娘はオープンキャンパスに臨みたい
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──娘はオープンキャンパスに臨みたい
7月の夏休みに入ってすぐにオープンキャンパスがある。
オクサンフォード大学は事前申し込み式なので、クラリッサは6月の時点で申し込んでおいた。そして、今、手元にオープンキャンパスの案内状が届いていた。
「ウィレミナはもう来たことあるんだよね?」
「うん。医学部だけど見てきたよ」
オクサンフォード大学は王都ロンディニウムから約80キロの地点にある。この距離を馬車や自動車で通学するのは難しいので、クラリッサも大学に入ったら寮に入るか、あるいは下宿することになるだろう。
またはリーチオがクラリッサのために大学の傍に家を買うか。ありえそうなのだ。
「クラリッサちゃん。寮に入るならルームメイトになろうぜ。違う学部でも一緒の寮には入れるみたいだしさ」
「そだね。寮も見学しておこう」
クラリッサはどうやらひとり暮らしに興味があるようだぞ。
「それじゃあ、これからは学部別だから、また後で!」
「おう。また後で」
クラリッサはウィレミナと別れて経営学部の方に進む。
「ほー。なかなか立派な建物」
「この校舎は1506年に建造されたんですよ。1876年に近代化。もっともここは経営学部ではないですけどね。選択講義を受けに来るときは使うかもしれませんが、経営学部のメインの講堂はこっちです」
クラリッサはきょろきょろと物珍し気に眺めていると案内の女性がそう告げた。
「ここが経営学部の講堂です。これは本当に最近建てられた建物で1899年に完成しました。ここが経営学部に入った学生たちが主に学ぶ場所です」
「おおー。現代的―」
古めかしいオクサンフォード大学の各種施設と打って変わって、経営学部の講堂はガラスが多用されており、建物も本当に新しく、立派なものだった。
「それでは経営学部の理念をお伝えします。どうぞ、席に座って」
実際の講堂でクラリッサたちオクサンフォード大学の経営学部志望の生徒たちが腰かける。数は90名前後。だが、これが全てではない。ウィレミナのようにもう見学を済ませている生徒や、高等部2年のうちに見学しておこうという生徒がいるので、実際の志願者数はこれでは分からない。
聖ルシファー学園の制服の生徒もいるし、他の知らない学校の制服の生徒もいる。オクサンフォード大学の経営学部は一流の学び舎なので、ここを卒業する生徒たちの多くは有名な会社に勤めたり、起業して成功したりする。そういう有能な人材と横のつながりを持つ意味においても、この学部に入ることは重要なのだ。
ちなみにアガサもここを志望し、高等部2年でオープンキャンパスを済ませているぞ。
「皆さんの将来の夢は何ですか?」
案内役の女性が尋ねる。
「はい」
「では、そこの王立ティアマト学園の女子生徒の方」
「ホテルとカジノの経営者です」
「ふむ。挑戦的な夢ですね」
もうノーヴェンバー・エンターテイメント社はカジノの営業許可を獲得したので、後は3年後の新規開発地区開発許可の時点で着工するだけだ。堂々とホテルとカジノの経営者が夢であると語れる。
「他の方は?」
「はい。実家の紡績業を継ぎたいと思っています」
「立派な夢です」
そうやってひとりひとりが将来の夢を語っていく。
起業したい。家を継ぎたい。有名な会社に入社したい。そういう夢が語られる。
「それではそんな皆さんの夢を叶えるのが。この経営学部です」
案内役の女性がそう告げる。
「実業界における指導者層を育成する。それがこの経営学部の目的です。経済を理論的に理解し、これまでの経済の歴史を紐解き、経営とはどのようなものか? 成功のカギはなにか? そういうことを教わり、研究するのがこの学部の意味です」
女性はそう告げて席に座った生徒たちに“最前線で戦うエコノミストたち”と書かれたパンフレットを配っていく。
「これはロンディニウム・タイムスが別冊で出したもっとも活躍している経営者をランキングしたものです。このうち上位6名はこのオクサンフォード大学の経営学部を卒業した人々です。ここでは理論も、歴史も学びますが、それは決して机上の空論ではありません。実際に役立つ知識です。ここではこのパンフレットにある通り最前線で戦う人材を育成していくのです」
