娘は父を奪還したい
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──娘は父を奪還したい
「待たせたな、クラリッサちゃん!」
「待ってたよ、ベニートおじさん」
ロンディニウムのパディントン駅でクラリッサが出迎えたのは、ベニートおじさんだった。クラリッサは電信でベニートおじさんに連絡し、ベニートおじさんはすぐさま列車に飛び乗ってロンディニウムまでやってきたのだった。
その電信を整備したのはリベラトーレ・ファミリーの傘下の企業だ。
「ボスは大丈夫なのか?」
「それを話し合うから屋敷に集まって」
クラリッサはそう告げてベニートおじさんを馬車に乗せる。
馬車はクラリッサたちをリーチオの屋敷まで運び、クラリッサたちは屋敷に入った。
「みんな、ベニートおじさんが来たよ」
「これで揃ったね」
屋敷にはベニートおじさんの他にファビオ、ブラッド、シャロン、レストレードが集まっていた。彼らは応接間に置かれた机の上の地図を見ている。
「ボスはどこに?」
「私が臭いを追ったところ、リーチオ様は──」
ブラッドが地図を指さす。
「ロンディニウム塔に監禁されています」
ロンディニウム塔。ロンディニウムのシンボルのひとつ。
「政治犯を処刑してきた場所か。連中にとってはそういう立場なんだろうな、ボスは」
「でしょうね。魔王軍との戦争という政治を終わらせようとするリーチオ様は人間たちにとっては政治犯なのでしょう」
ロンディニウム塔の歴史は血にまみれている。数多くの処刑が実行された恐怖の場所だった。そして、政治犯を拘束する場所でもあった。
「どうやって殴り込む? 正面から堂々と突破するか? リベラトーレ・ファミリーの威信を見せつけてやらなきゃならんしな」
「残念ながらそれは無理でしょう。警備は明らかなエリート部隊によって行われています。近衛兵もパレード用の装備ではなく、新型軍用小銃を装備しています。中に入れば、王立軍事情報部第6課の配備した特殊作戦執行部と交戦することになります」
「クソ。そんなに戦力があるなら魔王軍と戦いやがれってんだ」
ベニートおじさんはそう吐き捨ててから、ブラッドを見た。
「ああ。俺は魔王軍との講和には反対じゃないぞ。そろそろ終わりを見るべき時だ。俺も若い時に徴兵で東部戦線に行った。あそこは地獄だ。今もそんな地獄が存在しているのはどこか間違っている。戦争は終わらせるべきだ」
「ありがとうございます。あなた方の言う東部戦線は我々にとっても地獄です」
既にブラッドが魔族であることはベニートおじさんには伝えてある。
それでも彼はブラッドと共闘することにした。
今は魔族だ、人間だというより、リーチオを救出することが最優先なのだ。
「だが、それではどうやって突入する?」
「私が偵察を行ったところ、付近に魔族の気配を感じました。恐らくは継戦派の魔族たちです。彼らの目的はリーチオ様を殺害して、和平の芽を潰すことでしょう。ですが、ちょうどいいチャンスです。彼らが攻撃を仕掛けた瞬間を狙って同時にしかけましょう」
ファビオが尋ね、ブラッドがそう告げた。
「おいおい。それだと魔王軍とアルビオン王国軍を同時に敵に回すぞ」
「その通り。三つ巴の乱戦です。だが、先に魔王軍が突っ込み、人類の軍隊と交戦してくれれば漁夫の利を狙えます。両者が殺し合っている隙に、リーチオ様を解放し、クラリッサさんの用意してくれた場所に向かいましょう」
レストレードが困惑して告げると、ブラッドがそう返す。
「リベラトーレのお嬢ちゃんのあの書類があれば近衛兵も王立軍事情報部第6課も黙らせられるんじゃないか? なにも無理に戦闘をしなくとも……」
「ボスを確保せずにあの書類を見せても知らぬ存ぜぬで通されるのがオチだ。なんとしてもボスの身柄を確保しなければならない」
レストレードとファビオの言うあの書類とはなんだろうか?
