娘は友達について調べたい
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──娘は友達について調べたい
サンドラの発言を知っているのはクラリッサだけだった。
合宿が終わっても学園からは何のアナウンスもなかったし、ウィレミナたちはいつも通りにサンドラと接してる。どうやらサンドラはクラリッサにだけ秘密を打ち明けてくれたようだ。だが、いろいろと疑問点は残る。
サンドラはまだ8歳だ。今年で9歳になるがそれでも結婚など早すぎる。
戦国武将でも12歳のお嫁さんをもらった人などがいるが流石に一桁年齢はない。
それにフランク王国という海外に行くのもなんだかおかしかった。
サンドラの家は男爵家だ。王家や公爵家などのさらに格式高い貴族ではない。それが僅か8歳で隣国に嫁ぐというのは奇妙な話である。二国間の友好のための政略結婚であるならば、もっと格式高い貴族の子が──そして、結婚適齢期である子が選ばれるはずだろう。その点がどうにもクラリッサには腑に落ちなかった。
だが、その点でサンドラを問い詰めるわけにはいかない。サンドラはあの展望台での話以降その話題を一切出さない。空気の読めないことに定評のあるクラリッサでも、サンドラがこの話題をしたくないというのは分かった。
しかし、気になる。
あのサンドラの寂しそうな表情は明らかに結婚を望んでいない。本人が望まないままに結婚が進められようとしているのだ。だが、どうして?
答えは出ないまま、クラリッサの乗った馬車は合宿から屋敷に戻った。
「ただいま、パパ」
「お帰り。合宿は楽しかったか?」
家に帰ると書斎からリーチオが出迎えてくれた。
「楽しかった。花火は綺麗だったし、バーベキューは美味しかったし、海とプールは楽しかったし、肝試しは面白かった。クラーケンとも戦ったし」
「……なんか最後に物騒な単語が聞こえたんだが」
「詳しくはファビオに聞いて」
リーチオの追及をファビオに投げるクラリッサ。
「まあ、楽しかったなら何よりだ。怪我もないようだし、友達とも仲良くできたか?」
「そのことでパパに相談がある」
リーチオが満足そうに告げるのに、クラリッサが真剣な表情でそう告げた。
「サンドラ・ストーナーって子の家について調べて。私の友達なんだけど、今年の夏にフランク王国にお嫁に行くんだって。どう考えてもおかしいよね?」
「なんだって。お前の友達なら8歳か9歳だろ。それを結婚か?」
クラリッサが告げるのにリーチオが目を見開く。
「政略結婚だったとしてももう少し待つよね?」
「そうだな。流石に年齢一桁で結婚というのはあり得ないだろう。それにフランク王国ときたか。どうにも臭い話だな」
「パパ、何か知ってるの?」
リーチオが渋い表情で告げるのに、クラリッサが尋ねる。
「ポリニャック伯爵って奴が上は王室から下はチンピラまで絡んできてる。フランク王国の政府要人らしいが、フランク王国の組織の背後には奴の影があるし、最近ではアルビオン王国の王室に取り入ろうとあれこれプレゼントをしているらしい」
そう告げて、リーチオは続ける。
「フランク王国とアルビオン王国は長らく敵対関係にあった。だが、ゲルマニアが北ゲルマニア連邦に統一されて大陸のパワーバランスが変わろうとしている。アルビオン王国も北ゲルマニア連邦を警戒している。そこで長年の宿敵であったフランク王国と仲直りして、パワーバランスを取り戻しませんかって提案だろうな」
リーチオはその商売の都合上、世界情勢にも目を見張っている。うっかり見過ごすと、急に船の行き来ができなくなったり、税関と出入国の管理が厳しくなったりするのだ。
「フランク王国のそのポリニャック伯爵っていうのは怪しいよ。サンドラの結婚の件にも関係しているかも。調べて、パパ」
「分かった、分かった。サンドラ・ストーナーだったな。調べさせておこう」
リーチオはそう告げてベルを鳴らす。
「ご用件でしょうか、ボス」
「ピエルトに言って、サンドラ・ストーナーについて調べるように言っておいてくれ。ストーナー家についてもな。それからポリニャック伯爵の調査がどれくらい進んでいるのかも、そろそろ報告に来るように急がせておけ」
「畏まりました、ボス」
ファビオはリーチオの指示に頷くと、すっと姿を消した。
「サンドラは友達なんだ。彼女が不幸な目に遭うのは私は望んでない」
「分かってる。お前は友達思いのいい子だ。パパたちがちゃんと調べてやるからな」
クラリッサがリーチオの脇に来てそう告げるのに、リーチオはクラリッサの頭を優しく撫でてやったのだった。
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ピエルトが報告にやってきたのはクラリッサたちがビジネスも兼ねた北ゲルマニア連邦旅行から帰ってきた7月30日のことだった。
ピエルトは昼過ぎに屋敷にやってきて、リーチオの書斎に入った。クラリッサは8月1日のフィオナの誕生日に向けて誕生日プレゼントをウィレミナたちと一緒に選びに行っているので留守にしている。むしろ、ピエルトの報告が衝撃的なものだった場合に備えて、意図的にリーチオがクラリッサに買い物に向かうように仕向けていた。
