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娘は夏の日々を過ごしたい

……………………


 ──娘は夏の日々を過ごしたい



 高等部3年の夏休み。


 夏期講習のために平日はほぼ学校に通うため、夏休みという感じはしないが、それでも夏の雰囲気は感じることができる。自動車で学園に通えば夏の熱気を感じるし、通りには観光客が増えている。


 とは言え、クラリッサは受験を目前に控えた受験生。


 今年はほとんど遊べません。


「はあー……。夏休みなのに休めないとはこれいかに」


「受験生ってそんなものだよ、クラリッサちゃん。ここで頑張れば無事に合格して、夢に近づけるんだから頑張ろう」


「1月、2月まで頑張り続けないといけないのか……。死ねる……」


 今はまだ8月上旬。


 1月、2月の入試まではたっぷり5か月はあるぞ。


 クラリッサにとっては悪夢の5か月間だ。


「クラリッサ。勉強、はかどってるか?」


「いーまーいーちー」


「そうか」


 フェリクスが机の上に伸びているクラリッサに向けて尋ねる。


「フェリクスはどんな感じ? というか、フェリクスが夏期講習を受けること自体が不思議な感じだ。こういうのは率先してサボりそうなのに」


「お前は俺にどういうイメージを持っているんだ。俺だって志望校には一発で合格したいし、夢である冒険家にもなりたい。急がないとこうしている間にも、南極探検を試みている冒険家たちがいるんだから。気が気じゃない」


「フェリクスの夢は厳しいな」


 やはり冒険家たるもの一番乗りという称号が欲しいものである。


「フェリクスは大学院まで進む?」


「まだ分からん。大学の金で冒険にでるなら、大学院に進んだ方がいいだろうし、自費で行くなら大学院に進むより実地に挑んだ方がいい。スポンサー次第だな。クラリッサ、お前はどうするんだ?」


「んー。大学院に進学するとお得な経営学修士(MBA)って称号が手に入るらしいけど、そのために2年も余計に勉強するのは面倒くさい……」


「お前は本当に勉強が嫌いそうだもんな。俺より成績いいんだから、もうちょっと頑張れよ。お前がホテルとカジノの経営者になったら遊びに行くぜ」


「この夏はいろんな人から頑張れ、頑張れと言われている気がする」


 気のせいじゃないぞ。実際に言われているぞ。


「フェリクスは苦手分野ある?」


「そういわれると、これに突出して苦手なものはないな。満遍なく苦手だ」


「ダメじゃん」


 ある意味では全部得意とも言えなくもない。


「まあ、クリスティンにも教わって、着実に進んでいる感じだ。お前もウィレミナに勉強見てもらったらどうだ? そろそろ推薦入試枠の発表の時期だろ? 推薦入試なら、面接に備えるだけで、勉強は成績を維持すればいいだけだからな」


「ふむ。後でウィレミナに聞いてみる。サンキュー、フェリクス」


「ああ。この後でクリスティンに食堂でお茶をしながら勉強しようって誘われているんだ。失礼するぞ」


「熱々カップルだねー」


「ま、まあな」


 どうやらフェリクスもクリスティンとカップルなのを否定できなくなりつつあるようだ。やはり文化祭でのあの告白が効いたと見える。


「それじゃあ、ウィレミナに聞いてみますか」


 クラリッサは席を立ちあがるとウィレミナの姿を探した。


「……いない?」


 教室にウィレミナの姿は見当たらなかった。


 さっきの授業は古典文学だったために、クラスが変わっているわけではない。しかし、今はお昼休みだ。お昼を食べに食堂に行ったのだろうか? いや、ウィレミナは食堂ではなく、お弁当派だったはずだ。


