娘は誕生日を祝ってほしい
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──娘は誕生日を祝ってほしい
ロンディニウム・タイムスにクラリッサたちのことが記事で掲載された。
記事は『平和を求める子供たち』という表題で記され、記事の内容は『11月17日、王立ティアマト学園の生徒たちがバルフォア首相に魔王軍との講和を求める署名を手渡した。このような活動は魔王軍との戦争が半世紀以上続いて初めてのことだ。手渡された署名の数は70万人分。バルフォア首相は本紙のインタビューに「平和の実現はありえる」と発言。平和に期待を持たせた。(中略)。子供たちから始まった平和への運動は実を結ぶことになるのか。その結果が問われている』とある。
流石はリベラトーレ・ファミリーが弱みを握っている記者の記事なだけあって、クラリッサたちには非常に好意的に書かれている。
その記事を読んだ人々は『子供が戦争に口出しするとは嘆かわしい!』という否定的な反応もあれば、『平和が訪れるならばそれは望ましい』と賛同する反応もあった。
当の署名を渡されたブラッドリーはといえば。
「これはついに向こう側が仕掛けてきたと見るべきかね、フレミング君」
首相官邸の一室で王立軍事情報部第6課課長フランクリン・フレミングと話し合っていた。部屋には彼ら以外他に人はいないし、入り口にはアルビオン王国陸軍特殊長距離偵察隊の屈強な兵士が警備に当たっている。特殊長距離偵察隊はのちにアルビオン王国陸軍特殊空挺部隊として再編制される部隊である。
「分かりません。率直に言って攻撃だと考えるには遠回りし過ぎています。確かに我が国が魔王軍と講和すれば、連合軍は背骨を抜かれた形になります。だが、我々が講和するのであれば、クラクス王国とスカンディナヴィア王国とも講和することを求めるのは分かっているはずです。そうなれば、本当に戦争は終わってしまいます」
「いいことではないか。我々にとってこの戦争はあまりにも長すぎた。そろそろ終わらせてしかるべきだ。この署名に応えるという形にすれば、アルビオン王国臣民たちは講和を受け入れるだろう。あの記事を支持する声は大きいと聞いている」
フランクリンが告げ、ブラッドリーが葉巻を吸いながらそう答えた。アンティル諸島産の高級葉巻だ。
「ですが、これが魔王軍による分断工作であるという可能性も否定できません。我が国に講和をちらつかせることで、連合軍全体の不和を誘発させる。彼らがクラクス王国やスカンディナヴィア王国にも同様の動きを見せていれば本当に彼らが平和を望んでいると断言できたでしょうが、我が国だけの動きとなるとどう見るべきか」
フランクリンはそう告げて紅茶に口を付けて、のどを潤した。
「とにかく、現状では軽率な動きは厳禁です。魔王軍がどう動くかは未だに分かりません。例の薬物密輸にも魔王軍がかかわっていることは間違いありません。表向きは平和を謡い、裏では薬物による間接的アプローチ戦略で我が国を弱体化させる。魔王軍の行動は読めません」
「では、まだまだ講和には早いということか。残念だな。せっかく子供たちが頑張ってくれた成果を無視するというのは。国王陛下と王国のために必要なことだとは分かっていても、心が痛むよ」
「せめてアルビオン王国内の魔族の存在を暴き立ててからでも遅くはありません。薬物取引組織については都市警察と王立軍事情報部第5課が必死になって探っております。彼らの報告を待とうではありませんか」
フランクリンは自分たちがマフィアを使って捜査を行っていることは言わなかった。ブラックサークル作戦は政府にも非公式の作戦であり、発覚するのは不味いのだ。
「では、彼らの報告を待つとしよう。ところで、今でも君はステアではなく、シェイクしたマティーニが好みなのかね?」
「ええ。あれはいいものですよ」
「では、今度御馳走するよ」
「ありがとうございます、閣下」
フランクリンはそう告げると、首相官邸を去った。
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11月下旬。
