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父は窮地を切り抜けたい

……………………


 ──父は窮地を切り抜けたい



 マックスがリーチオの屋敷にやってきたのは、王立軍事情報部第6課課長のフランクリンがプランBを宣言してから15分足らずのことだった。


「ボスに面会したい。大至急だ」


「お待ちください」


 マックスが使用人に告げて、時計を見る。


 フランクリンの宣言から15分が経とうとしている。時間がない。


「どうぞ。旦那様がお待ちです」


「失礼する」


 マックスは廊下をまっすぐリーチオの書斎に向かう。


「ボス」


「どうした、マックス。何があった?」


 マックスがいつものような鉄仮面に汗を浮かべて告げる様子を見て、リーチオはこれがただ事ではないことを即座に察した。


「王立軍事情報部第6課がリベラトーレ・ファミリーの解体を決定しました。彼らは署名問題をうやむやにするために、リベラトーレ・ファミリーをスケープゴートにするつもりです。急いでここを発ってください。もう15分が過ぎた。特殊作戦執行部(SOE)が動員されるには十二分な時間だ」


「俺たちを解体する? 王立軍事情報部第6課が? 畜生。ここまで従順に従っていてやったのになんて奴らだ。ならば、こっちも連中との関係を暴露してやる。ブラックサークル作戦についてロンディニウム・タイムスに流す」


 リーチオがドンと机を叩いてそう宣言した。


「時間がありません。奴らの第一目標はあなたです、ボス。あなたは確かに強力な魔族かもしれない。だが、特殊作戦執行部(SOE)には対魔族戦のプロフェッショナルが揃っている。残念ですが、交戦したら死ぬのはあなたの方です」


「言ってくれるな。逃げるしかないか。だが、クラリッサはどうする? あの子はまだ学園にいるんだぞ?」


「お子さんには手は出さないはずです。彼らの作戦目標はあくまでリベラトーレ・ファミリーを魔王軍の内通者として告発し、署名問題をこれ以上議会で追及されないようにすることです。そのためにリベラトーレ・ファミリーを解体する。ボスであるあなたを拘束して、組織の指揮系統を無力化し」


「分かった。今は俺だけ逃げよう。マックス、お前はどうする? これを俺に伝えたということはお前も裏切者となるだろう?」


「私の所属は王立軍事情報部第6課ではありません。情報機関同士の横のつながりで協力しているに過ぎないのです。私も拘束されるでしょうが、最終的には本国に送還され、そこで処分を待つことになるでしょう」


「すまんな。裏切らせるようなことになって」


「いいのですよ。私がやりたいと思ってやったことですから」


 リーチオの謝罪にマックスがそう告げて返した。


「ところで切り札となるブラックサークル作戦の書類は?」


「カメラで撮影して、何枚かに分散してある。ピエルト、ファビオ、ベニート。俺が不慮の事故などに遭った場合には公開するように指示してある。俺も襲われる可能性については考えていたからな」


「それは結構です。あなた自身も所持していますね?」


「もちろんだ」


「それは結構。連中に書類が分散していないことを信じさせる役に立ちます」


 そこでマックスは懐中時計に目を落とした。


「25分経過。急ぎましょう。ロンディニウムの市街地に逃げ込み、そこから連中を撒いてカレドニア地方を目指しましょう。そこから船でスカンディナヴィア王国へ」


「脱出経路は準備しておいたのか?」


「前々からリベラトーレ・ファミリーの解体については話が出ていたのでですね」


 マックスはそう告げて懐中時計を叩く。


「もう時間はありませんよ。さあ、急いで」


「使用人に伝言を頼んでも?」


「ええ。構いませんが、急いで」


 リーチオは使用人を呼ぶ。


「クラリッサが帰ってきたら伝えてくれ。『パパは用事ができたから海外に行く。ピエルトにブラックサークル作戦について暴露するように伝えてくれ』と」


「畏まりました」


 リーチオの伝言に使用人が頷く。


「なら、脱出だ」


「ええ。急ぎましょう」


 リーチオたちは表に出て馬車に急ぐ。


 そして、使用人に馬車を出させようとしたのと、馬車の馬の頭が打ちぬかれたのは同時だった。遠くから銃声が響き、2頭の馬が相次いで頭を打ちぬかれて、小さな嘶きを残して地面に倒れ、馬車が揺れる。


