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娘は闘争を求めたい

……………………


 ──娘は闘争を求めたい



 初等部3年になると体育の授業も本格的に男女に分かれてくる。


 基礎体力をつけるトレーニングは共同だが、そこから戦闘訓練になると男女に分かれる。男子は本格的な剣術などを習い、女子は護身術を学ぶ。


 護身術と一言に言っても様々だ。


 柔道や空手に似たスポーツ的ものから、本格的な軍隊格闘術まで様々なものを学ぶ。もちろん、初等部3年で全てを覚えるわけではない。引き続き、頑丈な体を作っていきつつ、体の動かし方をゆっくりと学んでいくというところだ。


 そして、クラリッサはといえば──。


「一本!」


 体育教師の声が響く。


 体育教師は初等部1年から変わって、ふたりになった。男子の授業を受け持つ担当と女子の授業を受け持つ担当だ。またこれまでは1クラスで行われていたものが、初等部3年からは2クラス合同で行われるようになっている。


「イタタ……。クラリッサちゃん、手加減してくれよ」


「したつもりなんだけどな」


 柔道の投げ技の訓練を行っているのに、クラリッサがウィレミナを投げ飛ばしていた。体育館に敷かれたマットの上でウィレミナが呻き声を上げる。


「それにしてもクラリッサちゃんは負けなしだな。何人投げ飛ばした?」


「4人。まだまだいけるよ」


 ウィレミナが尋ねるのに、クラリッサがそう告げて返す。


 クラリッサは先ほどから掴んでは投げ、掴んでは投げと大暴れだ。女子生徒の体力と腕力では、人狼ハーフのクラリッサを止めることなどできないぞ。


「クラリッサさあん!」


 そんなやり取りをしていた時、聞きなれた間延びした声が。


「ヘザー……。君も投げ飛ばされに来たの?」


「どちらかというとねっとり、じっくりと寝技の方を……」


「……遠慮するね」


「ああん! 放置プレイですかあ!」


 最近はクラリッサ相手にも発情するようになったヘザーである。


「……幸せな脳みその持ち主だね、君」


「蔑まれてるう! その蔑みがたまらないっ!」


「とりあえず一本やっとく?」


「是非!」


 そして、クラリッサに勝負を挑むヘザーである。


「ていっ」


「ああん! この痛みが、この痛みが最高ですわあ!」


 もっとも、勝つつもりなど欠片もないヘザーはクラリッサにいとも簡単に投げ飛ばされた。その上、受け身も何も取らなかったため、マットにべたーんである。べたーんである。もろにマットに叩きつけられたので相当痛い。


「もう1回! もう1回! ワンモア!」


「……この子はもうダメだ」


 ヘザーと絡むと碌なことがないと学習したクラリッサである。


 それでも一応ヘザーは友達の範囲内である。面倒くさかろうと、ドエムであろうとも、クラリッサにとっては重要な友達である。将来的にはそういうサービスのお店の常連になってもらおうと思っているのだから。


 ……果たしてそれは友達なのだろうか。


「クラリッサ・リベラトーレ!」


 そんなヘザーがクラリッサに縋り付いているのに、新たなる挑戦者が。


「勝負ですわ、クラリッサ・リベラトーレ!」


 現れたのはフローレンスである。


 そう、初等部3年から2クラス合同授業になったことで、クラリッサとフローレンスも同じ授業に参加するようになったのである。


 ちなみに王立ティアマト学園は学習効率を考えて1クラス15名だ。もう言ったかな?


「君もドエムの人なの?」


「ち、違いますわ! そこのダメダメと比較しないでくださいまし!」


 フローレンスがそう告げるのに『蔑まれてるう! 私滅茶苦茶蔑まれてるう!』とひとり興奮しているヘザーである。この子はもうダメだ。


「なら、真面目に勝負するの?」


「当たり前ですわ。平民風情がいい気にならないでくださるかしら?」


 フローレンスには自信があった。


 フローレンスは幼少期より『いざという時に自分の身を守れるのが今の淑女のあり様である』と教わり、元騎士の家庭教師に格闘術を教わってきた。そのため、初等部1年の体育祭でもあれだけの活躍ができたのである。ちなみに初等部2年でも大活躍したぞ。


 というわけなので、フローレンスはクラリッサ相手でも勝てるという自信があった。むしろ、自分が勝たなければ負けてばかりの貴族側の面子が潰れてしまう。ここは何があっても勝たなければならないのである。


