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娘は父の誕生日パーティーの準備がしたい

……………………


 ──娘は父の誕生日パーティーの準備がしたい



「え? ボスの誕生日パーティー?」


 困惑した声を上げているのはピエルトだ。


「うん。今度の6月21日にやるから、幹部の人たちを集めて。ちゃんと誕生日プレゼントも用意しておいてね。それから料理とかの支度も手伝って」


「ちょ、ちょっと待って、クラリッサちゃん。ボスはこのこと知ってるの?」


「知ってるよ。私がやりたいって言ったことだから」


 てっきりクラリッサが暴走して何やらやろうとしているのかと思ったら、ちゃんとリーチオの許可を得ているという。それにしてはリーチオから幹部会に声はかからなかったのだが、これはどういうことなのだろうか。


「うーん。クラリッサちゃん、本当は身内だけでやりたいってボスは思ってるんじゃないかな? だって、俺たちにボスは何も言わなかったよ?」


「そんなことはない。パパだって大勢に祝われたいはず。それともピエルトさんはパパの誕生日を祝いたくないの?」


「そ、そんなことはないよ。うん。俺たちもボスの誕生日は祝いたいよ」


 ジト目でピエルトを見るクラリッサにピエルトがコクコクと頷いて見せた。


 うっかりリーチオの誕生日を祝いたくないなどと言おうものなら、後でどのような目に遭うのか分かったものではない。クラリッサはまだ8歳だが、リーチオへの影響力は計り知れないのだ。それにクラリッサは飴玉とかで懐柔できるような子供でもない。


「幹部の人にはみんな声をかけてね。ベニートおじさんにも。それから警備は厳重にしておいてもらわないと。また誰かが刺されたら誕生日パーティーが中止になっちゃう。ピエルトさん、警備は厳重にだよ?」


「うんうん。俺としてもその点には同意するよ」


 定例の幹部会もベニートおじさんが刺されてからは厳重な警備の下に行われるようになっている。フランク王国の組織が未だに居座っている状態で、また誰かが襲撃されるようなことがあれば、今度こそ戦争になるかもしれない。


「料理は誰に頼んだらいいかな?」


「そうだね。料理人を連れてこようか。うちのシマから信頼できて、腕の立つ料理人を呼んでこよう。南部料理でいいよね?」


「うん。パパも南部料理好きだから」


 リベラトーレ・ファミリーのシマの料理店は南部料理店が多い。南部人は南部人で纏まりやすいためか、自然と南部人が集まるのだ。


 彼らはリベラトーレ・ファミリーから金を借り、リベラトーレ・ファミリーに警備料を支払い、リベラトーレ・ファミリーに影響を受けながらこの街で商売を行っている。


「それから……何が要るかな?」


「そうだね。女の人がいた方がいいね。パーティーだし」


「……ピエルトさんのスケベ」


「ちょ、ちょっと待って! これまでのパーティーではそんな感じだったんだって!」


 クラリッサはピエルトの言う女の人というのを娼婦だと見抜いているぞ。


「でも、6月21日か。ちょっとそれは不味いな。家族連れにしてもらおうか」


「ん? 6月21日の何が不味いの?」


「あれ? クラリッサちゃんは知らないの?」


 クラリッサが首を傾げるのに、ピエルトがちょっと驚いた表情を浮かべる。


「ボスとディーナさんの結婚した日が6月21日なんだよ。知らなかった?」


「知らなかった……」


 ピエルトが告げるのに、クラリッサが視線を伏せる。


 リーチオのことならば何でも知っていると思っていたクラリッサだが、よくよく考えればリーチオと母ディーナについての知識は大きく欠落している。それはディーナがあまりにも早く亡くなってしまったこともあり、そのためにリーチオがクラリッサにディーナのことをあまり話さないためでもあった。