「遅かったか」


 マックスが唸る。


 次の瞬間、2台の馬車がリーチオの屋敷の正面ゲートを塞ぎ、馬車から新型軍用小銃と散弾銃、魔道式小銃で武装した8名のオリーブドラフの軍服を纏た男たちが下りてきた。


 彼らはリーチオの馬車に銃口を向けながら近寄ると、扉を勢い良く開いた。


「動くな。射殺の許可は下りている」


 男たちは銃口をリーチオとマックスに向けてそう告げる。


「リーチオ・リベラトーレ。大人しく我々に同行してもらおう。娘にまで被害が及んでほしくはないだろう」


「クソ野郎ども」


 リーチオはそう吐き捨てて馬車を降りた。馬車を降りた彼の手に手錠が嵌められる。


「マックス・ミュラー。こういう結果になって残念だ。君にも同行してもらう」


「好きにするといいい」


 マックスの手にも手錠が嵌められる。


「連行しろ」


「この馬の死体は?」


「都市警察の連中にでも任せる。我々は対象を護送するだけだ」


 指揮官と思しき人物がそう指示を出し、男たちは撤収していった。


 残されたのは馬の死体と空の馬車。


 そして、その様子を目撃していた使用人と──。


「まさか、一足遅かったとは」


 この惨状の後にやってきた男。


「これは和平交渉どころではなさそうだ」


 ブラッドだけであった。


……………………


……………………


「マックス。いつから本当の意味で俺たちの側についていた?」


 護送される馬車の中でリーチオが尋ねる。


「私は最初からあなた方の側でしたよ」


「嘘をつくな。ブラックサークル作戦が戦争が終わってからも必要だといっていただろう。あれは俺のリベラトーレ・ファミリー合法化に対する牽制じゃなかったのか。いつからあのアイディアを捨てた?」


 リーチオは疑問だった。


 最初は間違いなくマックスは情報機関側の人間だった。


 情報機関の人間としてドン・アルバーノによって送り込まれた、連絡員であり、監視役であり、相談役であった。


 彼は自分たちの利益になるようにリベラトーレ・ファミリーを動かすことが目的であったはずだ。ブラックサークル作戦に携わる人間として、マフィアを国家の非正規作戦に動員することがその使命であったはずだ。


 だが、彼は今回、リーチオを王立軍事情報部第6課という情報機関から逃がそうとし、そしてともに捕まった。


 いつ彼は心変わりした? 何が彼を変えた?


「平和ですよ」


「平和?」


 マックスは呟くようにそう告げた。


「戦争はもうたくさんだ。息子のような死人を見るのにもうんざりだ。平和が欲しかった。アルビオン王国が講和に動くなら、講和の機会はあると思った。ようやく求めていた平和が訪れるのだと思った。平和後の世界は分からないが、このまま殺し合いを続けるより遥かにマシなものになることは間違いなかった」


 マックスは語る。


「あなたのお嬢さんが国を動かそうとしたとき、私はそれに心を動かされた。見込みのない方法で、夢のような方法で、だが確実に政府を動かせるやり方で、彼女が平和を求めたとき、私は平和を求めることは世迷い事ではないと思った」


 クラリッサの署名活動は一見して馬鹿げていた。


 選挙権もない高校生の女の子が、平和を求めて署名活動をする。そんなことで平和が訪れていたら、誰も苦労しない。世の中の現実というのものは理想を遥かに上回る残虐性を秘めているのだ。


