娘はお化けに挑みたい
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──娘はお化けに挑みたい
翌日のスケジュールは少しばかり困ったことになった。
本来ならば引き続き、海水浴となるところだったのだが、件の魔物除け網の破れと湾内の安全確保が行えないために、海水浴はできない。魔物がいるかもしれない海で貴族の子女たちを泳がせるわけにはいかないのだ。
というわけで、今年は体育館でドッチボールをやるか、テニスコートでテニスをするか、あるいは併設されたプールで泳ぐかになった。
クラリッサたちは水着の披露のためにプールを選択。
ジョン王太子もプールに行きたかったのだが、男友達に誘われてテニスの方に向かっていった。初等部3年生にとって女子の水着は見ているとエロ魔人呼ばわりされるものなのだ。貴族や王族であってもまだまだお子様だね。
「クラリッサさん。今日の水着も素敵ですわね」
「隠すことによる美だよ」
「隠すことによる美……?」
今日のクラリッサの水着はチューブトップの水着だ。本人は胸の谷間を隠しているつもりのようだが、クラリッサはそこまで豊かなものをお持ちじゃないぞ。
スタイルで言えばクラリッサはスレンダーなタイプだ。背丈も長身の部類に入り、体は筋肉で引き締まっている。ウィレミナもクラリッサと同じように体育で鍛えられているので、スレンダーな体形である。
サンドラは女の子らしい体形をしている。そこまで背も高くなく、筋肉質でもなく、柔らかそうな体つきをしている。筋肉質ではないが、太り過ぎでもない。フィオナも同じような感じであり、女の子らしい柔らかさのある体をしている。ヘザーも同様。
まあ、初等部3年生では身長以外にさほど差は付かないものである。
「クラリッサちゃん。これで遊ばない?」
クラリッサとフィオナがプールサイドでちゃぷちゃぷやっていたときに、サンドラが何やら抱えて持って来た。
「何それ?」
「水鉄砲。先生たちがこれ使って遊んでいいって。せっかくだからこれで遊ぼうよ」
クラリッサが首を傾げるのに、サンドラがそう告げた。
「よし来た。射撃の腕前を磨くチャンスだ」
「クラリッサちゃん。手加減はしてね……」
クラリッサ。水鉄砲じゃ射撃の腕は上がらないぞ。
「では、チームマッチとデスマッチ。どっちにする? オッズは?」
「私たち奇数だからチーム戦は難しいし、個人戦にしよう。それから賭けはなしだよ」
「今なら控除率30%なのに?」
「ダメです」
サンドラに否定されるのに不貞腐れるクラリッサであった。学園で賭けをしようとする方が悪いのだから、己の過ちは認めよう。
「じゃあ、まずはバラバラに散って、それから周りに迷惑をかけないようにね」
「抗争では民間人も巻き込まれるものだよ」
「これは抗争ではありません」
クラリッサの気分は戦争だ。
「ねえ、ねえ。ルールはどうするの? 当たったら負け?」
「んー。それだとすぐ終わっちゃいそうだよね」
ウィレミナが尋ねるのにサンドラが考え込む。
「ヘッドショットのみ有効とか」
「顔は狙わない方向で行こう」
水鉄砲でも顔面を撃たれると痛いぞ。
「なら、3回当たったらアウトというのは?」
「うん。それいこうか」
「それで勝者は莫大な賞金を……」
「お金は出ません」
ことごとくサンドラに否定されるクラリッサだ。
「ぶー。賞金のためになら八百長も辞さないというのに」
「八百長なんてしないの。ここは思い出作りのために思いっきり遊ぼう!」
クラリッサはここで気づいた。
今回の夏に限って、やけにサンドラが思い出に執着していることに。
「サンドラ。私たちこれからも友達だよ?」
「……うん。分かってる。だから、遊ぼう?」
クラリッサが告げるのにサンドラは笑って返したのだった。
「それでは位置について」
クラリッサたちは10名前後の生徒たちの遊ぶプールの方々に散る。
「始めー!」
一番に動いたのはクラリッサであった。
クラリッサはヘザーの方向に向かうと、ヘザーに向けて水鉄砲を放つ。
「ひゃあん! もっと、もっと水圧をかけてくださいよう!」
「……このまま潰してしまおう」
クラリッサは悶えるヘザーに水鉄砲の水を浴びせまくった。
「隙あり!」
クラリッサがヘザーを狙っていたのに、ウィレミナが背後から襲い掛かる。
「甘い」
クラリッサはプールの中に潜って攻撃を回避し、そのまま潜航して目標に向かう。
「てい」
「きゃあ!」
だが、浮上と同時に攻撃したのは見知らぬ女子生徒。誤爆である。
「へへっ。クラリッサちゃん、こっちだよ!」
「なに」
流石は身体能力の高いウィレミナだ。ウィレミナはクラリッサの側面に回り込むと、水鉄砲の水をクラリッサに浴びせた。