「ということはどうあっても突入か。やれやれ」
「リーチオ様のために全力を尽くすであります!」
レストレードが疲れた顔をし、シャロンが気合を入れる。
「どこから突入する?」
「魔王軍が城壁を破壊するものと思われます。我々もそこから。あるいは我々も城壁を破壊して突破するかです。正規の出入り口には警備が厳重になされているでしょうから」
「城壁を崩すというが天下のロンディニウム塔の城壁は固いぞ?」
ロンディニウム塔は要塞として建造されただけあって、今の時代においても強固な城壁によって守られている。ここには政治犯を収容する他にも、世界最大のダイヤモンドを保管するという役割も担っているのだから当然だろう。
「いけるよ。あれぐらいなら楽勝」
「マジかよ、クラリッサちゃん」
クラリッサはグッとサムズアップした。
「それでは別の突破口から突入しましょう。作戦開始時刻は日没後です。敵は上級吸血鬼を絶対に投じてくるはずです。それに夜戦になれば混乱が生じます。隙をつくには持ってこいです。異論は?」
ブラッドはそう告げて集まった人々を見渡す。
「異論なしだ」
「やるしかない」
ベニートおじさんたちはうなずいた。
「それでは斥候を誰かにお願いしたい。先の偵察で見た限り、ロンディニウム塔の周りには魔族の臭いに反応する軍用犬が配備されいる。これを躱すには人間である方に斥候をお願いしたいと思うのだが」
「それでは私が。こういう任務はなれている」
ファビオが志願した。
「では、お願いします。斥候の情報を基に行動しましょう」
ブラッドはそう告げて皆を見渡した。
「この作戦に我々の大切な人と人類と魔族の平和がかかっています。なんとしても成功させましょう」
「おう!」
気合は十分。後は何としても作戦を成功させるだけだ。
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ロンディニウム。日没。
タワーブリッジを南東に見るロンディニウム塔はアルビオン王国陸軍近衛兵と特殊長距離偵察隊、そして特殊作戦執行部によって警備されていた。魔道式小銃、新型軍用小銃、散弾銃で武装した兵士たちが軍用犬とともにロンディニウム塔の城壁と城壁内部を巡邏していた。
警報が鳴り響いたのは次の瞬間だった。
「何が起きた?」
「魔族の攻撃です! ものすごい数です!」
守備隊隊長が尋ねるのに、近衛兵が大急ぎでそう告げた。
「落ち着け。ロンディニウム塔はそう簡単には陥落せん。落ち着いて対処しろ」
「し、しかし、凄い数です。50、60体の魔族が確認されています。このロンディニウムにどうやって侵入したというのでしょうか」
城壁の北側では銃声と獣の雄叫びが聞こえてくる。
「上級吸血鬼を確認!」
「紫外線照射装備、準備急げ!」
この日没後のロンディニウム塔で、上級吸血鬼6体が霧になって姿を見せた。霧になって消えては現れ、城壁にいる兵士たちを凄まじい速度で屠っていく。近衛兵は手も足も出ず、特殊長距離偵察隊は紫外線を上級吸血鬼に浴びせかけてダメージを与えていく。流石は対魔族戦のプロフェッショナルらしく、特殊長距離偵察隊の攻撃は的確に魔族を仕留めていた。
「北西の城壁が崩れるぞお!」
「畜生。さっきのは陽動か!」
北西の方向の城壁がガラガラと音を立てて崩れ始めた。魔術を使ったのだろう。
崩れた城壁から魔族たちが大量に飛び込んでくる。
「第二防衛線まで後退! 魔道歩兵はトーチカを構築しろ!」
「了解!」
特殊長距離偵察隊は新型軍用小銃と魔道式小銃で射撃を絶やさぬようにして弾幕を構築し、そして徐々に後退し、ロンディニウム塔敷地内中央にあるホワイト・タワーの傍まで撤退した。
