娘は別荘でのどかに過ごしたい
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──娘は別荘でのどかに過ごしたい
昼食はレストランでフランク王国料理を味わった。
「次は南部料理のお店に行こうね」
「ああ。夕飯はそうしよう」
クラリッサたちはそう告げ合って、リゾート地を見て回る。
新しくできたお店や、新しくできたホテルなどが並ぶ。別荘も新しいものができていたり、古かったものがなくなったりしている。
しばらく来ないうちにすっかり様変わりしたと言っていいかもしれない。
「よおし。我が家に帰宅ー」
クラリッサが別荘の中に飛び込む。
「高級ホテルもいいが、結局我が家が一番、だな」
「踵を鳴らして?」
リーチオの言葉にクラリッサがにやりと笑う。
「ああ。踵を3回鳴らして」
リーチオはそう告げて椅子に座る。
「夕食までどうする? 海で遊ぶか?」
「釣りは?」
「この時間帯はあまり釣れない。もう少し早い時間帯か日没間際がいい」
「ふうむ。川釣りのときは昼間に釣ったけど」
「海釣りはプランクトンの動きにも気をつけないといけないからな。お前も学校で習ったろ。植物性プランクトンの光合成。あれがかかわっている」
「なるほど」
海釣りは真昼間からではなく、早朝、日没間際がいいとされている。その時に植物性プランクトンが集まり、それを食べる小魚が集まり、さらにそれを食べる大型の肉食魚類が集まるという仕組みだ。
「海の中も食う食われるの関係か」
「まあ、そうだが」
やれやれと言うように肩をすくめるクラリッサにリーチオが何とも言えない顔をした。この歳で世の中を悟ったという顔をされてもという顔だ。
「ところでさ、パパ。ブラッド・バスカヴィルって人、知ってる?」
「……どうしてだ?」
「前にその人に会った時、パパに帰ってきてって言ってたの。それにね。スカンディナヴィア王国で人狼と上級吸血鬼に襲われた時も、なんかパパに用事があるみたいだったの。心当たりある?」
「お前、スカンディナヴィア王国では通り魔に襲われたって……」
「うん。あの時はそうしておいた方がよかったと思って。けど、最近のパパはピリピリしているし、教えておいた方がいいのかなと思ったの」
クラリッサは真剣な表情でそう告げた。
「パパはまだ魔王軍に所属しているの? それで狙われているの?」
クラリッサはそう尋ねた。
「お前はもう全て分かっているんだな」
「まーね。全部とは言わないけどある程度は分かっているよ」
リーチオが静かにそう告げて、クラリッサが頷いて返した。
「なら、全て話そう。これはお前の出自に関する話だ」
「おう」
クラリッサはまた頷いた。
「俺は魔王軍の四天王だった。四天王というのは魔王に次ぐ、四大幹部だ。人間の軍隊とは長らく戦ってきたし、人間の領域に侵入することもあった。侵入したときに得た名前が、この“リーチオ・リベラトーレ”という名前だ」
「偽名だったんだ」
「そうだ。偽名だ」
リベラトーレという姓はリーチオが魔族として人間の生存領域に侵入するために偽造した身分である。魔族としての彼の姓はリーチオ・ベルセルクである。
「そして、ディーナは勇者だった。正確には勇者パーティーのひとりだった。記録されている限り、最後の勇者パーティーだ。人間たちも勇者が魔王を討ち取るというシナリオに限界を感じていたし、あまりにも非効率だということに気づいていた。対魔族戦のプロフェッショナルを集めた部隊と言えば響きはいいが、少人数のサポートのない長距離潜入部隊というと無理があると言うことが分かるからな」
「そういえば勇者って最近全然話聞かないと思った」
「廃止したんだよ。その代わり人間は特殊作戦部隊を作った。勇者パーティーを参考にして、魔王軍の陣地に浸透し、破壊工作を行う対魔族戦のプロフェッショナルだ」
アルビオン王国を先頭にコマンド部隊の創設が始まり、今では各国が対魔族戦のエキスパートである偵察や特殊作戦を行う部隊を有している。
人間たちは勇者というかつての遺物を捨てて、新しいものを作り上げたのだ。
