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娘は夏の合宿に備えたい

……………………


 ──娘は夏の合宿に備えたい



 7月1日。


 今年も夏がやってくる。


 だが、王立ティアマト学園初等部3年生にとっては今年はただの夏ではないのだ。


「皆さん。今年は夏の合宿があります」


 3年A組の担当教師がそう告げる。


 そうなのである。今年の夏休みは合宿があるのである。


「合宿では期末テストのおさらい。海での課外活動。そして、花火大会やバーベキューパーティー、肝試しなどを予定しています。友達と過ごす夏の夜は特別はものになるでしょう。皆さんも保護者の方と相談して参加してください」


 担当教師はそう告げるとプリントを配っていった。


 そして、放課後のホームルームは終了。


「夏に合宿があるとは。初めて知った」


「あたしは知ってたよ。兄貴たちから聞かされてたから。正直、滅茶苦茶楽しみなんだよね。うちの家、貧乏だから海辺の別荘なんてゴージャスなものは持ってないし、夏の旅行も親戚の家に行くくらいだし。海で遊ぶ機会って滅多にないんだ」


「ほう」


 ウィレミナが興奮して告げるのに、クラリッサがプリント眺める。


「しかし、期末テストのおさらいとは……。夏休みでまで勉強しろというのか……」


「クラリッサちゃん。後4年したらいよいよ第二外国語が始まるぜ?」


「死ねる」


 クラリッサは机の上にぐでんと溶けた。


「今年の期末テストは気合いれて乗り切って、夏を満喫しよう。サンドラちゃんも夏の合宿楽しみにしてたよな?」


「もちろん。いっぱい思い出を作るよ。何から何まで満喫するからっ!」


 妙に気合の入っているサンドラであった。


「クラリッサちゃんはいつも夏は海外旅行だっけ?」


「うん。ヒスパニア共和国のトマト祭りとか面白いよ。あれって滅茶苦茶楽しい。私、この間は6連続で相手の顔面にトマト突っ込んだ」


「すげー。面白そう。うちの国でもそういう行事があればいいのに」


 ウィレミナが尋ねるのにクラリッサがそう答える。


「そうだね。季節が夏だと被るから秋にして投げるものはかぼちゃにしよう」


「死人が出る」


 アルビオン王国開催かぼちゃ祭り。飛んでくるかぼちゃを必死に避けろ!


