娘は別荘で過ごしたい
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──娘は別荘で過ごしたい
「模試、A判定だったよ」
リーチオの書斎でクラリッサがそう告げる。
「おお。よくやったな。これなら合格できるんじゃないか?」
「それはまだ分からない。油断禁物」
珍しく謙虚なクラリッサである。
「それなら残りの夏休みも勉強して過ごすか?」
「それはそれ、これはこれ。別荘には遊びに行くべき」
そこら辺は謙虚ではないクラリッサである。
「じゃあ、別荘だな。明日からでもいくか?」
「うん。行きたい。準備してくるね」
「おう。必要なものは自分でまとめるんだぞ。大学に入ったら寮に入るんだろ?」
「そうそう、今のうちから自立心を磨いておかないとね」
クラリッサは大学に入学で来たら寮で生活するつもりだ。寮には寮母と料理人はいるが、使用人はいない。自分の身の回りのことは自分でしなければならない。クラリッサも今までのように他人任せにはできないのだ。
シャロンもクラリッサが大学に入学したらリーチオの使用人をやることになっている。ここ最近の物騒な状況を思えば、リーチオにも護衛がいた方がいいだろう。何せ、リーチオだと襲撃者の頭を叩き潰しかねない。
「必要なもの、必要なもの、と」
クラリッサは自室でメモ帳を手に取る。
「水着は必要だよね。それからカジュアルなドレスに、フォーマルなドレス。下着。歯ブラシ、タオル、歯磨き粉。それからいざという場合に備えてサバイバルナイフとマッチ、水。それから、それから……」
クラリッサは相変わらず何に備えているのか分からないものをリストアップしていた。別荘で遭難することでも想定しているのだろうか……?
「できた。詰めよう」
今回はリーチオのチェックがないので、クラリッサはリストアップした品をそのまま鞄に詰め込んでいく。水着も、ドレスも、サバイバルナイフも。というか、サバイバルナイフなんていつの間に入手したのだろうか?
「できた、できた。我ながら完璧だ」
サバイバルナイフが入っているのは完璧ではないぞ。
「忘れ物はないかな?」
クラリッサはリストをチェックする。
「全部入ってるな。問題なしだ。これでいつでも別荘に行ける」
クラリッサはむふーと満足げに旅行鞄を見下ろした。
「よし。パパに準備できたって教えて来よう」
クラリッサはそう告げて階段を駆け下りていった。
結局、クラリッサのサバイバルナイフはリーチオには気づかれなかった。
だが、クラリッサはサバイバルナイフより物騒なものを持ち込もうとしているのだ。
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そして、別荘に向かう当日。
クラリッサとリーチオ、シャロンは列車に乗り、海辺の別荘を目指した。
クラリッサが友達と過ごすようになってからはあまり使われなくなった別荘だが、リーチオはよくよくここにきて、仕事をすることがあった。
別荘はビーチリゾートの一帯に含まれており、ホテルプラザ・ポセイドンがあったようなビーチリゾートになっている。レストランもあるし、ブティックもある。ホテルやコテージも優雅にたたずんでいる。
「遊ぶぞー」
「ああ。思いっきり遊べ。1月、2月まではまた勉強漬けだろうからな」
クラリッサが海を見て叫び、リーチオがそう告げた。
「うーむ。海辺のカジノっていうのもお洒落な感じがしていいと思うけれど、まだ海辺にカジノが建てられるような法案はできてないんでしょう?」
「できてないな。海辺の一画が特区に指定され、それでそこでのカジノの経営を許可するという法律が通過しない限り、海辺にホテルを建てるのは無理だ」
クラリッサの営業することになるロンディニウム新規開発地区でカジノの経営が許されたのは、新規開発地区が特区に指定され、そこでのみカジノの経営を許可するという法案が通過したからである。
アルビオン王国のどこにでもカジノを建てていいという法案は通過していない。そんなことをすれば政府が制御できなくなるし、治安の悪化も予想されるというためだ。
