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娘は父の誕生日を祝いたい

……………………


 ──娘は父の誕生日を祝いたい



 クラリッサの誕生日は12月1日。


 その日はリベラトーレ・ファミリーの構成員が揃って、ボスのひとり娘の誕生日を盛大に祝う。幹部を始めとする構成員からのプレゼントは山のように積み重なり、クラリッサにとってはとても楽しい日であった。


 一方、リーチオの誕生日はよく分かっていない。


 リーチオは魔族だ。魔族の誕生日というのはあいまいである。


「パパ」


「どうした?」


 そんな6月のある日、クラリッサはリーチオの書斎を訪れた。


 ベニートおじさんは回復し、ベニートおじさんを刺したチンピラは生きたままバラバラにされて豚の餌にされた。結局、チンピラのことで分かったのは、以前リベラトーレ・ファミリーが潰した盗品売買組織の残党ということであり、その組織は今、リベラトーレ・ファミリーが放った追っ手によってアルビオン王国の隅々まで追い詰められている。


 近日中にはベニートおじさんの命を狙った全員が海峡に浮かぶか、街に吊るされるだろう。そしてリベラトーレ・ファミリーには逆らうべきではないという考えが、市民の中に刻み込まれるというわけである。


 そんな6月上旬にクラリッサは何を考えたのだろうか。


「パパの誕生日って何日?」


「俺の誕生日か……」


 これまでクラリッサの誕生日は何度も祝ってきたが、リーチオの誕生日が祝われることはなかった。というのも、リーチオ自身、自らの誕生日を知らないのだ。


 魔族というのは誕生日を祝うという風習もなく、誕生日はさして大事にされなかった。戦える年齢になったら戦うというだけの話であり、その年齢についても、具体的に何歳かは定められていない。そういうものだったのだ。


「私、パパの誕生日もお祝いしたい。パパの誕生日は?」


「待て。少し待て」


 リーチオは考える。いったい自分が何月何日に生まれたかを。


 だが、そんな記録にもないことは思い出せない。


 それでも役所に提出した書類には誕生日が記されているはずだと思い出した。


 ディーナと作ったアルビオン王国への移住届。それには誕生日が記されているはずだ。それを見れば誕生日は分かるだろう。


「誰か役所に行って俺の戸籍を確認してきてくれ。なるべく急いで頼む」


「畏まりました、ボス」


 ここ最近厳重になっている警備を担当するリベラトーレ・ファミリーの構成員が役所に向かって走る。役所もリベラトーレ・ファミリーに買収されており、リベラトーレ・ファミリーのものだといえば、すぐに書類は準備されるだろう。


「しかし、なんでまた俺の誕生日を祝いたいなんて思ったんだ?」


 この8年間、クラリッサはずっと祝われる立場だった。リーチオはそれは当然のことだと思っていたし、クラリッサだって当然だと思っていただろう。


 それが今になって、急に父親の誕生日を祝いたいとはどういう風の吹き回しだろうか? クラリッサは何を考えているのだろうか?


「この間、ベニートおじさんが刺されたでしょ? もし、犯人にもっと根性があったら、ベニートおじさんは死んでいたかもしれない。パパだって危ない仕事をしているんだから、いつ刺されたっておかしくない。だから、パパが生きている間にお祝いしておきたいの。私もパパのために何かしてあげたいの」


 クラリッサにとってベニートおじさんが刺されたことはショックだった。


 幸いにして犯人のチンピラは腑抜けであったため、肝心の場面でヘタレて、ベニートおじさんを仕留めそこなったが、チンピラにもう少し勇気と殺意があったならば、ベニートおじさんは今頃土の下だったかもしれない。


 ベニートおじさんという身近な人物が襲われた件はクラリッサに衝撃とともに、これからの生き方を改めさせる啓示を与えた。


 身近な人物の死は、クラリッサが思っているほど唐突なものでもなく、そしてまた無関係なものでもない。ベニートおじさんのようにリーチオが襲われた場合、クラリッサは最愛の父親を失うことになるのである。


