娘は生徒会を引き継ぎたい
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──娘は生徒会を引き継ぎたい
6月が終わり7月。
生徒会におけるクラリッサ政権最後の日だ。
「じゃあ、引継ぎを済ませたら終わりだね」
「ああ。中等部から数えること4年。長い間、生徒会をやってきたものだ」
クラリッサの言葉に、ジョン王太子がそう告げる。
「我ながら素晴らしいリーダーシップを発揮したと思うよ。私の功績をたたえて、正門に私の銅像を作ってもいいんじゃないかな?」
「君はすぐそうやって調子に乗る。銅像なんて作る予算はないよ。それよりも引継ぎの準備だ。もうできているのだろうね?」
「できてるはずないじゃん」
「そんなに堂々と言うことじゃないよ!?」
クラリッサは引き継ぎなんて面倒なことはしたくないのだ。
「というか、引継ぎって何やるの? この部屋明け渡して終わりでしょ?」
「君という奴は……。これまで生徒会でやってきたことを次の生徒会もできるように仕事の内容を教えておくというのが引き継ぎの役割だよ。君も自分のやってきたことを伝えることぐらいはできるだろう?」
「ふむ。……ビッグゲームの開催手段についてとかか」
「もっと日常的な業務! 予算編成とか学園行事の準備とか」
「はあ。面倒くさい。生徒会長としての最後の命令。ジョン王太子、引継ぎの準備をしておいて。私からは特に伝えることはない」
「君という奴は! 君という奴は!」
困ったら副会長に丸投げが生徒会長の役割です。
「というか、今年はどういう子が生徒会やるの?」
「む。生徒会長には真面目な生徒が入ると聞いている。副会長は君が組織した自由行動党のメンバーだ。私としてはすごぶる不安なのだが」
クラリッサの組織した自由行動党からひとりが生徒会役員入りしていた。
「そうか。なら生徒会長の役割は副会長の言葉を真摯に受け止め、その言葉に従うことと伝えておこう。生徒会長は副会長の準備した書類にサインするだけだとも」
「自分の支持者に生徒会を牛耳らせようとするのはやめたまえ! 君は生徒会長だった時に私のいうことに耳を貸したことがあるかね?」
「聞いてたよ? 君がいろいろとうざったい仕事を持ってくるのに、生徒会長として義務を果たしていたよ? だから、次の生徒会長にも副会長の持ってくる仕事をするだけのマシーンになってもらおう」
「君は私の持って来た仕事は他の人間にやらせていただろう! それに私が仕事を持って来たのは、君がいつまでも仕事に着手しないからだ!」
そうなのである。
ジョン王太子が仕事を持ってきていたのは、クラリッサがいつまで経ってもその仕事に着手しないためであった。仕事が期限切れになりそうになるたびに、ジョン王太子が仕事をクラリッサの下に運んでいたのだ。クラリッサはちゃらんぽらんなので、こうでもしないと、生徒会が回らないのだ。
「とりあえず、仕事をリストアップするからそれに説明をつけたまえ」
「全部やっといてよ」
「私は君の使用人じゃないんだよ?」
「分かってるよ。君は私が全幅の信頼を置く、大切な副会長だ。よろしく頼んだ」
「そういう言い回しでごまかそうとしても無駄だよ、クラリッサ嬢」
ジョン王太子もそこまでちょろくはないのだ。
「殿下。クラリッサさんはそういう仕事は苦手のようですし、我々で手伝ってはどうでしょうか? 私も微力ながらお手伝いしますよ」
「う、うむ! そうだね! 手伝ってあげよう!」
ジョン王太子はフィオナ相手だとちょろかった。
「まずは予算編成について──」
「生徒会に貢献した部活動には予算の増額を──」
「そういう忖度はダメだと──」
クラリッサとジョン王太子はあーだこーだと言いながら、生徒会長の引継ぎについてメモを作成していった。クラリッサが隙あらば汚職案件を加えようとするのをジョン王太子がブロックし、メモは少しずつ完成していった。
さあ、後はこの生徒会室を新生徒会に渡すだけだ。
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「失礼しまーす!」
「失礼します」
生徒会室に新生徒会がやってきた。
「よく来たね。君たちが新しい生徒会だね。しっかり王立ティアマト学園を支えてくれたまえ。私は副会長のジョンだ」
ジョン王太子は新生徒会を丁重に出迎えた。
「あなたがクラリッサ会長の改革を邪魔していたジョン王太子ですか」
「一体、どんな評判が流れているのかな?」
どうやら碌でもない噂が流れているようである。
「ジョン王太子は真面目に職務を果たされました。デマに流されてはいけませんよ」
その様子を見かねたクリスティンがそう告げる。
「反動分子2号……」
「誰が反動分子ですか!」
新生徒会のひとりが告げ、クリスティンが叫んだ。
「それじゃ、それぞれの引継ぎを受けてください。生徒会長はクラリッサさんのところへ、副会長はジョン王太子のところへ、書記は私のところへ、会計はウィレミナさんのところに、庶務はフィオナさんのところに」
クリスティンがそう告げて、新生徒会が分かれていく。