他の国も同様で、ニーノの建築しようとしている西部のカジノはひとつの都市限定でカジノが許可されている。スカンディナヴィア王国のカジノは国営であるからにして、ひとつの地区から出ることはない。
つまり、海沿いのカジノを建てるにはその海沿いを特区に指定し、カジノ法案をまた通過させなければならないわけである。ロンディニウム新規開発地区のカジノ法案を通過させるだけでも大変だったのに、またすぐに他の場所にというのは無理だろう。
「だが、お前が大人になって事業の拡大を目指すならその時は協力しよう。だが、まずはロンディニウムのホテルとカジノを成功させるんだぞ」
「了解」
ロンディニウムのホテルとカジノが成功したら、事業拡大を目指すのもありだろう。
その時は濁ったテムズ川に面するロンディニウム新規開発地区よりも景色のいい、このような眺めのいいビーチリゾートに出店するのもいいかもしれない。
人々はより開放的な雰囲気となり、財布のひもも緩むだろう。
「さて、久しぶりの別荘だろ?」
「久しぶりだね」
初等部のころは夏休みは必ずと言っていいほど来ていた別荘も、クラリッサが中等部になり、活動的になるとあまり来なくなった。
クラリッサにとっては久しぶりの別荘での時間だ。
「清掃なんかは管理人に任せてあるから、すぐに使えるだろう。俺も夏にはここで仕事をするしな。さ、入れ入れ」
「ゴーゴー」
クラリッサたちは別荘の中に入る。
別荘の中はつい最近まで人がいたのかと思うほどに整っていた。事実、別荘の管理人がリーチオたちが別荘で過ごすと聞いて、綺麗に掃除しておいたのである。埃もなく、何もかも綺麗に整頓されている。
「うん。思い出の別荘のままだ。よくパパとここで過ごしたよね」
「ああ。今日は何をする? 海水浴か?」
「まあ、海と言ったらまずはそれをしないとね」
クラリッサはそう告げて別荘内の自室に向かった。着替えである。
「じゃん。どう、パパ?」
「……お前、まだその水着持ってたのな」
クラリッサが披露した水着は高等部2年の合同水泳大会の水着コンテストで纏った、きわどいスタイルの水着だった。
「アガサがあげるっていうからもらってたの。どう、似合うでしょ?」
「もうちょっとマシな水着はなかったのか?」
「酷い」
酷いも何もお父さんは娘がそんなきわどい格好をしているのは嫌なのだ。
クラリッサは高等部3年でついに身長170センチとなり、男子にも並ぶようになった。だが、スタイルは平均的。胸部装甲はDカップだ。アルビオン王国において、これは平均的の部類に入る。ちなみにフィオナとサンドラはFカップはあるぞ。ウィレミナは……と話と悲しい話になるのでやめておこう。
「まあ、プライベートビーチだからいいが。あまり目立たないようにしろよ」
「目立つために着てきたのに」
「ダメ」
「どうしても?」
「ダメ」
リーチオは頑なな拒否の姿勢に入った。
「ほら、このラッシュガードを着ておきなさい。日焼けするのも嫌だろう?」
「日焼け止め塗ればいいもん。パパって本当に過保護」
「お前が危なっかしいからだ」
クラリッサは誘拐されたりすることは心配しなくてもいいのだが、社会常識から著しく逸脱することは心配しなければならないのだ。高等部3年にもなったのだから、世の中のあれこれを理解してもよさそうなものなのだが、未だにやんちゃだ。
「海では気を付けて遊べよ。流されて沖にでたりしないようにな。シャロン、見ておいてやってくれ。頼むぞ」
「了解であります」
シャロンも水着姿だ。ワンピース型の競泳水着。
「パパは何するの?」
「パパはもう海ではしゃぐ歳じゃないんだ。明日は魚釣りに行くが、今日は海を見ながらビールでものんびりと味わっておく」
「そっか。釣りには私もついていくよ」
「お。そうか、そうか。海釣りの方法を教えてやろう」
自分の趣味に娘が興味を持ってくれると親としては嬉しいものである。
「じゃあ、私たちは海をエンジョイしてくるね。パパも普段の疲れを癒して。ここ最近、パパってピリピリしている感じがしたから」
