娘は父を解放したい
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──娘は父を解放したい
「ボスが政府の人間に拉致されたっ!?」
クラリッサがピエルトの屋敷を訪れてこれまでのあらましを語るのにピエルトが困惑の声を上げた。
「そう、ピエルトさん。ブラックサークル作戦って何?」
「相談役のマックスさんがかかわっていた作戦だけど俺も全部は知らないんだ。ボスからお前は口が軽いからいざというときまで読むなって言われてて。ちょっと待ってね」
ピエルトは自分の書斎に向かった。
「これだ、これ。ブラックサークル作戦の写し」
ピエルトはそう告げて写真で撮影した書類を広げた。
「マフィアを利用した情報機関の非合法な情報作戦ってところだね」
「なにこれ。こんなのにパパは協力してたの?」
書類を読んだブラッドとクラリッサがそれぞれそう告げる。
「いやいや。流石にボスもここまでは協力してないよ。俺たちが協力してたのは共通の利害がある麻薬戦争だけ。だから、ボスは拉致されたのかもしれないけれど……。それにボスはリベラトーレ・ファミリーを合法化するつもりだったみたいだから」
「政府は手ごまの反乱に対処したわけだ。言うことを聞かない猟犬に用はないと。必要ならば彼らはリベラトーレ・ファミリーを解体し、別の組織をロンディニウムの暗黒街の支配者に据えるだろう。そして、ブラックサークル作戦を続ける」
「俺たちのことを追い回していた政府が俺たちと同じようなマフィアを作るのかー」
ブラッドの話を聞いて、ピエルトが考え込む。
「でも、これはいい取引材料になるよ。この書類がロンディニウム・タイムスの1面に掲載されれば、パパを拉致した連中は打撃を受ける。政府に対する強力な対抗手段だ。もちろん、相手がすんなりと認めないと思われる以上、パパの救出は独力で行われなければいけないけれど」
「独力でって、何か手はあるのかい?」
「あるよ。もう既に準備済み」
クラリッサはにやりと笑った。
「まあ、多少なりの強硬手段は必要になるだろうけれど。相手はこういうあくどいことを考える連中なだけに、こっちが準備した手段も無視するかもしれない。そうならないように手を打っておかないとね」
「手伝えることはあるかい?」
「ピエルトさんは今の間に身を隠して、私たちが2日経っても戻ってこなかったらブラックサークル作戦の書類をロンディニウム・タイムスに持ち込んで暴露して。決してピエルトさんまで捕まらないようにね」
「分かった。俺は愛人の家に隠れておくよ」
「愛人とか作ってるから結婚できないんだよ?」
「うぐぐ。そ、それはそうだけど、どうやっても俺は結婚できないんだからしょうがないじゃん!」
「諦めない、諦めない」
クラリッサはピエルトを冷やかすようにそう告げた。
「それじゃあ、ピエルトさん。万が一の場合はお願いね。リベラトーレ・ファミリーの将来はピエルトさんにかかっているからね?」
「うーむ。責任重大だな。クラリッサちゃんたちも、気を付けてね。この手の政府の人間は子供でも容赦しないと思うからね」
「任せろ」
クラリッサはグッとサムズアップする。
「それじゃあ、行こう、ブラッドさん」
「ああ」
クラリッサたちが動き始めたとき、同じように動き出している組織があった。
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「リーチオ・リベラトーレが拉致された」
そう告げるのは青白い肌をした男性だ。
「リーチオ・リベラトーレはこれまでの情報からして、元魔王軍四天王のリーチオと思われる。かねてよりマークしていたが、今回のアルビオン王国政府の行動でそれが明白になった。リーチオ・リベラトーレは魔王軍を裏切った四天王のひとりだ」
男の語る言葉をロンディニウムのテムズ川に面する倉庫街の地下に集まった魔族たちが静かに聞いていた。
「そして、裏切者は奴ひとりではない。ブラッドの派閥もこれを機に和平に持ち込もうと動いている。だが、和平など必要ない。我々はまだ戦える。ここで戦いから逃げ出すのは敵前逃亡と同じことだ」
彼らは魔王軍の継戦派に所属するグループだった。
