娘は再度模試に挑みたい
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──娘は再度模試に挑みたい
8月下旬。夏期講習最終日付近。
模試が行われる日だ。
「ついにこの日が来た……」
クラリッサは戦慄しながら、席についていた。
「クラリッサちゃん。そこまで緊張することないじゃん。前の模試もA判定だったし、前から勉強を怠っていたわけでもないし。今度も無事にA判定が取れるんじゃない? 12月の模試が本番だとは思うけど、このテストも問題ないと思うぞ」
「ウィレミナは勉強ができるから分からないんだよ。テスト前になると覚えたはずのことが頭から抜け落ちていくような感じがするんだよ。あれって本当にあれだったっけって。コツコツと積み続けていたドミノが一気に倒される感じ」
「確かにあたしにそれは分かんねーわ」
クラリッサの脳内現象はよくあることなのだろうか。
「まあ、これまで積み重ねてきたものがあるということを信じて挑もう。見事にA判定が取れたら別荘で遊べるんだろ?」
「まーね。ここはひと頑張りするしかないか」
クラリッサは覚悟を決めた。
「ところで、ウィレミナも模試受けるの?」
「受けるよ。万が一ってことがあるから」
推薦入試が決まり、入試は面談だけのウィレミナも模試を受けることになった。
「クラリッサちゃん、クラリッサちゃん。模試だよ。自信ある?」
ウィレミナがそんなことを話していたら、サンドラが話しかけてきた。
「あんまり」
「なんで誇らしげなの」
クラリッサは情けないことを誇らしげに告げていた。
「まあ、為せば成るの精神で行こう。サンドラは自信あるの?」
「ふふふ。この模試のために夏休みを犠牲にしたといっても過言ではないからね。クラリッサちゃんもそうでしょ? 私たちならやれるよ。見事にA判定を獲得して、進路を確定させてしまおう」
「よし。私も頑張るぞー」
サンドラとクラリッサは気合を入れた。
「ところで、ウィレミナちゃんは推薦入試だよね。面接の練習とかしなくていいの?」
「それがあるんだよなー。夏期講習じゃ面接の練習はしないから、夏以降の練習になるね。私って人見知りだから本番になると上がっちゃうかも」
「ウィレミナちゃんもクラリッサちゃん並みに図太いよ」
「ひでえ」
サンドラにクラリッサ並みと言われたウィレミナだった。
「ジョン王太子はどんな感じ?」
「ジョン王太子は凄く真面目に夏期講習受けてたよ。そろそろA判定とらないと危ういからね。進路相談で志望校変えられちゃうかも」
「ふうむ。そうなるとフィオナが可哀そうだな」
フィオナはもうすでに推薦入試が決まっている。ジョン王太子は一般入試だが、今のところB判定しか獲得していない。B判定では合格は難しい。
フィオナはジョン王太子と一緒に大学に通うことを楽しみにしているので、何としても合格できるようになってもらいたいものだ。クラリッサ的にはジョン王太子だけ浪人というのも面白いなとか思っていたりもするのだが。
「まあ、ジョン王太子も男だ。自分のことは自分でやれるだろう」
「クラリッサちゃんってよく分からないところで信頼をするよね」
クラリッサの信頼は謎であった。
「さて、そろそろ志望校ごとに教室移動だ。行こうか、ウィレミナ」
「おう。行こうぜ」
というわけで、クラリッサたちは志望校ごとに分散。
模試が始まったのだった。
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模試は一次試験と二次試験の両方が行われる。
クラリッサは一次試験の歴史と古典文学にひーひー言いながらなんとか手ごたえを感じ、二次試験の第一外国語と数学は比較的スムーズに回答できた。昔はマフィア流のフランク語しか知らなかったクラリッサも、今では自由に使えるようになったのだった。
……比較的自由に。
そんなこんなあって模試は終了。
模試の終わった席には燃え尽きたクラリッサがぐんにゃりしていた。
「クラリッサちゃん。燃え尽きてるな」
「燃え尽きてるね」
ウィレミナとサンドラがそんなクラリッサの様子を見てそう告げた。
「クラリッサちゃん。手ごたえあった?」
サンドラが尋ねると、クラリッサは無言でサムズアップした。
「手ごたえはあったんだ」
「なら、なんで燃え尽きてるんだ?」
サンドラとウィレミナが首を傾げる。
