娘は父の誕生日パーティーを開催したい
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──娘は父の誕生日パーティーを開催したい
6月21日。
いよいよリーチオの誕生日が訪れた。
日を同じくして、王都ロンディニウムの治安を維持する組織──都市警察もリベラトーレ・ファミリーの不審な動きに対して行動を起こしていた。
「警部。既に幹部が6名、ホテルに入りました」
「リベラトーレ・ファミリーめ。何を考えている」
リーチオの誕生日パーティーが開かれるホテルを遠くから望遠鏡で監視するのは、都市警察の刑事たちだった。
リベラトーレ・ファミリーは法的に手の出せる相手ではない。彼らは全てのビジネスを合法化しており、裁判になったとしても下っ端が数名ほど数年の刑期を受けるだけである。リベラトーレ・ファミリーのボスであるリーチオ・リベラトーレには都市警察も検察もまるで手が出せない相手であった。
リベラトーレ・ファミリーが関与していると思われる犯罪はいくつもある。盗品売買組織との抗争ではテムズ川に何体もの死体が浮かぶことになった。だが、彼らは証拠を何も残していない。捕まえようにも雲を掴むように手から逃れていく。
だが、いつかはリベラトーレ・ファミリーも尻尾を出すはずだと考えて、都市警察の刑事たちは努力していた。彼らの大半がリベラトーレ・ファミリーに買収されて、貴重な証拠や証人をわざと逃しているとしても、全員が屈したわけではないのだ。
「あ! ベニート・ボルゲーゼです。奴も中に入りましたよ」
「クソ。あの男の両手は血で真っ赤だぞ。少なくとも80人は奴の手で殺されているはずだ。この間は刺されたそうだが、見たところ元気そうだな。奴をムショにぶち込むまでは、元気でいてもらわないとな。くたばってもらっては困る」
「全くです。法の裁きを受けさせなければ」
とはいうものの、都市警察は盗品売買組織の件の時も、今のフランク王国の犯罪組織がロンディニウム郊外に居座っている件にも何の対応もできていない。彼らはリベラトーレ・ファミリーを非難するが、リベラトーレ・ファミリーなしでは今のこの街の治安が守られないのもまた事実である。
都市警察は予算も少なく、給料も低く、人材も少ない。だからこそ、リベラトーレ・ファミリーが仕切らなければならない闇の部分が生まれているのである。
いずれ、都市警察の予算が潤沢になり、街の隅々まで目が届くようになれば、リベラトーレ・ファミリーの勢いも落ちるには落ちることだろう。
「次はピエルト・ペルシアーニです。この男も2年前の盗品売買組織との抗争の指揮を取って相当な数の人間を殺していると聞きます。ベニート・ボルゲーゼに次ぐ、リベラトーレ・ファミリーの武闘派の代表格だそうですね」
「ああ。こいつもいつか尻尾が掴みたいものだ」
刑事たちがそんな会話をしているのにピエルトはくしゃみをした。
「そして、いよいよやってきたか。リーチオ・リベラトーレが」
次にやってきた馬車から降りたのは身長2メートルあまりの大男。リベラトーレ・ファミリーのボスであるリーチオ・リベラトーレだ。
刑事たちの最終目的はこのリベラトーレ・ファミリーのボスであるリーチオを捕らえることにあった。リーチオの犯罪への関与は弁護士たちによって巧妙に隠匿され、買収された警察官たちによって隠蔽されているが、関与は明らかだった。
このアルビオン王国で最大の犯罪組織リベラトーレ・ファミリーの王であるリーチオ・リベラトーレの情報は常に求められていた。だが、都市警察は懸賞金や証人の保護費用を出せるほどの予算を持っておらず、誰もがこの暗黒街の顔役を恐れて黙り込んでいる。
「ファビオ・フィオレも一緒のようです。あ、子供がいます!」
「なんだと」
このホテルへの集まりを幹部会かそれに準じた会合だと考えていた刑事たちの前に、子供が姿を見せた。藍色のドレスを纏った8、9歳ほどの少女だ。
そう、クラリッサである。
「あれは噂のクラリッサ・リベラトーレでは?」
「幹部会に娘を連れてくるのか? そんな馬鹿な……」
クラリッサの存在も都市警察は把握している。
リーチオ・リベラトーレの愛娘。リーチオの妻であったディーナ・リベラトーレの忘れ形見。類稀なる巨大な犯罪組織のボスを父親に持った娘。
「まさか今回の幹部会の目的というのはリーチオ・リベラトーレが娘であるクラリッサ・リベラトーレを幹部として認めさせるための……?」
「いや。それはないでしょう。ですが、後継者の指名かもしれません。リーチオ・リベラトーレ亡き後は、クラリッサ・リベラトーレがその地位を継ぐということを幹部たちに周知させるためのものかもしれません」
刑事たちの間に緊張が走る──!