つまりはこれまでアルビオン王国内での薬物取引に関わっていたグループだ。リーチオが追いかけていた存在が、ここに集まっていた。
「リーチオ・リベラトーレもブラッドも死ななければならない。魔王軍の威信かけて、連中を抹殺し、和平を阻止する。それと同時に我々が今だ戦えるということを、人間たちに示す。目立つことは覚悟の上だ。だが、リーチオ・リベラトーレがいなくなれば、我々の薬物による人類の弱体化は進行するはずだ」
リベラトーレ・ファミリーが麻薬戦争を続けている限り、魔王軍による薬物による国家基盤の破壊は成功しないのだ。そのことは分かっている。
中には売り物の麻薬に手を出して狂乱状態になった魔族もいる。それがロンディニウムで連続殺人事件を起こした上級吸血鬼だ。その時点までは継戦派の主導する薬物密売組織とブラッドの関係はギリギリの関係を保っていた。
彼がリーチオに接触し、和平の仲介を頼んだ時点で両者の関係は完全に決裂。
ブラッドは独自にアルビオン王国内に潜伏することになり、継戦派は彼を追うことになった。そして、今に至る。
「これよりリーチオ・リベラトーレの暗殺作戦を実行する。リーチオ・リベラトーレに危険が迫ればブラッドも動くはずだ。そこで両者を仕留める」
「しかし、リーチオ・リベラトーレはどこに拉致されたのですか?」
ここで魔族のひとりがそう尋ねた。
「それは分かっている。現地はアルビオン王国陸軍特殊長距離偵察隊と特殊作戦執行部、加えてアルビオン王国陸軍近衛兵のエリートによって守られている。これを突破するには全戦力を投じなければならない」
そこで男は眉を歪めた。
「全戦力を、だ。ロンディニウムに潜伏中の魔族を含めて、アルビオン王国中の魔族を投入しなければこの鉄壁の守りを崩すことはできない。相手は対魔族戦のプロフェッショナルであるからにして、これは絶対条件だ」
だが、男が言葉を続ける。
「ならば、よろしい。やってやろうではないか。我々は挑戦に応じる。守りを突破し、リーチオ・リベラトーレを暗殺し、その救援に来たブラッドも粛清する。それによって魔王軍はこれからも戦い続けることができるのだ」
男はそこで魔族たちを見渡す。
「何か異論は?」
異論の声はなかった。
「よろしい作戦開始準備に入れ。万全の体制で突入する」
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クラリッサたちが次に訪れたのは都市警察だった。
「レストレード警部をお願い。クラリッサ・リベラトーレからだって」
「少々お待ちください」
クラリッサが受付でそう告げるのに、受付職員がレストレードを呼びに行った。
「よう。リベラトーレお嬢ちゃん。今日はどうした?」
「パパが政府の人間に拉致された。王立軍事情報部第6課に」
「は? なんだって? それはマジの話か?」
「マジの話だよ。ここじゃあれだから、カフェに行こう」
クラリッサはそう告げてレストレードを都市警察の外に連れ出す。
「いったい何があった? 王立軍事情報部第6課が国内で活動するのは許可されていないはずだぞ。国内は王立軍事情報部第5課の管轄だ。エール地方の問題を除いて」
「パパはブラックサークル作戦って作戦に協力していた。王立軍事情報部第6課の立てた作戦で内容はアルビオン王国内に入り込む麻薬の流通を阻止する麻薬戦争への協力と、情報機関がマフィアを隠れ蓑に非合法な情報戦を行うための作戦」
「それがマジならえらいことだな。大スキャンダルだ。政府とマフィアが協力していたなんてことになれば、バルフォア政権もお終いだな」
レストレードはそう告げて唸った。
「ところで、それで俺に何の用事なんだ? 俺は流石に王立軍事情報部第6課にまでコネはないぞ。連中が暴走しているのを止められるのは首相だけだ。都市警察にできることなんてない」
「それがあるんだよ。これを読んで」
クラリッサは高級な紙に書かれた書類をレストレードに見せた。
「おいおいおい。マジかよ。これは密造とかじゃないよな?」
「違うよ。私のコネで用意してもらった書類。これがあれば都市警察でもできることはあるでしょ? 手伝って、レストレードさん」