 だが、クラリッサは署名で国を動かした。一国の首相を動かし、一国の議会を動かした。たった70万人の署名だけで。それだけでアルビオン王国を動かしたのだ。


 そして、その動きに反発するように王立軍事情報部第6課が動いた。


「私も少しばかり夢を見させてもらうことにしました。その権利が私にあるのならば、私も平和を夢見てもいいでしょう?」


「そうだな。夢見ることは自由だ。誰にとっても」


 マックスの告白にリーチオはただ頷いた。


「まあ、結局こうなってしまったのですが。残念ですよ」


「まだチャンスはある」


 リーチオはブラックサークル作戦が暴露され、王立軍事情報部第6課が追い詰められることを狙った。ブラックサークル作戦が暴露されれば、王立軍事情報部第6課は追い詰められる。議会の追及は彼らに向かうだろう。


「俺も少しばかり夢を見よう」


 リーチオはそう告げて沈黙した。


……………………


……………………


「なにこれ」


 学園から帰ってきたクラリッサが目にしたのは射殺された自分の家の馬と扉が開け放たれたままになっている馬車だった。


「パパは? パパはどこ?」


 クラリッサは自動車を定位置に止めて、周囲を見渡した。


「ああ! お嬢様!」


「パパは?」


 使用人が屋敷から駆け出してくるのにクラリッサがそう尋ねた。


「男たちに連れ去られました。マックス様も一緒に。ああ。なんということでしょう」


「連れ去られた……?」


 使用人の言葉にクラリッサが眉を歪める。


「パパは何か言い残してない?」


「男たちに連れされる前に『海外にいく。ピエルト様にブラックサークル作戦について暴露せよと伝えるように』とおっしゃっていました」


「ピエルトさんか」


 この状況でピエルトがどれほど役に立つか。


「シャロン。乗って。ピエルトさんに会いに行くよ」


「了解であります」


 クラリッサたちは再び自動車に乗り込み、エンジンをかける。


「おっと。ちょっといいかい?」


「おや。ブラッドさん?」


 クラリッサたちが屋敷のゲートを出ようとしたときに話しかけてきたのはブラッドだった。彼はいつものスリーピースのスーツ姿で、クラリッサたちに話しかけてきた。


「リーチオ様がどこに行ったか分かるかい?」


「分からない。でも、いざとなれば鼻で臭いを追う。パパに何か用事?」


「朗報を伝えに来たところだ。魔王軍の講和条件が纏まった。講和についての全権も私に与えられた。魔王軍は講和会議に参加できる」


「いいニュースだね。だけど、そのまま首相に会うわけにもいかないんでしょ?」


「そういうところだ。リーチオ様には和平の仲介を頼んでいた。彼がいないと講和会議は始められない。そして、リーチオ様を連れ去ったのは政府の人間だ。アルビオン王国政府は明らかに講和を嫌っているようだ」


「なにそれ。平和になった方がいいのに」


「全くだ。だが、アルビオン王国政府の方針がそうである以上は講和は望めない。彼らに考えを変えてもらわなければ。何かいいアイディアを持っていないかい?」


「私が? 私はただの高校生だよ?」


「だが、君の署名活動は間違いなく政府を動かした」


 ブラッドは告げる。


「他に政府を動かす手段はないかな?」


「政府を動かす手段か……」


 クラリッサは少しばかり考え込んだ。


「あるよ。政府を動かせるし、パパも取り戻せる」


「どんな手段だい?」


「リベラトーレ家のモットー。『受けた恩は絶対に返す。受けた害は必ず血を以てして報復する』。これを実行するだけだ」


 クラリッサはそう告げて後部の荷物置き場を指さした。


「乗って。飛ばすよ」


「分かった」


 クラリッサは後部の荷物置き場にブラッドを乗せるとロンディニウムの街を疾走した。目的地として選んだのは──セント・ジェームズ宮殿。ジョン王太子の住む家だ。


……………………

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