「何かわかったのか、ピエルト」
「まず調べたのはストーナー家についてです。娘をどうして8歳で嫁に出さなきゃならないのか、その点についてを中心に調べました。その結果がこれです」
ピエルトはそう告げてリーチオに報告書を手渡す。
「財政状況も何もかも健全だな。弱みを握られているということはなさそうだが」
「それがですね。ストーナー家の当主であり、クラリッサちゃんの友達であるサンドラちゃんの祖父が降霊術にのめり込んでいるんですよ。金遣いが荒いということはないんですが、交流についてはちとばかし眉を顰めるようなペテン師も含まれています」
「なるほど。降霊術とはな」
リーチオは2枚目の報告書に記されたサンドラの祖父と交流のある人物リストを眺めて、眉を歪めた。一部には有名で──悪名高い降霊術師が名を連ねている。リーチオたちはオカルトの分野には手を出さないが、金を貸してやることはある。その金を返すのに貴族に取り入って、多額の謝礼を受け取ろうとするペテン師は大勢見てきた。
「2年前にも当主が降霊術の会を開いていて、そこでお告げがあったそうです。サンドラちゃんはかの有名なフランク王国の英雄ジャンヌ・ラブレの生まれ変わりだとかと。それで当主はサンドラちゃんをフランク王国に向かわせることにしたわけです」
「貴族ってのはとんだボンクラだな。そんなことを信じるなんて。で、その英雄の生まれ変わりをフランク王国の誰と結婚させようとしたんだ?」
「それがポリニャック伯爵なんですよ。パトリック・ド・ポリニャック伯爵。フランク王国で有名な降霊術師と占い師で、貴族の地位とフランク王国政府の要人の立場の両方をその降霊術と占いで手に入れたっていう男です」
リーチオはその話を聞いてようやく話が見えてきたと思った。
「その男は北ゲルマニア連邦がフランク王国にとっての次の脅威になる。アルビオン王国と同盟すべきと“占って”フランク王国をアルビオン王国との同盟に向かわせた。で、向かった先のアルビオン王国ではフランク王国こそ同盟国として相応しいとどこかの“幽霊”に喋らせて、そうやってごろごろと車輪を回してきたわけだ」
「ええ。その車輪を回すのにフランク王国の組織が協力していたようです。降霊術と称したいかさまをしたり、占いの結果をその通りにするために人間を雇ったりと。これでどうしてフランク王国の組織がいつまでもロンディニウム郊外に居座っているのか分かりましたよ。このインチキ降霊術師のせいで俺たちは抗争直前まで行っていたわけです」
リーチオの言葉にピエルトが怒りを隠せぬ様子でそう告げた。
確かにフランク王国の組織はポリニャック伯爵に雇われていた。彼のために降霊術で呼び寄せる人間の素性などの情報を調べたり、降霊術で使用する幻覚剤を仕入れたり、占いの結果を事前に聞いて、そのための工作をしたりと使い走りを行っていた。
ロンディニウム郊外にあれこれ理由を付けて陣取り、離れようとしなかったのは全てはアルビオン王国における工作を成功させるため。
「なら、多少ばかり楽しいことにしてやろう。ポリニャック伯爵はまだロンディニウムにいたんだったな?」
「はい、ボス。ノルマン宮殿にいます。こちらの内通者が数名いますが、殺しに使えそうなやつはいません。殺すなら奴が宮殿を離れたときでしょうな」
これがベニートおじさんだったら、そのままノルマン宮殿に突撃していただろう。彼は占いや降霊術といったものが大嫌いで、そういうのを使ったペテン師どもも大嫌いなのだ。それにそれがクラリッサの友人に害をなしているときたら、激おこ大突撃だ。ベニートおじさんは南部人だから王室への敬意など欠片もないんだ。
「いや。内通者だけで十分だ。そいつにポリニャック伯爵が占いをするように仕向けろ。そして、占いの結果をこちらに伝えさせろ。後は、言わずとも分かるな」
「なるほど。それで奴の評判が急降下というわけですね」
「そういうことだ」
リーチオの計画をピエルトはすぐに理解した。
「それから恐らくポリニャック伯爵にはペテン以外の罪状もあるはずだ。フランク王国の組織との関係。それから税金がらみで少しばかり調べるべきだろうな。それから国家に対する背任罪にも問えるだろう」
リーチオはそう告げて、ピエルトの報告書を捲った。
リーチオは犯罪者であり、同じ犯罪者の気配は理解できる。それが間抜けなのか、それとも尻尾を掴ませない利口なものなのか。
リーチオにとってポリニャック伯爵は間抜けの部類だ。少し調べただけでここまでぼろがでるというのは言うまでもなく間抜けだ。それに王室に取り入ったやり方も、やり方がお粗末すぎる。家臣のひとりでもポリニャック伯爵を疑えば、同じように調べられて、それによってポリニャック伯爵は終わりになるだろう。
「これまでは美味しい思いをしてきたようだが、それもこれで終わりだ。奴にはフランク王国の組織をこちらにけしかけてくれた報いを受けてもらわなければならん。徹底的にこの貴族を潰すぞ。総動員だ」
「畏まりました、ボス」
この後、ノルマン宮殿にいる内通者からポリニャック伯爵はあと数日滞在するとの情報が入った。最後はサンドラを連れて国に帰るつもりらしい。
それまでにポリニャック伯爵の信用を落とせるのだろうか?