女性は力強くそう告げた。
クラリッサは感銘を受けた。
ここでは本物の経営者になれるのだ。それも世界的に有名な経営者に並び立てるほどのことが学べるのだ。ここで学べれば学位という称号以上に、ホテルとカジノの経営者として実績を上げられるほどの知識が手に入るのだ。
クラリッサは何としてもこの大学に入らねばならないという決意を新たにした。
「またこの大学では経営学修士の取得も推奨しています。ほとんどの経営者は経営学修士を取得しています。特に起業家として成功を収めたい人は必須ともいえるものです。経営をより科学的に捉え、メソッドを確立するのです」
経営学修士がどういうものかはクラリッサにはよく分からなかったが、クラリッサもノーヴェンバー・エンターテイメント社という会社を起業するのだから、これも必須なのだろうかと思った。
しかし、修士と名がついている以上、大学院に進まなければならないことは間違いなく、クラリッサはどうしたものかと思ったのだった。
「それでは質問を受け付けます。質問のある方はどうぞ」
女性はそこで質疑応答の時間に入った。
「はい。カリキュラムはどのようなものが準備されていますか?」
「いい質問です。ミクロ経済学、マクロ経済学、社会経済学と言った各種経済学に関するカリキュラム。会計学、統計学、情報処理と言った数学的なカリキュラム。そして、実際に経営を行う上で必要になる経営学のカリキュラム。大まかに分けて3つのカリキュラムがあります。この大学の経営学部では、経済史や思想史と言ったことも学びますが、基本的に経営者を育てるカリキュラムが揃っていると思ってください」
聖ルシファー学園の生徒が質問するのに女性がそう答える。
「はい。これまでにホテルとカジノの経営者を輩出したことはありますか?」
「難しい質問ですね。ホテル経営者は輩出してきましたが、カジノ経営者はいないでしょう。アルビオン王国ではこれまでカジノは規制されてきましたし、スカンディナヴィア王国で成功したという人の話も聞きません。新大陸では大規模なカジノがオープンするそうですが、この学部からそういう事業に進出する人がいるかは分かりません」
クラリッサが質問するのに女性は難しそうな顔をした。
「あなたが成功者の第一号になるかもしれませんね。無事にこの学部に合格出来たら、研究室などにも顔を出し、自分の夢に向かって頑張ってください」
「分かりました」
成功者第一号という響きがクラリッサをその気にさせた。
オクサンフォード大学の経営学部で初めてカジノ経営者として成功した人物。それはクラリッサにとって、素晴らしい響きのように思えたのだった。
それからカリキュラムについての具体的な質問や、必須単位数、大学院への進学についてなどの質問がかわされ、質疑応答は30分ほど行われた。
クラリッサは必須単位数や大学院への進学でちょっとげんなりしたものの、得られるものは得られたとしてこのオープンキャンパスに来て正解だったと思った。
これで夢が具体化してきたのだ。クラリッサは自分も最前線で戦うエコノミストととなり、そして初のカジノ経営者として成功するという意欲を燃やし、これからも勉強を頑張っていこうと決意を固めた。
「それでは自由に施設を見て回ってください。研究室も開放してるところは入って話を聞いてもいいですよ。ただし、ノックを忘れず。立派な経営者になるには、まずマナーができないといけませんからね」
そして、自由時間になった。
「修士の学位を取るには大学院に入らないといけないと聞いたし、グレンダさんも大学4年では卒業研究のために研究室に入るといっていたし、研究室を覗いておくか」
クラリッサ以外は経営学部を目指す王立ティアマト学園の生徒はいなかったので、このオープンキャンパスもウィレミナと離れるとひとりだけだ。
「おーい。そこの王立ティアマト学園の子」
「なに?」
クラリッサは自分が呼ばれるのに振り返った。
声の主は聖ルシファー学園の制服を着た女子生徒だった。
「あ。やっぱりだ。君、王立ティアマト学園の生徒会長だったでしょ?」
「そだよ。君は?」
「私は生徒会の会計だったんだ。会計をやっておけば経営学部でも内申点付くかなと思って。あ、自己紹介遅れてごめんね。私はジェリー・ゴールトン」