「しかし、これは……。この後どうするつもりなんだ。本当にこれを実行してどうするつもりなんだ? 確かにこれはリベラトーレの旦那を助け出せるかもしれないが、一時しのぎに過ぎないぞ。後のことは考えてあるんだろうな?」
「あるとも。パパを解放して、戦争を終わらせる」
レストレードの問いにクラリッサは力強くそう告げた。
「戦争を終わらせる、か。それがマジなら凄いことだ」
レストレードはそう告げて安物の紙巻き煙草を吹かした。
「協力しよう。うちからも応援を出す。政府の人間がやったのは非合法の拉致監禁だ。ここは国王陛下よりロンディニウムの治安を預かるお巡りさんたちが力を貸そうじゃないか。それで、いつ出発する?」
「まだいろいろと準備がある。けど、すぐに終わるよ。待ってて」
クラリッサはそう告げると次の目的地に向かった。
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クラリッサが向かったのはロンディニウム郊外の街だった。
ロンディニウム郊外のガレージが併設された珍しい建物の前でクラリッサは自動車を止めて、家のドアをノックした。
「はいはーい。あ、クラリッサちゃんじゃん! おひさ!」
「おひさ、ジェリー」
クラリッサが訪れたのはオープンキャンパスで知り合ったジェリー・ゴールトンの家だった。あれからもちょくちょくと会い、友達と呼べるまでのものになっていた。
「で、どうしたのクラリッサちゃん? 今日は遊べないよ」
「うん。分かってる。ちょっと買い取りたいものがあって」
「買い取りたいもの?」
「そ。君のお父さんの発明品」
ジェリーが首を傾げ、クラリッサがそう告げる。
「もしかして、クラリッサちゃんが興味津々だった“あれ”?」
「そう、“あれ”を。そっちの言い値で買うよ。まだ売り物にしたくないのであればレンタルでもいいけど、壊さず返す自信はない」
「……戦争でもするの?」
「似たようなことをする」
ジェリーが真顔で尋ねる。
「まあ、いいよ。クラリッサちゃんだから特別ね。一応お父さんの許可取ってくるから待ってて。上がって、お茶でも飲んでてね」
「ありがとう」
クラリッサはジェリーの家に上がる。
「お父さーん。ガレージの“あれ”を買いたいって人が来てるんだけど、取引纏めてもいいもいかなー?」
「ん。ちょっと待ちなさい」
ジェリーの声と男性の声が聞こえる。
「買い取りたいという方は誰かね?」
「クラリッサちゃん。私の友達」
「お前の友達? まだ高校生か?」
「そうだよ。ねえねえ、私の初仕事として取引をまとめてもいい?」
「待ちなさい。本人に会っておきたい」
ジェリーが尋ね、男性の声がそう告げた。
そして、パタパタと家の中を移動する音がする。
「君がクラリッサ・リベラトーレ君かね。話は娘よりよくよく聞かされているよ。私はジェリーの父のリチャードだ。しかし、“あれ”を買い取りたいとは幾分か物騒な話だね。何に使うのか聞いてもいいかな?」
現れたのはふっさりとした顎髭と分厚いレンズの眼鏡が特徴的な男性だった。
彼がジェリーの父リチャード・ゴールトンだ。
「パパが悪い連中に捕まったから助け出しに行くの。パパは私の最愛の人物で。パパはもしかすると戦争を終わらせられる唯一の人間かもしれないから」
「そうか! それならば良しとしよう!」
リチャードは些か抜けていた。
「そうだ。“あれ”って車に取り付けられる?」
「自動車にかね? 取り付けられるとも。そのような運用方法は考えたことがなかったが、確かに有効な方法ではあるな」
「それならそこまでお願い。いくらにする? 言い値で買うよ? 取り付け費込みの値を言って。サインするから」
クラリッサはそう告げて小切手を取り出した。
「取引は娘に任せよう。娘は起業することを夢にしているんだ」
「はいはーい。本体の費用が友達価格で90万ドゥカート、設置費用が10万ドゥカート。計100万ドゥカートでいいよ。大丈夫?」
「安いものだ。はい」
クラリッサは100万ドゥカートと記してサインした小切手をジェリーに手渡した。
「オーケー! なら、お父さん。よろしく!」
「任せておきなさい」
ジェリーの言葉に、リチャードが胸を張ったのだった。
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