「クラリッサさん。どうなさったのですか?」


「フィオナ。ウィレミナ、見なかった?」


「ウィレミナさんですか? 多分、進路指導室ではないでしょうか。推薦入試枠の発表がありましたから。私も先ほど進路指導室に行ってきたところです」


「おお。となると、フィオナも推薦入試?」


「はい。生徒会を頑張った甲斐がありました。入試のために生徒会を頑張っていたわけではないですが、努力が評価されるというのは嬉しいものです」


「うんうん。フィオナの努力は評価されてしかるべきだと思うよ」


 フィオナは不動の2位を貫き、そして生徒会役員としても頑張ってきた。彼女が推薦枠で入試を受けることは当然とも言えた。


「じゃあ、フィオナはもう夏期講習受けないの?」


「いえ。受け続けますよ。今後の成績を維持することも推薦入試の条件ですからね」


「フィオナは頑張り屋さんだな。私も見習わないといけないね」


「ええ。クラリッサさんも頑張ってください」


 また人から頑張ってと言われたクラリッサである。


「進路指導室、進路指導室」


 クラリッサはいそいそと進路指導室を目指す。


「おっ。ウィレミナ発見」


「おう。クラリッサちゃん。どかした?」


 ウィレミナは丁度、進路指導室から出てくるところだった。


「ウィレミナ。推薦入試枠入れた?」


「もち! このために生徒会と陸上部の両方を頑張ってったってもんだぜ」


「流石はウィレミナ。不動の1位だったこともあったしね」


「そうそう。努力は評価されてこそだぜ」


 ウィレミナは本当に嬉しそうだ。


「それじゃあ、無事に推薦入試も決まったところで、一般入試の心配もせずに済んだわけだし、私に勉強教えて」


「いいぜ。その代わり昼飯奢って! 今日、弁当持ってくるの忘れちゃってさ」


「いいよ。というか、この夏期講習の間は私がずっと昼食代持つよ。その代わり、ばっちり勉強教えてね」


「任せろ!」


 というわけでクラリッサはウィレミナから勉強を教わることになった。


 食堂や図書館でクラリッサが夏期講習で分からなかった点をウィレミナが丁寧に教えていく。グレンダほどとは言わないが、ウィレミナの教え方はいい。


「ウィレミナ。教えるの上手いよね。やっぱり勉強が上手で成績のいい人は教えるのも上手なの?」


「どうだろ。あたしは兄貴に教わっていたからそのときのまま教えてるつもりだけど」


「なんという裏技」


「いや、裏技じゃないんじゃねーかな」


 身内から勉強を教わるのも手段のひとつであってチートとかではないぞ。


「まあ、いいや。次の模試でA判定が取れるように頼むよ」


「おう。クラリッサちゃんも以前のようにダメダメではなくなったからいけるよ」


「以前の私はダメダメだったと申すか」


「ダメダメだったでしょ」


 実際に前のクラリッサは勉強から敵前逃亡を企てるダメダメな生徒だったぞ。


「さて、美術史だろ? 語呂合わせ教えたげる」


「よろしく」


 クラリッサはウィレミナからコツコツと勉強を教わりつつ、夏期講習の最終日に行われる模試に備えたのだった。


……………………


……………………


 8月下旬の模試を目前にした週の初め。


「ねえ、ねえ。クラリッサちゃん。聞いた?」


「……? ジョン王太子がこの間図書館で転んで、その時どさくさにまぎれフィオナのスカート覗いたこと?」


「それ初耳だよ! 本当のことなの?」


「あれは間違いなく覗いてたね」


 クラリッサはウィレミナと図書館で勉強しているときに事件を目撃していた。


「って、それじゃなくて、高等部1年の女子トイレのお化けの噂だよ」


「はあ……。私たちは受験勉強に追われているというのにそんな退屈な噂話を流している人がいるの? ちょっと馬鹿じゃない?」


「うぐ。クラリッサちゃんはお化け信じない派の人だってことは知ってるけど、それなら噂を確かめてみない?」


「どんな噂なの? 高等部1年の女子トイレに入ると武装した集団に襲われて、有り金全部奪われるとかそういう話?」


「それお化け、全然関係ないじゃん! 鏡のメリーさんって噂だよ」


