娘は戦争を終わらせたい
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──娘は戦争を終わらせたい
「それで、これからどうするんだ?」
ロンディニウム塔での戦闘は終結していた。
魔族は全滅。特殊作戦執行部は投降。
「戦争を終わらせに行くんだよ」
「戦争を終わらせる。ブラッド、講和条件はまとまったのか?」
クラリッサが告げ、リーチオがブラッドに尋ねた。
「はい。講和条件はまとまっています。私が全権大使に選ばれたので、交渉についても本国に問い合わせずとも行えます。これでリーチオ様が仲介してくだされば、ようやく講和の始まりです」
「そうか。ようやくだな」
そこでリーチオは思い出した。
「しかし、この状態では俺に近しい貴族を呼ぶことなどできんぞ。何せお尋ね者だからな。表向き特殊作戦執行部は投降したかもしれんが、残党が俺を殺そうとする可能性はある。そういう状況で貴族の屋敷に押しかけるわけにもいかん」
「大丈夫だよ、パパ。一気に片を付けるから」
クラリッサはそう告げてサムズアップした。
「一気に片を付ける? お前、何をしでかした?」
「しでかしたとは失礼な。信頼できる人に頼んで、国王との謁見の場を設けただけだよ。これでいちいち貴族に会わなくても大丈夫でしょう?」
ドヤっとした顔をするクラリッサであった。
「こ、国王と謁見……? マジか?」
「マジだよ。ジョン王太子に頼んだ」
そうなのである。
クラリッサはこれまでジョン王太子に貸しにしていたものを一気に取り立てたのだ。ひとつは国王からのリーチオの解放命令。そして、もうひとつは国王との謁見の手配。
重すぎるお返しを要求されたジョン王太子の胃はキリキリと痛んでいるぞ。
「それじゃあ、俺の出る幕はないな」
「そんなことない。このアルビオン王国の国民として、パパが講和を仲介しなくちゃ。いきなりブラッドさんが行っても信頼されないから」
「そういうものか?」
「そういうものだよ」
クラリッサの言うことには一理あるようで謎だった。
「では、これからノルマン宮殿に?」
「その通り。ノルマン宮殿を目指すよ。レッツゴー」
クラリッサの呑気な掛け声の下、車列はノルマン宮殿を目指して進み始めた。
果たしてクラリッサたちは交渉を成功させることができるのか?
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ノルマン宮殿。
アルビオン王国国王の座主この宮殿は今日は一層険しい警備が敷かれていた。
そのノルマン宮殿の正面ゲートでジョン王太子がそわそわしながら、クラリッサたちを待っていた。
「ちーす、ジョン王太子。約束の方、準備できてる?」
「できている。できているが、君たちを国王陛下に会わせるのは凄く不安だ!」
もっともである。
礼儀のれの字も知ってなさそうなクラリッサと、マフィアと、魔族だ。アルビオン王国の頂点に立つ国王に会わせるのは物凄く不安になってくる布陣だ。
「約束したでしょ」
「したのだが……。頼むから非礼な行いは避けてくれたまえよ? 君たちは私が招待した客人ということになっているのだからね? 私の責任でこのノルマン宮殿に入れるわけだからね? 分かっているよね?」
「分かってる、分かってる。礼儀なら任せろ」
「最高に信頼できない言葉で攻めてきたね……」
クラリッサに礼儀は任せられない。
「まあ、そんなこともあろうかとフィオナ嬢に中で待ってもらっている。彼女のやるようにやればいいからね。余計なことはしなくてもいいよ?」
「そういわれるとしたくなるのが人のさが」
「君だけ外にいるかい?」
「分かった。フィオナのやるようにやろう」
ジョン王太子も国王を相手にするので必死だ。
「では、中に私が案内するから余計なことは絶対に、ぜーったいにしないでくれたまえよ。ここはアルビオン王国国王の座す宮殿なのだからね?」
「お宝とかある?」