そこで、魔道歩兵がトーチカ陣地を魔術で構築し、その内部からの射撃に移った。
状況は乱戦。
トーチカに取り付いて内部に攻撃を加える魔族や、魔術でトーチカを叩き潰す魔族、そしてトーチカからの猛烈な射撃を浴びて蜂の巣にされる魔族と、状況は極めて混乱していた。銃声がサーチライトで照らし出されたロンディニウム塔の北西で響き続け、魔族の雄叫びがあちこちで響く。
状況は乱戦ながらやや魔族に優位。
アルビオン王国側には特殊長距離偵察隊がいたものの、彼らは不意を打たれたこともあって、ホワイト・タワー付近まで追い詰められている。城壁の警備をしていた近衛兵は全滅しており、残りの守りは特殊長距離偵察隊の隊員と特殊作戦執行部の武装工作員だけになっていた。
特殊作戦執行部の武装工作員たちも対魔族戦のプロフェッショナルだ。彼らは特殊長距離偵察隊が前線にしたホワイト・タワーの外周の、さらに内側のホワイト・タワーから支援攻撃を行っていた。彼らは光学照準器が装備された新型軍用小銃によって魔族を狙撃し、紫外線照射装備で上級吸血鬼にダメージを負わせる。
「なんとか朝まで凌げるか?」
「分かりません。魔族は次から次にやってきます。相手に魔術師がいるのがやっかいですね。トーチカが潰されてしまいます」
守備隊隊長が尋ねと、特殊長距離偵察隊の将校がそう告げた。
そして、外で重低音の爆発音が響いた。
「魔術師を潰さなければこっちが潰されますな。こちらの魔道歩兵を動員して、敵に大規模魔術攻撃を仕掛けましょう」
「そのようにしたまえ」
守備隊隊長は思っていた。
ここにはふたりの囚人がいるだけなのに魔族は何をここまで本気になって攻撃を仕掛けてきているのだろうか。それほどまでにここにいる囚人は重要なのだろうか。
そう考えると、守備隊隊長の胃がじくじくと痛んだ。
「報告! 新たな敵襲です! トレイターズ・ゲートより敵襲!」
「トレイターズ・ゲート? テムズ川方面からか。仕掛けてきたのは魔族だろう。どのような魔族だ?」
「スライムと思われます! ですが、巨大なスライムです!」
「スライムはスライムだ。セオリー通り、凍らせてから叩き潰したまえ」
「りょ、了解」
この報告は誤っていた。
正確にはスライムではなく、スライム状の生き物だったからだ。
それは──。
「な、なんだ、あれは……」
「ば、化け物……」
トレイターズ・ゲートの城壁を乗り越えて現れたのはテムズ川の水を吸って数千倍に膨れ上がったアルフィであった。
アルフィはサイケデリックな色合いに発光すると、眼球を百個形成した。
「化け物だー!」
「落ち着け! 魔道歩兵はあのスライムを凍らせろ!」
発狂状態に陥る兵士が出る中、特殊長距離偵察隊の将校が必死になって命令を下す。
「りょ、了解!」
魔道歩兵は地面に魔法陣を刻み、一斉にアルフィに向けて凍結の魔術を放つ。
アルフィはそれにより、一瞬凍り付いたかのように見えた。
だが、次の瞬間、氷は砕け散り、アルフィの体がさらに大きく膨れ上がった。
「テーケーリーリー」
「ああ、ああ! 神よ! 神よ!」
恐慌状態に陥る兵士たちにアルフィはテムズ川からくみ上げた水を放射した。
一瞬にしてトーチカの中の人間も魔道歩兵の描いた魔法陣も流される。
そして、ロンディニウム塔の内部が水浸しになった状態で、さらにロンディニウム塔の守備隊に衝撃が走った。今度は南東の城壁が破壊される音が響いてきたのだ。
「南東方向! 何が起きた!?」
「ば、化け物の放水を食らって何も分からない。城壁が破壊されたようだが……」
そう、城壁は破壊された。
そして、それを乗り越えてクラリッサたちが突入してきたのだ!
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