「おのれ。まだまだ」
クラリッサは水鉄砲に水を急速に注ぐと同時に、ウィレミナに向けて水鉄砲を握っていない方の手で水を浴びせてその視界を一時的に封じた。
そして、一気にウィレミナに接近する。
「てい、てい、てい」
「うわっ! ずるだろ、それ!」
クラリッサがウィレミナに連続して水を浴びせかけるのに、ウィレミナが叫ぶ。
「勝てばいいのだ。勝てば官軍」
「ずりー。兄貴たちみたいだ」
クラリッサが勝ち誇るのに、ウィレミナがぶーぶーと文句を言う。
「そこだー!」
クラリッサが勝ち誇っていたのも束の間、背後から水が飛んできた。
サンドラだ。既にフィオナはやられてしまったのか、プールサイドから手を振っている。サンドラは水鉄砲に水を装填し、クラリッサに浴びせかける。
「むう。残り1発でゲームオーバーか。そうはいかない」
クラリッサは一時的に潜って水鉄砲を再装填すると、潜ったまま泳いで、今度こそ間違わずにサンドラの方に突撃する。
「てい」
「てりゃー!」
クラリッサが浮上と同時に水鉄砲を発射するのに、サンドラはそれを回避して、クラリッサの顔面に水鉄砲を叩き込んだ。
「ぐぬ。ヘッドショット……。サンドラ、実は殺し屋の才能がある?」
「そっちの才能はないかなー……」
クラリッサの負け、サンドラの勝利で試合が終わるのにクラリッサがぶくぶくとプールに沈む。どうやら負けたのが悔しかったらしい。
「もう1回やる?」
「やる」
それからクラリッサたちは水鉄砲で思う存分、夏のプールを満喫した。
そして、その日の夜は──。
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「そして、その女性が振り返ると、そこには血まみれの──」
蝋燭の炎が1本灯された暗闇の中で怪談話をするのは王立ティアマト学園の教師だ。
これはこれから行われる肝試しの空気作りである。
王立ティアマト学園はお化けの存在を否定してはいない。このアルビオン王国では今も降霊術などが盛んで、ある意味ではオカルトは貴族のたしなみのひとつであった。まあ、ほとんどの降霊術師はただのペテン師であるのだが。
「クラリッサちゃん。なかなか怖いね、これ……」
「……? 密告者を生きたままミンチにして豚に食わせた話の方が怖いよ?」
「そんな話を知っているクラリッサちゃんのことがあたしは怖くなってきたよ」
クラリッサはお化けよりも怖いものを知っているのだ。
「それではくじを引いて2人1組になってください。今日はこの森の先にある教会の跡地においてあるスタンプをこのシートに押してくることになっています。友達と協力して、怖いお化けを乗り越えましょう。さあ、くじを引いて」
あたかも本当にお化けがでるかのように脅しているが、この先の教会までの道のりは事前に安全が確認されているし、ルート上には脅かす役を請け負った教師がいる。本当のお化けに出くわすことはないだろう。
「クラリッサちゃん。何班なった?」
「12班」
「ありゃ。あたしは9班だ」
ウィレミナが尋ねるのにクラリッサがくじの番号を見せた。
「クラリッサちゃん。くじの結果は?」
「12班。サンドラは?」
「一緒! 12班!」
おっと。ここでクラリッサとペアになるのがサンドラになった。
「9班ー! 9班の方はいませんかあ! 私を縛り上げて、お化けがいるかもしれない森の中に放置してくれる方はどこにい!?」
「……誰かとくじ交代しようかな」
ヘザーの声が響くのに、ウィレミナがうつむいた。
「クラリッサさん。お相手は決まりましたか?」
「うん。サンドラと一緒だよ。フィオナをエスコートするのは誰かな?」
「運命的なことに殿下ですの! 嬉しくて、嬉しくてたまりませんわ!」
「おお。よかったね」
クラリッサはそう告げてジョン王太子の方に視線を向けた。
「お化けなんていない。お化けなんていない。お化けなんていない。お化けなんていない。お化けなんていない。お化けなんていない。お化けなんていない……」
ジョン王太子は必死だ。
「まあ、彼には頑張ってもらおう」
「はい! 殿下にエスコートされてきますわー!」
クラリッサは見なかったことにしてジョン王太子にフィオナを託した。
「じゃあ、サンドラは私と一緒に。エンタメ性重視と効率性重視のどっちでいく?」
「肝試しにそんなオプションがあるのかー……」
クラリッサが告げるのにサンドラが困った表情を浮かべる。
「ちなみにそれぞれの特徴は?」
「エンタメ性重視だと私も一緒になってビビって恐怖感の演出に一役買います。効率性重視だと全ての脅しを無視して教会まで突き進みスタンプを押したら速攻で帰ります」
「じゃあ、エンタメ性重視で行こうかな。せっかくの肝試しだし」