 だからと言ってクラリッサは父親に危ない仕事を止めてくれとは言えない。リーチオにはリーチオの信念があってリベラトーレ・ファミリーを束ねているのであり、そのことはクラリッサも当然の事実として受け入れていた。


 ならば、リーチオが健在なうちにできることをしておきたい。誕生日を祝うというのはその一環である。これまではリーチオから与えられてきたばかりのクラリッサだが、ここにきてリーチオを祝おうと思ったのはそのためである。


「気持ちは嬉しいが、俺はそう簡単にくたばるつもりはないし、あんまり心配しなくともいいんだぞ? ベニートの件でナーバスになっているのは分かるが、ベニートも無事だったし、ちょっとは元気を出しなさい」


「全然元気だから。それはそれとしてパパの誕生日はお祝いする。それともパパは私に祝われるのは嫌なの?」


「いや、そんなことはないぞ。嬉しいと思っている」


 クラリッサがジト目で尋ねるのにリーチオが頷いて見せる。


「なら、祝われて。パパの誕生日にはベニートおじさんとかピエルトさんとかも呼ぶから。幹部は全員集めよう。それから学園の友達にも来てもらおう」


「待ちなさい。幹部はともかく学園の友達はダメだ。普通、父親の誕生日に学校の友達は呼ばないものだぞ。こういうのは身内で祝うものだ」


「私の誕生日も?」


「ううむ。お前の誕生日はまた別だ。友達を呼んでもいい」


 クラリッサは自分の身内の概念が広いぞ。サンドラやウィレミナ、フィオナやヘザーは既に身内判定に入っている。


「仕方ない。それじゃあ、幹部の人とその部下だけ呼ぼう。誕生日プレゼントは私が決めるからの楽しみにしててね。当日まで内緒だよ」


「ああ。楽しみにしているぞ」


 クラリッサとリーチオがそんなやり取りをしていたときに部下が戻ってきた。


「ボス。書類を確認しました」


「それで、何日だった?」


「はい。6月21日です」


「6月の21日か……」


 部下は報告を終えると、警備に戻った。


「パパの誕生日は6月21日なんだね」


「そうだな。ある意味ではそれが誕生日だ」


 6月21日はリーチオが魔王軍を裏切ってディーナとともにアルビオン王国に向かった日であり、6月21日はリーチオとディーナが結婚式を挙げた日だった。リーチオ・リベラトーレという人物はこの日から生まれている。新しい人生として。


「じゃあ、6月21日はパパの誕生日会。楽しみにしててね」


「ああ。楽しみにしておく」


 クラリッサはそう告げて書斎から出ていった。


……………………


……………………


「みんなは自分のパパにどんな誕生日プレゼントを渡している?」


 そうクラリッサが告げるのは王立ティアマト学園3年A組の教室だ。


「うちはあんまり父さんにはプレゼントは送らないけど、前にネクタイ送ったら喜んでくれたぜ。赤のちょっと高かったのを兄弟でお金出し合って買って送ったんだ。今も身に付けてくれてるし、いいプレゼントだったんじゃないかな?」


 そう告げるのはウィレミナだ。彼女の家は貧乏で誕生日を祝っているような余裕もないのだが、兄が日頃の感謝を込めて、父親に誕生日プレゼントを贈ろうということになり、兄弟姉妹全員でお金を出し合って、ネクタイをプレゼントしたのだった。


「私の家は毎年手作りのお菓子を送っているよ。うちのお父さんは甘党だから、甘いものをプレゼントすると喜んでくれるんだ。今年はチーズケーキを作って送ろうって思ってる。チーズケーキ、上手に焼けるかなあ」


 次にサンドラがそう答える。サンドラは手先が器用で、母親から料理についても教わっているので、ケーキやクッキーを焼くことができる。サンドラの焼いた手作りお菓子はサンドラの父にはとても好評だぞ。