「サンドラちゃんのところは何か予定ある、今年?」


「ううん。今年の夏は合宿ぐらいしか予定はないよ」


 ウィレミナの問いに少しサンドラが寂しそうにそう告げる。


「去年はフランク王国に行ったんだっけ? 向こうの料理って美味しかった?」


「まあ、それなりには。あんまり味わっている暇はなかったかな」


「美食の国って言われているぐらいだから御馳走を食べてると思ったんだけどなー」


「南部料理が基本になっているそうだよ。クラリッサちゃんは気に入るかも」


 ウィレミナが告げるのにサンドラがクラリッサの方を向いた。


「なら、今年の夏の合宿は大いに楽しもう。私もみんなと夏を過ごすのは楽しみ。いろいろと楽しい思い出をいっぱい作ろうか」


「うん。思いっきり楽しもう。そのためには期末テストを乗り切らないとね」


「うぐ」


 クラリッサは相変わらず文系科目がダメダメだぞ。


「仕方ない。夏の合宿のために期末テストは頑張ろう」


「そうそう。せっかくの夏休みなのに勉強ばかりしていてもね」


 クラリッサが渋々と現状を受け入れるのにサンドラが微笑んだのだった。


……………………


……………………


「ただいま、パパ」


「おう。お帰り」


 そして、その日もクラリッサは部活動を終えると、サンドラたちに別れを告げて、屋敷に帰宅した。手には夏の合宿の旨を記したプリントだ。


「パパ。今度、学園で夏の合宿があるって。7月21日から7月23日まで。この日って予定は特になかったよね?」


「ああ。大丈夫だぞ。俺たちの旅行は7月28日からだ。今年は少しばかり事情があってフランク王国は避けなければならんかもしれん」


「……? フランク王国の組織と戦争するの?」


「どこでそれ聞いた」


「ベニートおじさんがフランク人を吊るしてやるって息巻いてた」


「あの野郎」


 クラリッサの余計な知識フォルダの出どころはほぼベニートおじさんだぞ。ベニートおじさんはクラリッサに余計なことを教えるのが大好きなんだ。


「とにかく、お前の気にすることじゃない。夏の合宿の話をしよう。準備するものはいろいろとあるだろう。お前、他所の家に外泊するのは初めてだしな」


「下着からばっちりそろえておきたい」


「分かった、分かった。下着、寝間着、歯ブラシからシャンプーまで全部新調な」


「やったね」


 クラリッサは最近は子供向けの可愛い下着よりちょっとセクシーな下着の方を好んでいるぞ。もっとも初等部3年生が着るようなセクシーな下着などあまり置いてないが。


「必要なもののリストを作っておきなさい。それで明日は買いだしだ」


「了解」


 クラリッサはそう告げると自室に向かい、メモ帳にカリカリと夏の合宿に必要なものを記していく。下着、寝間着、歯ブラシ……。


「できた」


「早いな。本当に必要なものを調べたのか?」


「娘は信じるべき」


 リーチオの言葉から約15分でクラリッサは必要なものリストをそろえた。


「水着。ああ、海だから水着もいるな。それから……」


 リーチオの視線がメモ帳の後半に向かう。


「コンバットナイフ、魔道式小銃、包帯、消毒薬、縫合糸、ガーゼ……。なあ、お前が行くのは夏の合宿であって戦争じゃないよな?」


「急に戦争になるかもしれない」


「ならない。コンバットナイフと魔道式小銃は持たせない。医薬品であれば事故に備えて少しは持って行っていいが、武器の類は禁止」


「暗器は? 暗器は仕込んでいい?」


「ダメだ」


「そんな……」


 リーチオの言葉にクラリッサがこの世の終わりのような顔をする。


「そもそもどうしてお前はそんなに学園に武器を持ち込みたがるんだ。何か理由でもあるのか? 夏の合宿だってファビオが同行するぞ?」


「ファビオと行動が分断されるかもしれない。相手は凄腕の傭兵集団で、極めて計画的にこちらを狙ってくるかもしれない。相手は魔物すら従えているかもしれない。そんなときには武器が必要だとは思わない?」


「……お前の学園ってそんなやばい奴らに狙われるようなことしているのか」


「フランク王国の組織が……」


「フランク王国の組織だって学生襲ってるほど暇じゃない」


 敢え無く却下されたクラリッサである。


「ぶー……。もし、魔物が襲ってきたらパパのせいだからね」


「学園だって魔物に襲われるような場所に学生の合宿所を作らんだろう」


 ふてくされてクラリッサが告げるのに、リーチオがため息をつく。


「それに万が一の場合はファビオを頼れ。あいつなら頼りになる」


「じゃあ、ファビオの分の水着も買わないとね。海で襲われる心配もあるわけだし」


「う、うーん。そうなるわけか」


 どことなく納得できていないリーチオながら買うものリストにファビオの水着を追加する。執事が主人と一緒に海をエンジョイしているのもどうかと思うが。


「まあ、とにかく買い出しだ。でも、こういうのは友達と楽しむものか?」


「どうだろ。私はパパと一緒がいい」


「全く。そういうところは可愛いところを見せるんだからな。なら、行くか」


「おー」


 そんなこんなでクラリッサとリーチオは夏の合宿の準備に街に繰り出した。


……………………


……………………


 買い物はイースト・ビギンの商業地区で行うことになった。


「すまんな、サファイア。今日はついてきてくれと頼んだりして」


「いいんですよ、リーチオさん。私もクラリッサちゃんの下着とか選びたいですから」


 そして、買い物はクラリッサとリーチオのふたりで、ではなく、女性のアドバイザーとして宝石館の高級娼婦サファイアに同行してもらうことになっていた。


 クラリッサはまだ8歳と言えど、2メートルの巨漢が女児下着売り場をうろうろするのは躊躇われるし、何のアドバイスもできない。ここは知恵を借りようと、昼間の宝石館で退屈そうにしていたサファイアを誘ったのだった。パールは用事があるということであり、そのとき宝石館にはいなかった。フランク王国の貴族の──いろいろと事情を伏せた──もてなしに呼ばれていたらしい。


