貴族の間では常識だったが、平民であるクラリッサが知っているかどうかは分からない。


「それでは始め!」


 立会人が号令を下した直後、フィジカルブーストを行使したジョン王太子の拳がクラリッサを狙って放たれた。まるで弾丸のようなパンチであった。


 だが、スカである。


 クラリッサは瞬時に身を捻って攻撃を躱しており、カウンターとしてジョン王太子の腹部にボディブローを決めた。


 その威力、屈強な成人男性の放つ打撃並み──に抑えられたクラリッサの拳がジョン王太子の腹部を抉り、胃袋がひっくり返るほどの衝撃を与える。その衝撃を前にジョン王太子は虚しく胃液を吐き出して、崩れ落ちた。


「立会人。結果は?」


「しょ、勝者はクラリッサ・リベラトーレです」


 やっぱりこういう結果になるかと思いながら立会人が結果を告げる。


「ば、馬鹿な……。今回は私もフィジカルブーストを使っていたのだぞ……」


 ジョン王太子が息も絶え絶えにそう告げる。


「攻撃が直線的過ぎ。どこを狙っているのか攻撃前から分かる。相手に本当に攻撃を加えたいと思ったら、せめて視線誘導ぐらいはするべき。それに本当にフィジカルブーストを使ってたの? 全然、気づかないくらいしか強化できなかったんだね」


「き、気づかないぐらいしか強化できてない……」


 その言葉はジョン王太子にとってショックであった。


「ぶっちゃけ、それぐらいしか強化できないなら魔力の無駄遣いだよ」


「魔力の無駄遣い……」


「戦闘のセンスがかたつむりレベルでしかないね」


「かたつむり……」


「かたつむりの観光客でももうちょっと善戦するんじゃないかな」


「かたつむりの観光客……」


「君はもう戦うことを諦めた方がいいよ。他の道を探していこう」


「とってつけたようなフォロー……」


 言葉による打撃がジョン王太子を追撃する!


「私はかたつむりの観光客以下……。私はかたつむりの観光客以下……」


「お気を確かに、殿下!」


 ぶつぶつと同じ言葉を繰り返すだけになったジョン王太子に執事が駆け寄る。


「ああ。またしても負けてしまわれたのですか、殿下……。けれど、さっそうと勝利されるクラリッサさんも素敵ですわ……」


 フィオナはやっぱり頭が残念だぞ!


「クラリッサちゃん! 大丈夫だった?」


「うん。かたつむりを相手にするぐらいは危険だったかな」


「かたつむり相手かー……」


 サンドラが駆け寄るのにクラリッサがそう答える。


「でも、あんまり決闘とかしない方がいいよ。それに相手は王太子だし。不敬罪に問われちゃうかもしれない」


「私が仕掛けたんじゃないよ。向こうが仕掛けてきたんだよ。それにちゃんとフォローしておいてあげたから」


 あれはフォローにはなってないと思うぞ。


「さてと。今度は怒られないようにちゃんと椅子に座って待ってよう」


「本当に決闘はどうでもいい感じだったんだね、クラリッサちゃん……」


 今日もクラリッサは平常運転だ。


……………………

本日4回目の更新です。

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新連載連載中です! 「人を殺さない帝国最強の暗殺者 ~転生暗殺者は誰も死なせず世直ししたい!~」 応援よろしくおねがいします!
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[一言] カタツムリの観光客って…そしてそれ以下って…
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