 ヘザーには最初から期待してなかったし、フローレンスの愛するジョン王太子は男子生徒側の授業で投げ飛ばされている。期待できるのは自分だけだ。


「それじゃあ、やろうか。言っておくけど、手加減はしないよ?」


「余計な心配ですわ。私こそ手加減などしませんので悪しからず」


 クラリッサとフローレンスの間に緊迫した空気が流れる。


「それなら遠慮なく」


 そう告げてクラリッサが構える。


 今、クラリッサたちが行っているのは柔道に近い軍隊格闘術である。今は投げを中心に練習しているが、将来的には寝技や相手の武器を奪う技なども学習する。


 そんな軍隊格闘術で勝利するのはクラリッサかフローレンスか。


 クラリッサがいかに人狼ハーフであろうとも、油断をすれば投げ飛ばされる。そもそもそういう場合を想定しての護身術だ。自分より筋力も体格も優れた相手を相手にするというのが、この軍隊格闘術の目標なのである。


「……」


「……」


 相手を上手に投げ飛ばすにはコツがいる。重心と姿勢の問題だ。どちらか一方でも崩れれば、相手に投げ飛ばされる恐れが生じる。上手に自分の重心と姿勢をコントロールしなければならないし、逆に相手の重心と姿勢を切り崩さなければならない。


「いくよっ」


 そこで動いたのはクラリッサだった。


 素早く足を回して重心と姿勢を安定させ、フローレンスの胸倉を掴む。


「やられませんことよ!」


 だが、流石は幼少期より格闘術を学んでいるフローレンスなだけあって、ヘザーのような無様は晒さなかった。彼女は耐え、逆にクラリッサを投げ飛ばそうと足さばきを素早くし、姿勢と重心を相手を投げ飛ばす方向に動かす。


「そうはいかない」


 クラリッサも伊達に修羅場は潜っていないし、筋力は彼女が上だ。


 クラリッサはフローレンスの攻撃に耐え、次はフローレンスの足を自分の足でずらすと、その重心と姿勢が一瞬だけ崩れたフローレンスに攻撃をしかける。


 そして──。


「1本!」


 フローレンスは無残にも投げ飛ばされてしまった。幸いにしてヘザーと違って受け身は取ったものの、彼女のプライドはズタズタだ。


「お、覚えてなさい、クラリッサ・リベラトーレ! いつかあなたをぎゃふんと言わせてやりますからね! 首を洗って待っているといいですわ!」


「貴族流の試合後の挨拶か。お上品なことで」


 フローレンスが撤収していくのを見て、クラリッサがそう呟いた。


「おや。クラリッサ嬢、君は向かうところ敵なしという具合だな! どうだい、ここでひとつ男子生徒と勝負してみるというのは」


「いいね」


 男子生徒を受け持っている体育教師が告げるのにクラリッサがサムズアップした。


「それでは男子生徒諸君! これより君たちの練度を知るためにこのクラリッサ嬢と勝負してもらおう。是非ともという生徒は前に出たまえ」


 体育教師がそう告げるが、男子生徒は動かない。


 それもそうである。クラリッサは女子。自分たちは男子。普通ならば男子生徒が余裕で勝利して当たり前の状況である。


 だが、相手は“あの”クラリッサ。ジョン王太子を2回も戦闘不能に追い込み、常人離れした体力を有しているあのクラリッサなのである。


 ここでもしクラリッサに負けでもしたら、そのことで女子たちの間での評判が悪くなり、モテない系男子の仲間入りを果たしてしまうかも。初等部3年生ともなると、それなり色気付き、男女の交際を行っている生徒もいるのだ。


「私が挑もうではないか!」


 そこで威勢のいい声が響いた。


 そう、皆さんご存じのジョン王太子である。


 ジョン王太子もたいがい懲りない人である。男子同士のやり取りでも圧勝しているわけではなく。5回に1回は投げ飛ばされているというのに。


 そのレベルの実力でクラリッサに挑むことは無謀である。


「それでは両者、礼!」


 クラリッサとジョン王太子がペコリと頭を下げる。


「始め!」


 そして、クラリッサとジョン王太子が構える。


 ジョン王太子はこれまで男子生徒に何度か投げ飛ばされているので、コツを掴んでいる。投げ飛ばされないようにするためには重心と姿勢を──。


「ていっ」


「ええ!?」


 だが、クラリッサの攻撃がジョン王太子がいちいち考えているよりも早いものだった。ジョン王太子はあっという間に空を舞い、受け身の姿勢を取る暇もなく、びたーんとマットの上に叩きつけられてしまった。


「一本!」


 本来ならば2回まで勝負するところだが、初等部3年の授業では省略している。というのも、まだまだ生徒たちは貧弱で、教師の望むレベルにまで達していないためである。クラリッサなどは例外中の例外であるが。