まだ誰もこれがリーチオの誕生日パーティーだと気づいていないぞ。都市警察の捜査能力はこのようにお粗末なのである。
少し調べれば料理人の数や、準備されている料理から、今日催されるのは幹部会などではなく、何かしらのパーティーであったことはすぐに分かったはずだ。
「ベニート・ボルゲーゼが刺されて、リーチオ・リベラトーレも慎重になったか。しかし、まだ8歳の娘を自分の後継者に指名するとはな」
「あり得ない話ではありません」
全く以てあり得ない話です。どうもありがとうございました。
頑張れ、都市警察。いつか税金泥棒と言われる日が来なくなるその日まで!
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リーチオとクラリッサはホテルの1階にある大ホールの前に立った。
「入っていいのか?」
「目を瞑って入って。その方がサプライズ感があるから」
「分かった、分かった」
リーチオはクラリッサに言われたとおりに目を瞑る。
「こっちだよ」
クラリッサが扉を開く音がする。
そのまま数歩前に進む。
「いいよ」
「開けるぞ」
クラリッサの声にリーチオが目を開ける。
そこでパアンとクラッカーの音が響いた。
「誕生日おめでとうございます、ボス!」
リーチオたちの前には山盛りの御馳走とケーキがおかれていた。
そして、それを囲んでリベラトーレ・ファミリーの幹部たちが拍手を送っている。誰もがにこやかで、外で都市警察が妄想──もとい、想像している厳つい幹部会のイメージとはかけ離れた光景が広がっていた。
「まーた。お前たちはクラリッサに乗せられたのか?」
「何言ってるんですか、ボス。ボスだって俺たちの誕生日を祝ってくれるじゃないですか。俺たちがそのボスの誕生日を祝わなくてどうするていうんですか」
呆れたように周りを見渡すリーチオにこの誕生日パーティーの準備をクラリッサとともに担当したピエルトがそう告げる。
確かにリーチオはこれまで部下たちの誕生日には必ずプレゼントを贈っていた。部下たち本人だけでなく、その子供たちにも欠かさずプレゼントを贈って祝っていた。そのことでリベラトーレ・ファミリーの結束力は強まり、誰もがリーチオに敬意を示すようになっていたのである。
「気持ちはありがたく受け取っておこう。それにこうも明日の状況が不確かな時代だ。気晴らしは必要だろう。今日はパーティーを楽しむといい」
「一番楽しんでほしいのはパパだよ」
リーチオが告げるのにクラリッサがリーチオの手を引っ張ってそう告げる。
「パパ。誕生日、おめでとう。これからもよろしくね」
「ああ。これからもよろしくな」
クラリッサがにこりと微笑むのにリーチオも思わず相好を崩した。
「ボス、ボス。今から蝋燭灯しますから吹き消してくださいね」
「ああ。それで俺の年齢を聞いてきたわけか……」
ケーキには33本の蝋燭が立てられ、ピエルトが火を灯していく。
「では、どうぞ、ボス」
「流石にこの年でこんなことをすることになるとは思わなかったな……」
こういうので喜ぶのは子供までである。
「パパ。一気に吹き消すと幸運が訪れるんだよ」
「そうか。なら、やるとするか」
リーチオは思いっきり息を吸い込むと、ふーっと蝋燭に息を吹きかけた。
蝋燭がさあっと消えていき、微かな燻りが消えていく。
「さあ、消したぞ。次はどうする?」
「みんなからプレゼントがあるよ」
リーチオが尋ねるのに、クラリッサがピエルトたちに手招きする。
「ボス。1815年のアキテーヌの赤です。ご賞味ください」
「おお。これを手に入れるのは苦労しただろう?」
「ええ。けど、ボスの誕生日ですからね。最高の品をと思いまして」
ピエルトがプレゼントを渡すのに、リーチオが感心した表情を浮かべる。
アキテーヌはフランク王国の地方のひとつでワインの生産地として有名だ。特に1815年はブドウが豊作で、質のいいワインが作れた年として知られている。ワインマニアの間では200万ドゥカートで取引されることもあるぞ。
ちなみにピエルトはワイン愛好家の借金の差し押さえでこれを手に入れている。リーチオに知られなくてよかったね!
