娘は合宿をエンジョイしたい
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──娘は合宿をエンジョイしたい
クラリッサの合宿へ至る道のりには期末テストという壁が立ちふさがっている。
ここで赤点を取ると、せっかくの合宿でみんなが海で遊んでいる時間に期末テストのおさらいをやらされることになる。そうであるがためにクラリッサは今年の前期の期末テストは必死になって受けることになった。
勉強。勉強あるのみ。
「過去進行形? 過去で何が進むの? 過去は終わったことだよ?」
「クラリッサちゃん。冷静になって例文を読もう」
クラリッサの頭を悩ませているのは第一外国語である。
国語については最近は幾分か克服できてきた。宝石館でいろいろな本を読み聞かせてもらい、解釈についても学んできたおかげだ。もちろん、サンドラから勧められた週に1冊の本を読むという習慣も続けているぞ。
そのおかげで読解力が向上したクラリッサだが、第一外国語については依然として難敵であった。何せ、クラリッサがひとつ理解している間に、授業はふたつ進むのだ。これではまるで追いつけないというものである。
「私は分数の計算でこんがらがってきたよ」
「それなら私が教えてあげよう」
サンドラが告げるのにクラリッサがアドバイスする。
流石は自称金融業の家の娘である。計算については暗算も素早い。
「あたしは今年まではまだいけるかな」
「ウィレミナは余裕だね。流石は学年1位をキープしているだけはある」
「貧乏なうえに馬鹿だったら救いようがないでしょ?」
素直に尊敬するクラリッサと冗談を交えてそう告げるウィレミナ。
「あたし、高等部に入ったら家庭教師のバイトしようと思ってるし、今のうちに勉強頑張っとかないとね。学費を一銭たりとも無駄にはしないよ」
「意識高いな、ウィレミナちゃん」
王立ティアマト学園の学費は成績優秀者に限って奨学金でサポートされるぞ。
「第一外国語も、歴史も、地理も、覚えることが多すぎる……。子供はもっと詰め込んだ教育をするよりもゆとりのある教育をした方がいい気がする」
「この学園だからだよ。この学園、勉強はスパルタだよ。そういえばクラリッサちゃんはどうしてこの学園に入ったんだっけ? 今の人気の学校はうちの学校より聖ルシファー学園の方だと思ってたんだけど」
「この学園の制服が可愛かったから」
「制服が可愛かったからかー」
聖ルシファー学園は夏服はセーラーワンピースでそれなりに人気の高い制服である。だが、デザインは最高のデザイナーを雇っている王立ティアマト学園の方が上であり、今クラリッサたちが着ている夏服──ジャンパースカートもシンプルながら可愛い品だ。
「まあ、入っちゃったものはしかたない。勉強、勉強。分からないところは教えるよ」
「じゃあ、第一外国語、私の代わりに受けといて。ギャラは弾むよ」
「それは無理だなー」
相変わらず金で解決しようとするクラリッサである。
「あら。クラリッサさんたちはお勉強中ですか?」
図書館でそんなやり取りをしていたら、フィオナが姿を見せた。
「天使の君。私たちも夏の合宿に向け勉強をね。フィオナも新しい水着を準備しているんだろう。それを見つめられる時間が減ってしまうのは私としても心苦しい。君の夏の姿をこの網膜に焼き付けておきたいところだ」
「ま、まあ、クラリッサさんったら。私の水着姿なんてクラリッサさんと比べたらとっても劣ってしまうものですわ……」
「そんなことはないよ。きっと君の夏の装いは見る者を魅了してしまうだろうね」
国語の成績はいまいちなのにこういう時には口が回ると思うサンドラとウィレミナであった。本当にこの子は何がしたいのだろうか。
「よかったら勉強、お手伝いしますわ。クラリッサさんの苦手の分野は?」
「歴史、地理、国語と第一外国語。これさえ乗り切ればなんとかなるんだ」
「ということは理系はお得意なのですか?」
「それなりにはね」
クラリッサが他人に誇れるのは理系分野のみだ。
「それではお手伝いしましょう。まずは歴史から始めましょう」
「とは言え、歴史はただひたすら暗記するだけだよね? コツはあるのかな?」
「もちろんですわ。歴史は暗記でありながら、暗記ではないんですの。歴史を覚えるには物語として覚えるのがいいですわ」