「模試は……疲れる……。脳みそが回転し過ぎてオーバーヒートしている……」
クラリッサはぐんにゃりしたままそう告げた。
「そっかー」
「でも、手ごたえあったならいいじゃん。A判定狙えそう?」
ウィレミナがそう尋ねる。
「狙えると思う。多分、恐らく、見た感じでは」
「自信ないんだな」
クラリッサは模試の結果にあまりに自信はなかった。
「何分、脳がオーバーヒートしているから結果が分からない。あれはなんて回答したのだろうかと思いだそうとしても思い出せない」
「明日の講習は模試のおさらいだから、頑張ろう」
「頑張ってばっかじゃん。もう頑張りたくない」
「1月、2月まではどうあがいても頑張らないと、不合格になるぞ」
「うへえ」
というわけで、クラリッサたちはその次の日は模試の復習をした。
クラリッサはその講習を受けながら、なんとか自分が何と回答したのかを思い出していき、自己採点をしていった。それと同時に間違っていた部分については可能な限り集中して、講習を受けたのだった。
こうして、クラリッサの夏の模試はなんとか終わった。
後は結果を見るだけである。
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夏の模試は夏休みが終わる6日前に結果が発表される。
この結果発表をもってして、夏期講習は終了だ。残り6日は自由に過ごして良い。
「クラリッサちゃん。結果、どうだった?」
「なんとかA判定。けど、自己採点した感じ、結構間違ってたからギリギリだと思う」
クラリッサはなんとかA判定を獲得していた。
だが、自己採点を行ったところだといろいろと間違っている点があった。A判定はA判定でもきわどいところでのA判定だっただろう。
「ウィレミナは聞かなくても分かるよ」
「まあ。A判定だったよ。けど、ここで油断していると成績落ちたりするから油断は禁物ってところだね。クラリッサちゃんも油断しないようにね」
「もちろん。というか、これでは油断のしようもない」
クラリッサのギリギリA判定ではまるで安心できないのだ。
「サンドラ、サンドラ。どうだった?」
「なんとかA判定。自己採点したらB判定かもと思っていたけれど、無事にA判定だったよ。あんまり安心できない結果だね」
「私と同じか」
サンドラもギリギリA判定の部類だった。
「1月、2月までも余裕をもってA判定が取れるようにならないと」
「残り5か月間の努力かー」
クラリッサにとっては気の遠くなるような時間である。
「5か月間猶予があるってことだと思わないと。5か月間で完成させれば、合格間違いなし。なんとしても合格のために頑張ろー!」
「もう頑張りたくない」
クラリッサはぐんにゃりした。
「もー。クラリッサちゃんも夢に近づいているんだから頑張らないと。オクサンフォード大学で経営学の学位を取ったら、ホテルとカジノの経営者をやるんでしょ? それともクラリッサちゃんは夢を諦めちゃうの?」
「うむ。諦めないよ。ただ、もうちょっとお手軽に学位が取りたい」
「学問に王道なし。地道な努力あるのみだよ」
この世界にもユークリッドさんがいた。
「仕方ない。地道に頑張ろう。それはそうとみんなの結果を確認してこよう」
「まあ、予想はつくけどね」
クラリッサは野次馬根性で歩き出す。
「フェリクス、クリスティン。どうだった?」
クラリッサがまず目をつけたのはフェリクスとクリスティン。
クリスティンは別のクラスだが、今日は夏期講習の最終日だったためか、このクラスを訪れていた。フェリクスと何やら談笑している。
「もちろん私もフェリクス君もA判定ですよ。まあ、北ゲルマニア連邦のテストはアルビオン王国の模試とはことなるので、北ゲルマニア連邦の模試を郵送してもらったのですが、それでも自己採点の結果、十二分に合格できるものと分かりました」
「長期海外留学者や海外からの留学生は試験の一部が免除されるから、その点については安心している。今さらゲルマニア語の古典文学とか要求されても困るからな」
クリスティンとフェリクスはそれぞれそう告げる。
「ずるい。私は古典文学でひーひー言ってるのに」
「お前はずっと授業受けたただろ。できなくてどうするんだよ」
クラリッサは頬を膨らませて意義を唱えた。
「はいはーい! トゥルーデもA判定よ! それもフェリちゃんと同じ大学で!」
ここでブラコンのエントリーだ!