「ああ。そうだな」
ここ最近のリーチオはいつブラッドが再び接触してくるかというのを待っていた。講和交渉の仲介を引き受けた身として、マックスのような情報要員の監視を掻い潜り、アルビオン王国に侵入したブラッドと接触するのはそれなり以上に緊張することだった。
クラリッサも家族としての感覚でそれを感じ取ったのだろう。
「それじゃあ、行こうか、アルフィ」
「おう。行って──アルフィ?」
今、聞き流してはいけない単語が聞こえた。
「テケリリ」
クラリッサの抱えたバスケットからは眼球を3つ形成したアルフィの触手が伸びていた。間違いなくあのアルフィである。
「おい。どうしてその化け物がそこにいる」
「化け物じゃないよアルフィだよ。アルフィも海が見たいって」
「北ゲルマニア連邦に密航したときに見てただろう」
「もっと間近で見たいって」
「色が変わっただけじゃねえか」
アルフィはサイケデリックな色合いに変色した。
「プライベートビーチだし、いいでしょ?」
「ううむ。ちゃんと監視しておけよ? いいな?」
「了解。アルフィが溺れたりしないようにするよ」
「いや。そいつは溺れ死んでもいい」
「酷い」
アルフィは悲しそうに眼球を9つ形成した。
「まあ、私が見張っているから大丈夫。行こう、アルフィ」
「テケリリ」
アルフィはクラリッサの腕の中のバスケットに収まってビーチに向かった。
流石に8月末となると海水浴客も少ない。加えてここはリベラトーレ家のプライベートビーチだ。他に人はいない。真っ白な砂浜と、どこまでも続くエメラルド色の海。アルビオン王国でもこのような色の海は珍しい。
「アルフィ。海に入ってみようか?」
「テケリリ」
アルフィはぶーっと膨れると海の方に向かった。そして海面にぷかぷかと浮かぶ。クラゲの仲間かな?
「アルフィは泳ぐのが上手だね。私も泳ぐよ」
アルフィの横をクラリッサがのんびり背泳ぎで泳ぐ。
「うーん。太陽は燦々としてて、気持ちいいし。水は少し冷たいけれど爽快。アルフィも気持ちいいでしょう?」
「テケリリ」
アルフィは海面をぷかぷかと漂っている。
「大学に入っても海に来れるかなー」
大学の生活がどのようなものなのかクラリッサにはまだ想像ができていない。
大学は学ぶところという点では学園と同じだ。だが、普段の授業や夏休みの過ごし方はどうなるのだろうかという疑問があった。
グレンダは夏休みでも忙しそうだ。大学には研究室というものがあって、学生は4年になるとそこの所属になる。だが、グレンダのように早くから研究室の手伝いをして、勉学を深めている学生もいる。
それに研究室は大学院になるとさらに重要性を増す。クラリッサがもし大学院に進学して、経営学修士を獲得するとなると、クラリッサはどこかの研究室に所属しなければならない。となると研究室との相性と研究内容は重要だ。
「むー。どこまで行っても勉強ばかりだな」
人生は勉強だ、クラリッサ。
「アルフィはどう思う?」
「テケリリ」
「そうか。アルフィも勉強した方がいいって思うか」
アルフィはクラリッサだけに分かる言語でコミュニケーションを取っていた。
「けどね、アルフィ。勉強ばっかりしたってお金は稼げないんだよ」
「テケリリ」
「そうそう。勉強はあくまで手段。目的じゃないの。勉強をしなくてもお金が稼げるなら是非ともそうするべきだ。お金を稼ぐことこそが目的なんだからね」
アルフィはいったいなんとアドバイスしてるのだろうか……?
「おっと。危ない。このままだと沖に流される。戻ろう、アルフィ」
クラリッサはアルフィをちょいと掴むとアルフィを浮き輪替わりにしてパタパタと岸に戻っていった。アルフィはなされるがままに浮き輪になっている。
「さて、そろそろおなかが空いたな。パパと食事いこう」
「テケリリ」
「そうそう。アルフィも一緒だよ」
だが、残念なことにレストランにアルフィを連れていくアイディアはリーチオによってあっけなく却下されてしまったのった。
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