「ふうむ。ネクタイと手作りお菓子。間を取って手作りネクタイとか?」


「難易度上がり過ぎじゃない?」


 どうして間を取るのか分からないクラリッサだ。


「クラリッサちゃんも自分のお父さんの誕生日が祝いたいんだよね? 今の質問の流れ的にそういう感じだよね?」


「まあ、そんな感じかな」


 サンドラが尋ねるのにクラリッサがそう答える。


「クラリッサちゃんのお父さんは甘党?」


「ううん。あんまり甘いものは好きじゃないって」


「そっかー。となると、難しいね」


 サンドラが教えられるのはお菓子の作り方くらいだ。


「クラリッサちゃんのお父さん、滅茶苦茶いい服装しているから、下手にネクタイも送れないな。あれってロマルア教皇国製の高級スーツだよね。下手なネクタイを送ってもスーツと合わないってことになりそうじゃん?」


「むう。ウィレミナはスーツの良し悪しが分かるの?」


「それなりにはね。うちの父さんのスーツとクラリッサちゃんのお父さんのスーツ比べたら、差は歴然としているから分かりやすいよ」


 クラリッサには高級スーツのどの辺りが高級なのかが分からない。生地がいいのか、仕立てがいいのか、それとももっと貴族のような上流階級にしか分からないような秘密が隠されているのか。クラリッサには謎である。


 だが、甘いものもダメ。ネクタイもダメもなると何を送ったらいいものか。


「何かもっとアイディアないかな?」


「うーん。ネクタイはダメでもネクタイピンならいけるんじゃない?」


「ネクタイピンって何?」


「そこからかー」


 ということで、ウィレミナからネクタイピンについて教わるクラリッサ。


「ふむふむ。でも、パパ、それ持ってるな」


「娘から送られたのと他のものは別口でしょ。娘からもらったものは特別だよ」


 ウィレミナの説明を聞いて思い当たる節があるクラリッサにウィレミナはそう告げる。


「そうだよ、クラリッサちゃん。私のお父さんも店売りのケーキより、私が焼いたケーキの方が美味しいっていってくれるもん。本当はお店のケーキの方が形だって整ってるし、味だって上のはずなんだけど、子供からプレゼントされるものは特別ってことだよ」


「なるほど」


 サンドラもそう告げるのに、クラリッサが頷く。


「娘からのプレゼントはちょっと被っても大丈夫ってことだね。納得した。その上でパパが必要としているようなものを探してみる」


「頑張れ、クラリッサちゃん!」


 クラリッサは友達から重要な情報を入手したぞ。


「クラリッサさん。何をお話になっていますの?」


「ああ。天使の君。私のパパへの誕生日プレゼントの相談をね。フィオナの誕生日は何日だっけ? まだ教えてもらってないな」


「私の誕生日は8月1日ですの」


「では、今年はフィオナの誕生日も祝おうか?」


「本当ですの!? けど、夏休み中ですから集まるのは難しいですわ……」


「夏休みだろうと何だろうと関係はないよ。フィオナの誕生日だから祝う。それだけのこと。せっかくの誕生日なんだからみんなで祝わないと寂しいよね?」


「クラリッサさん……」


 実際のところ、フィオナの誕生日は公爵家ということもあって、盛大に祝われているのだが。もっとも学園の友達が来たことはない。来たのはジョン王太子くらいだ。


 なので、学園の友達が来てくれるというのはフィオナにとって楽しみなことだ。


「ところで、参考までに聞かせてほしいんだけど、フィオナは自分のパパの誕生日に何かプレゼントしている? どんなものをプレゼントしてるかな?」


「私のお父様には毎年花を送っていますわ。お父様は植物がお好きなんですの。家には温室もありますから、そこで栽培もしているんですのよ。毎年、お父様の興味を引けるような花を探すのは楽しいですわ」


「なるほど」


 プレゼントを贈るには相手の関心のあるものである方がいい。


 クラリッサはまたひとつ賢くなったぞ。


「ありがとう。参考になったよ、フィオナ。君の誕生日にも花を贈ろうかな?」


「そ、その、クラリッサさんが下さるものならなんでも大丈夫ですわ」


 フィオナの頭はクラリッサから花束をもらう自分を想像してピンク色だ。


「さてと。なら、いろいろと準備しないとな」


 そう告げてクラリッサはメモ帳を開き、やるべきことリストを作成し始めた。


……………………

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