「いかにもそれっぽい作り話のタイトル……」


「最後まで聞いて!」


 クラリッサはお化けは全然信じてないのだ。


「で、どんな噂なの?」


「夏休みの午後5時過ぎに高等部1年のトイレの鏡の『メリーさん、メリーさん。おいでください』って唱えると鏡の中に血まみれの女の子が現れるんだって」


「そのメリーさんにトドメを刺すの?」


「お化けを殺そうって考えたのはクラリッサちゃんが初めてだろうね……」


「だって、呼び出しても来ただけじゃ意味ないじゃん」


 クラリッサはシュッシュッと拳を突き出した。


「呼び出した後は鏡に引きずり込まれるとか、呪われるとか、未来のことについて教えてもらえるとかいろいろあるみたい」


「……! つまり、入試試験の内容を持ってきてくれたり?」


「そんなに便利なお化けはいません」


「ぶー」


 お化けを使ってカンニングを試みるクラリッサであった。


「そんな意味もないものを呼び出すメリットがまるでない。どうしてそんな噂が広がったの?」


「肝試しだって。夏期講習中に実際にやって、お化けを見た人がいるらしいよ」


「受験勉強は人の精神すら狂わせるのか」


「ストレスでおかしくなったわけじゃないと思うよ!」


 やれやれというクラリッサに対して、サンドラがそう突っ込む。


「まあ、そういう噂が流れるのは勝手にしてくれって感じだけど、私たちも試すの? そのアホ臭い噂を?」


「ア、アホ臭い……。クラリッサちゃんがそこまでいうなら試さなくてもいいよ! 私も噂は聞かなかったことにするから!」


「分かった、分かった。試してみよう。きっと何も起きないよ」


 というわけでクラリッサとサンドラは高等部1年のトイレへ。


「ねえ」


「うん」


「女子トイレと男子トイレのどっち?」


「……どっちだろう」


 肝心なところを聞き損ねていたサンドラだった。


「多分、女子トイレだよ。男子トイレに女の子のお化けが出たら変質者だし」


「お化けに変質者も何もあるのか……」


 クラリッサは釈然としないものを感じながらも、女子トイレに入った。


「さて、この鏡だね」


「う、うん。やってみよう」


「どうしてそこに隠れているの、サンドラ?」


 サンドラは物陰に潜んでいた。


「だって、本当に出たら怖いじゃん! 鏡の中に引きずり込まれたらどうなるか分からないしさ! というわけで、クラリッサちゃん、お願い!」


「仕方ない。『メリーさん。メリーさん。ヘイ、カモーン』」


 クラリッサは詠唱したが何も起きなかった。


「クラリッサちゃん。『ヘイ、カモーン』じゃないでしょ。そんなにおどけた態度でお化けがでてくると思ってるの?」


「文句の多いお化けだ」


「クラリッサちゃんの変なアレンジの方が意味不明だよ!」


 仕切りなおして。


「『メリーさん。メリーさん。おいでください』っと」


 そう告げてクラリッサが鏡を覗き込む。


 何も起きない。


「ん。待てよ。この鏡、ちょっとおかしいぞ」


「ど、どうしたの?」


「この鏡、取れる」


 クラリッサはトイレの鏡をかちゃりと外した。


「ああ。裏に魔法陣が書いてある。誰かの悪戯だな。詠唱と同時にちょっと魔術を流し込めば、この魔法陣が発動するって仕組みだ。せっかくだから流し込んでみよう」


 クラリッサがそう告げて魔法陣に魔力を流し込む。


「ほら。サンドラ。お化け登場」


「うわっ! 本当に血まみれの女の子が! って、これ幻影の魔術っぽいね」


「そうそう。誰かの悪質ないたずら。魔法陣は削って発動しないようにしておこう」


 クラリッサはガリガリと鏡の裏の魔法陣をナイフで削った。


「はい。これでお化け話はお終い」


「はあ。本当のお化けがいなくてよかった」


「いるはずないんだよ」


 クラリッサはそう告げると元の位置に戻した。


「それじゃあ、これで安心して模試に挑めるね」


「お化けより怖いものが来た……」


 世の中、お化けより怖いものはたくさんあるのだ。


……………………

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