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「は、初めまして、伯爵閣下」
ロンディニウム内に位置するストーナー家のタウンハウス。
そこでサンドラが着飾ったドレス姿で挨拶をしていた。
挨拶の相手は40代後半ごろの中年太りした男性。髪もひげも綺麗に整えられているが、その人相はどういうわけだかいかがわしいように感じられた。
「おお。私の婚約者。聖ジャンヌの生まれ変わりよ。私のことは伯爵など堅苦しいものではなく、パトリックと呼んでくれたまえよ」
そう、この人物こそがポリニャック伯爵である。
「いえ。まだ正式に婚姻を結んだわけではありませんので……」
「何を言っているのかね。君と私は前世で結ばれた存在なのだ。今世でもそうなる。来世でもまたそうなるだろう」
サンドラが告げるのにポリニャック伯爵がそう告げて天を仰ぐ。
「しかし、伯爵閣下。いくらなんでもサンドラはまだ8歳です。いくらなんでも結婚というのは早すぎるのではないですか? せめて16歳になるまで待っていただいても。学園の初等部すら卒業していないのでは、あまりにも常識知らずではありませんか」
「ご心配なく。ご両親の心配も分かりますが、私はこう見えてフランク王国ではとても顔の利く人間なのです。娘さんには最高の教育を受けさせておきましょう。王立ティアマト学園に匹敵する、いやそれ以上の教育機関に入れてあげましょう」
サンドラの父が告げるのに、ポリニャック伯爵がそう告げて返す。
「当主殿も認められた婚姻です。今さらなかったことにはしないでしょう。娘さんは確かに異国に行きますが、そのまま永遠に別れてしまうわけではないのです。フランク王国とアルビオン王国の交友が始まれば頻繁に会うことはできます」
ポリニャック伯爵はそう告げてサンドラの肩に手を回す。サンドラはそのぬるりとした感触に身が強張るのを感じた。
「最高の屋敷に、最高の教育に、前世から定められた最高の夫。娘さんはこの世でもっとも素晴らしいものを手に入れるのです。これ以上の幸せはないでしょう。当主殿も満足なさっているはずです。あの方は聡明なお方ですから」
ポリニャック伯爵がそう告げたとき、部屋の扉が開かれた。
「サンドラ。ポリニャック伯爵閣下に挨拶はしたね?」
「はい、お爺様」
部屋に現れたのはサンドラとポリニャック伯爵の婚姻を決めたサンドラの祖父だ。彼はポリニャック伯爵に頭を下げると、満足そうにサンドラとポリニャック伯爵を見る。
「お父様。サンドラに婚姻は早すぎます。どうか思い直してください」
「何を言うか。サンドラとポリニャック伯爵は前世でも繋がっていた仲なのだぞ。私は確かに聞いたのだ。かの有名な聖ヴァンサン・ド・ポールが、『あなたの孫はジャンヌ・ラブレの生まれ変わりであり、再び民衆を導く運命を背負っている』と言ったのを」
サンドラの祖父の降霊術への入れ込み具合は度を越していた。
家の金こそサンドラの父が管理しているので浪費されることはないが、貴族が関わるべきでないような怪しげな人種と毎晩と言っていいほどに交流を持ち、家では週に1回は降霊術の集会が行われていた。
何をしているのか分からないが、この間の降霊術の時にはアヘンに似た臭いの薬品臭が漂って来ていた。サンドラの父は自分の父に降霊術への入れ込みをやめるようにと何度も言ったが、彼はまるで耳を貸す様子はなかった。
そして、今回のサンドラの件だ。
サンドラを彼女の父より年上の人間に嫁に出すということにサンドラの父は猛反発したが、サンドラの祖父は耳を貸さず、勝手に婚姻を決めてしまった。
ストーナー家──カモイズ男爵──の当主は今もサンドラの祖父だ。家のことを決めるのはサンドラの祖父であり、サンドラの父はそれに逆らえない。
「サンドラ……」
サンドラの父は息苦し気にポリニャック伯爵の傍にいるサンドラを見て、何もできない自分の無力さを嘆いていた。
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