「私はクラリッサ・リベラトーレ。よろしく」
クラリッサとジェリーは握手を交わした。
「クラリッサさんは起業家だよね。ロンディニウムのカジノって新規開発地区のあれでしょ? 私も起業家を目指しているんだ。私の親は科学者で王立アカデミーの一員なんだけど、そこで得られた特許で商品を作って一儲けってね」
「ほうほう。いい夢だね。どんな発明品を作ってるの?」
「煙の発生しない炭とか煙が出ない火薬とか毎分200発の銃弾が放てる銃とか」
「すげー。戦争が変わるじゃん」
「ふふふ。死の商人って呼ばれちゃうかもね」
クラリッサが憧れの目で見るのにジェリーが不敵に笑った。
「その技術を活かしてスロットマシーンとか作ってみない? うちのカジノで採用するよ。カジノはスロットが利益を上げるって知り合いのおじさんが言っていたし」
「ふむふむ。どういうものなのかうちの親に説明してくれれば作れるかもよ。私自身は発明とかはさっぱりでね。でも、商品の価値を見抜く目には自信があるよ。暇があったら、今度うちの工房においでよ」
「おう。その時には毎分200発の銃も見せてね」
「いいよー」
民家に重火器が置いてある。アルビオン王国の治安は大丈夫か。
「それじゃ、一緒に研究室巡りしない? 私も友達とは進路違うからひとりなんだ」
「旅は道連れ世は情けだね。一緒に行こう」
というわけで、クラリッサのパーティーにジェリーが加わった。
「どういう研究室に興味ある?」
「歴史や思想を扱ってる研究室じゃなくて、実際かつ実地的な理論を研究してるとこ」
「私と同じだ。見て回ろう!」
こうしてクラリッサとジェリーは研究室を回っていった。
……のだが。
「専門用語が多くてちんぷんかんぷんだった……」
「な、なんとなく何をするところかは分かったよ」
まだまだクラリッサたちには経営学の本質を覗くのは難しかった。
「うん。まあ、なんとなくは分かったかな。ここに入れば一流の経営者に……!」
「我らが決意は固いぞ!」
出会って早々こうも打ち解けられるのはクラリッサの才能だろうか。
「そうだ。医学部に進む友達と寮の見学をしようって約束してるんだ。ジェリーは寮に入る予定はある?」
「うん。うちからここまで遠いし。それに寮での生活って憧れてたんだ。友達と一緒に過ごすのって両親と一緒に過ごすのとは違うじゃん?」
「うんうん。自立心が身につくよね」
果たしてこれまで何でも人にやってもらっていたクラリッサはひとりでやっていけるのだろうか? まあ、流石に料理はしなくてもいいが。
「それじゃあ、寮の方、見て来ようか。図書館で待ち合わせしているからそこに」
「おー!」
ジェリーもノリのいい女子である。
クラリッサたちは古い建物が並ぶオクサンフォード大学の構内を進みながら図書館に向かう。オクサンフォード大学の図書館は巨大で、4階建てで広さは体育館4つ分がワンフロアだ。貴重な書物が多数、収集されている。
「もしここに合格出来たら、講義でのレポートの作成とかテスト前の勉強とかはここでするんだろうね」
「うむ。我らが学び舎になるな」
荘厳な造りの図書館を見上げてジェリーとクラリッサがそう告げ合った。
「おーい。クラリッサちゃーん」
「おう。ウィレミナ。医学部の方は見学できた?」
「できた、できた。カリキュラムがめっちゃ大変そうだったけど。それから解剖学が今からながらちょっと怖い」
「死人は起き上がって痛いとか言わないから好きなだけ切り刻んでいいんだよ?」
「クラリッサちゃんの感性は少しおかしい」
献体してくれた人は大事にしよう。医学の進歩は彼らのおかげでもある。
「ところで、そちらの女の子は?」
「ジェリー。私と同じく経営学部志望の子」
ウィレミナがクラリッサの隣にいるジェリーに視線を移し、クラリッサが紹介した。
「ジェリー・ゴールトンです! よろしく!」
「よろしく!」
基本的に人懐こい子たちの集まりのようだ。
「じゃあ、寮を見に行こうか?」
「おー!」
そしてクラリッサ、ウィレミナ、ジェリーの3人は女子寮を見学し、大学生活を夢見ながら帰宅したのだった。
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