「了解。それじゃあ、私も一緒に驚くからね」
クラリッサは既に森の中に教師たちが隠れて脅かす準備をしているのを知っているぞ。というのも、昨日の件でクラリッサの身の回りの安全を改めて確保すべきと考えたファビオが全て報告してしまったからである。
これでは肝試しにはならない。そもそもクラリッサはお化けを全く信じていないのだから、恐ろしいのはこれを機にクラリッサの命を狙ってくるかもしれない敵対組織の存在くらいである。それもクラリッサにひっそりとついていくファビオが排除する。
「次は12班のペア。出発してね」
担当教師がクラリッサたちを呼ぶ声がする。
「行こうか、サンドラ」
「うん」
そして、クラリッサたちは出発した。
肝試しの開催場所は合宿所裏手の山林地帯で、教会跡地までは山道が整備されている。元々は教会に向かうための道だったのだが、今は教会跡地の見晴らしの良さから、展望台として利用されている場所までの道になっている。
毎年行われる夏の合宿のためにきちんと整備されており、かつ一本道なので山林の中で遭難するようなことにはならない。
クラリッサとサンドラはクラリッサが先頭を進み、サンドラがクラリッサに手を握られて後に続く。クラリッサは平然としているが、サンドラはびくびくだ。
「知ってる、サンドラ?」
「な、なに、クラリッサちゃん?」
不意にクラリッサが言葉を発するのにサンドラがおどおどと尋ねる。
「実はね。10年前にこの森で行方不明になった子がいるんだって。そして、今も見つかってないんだ。その子のことを“見つけちゃう”と体を奪われて、今度はその見つけちゃった子がこの森の中に閉じ込められるんだよ。知ってた?」
「じょ、冗談だよね?」
「いや。違うよ。ほら、あそこ」
クラリッサが声を落として、森の中を指さす。
すると、そこから長い髪で顔の見えない女性が姿を見せた!
「で、でたー! 助けて、クラリッサちゃん!」
「よし。逃げよう。あ、追いかけてくる」
「走って、走って!」
もちろん、クラリッサの話は嘘八百だ。クラリッサはファビオの情報でどこでどんなお化けの格好をした教師が出るのか知っており、それを利用したわけである。
「もう大丈夫だよ。お化けはどこかに行った」
「クラリッサちゃん。やけに冷静だね」
「そんなことないよ。心臓が口から出てきそうだよ」
「さては嵌めたね?」
サンドラが疑いの視線を向けるのにクラリッサがそっぽを向いた。
「まあ、エンタメ性重視を頼んだのは私だし、この調子で行こう」
「そうだね、サンドラ。ところでその右肩の手って誰の手?」
「え?」
サンドラが右肩を見ると真っ白な手が伸びてきていた。
「きゃー! 出たー! 出たー!」
「急げ。ダッシュで逃げよう」
そんなこんなでクラリッサとサンドラは肝試しのびっくりポイントをひとつも残すことなく味わい、展望台になっている教会跡地までやってきた。
「はあ、はあ。こんなにびっくりしたのって初めて……」
「私もそんなにびっくりする人初めて見た」
サンドラが息を切らせながら教会跡地におかれたスタンプを押すのに、クラリッサもそう告げてスタンプを押した。
ちなみに教会が跡地になっているのは呪い的なものではなく、老朽化が進んだため取り壊しになっただけだぞ。お化けなんていないのである。
「それにしてもここからの景色は絶景だね」
「本当だ」
この展望台からは合宿所の面する湾が見渡せる。月光の光に照らし出されたそれは、神秘的な輝きを以てしてクラリッサたちの眼前に広がっていた。
「あそこが合宿所かな?」
「そうだね。それであそこが昨日のバーベキューパーティーの会場で、あそこが先生が怖い話を聞かせた場所で、あそこはサンドラが最初に驚いた場所」
「……よく見えるね、クラリッサちゃん」
「夜目は効く方なんだ」
人狼ハーフのクラリッサは夜の視界もばっちりだ。
「それにしてもいい思い出になったなあ」
サンドラはそう告げて夜の海を見渡す。
「また来年も夏にどこかに出かけたりしよう」
「……ごめんね、クラリッサちゃん。それはできないんだ」
「どうして?」
サンドラが呟くように告げるのに、クラリッサが首を傾げた。
「私、フランク王国にお嫁に行くことになったの。だから、今年の夏でみんなとはお別れなんだ。だから、最後にみんなと一緒に思い出が作りたかったの」
サンドラはそう告げて力なく微笑んだ。
「ありがとう、クラリッサちゃん。いい思い出ができたよ。クラリッサちゃんのおかげ。本当にありがとう。いつかまた会えるといいね」
「サンドラ……」
サンドラはそう告げて帰りの山道を何も言わずに下り始めた。
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