 フランク王国と聞くとリーチオも気分が良くないが、パールの仕事はパールの仕事だ。文句を言うわけにもいかないし、邪魔をするわけにもいかない。もっともそのフランク王国の貴族が大事なパールにちょっかいを出そうものなら、そいつは貴族と言えどもリベラトーレ・ファミリーの手により葬り去られることになるだろう。


 まあ、何はともあれ、今はクラリッサの夏の合宿の準備だ。


「ねえ、サファイアは夏の合宿とかしたことある?」


「あいにくないわね。私は物心ついた時から宝石館にいたから。でも、王立ティアマト学園の夏の合宿の話はよくお客様から聞くわよ。なんでもシェフを呼んでバーベキューを焼いてもらい、それを食べながら夕方は過ごして、夜になったら肝試しをするですって」


「肝試しって何?」


「クラリッサちゃん、知らないの?」


 クラリッサが首を傾げるのにサファイアがちょっと驚いた表情を浮かべる。


「肝試しはね。夜にお化けがでるかもしれない場所に行って、そこでスタンプを押したり、そこにあるものを取ってきたりして、自分の勇気を示すイベントなの。クラリッサちゃんはお化けとか平気だったかしら?」


「お化けなんていないよ」


「いるかもしれないわよ?」


 クラリッサが鼻で笑うのにサファイアがそう告げる。


「お前、怖い話とか聞くの嫌だって言ってたじゃないか」


「非現実的で面白くないから嫌。それに本当にお化けとか呪いとかあったら、ベニートおじさんの周りはお化けだらけだよ」


「……それもそうだな」


 身近に人殺しがいると幽霊すら信じない子のできあがりだ。


 お化けなんかよりも現実のマフィアの方がよっぽど怖いのである。


「さて、まずは水着から買うか?」


「うん。飛び切り可愛いのにする。私の魅力でパパもいちころ?」


「8歳児の魅力にやられる奴があるか」


 クラリッサがウィンクして見せるのにリーチオが突っ込んだ。


「今は子供向けの水着でもいろいろと種類があるんですよ。クラリッサちゃんは可愛い系の水着がいいのかしら?」


「やっぱりセクシー系にする」


「子供向けでセクシーな奴はないわねー」


 クラリッサはまだ8歳だ。


「これなんてどうかしら。今流行りのツーピースの水着。フリルがあって可愛いし、これならパレオもついてくるわ」


「ううん。もっと布面積の少ない奴が良くない?」


「クラリッサちゃん。露出度イコール魅力じゃないのよ。敢えて隠すことで相手の想像力を掻き立て、ほんのちょっとチラリと見せることによって相手に希少価値を意識させるの。そうすることでより魅力的に感じられるのよ」


「なるほど」


 チラリズムの文化はアルビオン王国にもあった。


「サファイア。水着選びを手伝ってくれるのは助かるんだが、これ以上クラリッサに余計なことを教えないでくれ。こいつ、本当に実行するからな」


「女の子が魅力的になろうとするのを止めてはダメですよ、リーチオさん。それに下手に露出度の高い衣装にこだわるようになるより健全じゃないですか」


「それはそうなんだが……」


 どうにもリーチオには先ほどの会話はいかがわしく聞こえるのである。


「パパ、パパ。チラリだよ、チラリ」


「はあ。こういうことになるから困るってたんだよ」


 早速水着を試着してパレオをめくって見せるクラリッサであった。


「それよりもこっちのワンピース型の水着の方がよくないか?」


「それはあまり可愛くない」


「そうか……」


 お父さんは水着選びのセンスがないのだ。男の人だししょうがないね。


「これともう一着ぐらい買っておこう。これは水色だから対になる色としてオレンジ色の水着を買おう。デザインもちょっと変わった奴がいいな。どれにしよう」


「クラリッサちゃん。これなんてどうかしら? チューブトップの水着。スポーティでクラリッサちゃんに似合っていると思うわ」


「ふむ。でも、色気が足りなくない?」


「クラリッサちゃん。こういうときこそ隠すことによる美よ」


「なるほど」


 こういう話になるとリーチオは会話に入っていけないのだ。彼はサファイアを連れてきて本当に助かったと思っている。


 それからクラリッサたちが下着や寝間着なども買ったが、リーチオにできたのは支払いをすることと歯ブラシを選ぶことぐらいであった。


 頑張れ、リーチオさん。いつか娘にお洒落な父親として認識されるようになるんだ。


……………………

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