王立ティアマト学園高等部3年では、12月の最後の模試に備えて皆が勉強に勤しんでいる。推薦入試が決まっているウィレミナとフィオナも万が一に備えて模試は受ける。彼女たちはそれに加えて面接の練習もしなければいけないので大変だ。
「この間の署名。どうなったかな?」
「うーん。あれから新聞に新しい記事は載っていないね」
クラリッサが苦手な美術史を暗記すべく勉強しながら告げるのに対し、サンドラが数学の問題から顔を上げてそう答えた。
「やっぱり無視されているのかな?」
「新聞にも一面に記事が載ったし、完全に無視するのは無理じゃないかな。議会の演説で野党からも質問が出るはずだし、もうちょっと様子を見てみよう?」
「むー。なんだか気に入らないな」
「クラリッサちゃんが気に入る、気に入らないの問題じゃないんだよ。国政ってのは手順を踏んで実行されるものなんだから」
「スキャンダルの暴露合戦でしょ? うちのファミリーを雇ってくれればいいのに」
「議会はそういう場所じゃありません」
相手議員の揚げ足取りに必死になって、国民のための政治をしない政治家も世の中にはいるので、何とも言えないところである。議員には国民の代表──少なくとも今のアルビオン王国では男性の投票者の代表だ──の自覚をもって頑張ってほしいところだ。
「それよりクラリッサちゃん。今度誕生日でしょう? お祝いする?」
「するよ。サンドラたちも誘うから来てね」
「もちろん」
12月は最後の模試の月であると同時にクラリッサの誕生日なのである。
クラリッサも今年で18歳。立派なレディ──かもしれない。
身長は伸びに伸びて170センチ。スタイルも引き締まったスレンダーなそれながら、ちゃんと女性らしさもある。まあ、平均的な発育ではあるものの。
ちなみにサンドラは155センチと小柄なまま。ウィレミナは165センチとクラリッサに次ぐ長身。フィオナは160センチと平均的。ヘザーもほぼ160センチ。トゥルーデは165センチ弱とウィレミナと僅差。中等部の時はそっくり姉弟だったフェリクスは175センチとついにトゥルーデを追い越す。相方のクリスティンは150センチと小柄も小柄。ジョン王太子は170センチとクラリッサと並んでいる。
何分、栄養学とかが未発達の世界なので、どれをどうすれば身長が伸びるのかというのは分かっていない。ただ、アルビオン王国では肉をよく食べるので、高身長の子供が多い傾向にある。クラリッサも南部料理でたっぷりとカルシウムと肉、魚を食べている。タンパク質とカルシウムは成長のカギだ。
とまあ、それぞれの発育状況は置いておいて、クラリッサの誕生日である。
今年もプラムウッドホテルのロイヤルレセプションホールを貸切って、大勢の招待客を招いて行われる。ベニートおじさんも当日は出席してくれるそうだ。
「クラリッサちゃん。誕生日プレゼント、何がいい?」
「うーん。それはサンドラに任せるよ。ただ、みんなで誕生日パーティーを祝えるのも今年で最後かもしれないから、何か形に残るものがいいかな? 思い出の品として大切に保存しておくよ」
「ふむふむ。形に残るものか。本とかは?」
「いいよ。けど、どんな本かまでは言わないでね。サプライズを楽しみたいから」
「分かった」
サンドラはどんな本を贈ろうか考え始めた。
「よ! クラリッサちゃん、勉強上手くいってる?」
「いまいち……。美術史はやはりつらい……。耐えられない……」
美術史は時代が進めば進むほど変化が激しくなり、覚えなければならない作品も増えるという恐怖の科目。まして美的感性がずれまくっているクラリッサにとっては、古代の壁画もルネサンス時代の芸術も同じにしか見えないのだ。
「頑張れ、クラリッサちゃん。1月までに仕上げれば、もう美術史とはおさらばだ」
「うむ。さらば、美術史。貴様もここで終わりだ」
美術史はクラリッサが必要としなくなってからも続きます。
「そうそう。12月1日ってクラリッサちゃんの誕生日だろ? プレゼント、何がいい?」