「お、おのれ、クラリッサ嬢……。少しぐらい考える時間をくれても良かったんじゃないかなと私は思うよ……!」


「戦場はそんなに軟ではないよ」


 実際の喧嘩はマットもない路上で始まり、相手はいきなり襲い掛かってくる。武器を持っている場合だってある。そんな状況で戦うのに、相手に自分が考える時間を与えてくれと頼むことはできない。そのことは自分たちのシマで酔っぱらいやチンピラの相手をしているファミリーの構成員の姿を見ていたクラリッサは知っている。


 だが、クラリッサがそういう光景を見て影響を受けていることをリーチオは知らない。クラリッサはなんでも内緒で見に行くのである。止められるからね。


「それにしても相変わらずかたつむりの観光客以下だね。動きは読みやすいし、隙だらけだし、行動は鈍いし、来年から選択科目を非戦闘科目に変えた方がいいんじゃないかな。友達から聞いたけど、非戦闘科目のバトミントンってとっても楽しいらしいよ」


「くうっ! 私は決して諦めないからな、クラリッサ嬢!」


 ジョン王太子はそう吐き捨てると颯爽と去っていった。男子の列に。


「諸君。負けるのは悔しいだろう。負けるのは屈辱だろう。その気持ちをバネにして、より強い肉体を手に入れるのだ。クラリッサ嬢に挑まなかった生徒はクランチ4セットと腕立て伏せ4セットだぞ! さあ、鍛えるのだ! 鍛えられた肉体は裏切らない!」


 クラリッサに投げ飛ばされたことで筋トレ地獄から逃れたジョン王太子である。


「殿下! 殿下はこちらで先ほどの敗因について徹底解析しましょう。私がクラリッサ嬢の役を務めますので、どうして自分が投げ飛ばされたのか分かるまで、そして投げ飛ばされた後にあれだけ練習した受け身の姿勢が取れるように努力あるのみです」


「ちょ、ちょっと待ってくれないか。クラリッサ嬢はそんなに大きくないぞ……?」


 今のクラリッサの身長が135センチと平均身長。対する体育教師は190センチの筋肉ムキムキマッチョマンのナイスガイだ。


「大きさなど誤差のうち。さあ、始めましょう、ジョン王太子殿下。明日には鍛えられた体で改めて勝負を挑むのです」


「クラリッサ嬢へのリベンジ係を交代することは?」


「ダメです」


 というわけでジョン王太子はそれから体育教師に投げ飛ばされまくったぞ。


「大人しく非戦闘科目に移動すればいいのに」


「そういうなよ、クラリッサちゃん。ジョン王太子にも意地があるんだから」


 悲鳴を上げながら投げ飛ばされているジョン王太子を眺めてクラリッサがそう告げるのに、ウィレミナがそう告げた。


「あらあら。クラリッサさんは男子生徒にも勝っちゃったのね」


 そこで女子生徒を受け持っている体育教師が話しかけてきた。


「勝っちゃいました」


「では、クラリッサさんはもう他の子と試合するのは難しそうだから、私としましょうね。投げを基本にやっていくわよ。いいわね?」


「了解」


 女子生徒を受け持つ体育教師の身長は170センチほど。クラリッサと比べると頭1個以上は差がある。これを投げ飛ばすのはなかなか難しいだろう。


「それでは構えて」


 クラリッサが構え、体育教師が構える。


「それでは始め」


 クラリッサは果敢にも体育教師に挑みかかる。


「甘い」


 だが、次の瞬間クラリッサは宙を舞い、辛うじて受け身に姿勢を取って、マットの上に叩きつけられた。全てが一瞬のことでクラリッサは呆然としている。


「まだまだね。動きが読みやすいわ。それにもうちょっと姿勢を考えないと、ああやって簡単に投げ飛ばされてしまうわよ。足さばきに用心して」


「分かった」


 悔しいが勉強にはなった。


 だが、ちょっと気になる点が。


 遠くでクラリッサが投げ飛ばされたことをクスクスと笑っているフローレンスである。体育教師に代打を頼んでクラリッサを投げ飛ばさせるとは容赦はできない。


「友達と練習してきていいですか?」


「ええ。けど、まだ受け身の取れない子とはやっちゃダメよ。怪我しちゃうから」


 そう言われている横で投げ飛ばされまくっているジョン王太子である。


「フローレンス。一緒に練習しよう?」


「え? い、嫌ですわよ。普通にお断りしますわ」


「まあまあそんなこと言わずに。私と君の仲じゃないか」


「どんな仲だといっているんですの!?」


 クラリッサはフローレンスを捕まえるとマットまで引きずっていき、投げ飛ばした。


「おのれ、クラリッサ・リベラトーレ。覚えているといいですわ!」


「覚えられてたら覚えておくよ」


 またしても醜態を晒したフローレンスはヘザーに心底羨ましそうに見つめられながら、逃走したのであった。


 頑張れ、フローレンス。鍛えられた肉体は己を裏切らないぞ。


……………………

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