「けど、パパの誕生日と結婚記念日が一緒なんて凄い偶然」


「そうだよね。だから、ボスはあまり誕生日を祝ってほしくなかったのかもね」


「ママのことを思い出すから?」


「そう。クラリッサちゃんが寂しい思いをするんじゃないかって」


 クラリッサが尋ねるのに、ピエルトがそう告げて返す。


「私は気にしないのに。パパは勝手に心配しすぎだと思う。そう思わない?」


「ど、どうかなー」


 リーチオの意見とクラリッサの意見に挟まれた部下は言葉を濁すしかないのだ。


「まあ、いいや。今回はちゃんとお祝いするし、これからもお祝いするし。それで料理とプレゼントと他に必要なもの……。そうだ、誕生日ケーキがいるよ」


「ううん。ボスは甘いものは苦手だからね。小さいケーキにした方がいいね」


「ファミリーのボスが娘より小さいケーキでいいのかな?」


「む、難しことを言うね、クラリッサちゃん。だけれど、ボスも大きいケーキを準備されても困るだろうし、形式的なものでいいんじゃないかな。それかちょっと大きなケーキをみんなで切って食べるとか。クラリッサちゃんの誕生日みたいに」


「なるほど」


 そこでクラリッサは気づいた。


「パパって今何歳? 何本、蝋燭を用意したらいいのかな?」


 そうである。リーチオの誕生日を祝うパーティーながらリーチオの年齢が分からないのである。これではいろいろと困る。


「ええっと。ボスは……」


 ピエルトはこれまでの会話の中でリーチオの年齢に関する単語がなかったかを探ったが、どうにもリーチオは年齢を明らかにしたことは一度もないということに気づいた。


 それもそうだろう。リーチオは半不老不死の人狼である。かなりの長い年月を生きてきている。自分の年齢がばれるようなことは避けているはずだ。


「ボスには聞いてみた?」


「まだ。教えてくれるかな?」


「年齢を隠す人は女の人だけだよ」


 パールも年齢は教えてくれないぞ。


「後はそうだね。飾り付けが必要かな。というか、どこでやろう?」


「え? 自宅でやるんじゃないの?」


「それだとサプライズ感が不足する」


「サプライズ感かー……」


 何やら面倒なことに巻き込まれ始めたと理解してきたピエルトである。


「なら、うちのシマのホテルを借りよう。立派なホールもあるし、料理人も仕事がしやすいし、飾りつけもスタッフが手伝ってくれるよ」


「ううむ。真心感は足りてるかな?」


「大丈夫、大丈夫。サプライズ感も真心感も足りてるから」


 実に面倒くさいクラリッサである。


「それじゃあ、ピエルトさん。ホテルと料理人の準備をお願い。私も飾りつけは手伝うよ。後はプレゼントを準備しなくちゃいけない」


「クラリッサちゃんはボスに何をプレゼントするの?」


「まだ未定」


 いろいろと参考になる意見は聞いたが、クラリッサはまだリーチオへのプレゼントを何にするのか決めかねていた。


「ボスはきっとクラリッサちゃんからのプレゼントならなんだろうと気に入ってくれるからあまり悩む必要はないよ。俺たちは酒とか煙草とか消費するものも送るつもりだから、クラリッサちゃんは形に残るものを送るといいかな」


「なるほど」


 確かにせっかくのプレゼントも他のプレゼントと被ってしまってはもったいない。


「参考になったよ。ありがとう、ピエルトさん」


「いやいや。大したことじゃないよ」


 大変なのはここからボスに内緒でホテルを借りて誕生日パーティーの準備をすることだよとピエルトはそう思いながら苦笑いを浮かべた。


……………………


……………………


 クラリッサはもうちょっと誕生日プレゼントに関する情報を得るために、その手のことに詳しそうな人たちのいる場所に向かった。


 イースト・ビギンの街並みを怪しい方向に向かったところ。


 宝石館である。


「こんちわ、サファイア」


「いらっしゃい、クラリッサちゃん。今日は何かな?」


 いつものようにクラリッサがサファイアに挨拶する。


「今度パパの誕生日パーティーをするんだ」


「そうなの? リーチオさんの誕生日って何日だったかしら」


「6月21日。この間、私も知ったばっかり」


「まあ、もうすぐじゃない」


 クラリッサが告げるのにサファイアがやや驚く。


「準備はできてるの?」


「お客さんの招待と会場と料理はピエルトさんに任せた。後は私からパパへの誕生日プレゼントを何にするかってところ」


 クラリッサはそう告げて腕を組む。


「ウィレミナとサンドラは娘からのプレゼントは特別だから今あるものと被っていいって言ってて、フィオナはその人の関心のあるものをって言っている。それからピエルトさんたちはお酒とか煙草とか消費するものを送るから、私は形として残るものを送る」