「トゥルーデは結局進路どうするの?」
「政治学部を受けるわ。お父様の跡を継いで外交官になるの。そして、フェリちゃんが南極? にいけるように各国政府に協力を要請するわ。きっとフェリちゃんは感激して、お姉ちゃんと結婚してくれるわ!」
フェリクスは神妙な顔で妄言をのたまうトゥルーデを見ていた。
「何はともあれ、トゥルーデも進路が決まったならいいことだ。それで少しは弟離れできるといいんだけどね」
「トゥルーデとフェリちゃんは赤い色の鎖で結ばれているわ」
赤い色の鎖……。血でも染みついているのかな?
「次はヘザーだ」
「ヘザーさん。模試の結果、どうだった?」
クラリッサたちがヘザーに声をかける。
「A判定ですよう。これで心理学部入学の道筋ができてきましたねえ。サドでマゾな関係の研究ができますよう。私は研究室のモルモットにされて、あれやこれやされてしまうのでしょうねえ。興奮するう!」
「この子はもうダメだ」
クラリッサはあきれ果てた。
「けど、ヘザー。サドでマゾな関係の研究して、将来は何になるの?」
「心理学者もいいですけれど、文筆業に進むのもいいですねえ。私もサド侯爵のような素晴らしい作品を世に解き放ちたいですよう」
それ、本当に解き放っても大丈夫なやつ?
「うんうん。ヘザーもやりたいことがあっていいことだ」
「いいのかなあ……」
サンドラはそこはかとなくダメな感じがした。
「続いては……ジョン王太子」
「突撃ー!」
ウィレミナの号令でクラリッサたちがジョン王太子の下に突撃する。
「な、なんだね!?」
「模試の結果。見せて」
クラリッサは有無を言わせずそう告げた。
「ま、まずまずの出来だったよ」
「なら、結果見せて」
「分かったよ! これでいいのだろう!」
ジョン王太子はキレ気味にクラリッサに結果を見せた。
「B判定だ」
「ジョン王太子。8月の模試でこれは不味いですよ」
ウィレミナが心配そうな顔をしてそう告げる。
「分かっている。分かっているとも。だが、一次試験は問題ないんだ。一次試験は間違いなく合格できる。問題は二次試験なんだ……」
「理学部だから理系の分野ですよね?」
「そう。そして、私は理系がものすごく苦手だ! 化学と生物と選択したものの、なかなか思うような結果が出せないのだ! 数学は克服したが、化学と生物は依然として克服できていないというのが現状なのだ……」
そう告げてジョン王太子は肩を落とした。
「頑張れ」
「ありがとう。頑張るよ」
クラリッサは他人に頑張れといえることに優越感を感じているぞ。これまで散々他人から頑張れ、頑張れと言われたので自分も言いたくなったのだ。
「フィオナさんに勉強教わって、一発合格してくださいね」
「うむ。そうするよ。彼女とともに大学に通いたいしね」
サンドラが告げ、ジョン王太子が頷いた。
「残念なことに落ちるかもしれないね」
「縁起でもないことを言わないでくれないか、クラリッサ嬢」
そんなやり取りをしながら、クラリッサたちの夏期講習は終わった。
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