そう告げてフィオナは本棚に向かう。
「ほら。この小説は史実に沿った流れで、物語を展開しているんですの。この本を2回も読めば、私たちの習う範囲の歴史の分野は完全にマスターできますわ」
「また、本を読むのか……」
クラリッサは相変わらずの読書嫌いだ。
「頑張ってみるよ、フィオナ。夏の合宿では同じ部屋になろうね。私は君の寝顔を見るまでは死ねないよ」
「ひゃ、ひゃい!」
今、ジョン王太子がいなくてよかったね。
「クラリッサちゃん。そうと決めたら勉強だよ。さあ、文法を覚えよう」
「死ねる」
クラリッサはまた机の上に溶けてしまった。
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7月21日。
ついに夏の合宿の日が訪れた。
クラリッサは期末前の猛勉強もあって、赤点を逃れ、順位は7位であった。
依然としてウィレミナがトップ、それに縋ってフィオナが2位という順位だ。
だが、今回はサンドラが8位まで降下している。
「さて、今日から楽しい夏の合宿だ!」
「おー!」
ウィレミナが宣言するのにクラリッサが歓声を上げる。
「思い出をいっぱいつくらないとね」
「そうそう。楽しい思い出をたくさん作ろう」
クラリッサがサムズアップしてそう告げるのに、サンドラが頷いて返した。
「でも、まずは期末テストのおさらいからだよ」
「目の前に海が広がっているというのに勉強しなければならないというのか……」
「一応、合宿だからね」
そして、喜びに水が差されるクラリッサであった。
「期末テストは頑張ったし、おさらいすることも少ないはずだよ。成績優秀者ほど合宿での勉強時間は免除されるから。っていうわけで、あたしは一足お先に海にゴー!」
「ずるい」
クラリッサは自分たちを裏切って、ひとりで海を満喫しようとしているウィレミナをジト目で睨んだ。だが、ウィレミナの成績がいいのは、彼女の努力のたまものである。
「なんちゃって。ちゃんとクラリッサちゃんたちが終わるまで待ってるから安心しなよ。あたしひとりで遊んだって楽しくないしさ。というわけで、楽しい思い出を作るためにもクラリッサちゃんたちは勉強をささっと終わらせるのだ!」
「ウィレミナは友達思いだ。このことはしっかりと記憶しておくよ」
ウィレミナがにやりと笑うのに、クラリッサが頷いて返した。
そんなわけで夏の合宿は勉強から始まった。
クラリッサはダメダメだった第一外国語を中心におさらいを行い、サンドラは算数の勉強を行った。ウィレミナは特に苦手分野も点数の悪かった科目も存在しなかったので、そうそうに放免となり、クラリッサたちの勉強を手伝っていた。
そんな期末テストのおさらいが行われること1時間。
「ようやく解放された……」
「疲れたー」
クラリッサとサンドラが解放され、合宿所の教室から出てきた。
「おふたりとも、ここでスタミナ切らしてたらダメですぜ。私たちは今日は海を満喫するために来たんですからね!」
「そうだった」
「忘れてたのかよ」
勉強が嫌すぎて記憶がすっぽ抜けていたクラリッサだ。
「早速水着に着替えよう。海が私たちを呼んでいる」
「オッケー。更衣室はこっち、こっち」
ウィレミナの案内でクラリッサたちは合宿所の中を進む。
合宿所はなかなか立派な建物で、貴族の別荘を大きく拡大した雰囲気を有している。過度な装飾は施されていないが、それなりの高級感があるのだ。
合宿所は各クラスの勉強が行われる教室棟と生徒たちが宿泊する宿泊棟、体育系の部活が利用することを想定した体育館の3つに大きく分けられる。宿泊棟には部屋にお風呂がついている他、大浴場などもあるぞ。
クラリッサたちはまずは体育館に併設された更衣室に向かう。
「あ。天使の君。君ももう海に出るんだね」
更衣室ではフィオナが水着に着替えていた。フリルのついたワンピース型の水着だ。
「クラリッサさん。それが海に出ようかどうか迷っているのですよ」
「どうして?」
フィオナの言葉にクラリッサが首を傾げる。
せっかくの楽しい海が目の前にあると言うのに、そこで遊ばないという選択肢はないだろう。クラリッサはそう考えていた。
「その、日焼けしてしまうのが気になって。夏場はあまり海にはいかないですの。夏場は避暑地で過ごすのがほとんどですわ。だから、こうして夏場の海に来ることになってしまうとどうしたものかと思ってしまうのですわ」