「ウィレミナに任せるよ。ウィレミナとは大学でも一緒だから心配ないけど、できれば思い出の品になるような形に残るものがいいかな」
「そっかー。毎年、クッキーとかチョコレートだったもんな。何か考えてみるよ」
「ありがと、ウィレミナ」
ウィレミナは何にしようかと考え始めた。
「誕生日パーティーはいつもの面子?」
「クリスティンが来たいって言ってたからクリスティンも参加するよ」
フェリクスとトゥルーデが参加するのにクリスティンが参加しないわけにはいかない。それになんだかんだで、クラリッサとクリスティンは仲良くなっているのだ。
「受験勉強の息抜きみたいなものだから、サンドラもウィレミナも気軽に参加してね」
「おー!」
というわけで、クラリッサの誕生日パーティーまで日にちは進んだのだった。
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12月1日。
クラリッサの誕生日がやってきた。
クラリッサの誕生日パーティーはいつも通りプラムウッドホテルのロイヤルレセプションホールで開かれることになった。
「招待状を拝見します」
「どぞ!」
ウィレミナたちもおめかししてプラムウッドホテルにやってきた。
「それにしてもさ」
「うん」
「どうみても普通の人じゃない人が多いよね?」
「うん……」
毎年思ってきたことだが、クラリッサの誕生日パーティーには堅気じゃございませんという人々で溢れていた。顔に傷のある人間が大勢いるし、そうでなくともあからさまにマフィアっぽい人間が数多くいる。
これまでは突っ込んでこなかったが、そろそろ突っ込みたい。
「やあ! ウィレミナちゃんにサンドラちゃんじゃないかい!」
「あ。ベニートさん。お久しぶりです」
サンドラとウィレミナがきょろきょろしていたら、ベニートおじさんがやってきた。
「クラリッサちゃんの誕生日パーティーに来てくれてありがとうな。俺たちもクラリッサちゃんが王立ティアマト学園に入学するって聞いたときは大丈夫だろうかと心配したものだ。だが、杞憂だったな。今では友達も大勢いるし、生徒会長だってやった。クラリッサちゃんの友達になってくれて本当にありがとうな」
「クラリッサちゃんはいい子ですから。こっちから友達になりたくなる魅力があるんですよ。誰にでもフレンドリーだし、面白いし」
ベニートおじさんが目線をサンドラたちに合わせて告げるのに、ウィレミナがにっこり笑ってそう返した。
「そいつは確かにな! クラリッサちゃんには魅力がある! そうだ。またよかったらうちの近くのキャンプ場に遊びに来てくれ。歓迎するよ」
ベニートおじさんはそう告げて他の男たちとの会話に向かった。
「やあ。サンドラちゃんにウィレミナちゃん。来てくれたんだね」
「えっと。ピエルトさん?」
「そうそう。俺、影薄かったかな……?」
「そ、そんなことはないですよ!」
ベニートおじさんに比べるとピエルトの印象は薄い。
「まあ、来てくれてよかったよ。俺たちもクラリッサちゃんが王立ティアマト学園に入学するって聞いたときは、友達なんてできないんじゃないかって思ってたけど、ちゃんとサンドラちゃんたちみたいな立派な友達ができて安心してる」
「クラリッサちゃんの友達でいるのは楽しいですから」
「ちょっと振り回されて困ったりしてない?」
「ま、まあ、そんなときもありますね」
「うんうん。俺もクラリッサちゃんに振り回されることがあるから分かるよ。けど、なんとなく憎めないんだよね」
サンドラも、ウィレミナも、ピエルトも、クラリッサに振り回されてきたぞ。
「クラリッサちゃんの友達でいてくれたし、困ったことがあったら相談してね。おじさんたちが相談に乗るよ。大抵のことは解決できるから」
「は、はい」
どのように解決されるかが分からないのが怖いところだ。
「お集まりの皆さん。ロイヤルレセプションホールへどうぞ!」
そして、クラリッサの誕生日パーティーが始まった。
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