「で、ディーナと俺は魔王軍支配領域で出会った。ディーナは勇者パーティーにうんざりしていて、俺は魔王にうんざりしていた。だから、ふたりで逃げ出して、誰の手も及ばないアルビオン王国に逃げ込んだ」
「なるほど。そうだったのか。でも、どうしてマフィアに?」
「あの時はマフィアが一番いい職業だと思ったんだ。俺は人間界について知識があまりなかったし、ディーナも普通に働くということを経験したことがなかった。だから、俺たちはマフィアを乗っ取り、マフィア稼業を始めた」
「ふうむ。ママも結構ダメな人だったんだね」
「ダメというか、戦うために育てられていたから、それ以外の知識がなかったんだ」
ディーナは士官学校で育ち、戦地で長らく戦い、そのため一般社会の知識が欠落していた。ある意味ではダメ人間である。
「俺たちはベニートたちとともにマフィアを始め、今がある。そして、今、魔王軍は和平を求める和平派とあくまで戦争を続けることを求める継戦派の派閥に分かれている。ブラッドは和平派の人間で、俺に和平の仲介を求めてきた」
「となると、私を襲った人たちも和平派?」
「それは分からん。どうやら魔王軍においてまだ俺の発言権は残っているらしく、派閥争いを有利にするために、お前を誘拐して、俺に魔王軍に戻ってこさせようしたのだろうが、それが和平派か継戦派かなのかは分からん」
和平派も継戦派もリーチオという戦争から離脱した四天王のことを未だに重要視している節がある。どちらがクラリッサを襲ってもおかしくはないのだ。
「お前は人狼ハーフだ。もうそのことには気づいていると思うが。魔王軍四天王の人狼と勇者パーティーのアークウィザードの下で生まれたのが、お前だ、クラリッサ」
「ううむ。我ながら壮大な出自だ」
クラリッサは自らの出自が明らかにされるのに、唸った。
「でも、パパはどうやって和平を仲介するつもりなの?」
「有力な貴族の伝手を当たってみようかと思う。貴族社会、つまり政界にはそれなりに伝手がある。その伝手を慎重に当たって、どうにか政府中枢まで道筋をつけたら、後は魔王軍の代表であるブラッドと政府の人間が話し合えばいい」
リーチオも講和交渉の仲介というものをどのように進めるべきかは悩んでいた。下手を打つと魔王軍の協力者だと思われる。そうならないようにするためには本当に信頼できる貴族を選び、その貴族を足掛かりに、少しずつ政府中枢に近づくしかない。
政府中枢まで伝手ができれば、後はブラッドとの会合の場を設けるだけだ。
今の政権与党は自由党なので比較的リベラルだし、魔王軍との戦いをそこまで必死に続けることを目標としている政権ではない。どちらかと言えば、魔王軍との戦いを終わらせて、社会保障に費用を回したいと思っている方だ。
そういう与党ならば、魔王軍との講和にも前向きになるかもしれない。少なくとも政府中枢──首相まで伝手ができれば。
難しい話だというのはリーチオが一番よく分かっている。リーチオのリベラトーレ・ファミリーは長らく自由党に協力してきたが、首相になるまでの人物に手を貸したことはない。首相が賢明な男ならば、マフィアとのかかわりは避けるだろう。
だが、リーチオはこのくだらない戦争を終わらせたい。もう互いの面子のためだけに戦っているような戦争だ。終わりにしてしかるべきである。お互いにこれ以上戦い続けても得るものなく、資源と人材の浪費が延々と続くだけなのだから。
それに戦争が続いている限り、麻薬戦争は確実に続く。戦争が終わっても魔王軍が薬物取引を完全に停止するという保証はまだないが、少なくとも戦争を続けているよりも、戦争を止めたときの方が薬物取引が終わる可能性は高いだろう。
そして、麻薬戦争を終わらせて、リベラトーレ・ファミリーを合法化し、クラリッサに後を託す。リベラトーレ・ファミリーはマフィアという永遠の繁栄を約束されていない組織から、合法的な企業という発展性のある組織になる。
それがリーチオの望みだった。
「クラリッサ。戦争はどうあっても終わらせなければならない。そうしなければ、俺たちは難しい立場になる。お前も協力してくれるか?」
「もちろん。私にできることがあるなら、なんでも言ってね」