「ボス。俺からはアンティルの葉巻を。葉巻は嗜まれていましたか?」
「ああ。あまり吸うことはないが、手に入ったら必ずな。家にはクラリッサがいるから、家じゃ吸えんのだ。煙草の臭いをクラリッサに着けるわけにはいかんからな」
ベニートおじさんからは葉巻のプレゼントだ。
リーチオは家では禁煙している。また副流煙の健康被害は知られていないが、ただクラリッサに煙草の臭いがつくことを嫌ったために家では煙草は吸わない。それにディーナがいた時も、ディーナから家では煙草を吸わないと約束していた。
それからリーチオは幹部たちからプレゼントを受け取る。『どうやら今年の幹部たちへのプレゼントは大盤振る舞いしないといけないな』とリーチオが思うほどに幹部たちは力を入れて、リーチオへのプレゼントを準備しており、丁重に手渡していた。
借りは返す。プレゼントを受け取れば、その分の借りは返さなければならないのだ。それがリベラトーレ家のモットーなのだから。
「最後は私からプレゼントだよ、パパ」
「何を準備してくれたんだ?」
クラリッサが最後にやってきて告げるのにリーチオがクラリッサに視線を合わせて尋ねる。クラリッサは丁寧に包装されたそれなりの大きさの包みを手にしていた。
「はい。開けてみて」
「なんだろうな」
リーチオは期待半分、心配半分で包装を剥がしていき、包みを開く。
「これは……。ティーカップか」
「そう。いつも私のコーヒーを飲んでくれるパパへのプレゼントはティーカップだよ」
クラリッサがいつもリーチオが手にしているところを見ていたものというのはティーカップだった。クラリッサがコーヒーを入れるようになってから、リーチオの書斎には常にティーカップがあり、リーチオは湯気の立ち上るティーカップから、クラリッサの入れたコーヒーを味わっていた。
まさに思いに残るプレゼントだぞ、クラリッサ。
「そうか。お前が選んでくれたのか?」
「うん。気に入ってくれた?」
「ああ。もちろんだ。これからはこれにコーヒーを入れてもらおうかな」
「いいよ。楽しみにしててね」
リーチオが告げるのに、クラリッサがそう返した。
「さて、お前たち。今日は感謝しなければならないな。この俺のためにこのような場を準備してくれたことについては礼を言う。まだまだ問題はいろいろと残っているが、それも今日のような団結力があれば乗り越えられるだろう。改めてお前たちには礼を言う。ありがとう。そして、これからもファミリーのために」
「ファミリーのために!」
リーチオが乾杯の音頭を取り、ワイングラスが掲げられた。クラリッサはジュースのグラスを見様見真似で掲げる。
「ボス。クラリッサちゃんのこと、褒めてあげてくださいね。実質、クラリッサちゃんが準備したようなものですから。本当はボスは自宅で小さく祝うつもりだったんでしょう? 俺たちに誘いがかかったのはクラリッサちゃんからでしたし」
「まあな。こうも立派なものになるとは思ってもみなかった。あれはあれで才能があるといえるのだろうかな」
ピエルトが告げるのに、リーチオがそう返した。
当のクラリッサはベニートおじさんからこの間の傷跡を見せてもらっている。
「いい子に育ちましたよ、クラリッサちゃんは」
「何をお前が育てたみたいに言いやがって。まあ、本当によく育ってくれたな」
リーチオの誕生日は大成功だ。よかったね、クラリッサ!
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