「やっぱり君だけ外にいるかい?」
金目のものに惹かれるクラリッサだ。
「では、ゲートを潜り給え」
クラリッサたちを乗せた車列はジョン王太子のまたがる馬に従って、ノルマン宮殿の中に入る。ノルマン宮殿の荘厳な前庭を抜け、ノルマン宮殿の素晴らしき姿が見えてきた。アルビオン王国でももっとも壮麗な宮殿であるこの宮殿を悩ませるのは増改築でできた隙間に住み着いたネズミだけである。
「国王陛下への客人である! いざ、お目通りを!」
ジョン王太子がそう告げると正面玄関が開いた。
「いくよ、クラリッサ嬢」
「おうとも」
ジョン王太子に続いてクラリッサたちが正面玄関を潜る。
ノルマン宮殿の豪華絢爛な正面ホールを抜けようとしたとき、フィオナが合流した。
「クラリッサさん。講和交渉というのは本当ですか?」
「本当だよ、フィオナ。ようやく平和が訪れるかもしれない」
いつもよりさらにフォーマルなドレス姿のフィオナが尋ね、クラリッサがそう返す。
「平和。生まれてからずっと戦争中だった私たちは平和だった時代を知りません。それが素敵なものであるといいのですが」
「きっといいものになるとも。戦争はお終い。みんなアルビオン王国に帰ってくる」
スカンディナヴィア王国に派遣されているアルビオン王国遠征軍も戦争が終われば祖国に帰還する。その帰還を待ち望んでいる人々は大勢いるだろう。
「ここから先に国王陛下がいらっしゃる。失礼のないように頼むよ、クラリッサ嬢」
「任せろ」
「任せていいのかな……」
ジョン王太子は凄く不安だった。
「それでは。国王陛下に謁見を求めている者たちがいる。お目通りを」
「はっ!」
城を警備する近衛兵が扉を開いた。
「ジョン。珍しい客人をお連れしたようだな」
「はい、陛下。平和を求めるものたちであります」
ジョージ2世は玉座から跪くジョン王太子を見下ろした。
「では、紹介するといい。ここしばらく平和という言葉とは無縁だったからな」
「はっ」
そして、ジョン王太子が頭を上げる。
「こちらはクラリッサ・リベラトーレ嬢。ご存じかと思いますが、政府に魔王軍との講和を求める署名を集めた女性であります」
「今回はお目通り願い、ありがとうございます」
クラリッサはフィオナを真似てお辞儀した。
「そして、こちらはリーチオ・リベラトーレ氏。クラリッサ・リベラトーレ嬢の父であり……元魔王軍四天王のひとりである方です。彼は今は立派なアルビオン王国臣民であることは大勢が肯定するでしょう」
「お目通り願い、感謝します」
そして、リーチオが頭を下げる。
「最後にこの方は魔王軍全権大使のブラッド・バスカヴィル氏です。彼は和平の提案をするためにこのアルビオン王国を訪れられました」
「お会いできて光栄です、陛下」
そして、ブラッドが頭を下げる。
「魔王軍の全権大使とは。どうして私ではなく、バルフォア首相に会わなかったのだ。王室は今だそれなりの権力を有しているが、外交方針を決めるのは私ではなく、民主的な手段で選ばれた政府だ」
「そのことでありますが、私としてもバルフォア首相に会うことを願っていたのですが、バルフォア首相は王立軍事情報部第6課を動かし、本来であれば講和を仲介するはずだったリーチオさんを拘束し、講和を拒否する姿勢を見せたのです」
これは正確には間違っている。
リーチオを拘束したのは王立軍事情報部第6課の独断だ。彼らは講和が国の利益にならないと判断して、独断でリーチオを拘束した。それから同じようにマックスについても違法な拘束を行っている。マックスは現在解放されて、外でファビオたちと待っている。
「なんと。平和の使者を拒否するとはアルビオン王国貴族にあるまじきことだ。だが、バルフォア首相は本当に講和を拒否したのか? 何か理由あってのことではないのか?」
「はい。恐らくは我々が講和をアルビオン王国に持ちかけたことが原因でしょう。本来ならばスカンディナヴィア王国やクラクス王国と先に講和するべきところを、アルビオン王国と先に講和しようとしたことで不信感を招いてしまったのでしょう」