 これまでのまとめをクラリッサは告げる。


「それで、実際にはどんなものがいいかな?」


「そうね。身近にあって日頃から使ってもらえるものがいいと思うわ。そうしたものは自分の気持ちが常に相手に伝わるものだから。ネクタイピンとかはどう?」


「ウィレミナと同じものを推薦するね」


 ネクタイピンは無難な選択肢なのだろうかと思い始めたクラリッサである。


「でも、ネクタイピンってそんなに熱心に使うものかな?」


「熱心に、と言われると分からないわね。男の人、特にリーチオさんみたいな身なりのしっかりした人はきちんと使ってくれるでしょうけれど」


「うーむ。パパにはどんなものの需要があるんだろう」


 クラリッサはリーチオをびっくりさせたいのでリーチオには相談できない。日頃の娘として観察力が試されているのである。


「あら、いらっしゃい、クラリッサちゃん」


「邪魔してます、パールさん」


 そんな話をクラリッサとサファイアが行っていたとき、パールが階段から降りてきた。この時間帯はまだまだお客が来る時間帯ではない。


「パールさん、パールさん。今度、パパの誕生日パーティーをするんだよ」


「あら。もうそんな時期だったのね」


「パールさんはパパの誕生日知ってたの?」


「ええ。6月21日でしょう。私もプレゼントを贈るわ」


 意外なことにパールはリーチオの誕生日を知っていた。


「パールさんは何を送るの?」


「花よ。ドライフラワー。部屋に飾ってあるの見たことない?」


「ある。あれってパールさんからのプレゼントだったんだ」


 リーチオの書斎にはいつもドライフラワーが置かれていたが、あれはどうやらパールからのプレゼントだったらしい。ちなみにあのプレゼントのことをリーチオは結婚記念日のプレゼントだと思っていたぞ。誕生日とはリンクしていないのだ。


「クラリッサちゃんは何をプレゼントするの?」


「それで迷っている」


 そう告げてクラリッサはこれまでの経緯をパールに説明した。


「なるほどね。クラリッサちゃんもいろいろと考えているのね」


「うん。参考までにどんなものがいいと思うかな、パールさん?」


 クラリッサはパールにそう尋ねる。


「クラリッサちゃんはいつもリーチオさんを見ているわよね。その時、リーチオさんは何を持っているかしら。よく考えてみて」


「パパが持っているもの……」


 クラリッサが考え込む。


「娘であるあなたならば、リーチオさんについて一番詳しいはずよ。リーチオさんがいつも持っていて、大切にしてくれそうな品を選ぶといいわ。形あるものがいいならば、それなりのお値段がするものを選ぶのも必要ね」


「あ。分かった」


 そこでクラリッサがポンと手を叩く。


「パパがいつも私の前で持ってて、大事に使ってくれそうな品。分かったよ。でも、どこで買ったらいいのかな」


「ちなみにそれは何?」


「内緒にしてくれる?」


「もちろん」


 パールが微笑んで告げるのにクラリッサはパールに耳打ちした。


「そうね。それならばここのお店に行ってみたらいいわ。この街でも一位の座を得ている店だから、きっとリーチオさんを失望させないはずよ。もっとも、娘であるあなたからのプレゼントであればリーチオさんはどんなものでも喜んでくれるはずだけれど」


「うん。けど、パパには本当に喜んでほしいから一流の品を送るよ」


 そう告げてクラリッサは椅子から飛び降りる。


「今日はありがとう、サファイア、パールさん。またね」


「ええ。いつでもいらっしゃいね」


 クラリッサは早速パールに教えてもらった住所に従ってお店を目指したのだった。


 果たしてリーチオはクラリッサのプレゼントを喜んでくれるだろうか?


……………………

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