クラリッサはグッとサムズアップしてそう返した。
「ああ。頼むことがあったら頼む。頼りにしてるからな」
「おうともよ」
その後、クラリッサはまたビーチに出て、アルフィと水遊びを楽しんだ。
アルフィは楽しいのかどうか謎だったが、砂浜に五芒星に燃え上がる目玉の文様を書いたりして、クラリッサと遊んでいた。アルフィが何者なのかは分からないが、少なくとも水を嫌う生き物ではないようである。
そして、日没直前にクラリッサたちは船釣りに向かうために埠頭に向かった。
釣果はリーチオが大物2匹小物1匹、クラリッサが小物2匹となった。
小物は食べることもできないのでリリースし、大物はレストランに持っていき、アクアパッツアにしてもらって、クラリッサとともに食した。
シャロンも食事を共にし、親子ふたりと使用人ひとりで、のどかな時間を過ごしたのであった。とても、とても、のどかな時間を。
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別荘での日々は自由である。
リーチオは早朝にクラリッサをシャロンに任せて朝釣りに向かい、クラリッサはお昼ごろまで寝ていたりする。遅めの朝食をシャロンに準備してもらい、それでおなかを満たしたクラリッサは水着に着替えてアルフィとまた水辺で遊ぶ。
アルフィはまた五芒星に燃え盛る目玉の文様を描き、何やら崇めていた。相変わらずアルフィは謎の生物であった。
そして、クラリッサがビーチに繰り出していたころ、リーチオを乗せた漁船が埠頭に戻ってきた。漁船の客はどれも高価な釣り具を持っており、服装もブランド物のアウトドアルックで、見るからに上流階級であることが分かった。
まあ、ここそのものが高級リゾートだし、狩りと同じく釣りを娯楽にする貴族もいる。釣り糸を海に垂らし、哲学にふけるような貴族もいるのである。
今日のリーチオの釣果は大物2匹。昼飯は今日は自炊してもいいなと思っていた。
「リーチオ・リベラトーレさん?」
リーチオが埠頭に降りたときにそう声をかけてくる男がいた。
「誰だ?」
「死んでもらう」
男は唐突にナイフを抜くと、それを腰で構えてリーチオに突撃してきた。
「馬鹿が」
リーチオは魚を収めたクーラーボックスを男に向けて思いっきり投げつけると、顔面にクーラーボックスを受けて倒れた男の手からナイフを蹴りやって、海に落とした。
そして、男の両手を掴み、腕をねじ伏せて地面に押し倒すと、男の人相を確認した。
見覚えはない。魔族の臭いもしない。人間だ。となると、どういう理由でこの男はリーチオを殺しに来たのだろうか?
「おい。起きろ」
リーチオは気絶していた男の頭を叩く。
「うう、畜生。殺すなら殺せ」
「殺される覚悟で殺しに来たか。殊勝な心掛けだ。だが、俺はお前を殺すつもりはないし、殺されてやるつもりもない。どこの人間がけしかけたか、言え。誰に頼まれた?」
「クソ食らえ」
男はそう告げて血の混じったつばを吐いた。
「そうか。これでも喋らないか」
リーチオは捻り上げた腕をみしみしと言わせる。
「畜生、畜生、畜生! 知らない! 知らない人間から頼まれた! 報酬は前金で100万ドゥカート、後で800万ドゥカートだった! 俺みたいなチンピラには持ってこいの仕事だったんだよ!」
「まだだ。誰に頼まれたのか言え。知っているはずだ」
「知らない! 知らない! ただ妙に青白い女だった! 分かるのはそれだけだ!」
「青白い女、ねえ」
吸血鬼の類か。
「警察だ。通してください。警察です」
リーチオが男を尋問している間に誰かが通報したのか警察がやってきた。
「こいつだ。ナイフをもって襲い掛かってきた。ナイフは海に落ちている」
「怪我はありませんか?」
「俺はないが、こいつは鼻が折れているだろう」
「了解。連行します」
警察はリーチオから男の身柄を預かると、連行していった。
「さて、いよいよ継戦派が動き始めたか?」
リーチオはこののどかなリゾート地でそう呟いたのだった。
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