「ふむ。どうしてスカンディナヴィア王国やクラクス王国とは和平を試みなかったのだ? 我が国は確かに遠征軍を派遣し、魔王軍と交戦状態にあるが、先にその2か国と講和するのが余も道理であると思うぞ」
「スカンディナヴィア王国とクラクス王国には外交チャンネルが存在しなかったためです。我々は遭遇して以来、ずっと戦い続けてきました。そこに外交という文字は存在しませんでした。であるからにして、その2か国に講和を持ちかけることが不可能だったのです。ですが、アルビオン王国にはリーチオさんがいた」
経緯はブラッドの言うとおりだ。
魔王軍は他国に外交チャンネルを持たない。完全に戦争でシャットアウトされている。その例外が元魔王軍四天王でありながら、アルビオン王国臣民として暮らしているリーチオがいるアルビオン王国であったのだ。
今回の件も本来ならリーチオが有力な貴族たちに話を通して、貴族を経由して議会に話を持っていくはずだったのだ。
「よく分かった。では、余から首相に講和の準備をするようにと伝えよう。だが、条件がある。我が国と講和するならばスカンディナヴィア王国とクラクス王国とも講和することだ。それがなければ余は講和を認められない」
「もちろんです。私たちは平和を望んでいるのです。交戦中の国家全てと講和することが我々の願いです。平和を勝ち取り、無益な殺し合いを止めましょう」
ジョージ2世が告げ、ブラッドがそう告げて返した。
「結構だ。バルフォア首相を宮殿に呼べ」
「畏まりました、陛下」
ジョージ2世が命じ、近衛兵が応じた。
「しかし、リーチオ・リベラトーレよ。どうしてそなたは魔王軍四天王という地位にありながら、それを捨てて、アルビオン王国に移住した? そなたは魔王軍の潜入工作員と違って、アルビオン王国にアヘンやヘロインを持ち込もうとしたわけではあるまい?」
ジョージ2世がリーチオの方を向いてそう尋ねる。
「愛する者ができたからです。その愛する者は既に世を去りましたが、また愛すべきものを残していきました。それが理由です。愛ゆえに、私は魔王軍から離脱したのです」
リーチオはそう告げた。
「そうか。よきことだ。愛はアルビオン国教会の教えに沿うものだ。しっかりとその愛すべきものを愛するのだぞ」
「はい、陛下」
クラリッサはリーチオの方を見て、思わず笑みを浮かべそうになった。
やっぱりパパは偉大だ。そうクラリッサは考えたのだった。
「クラリッサ・リベラトーレよ。そなたの行いによって平和への道筋ができたといっても過言ではない。そなたが政府を動かし、ジョンを動かしたからこそ、今がある。アルビオン王国国王として礼を言おう」
「勲章とかください」
「……叙勲についてはもちろん考えておく」
クラリッサが平常運転すぎてジョン王太子が失神しかけている。
「ジョン。お前もよくやった。ここまでバトンを繋いだのは立派な行いだ。王太子としての自覚が身についてきたな。学園生活がお前を成長させたのか。何か他のものがお前を成長させたのか。なんにせよ、お前は成長した」
「ありがとうございます、国王陛下」
ジョン王太子はやっと認められたと思った。
これまで学業の方面でもぱっとせずに叱咤を受け、いろいろなものに挑戦した来たが認めてもらえなかったのが、ここでようやく認められた。
クラリッサへの借りを返すためであったとしても、ここまでクラリッサたちを連れてきたのはジョン王太子が王立軍事情報部第6課を黙らせる書類を準備し、このノルマン宮殿までクラリッサたちを導いたからだ。
「陛下。バルフォア首相が到着されました」
「うむ。では、場所を移そう。まずは互いの見解を述べることからだ」
こうしてアルビオン王国と魔王軍の講和交渉は始まった。
半世紀に及ぶ戦争が、やっと終わろうとしている。
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