困ったという具合にフィオナがそう告げる。
フィオナの肌はクラリッサに負けず劣らず白い。これが日に焼けたら赤くなって痛むだろう。白い肌にも欠点はあるものである。
ちなみに文科系の部活であるサンドラの肌もそれなりに白く、逆に体育系の部活であるウィレミナの肌はほんのり小麦色になっている。
「それなら大丈夫。ここに日焼け止めがあるから。とても効き目のあるやつだよ。君の白い肌が腫れてしまっては、世界に対する損失だ。使うといいよ」
「クラリッサさんにはお世話になってばかりで申し訳ないですわ」
「君が庇護欲を誘うのがいけないんだよ、フィオナ?」
ここで必殺顎クイをかますクラリッサである。
「ひゃ、ひゃい。私が悪いです!」
「じゃあ、早速塗ってみてね」
クラリッサはそう告げて日焼け前から顔の赤いフィオナに日焼け止めを手渡す。
「クラリッサちゃん。これでも効果あるかな?」
「うん。そのタイプの日焼け止めでも大丈夫。そんなに日焼けはしないはずだよ」
日焼けを気にする女子のひとりであるサンドラが自分が持ってきた日焼け止めを手に尋ねるのにクラリッサがそう返した。
「サンドラの水着はツーピース型? よかったら背中、塗ってあげよっか?」
「わあ。ありがとう、クラリッサちゃん」
クラリッサはウィレミナの背中に日焼け止めを広げるとぬりぬりと塗り広げる。
「日焼けとかそんなに気にするかな。あたしはあんまり気にしないけどな」
「ウィレミナちゃんの肌は丈夫だね。私のはよわよわです。褐色の肌に憧れないこともないけれど、そんなに上手に日焼けできないしねー」
ウィレミナが飾り気のないワンピース型の水着を着ながら告げるのに、サンドラが首を横に振って返した。
「これで完了っと。後は全身くまなく塗っておくといいよ。足先とかもビーチサンダルの跡がついちゃったりするから用心してね」
「うん。気を付けるね」
サンドラの手の届かない部位に日焼け止めを塗り終えたクラリッサが告げるのに、サンドラは体の他の部位にも日焼け止めを塗り始めた。
「クラリッサさん。お借りしましたわ。これで大丈夫でしょうか」
「うなじの部分にも塗っておいた方がいいね。塗ってあげる」
クラリッサはそう告げると日焼け止めを手に広げて、フィオナのうなじに塗る。
「これで大丈夫。海をエンジョイできるよ」
「ありがとうどざいます、クラリッサさん」
こうしてフィオナも準備完了。
「さて、私も着替えよっと」
「あ。クラリッサちゃん。今度は私が背中に日焼け止め塗ってあげるよ」
クラリッサが制服を脱ぐのに、サンドラがそう告げた。
「ん。じゃあ、お願いしようかな」
「髪は邪魔にならないようにまとめておくね」
サンドラは手慣れた仕草でクラリッサの髪を上にまとめると、クラリッサの背中に日焼け止めを広げていった。
「うわあ。クラリッサちゃんの肌ってつるつる。卵肌って奴だね」
「卵肌……? 私の肌ってそんなに固いかな?」
「いや。茹でた卵のような肌ってこと。卵の殻みたいに固い肌があったら大変だよ」
「ふむ。私は半熟派だな」
「完全に卵の話にシフトした」
クラリッサは半熟卵は作れないし、目玉焼きも作れないぞ。
「うお。本当だクラリッサちゃんの肌すべすべ。羨ましいなー」
「ウィレミナ。どうして君まで混ざってるの?」
「まあまあ。減るもんじゃないし」
いつの間にかクラリッサに日焼け止めを塗る手にウィレミナが加わっていた。
「その、私もよろしいでしょうか?」
「ううむ。いいよ。しっかり塗ってね」
そして、フィオナまで加わった。
「はあ。ようやく勉強が終わりましたよう。今日は燦々と太陽の光が降り注ぐ海で、子供が着たら不味いような水着を着て、蔑みの目を──」
そして、そんな更衣室に勉強を終えたヘザーがやってきた。
目の前には女子3名にぬるぬるの液体を塗りたくられているクラリッサ。
「な、なあっ!? ど、どういうプレイですかあ!? 私にも、私にもそのプレイを! お金はいくらでも払いますからあ!」
「プレイじゃない」
いつも通りのヘザーにクラリッサがため息をついたのだった。
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