「ジョン王太子、ジョン王太子。やっぱり副会長は会長が死んだときの予備なんですか? 前に生徒会を引き継いだ時にはそう聞いたんですけど」
「違うよ……。副会長は生徒会長を補佐するのが仕事だよ。生徒会長が忘れていそうな仕事とか、生徒会長だけではこなせない仕事を助けるのが仕事だよ」
「副会長からクーデターで生徒会長になることはできますか?」
「できない」
野心に溢れる新副会長であった。流石はクラリッサの組織した政党のメンバー。
「書記って何するんですか?」
「生徒会日報を作成するほか、会議の内容の速記、また生徒会長や副会長の抱えている仕事の補佐を行います。書記の仕事は重要です。生徒会の仕事を発信し、生徒会の活動を記録しておくのですから」
「責任重大ですね」
「責任重大です。頑張ってください」
クリスティンの引継ぎは比較的スムーズに進んだ。
「会計って何するんですか?」
「計算」
「……何のですか?」
「いろんなことの。まあ、やればわかるよ」
ここにも引継ぎをまともにしない怠け者がひとり。
「庶務って何をすればいいんですか?」
「接客の際にお茶を入れたり、お菓子を準備したり、そういう雑務をします。もちろん、生徒会全体が忙しいときはそちらのヘルプに回ることもありますよ」
「なるほど。接客係なんですね」
「基本的にはそうですね。他には生徒会で使う備品の補充などです。その時には会計の人と話し合ってください」
新会計は計算をするだけと言われて困惑しているぞ。
「クラリッサ先輩。生徒会長って何するのでしょうか?」
「学園を牛耳ることだよ」
「学園を……牛耳る……?」
「そうそう。生徒会長になった時点で学園は君のものだ。部活動や委員会を予算の増減を駆使して操り、校則を自由に変えて、学園を君のものにしてしまおう。学園をより住みやすい場所に変えていこうではないか」
そして、ここに碌でもないことを言っているのがひとり。
「凄いですね。ワクワクします」
「だろう。権力とは甘いものだ」
新生徒会長が楽し気に告げ、クラリッサが優雅にそう返した。
「もちろん。最初から権力を使いこなすのは難しいだろう。権力とは使い方を間違えるとできることもできなくなってしまう。なので、最初のうちは私に意見を聞きたまえ。私が見事に君たちを導いてあげよう」
「はい、クラリッサ先輩!」
すっかりやるきになっちゃったぞ。どうするんだ。
「クラリッサ嬢。引継ぎのためのメモは作っただろう。それはどうしたのかな?」
と、ここで会話を聞いていてたジョン王太子が現れる。
「なくした」
「嘘をつかない。引き出しにしまっているだろう」
「ばれたか」
クラリッサは渋々と言うようにメモ紙を取り出す。
「これが実際の生徒会長の仕事ね。クソ面倒くさいよ。辞めたかったら途中で投げ出してもいいからね。生徒会なんて所詮は内申点稼ぎだから」
「はあ……」
新生徒会長はクラリッサからメモ紙を受け取った。
「それじゃあ、引継ぎは完了ね。諸君らの健闘を祈る」
「任せてください!」
こうしてクラリッサたちの王立ティアマト学園における生徒会は本当に終わった。
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「生徒会終わったね」
「思えば長かった。4年間。途中で1年挟んだとしても、4年だ。我々もよくやったものだな。生徒会選挙は毎回大変だったというのに」
「全くだ」
「生徒会選挙が大変だった理由はクラリッサ嬢、君のせいだからね?」
クラリッサは生徒会選挙を滅茶苦茶にしたぞ。
「そうだ、そうだ。生徒会解散パーティーをしなくちゃ。正真正銘、王立ティアマト学園で生徒会をやれるのもこれが最後。最後はいい思い出を残しておきたいよね。というわけで、生徒会解散パーティーをしまーす」
「クラリッサさん。無駄遣いはよくありませんよ」
「無駄遣いじゃないよ。別れを惜しむための有意義な時間だよ」
クリスティンは敬虔なアルビオン国教会の信徒なので、お金を湯水のごとく使って贅沢をすることには拒絶感を覚えるのだ。まあ、そのクリスティンも去年の夏休みには、超高級ホテルに宿泊しているのだが。
「会場はプラムウッドホテルね。そのレセプションホールを借りてやろう。ロイヤルレセプションホールはちょっと広すぎるから手ごろな大きさの場所で。私たち生徒会メンバーだけでエンジョイするよ。これまでのことを振り返ったりしようね」
「予算は?」
「私が自腹を切る。プラムウッドホテルなら大丈夫」
プラムウッドホテルはリベラトーレ・ファミリーと組んで非合法カジノをやっているのだ。実質リベラトーレ・ファミリーのシマである。クラリッサが行くならば、幾分か料金は割引してくれることだろう。
「それじゃあ日時を決めよう。夏休みが始まる前にはやっておきたいね」
「7月の夏休みはオープンキャンパスもあるもんなー」
そうである。
今年の夏休みにはクラリッサはオクサンフォード大学の経営学部にオープンキャンパスに向かうのだ。今年の夏は夏休みでも遊んでられないぞ。
「ジョン王太子とフィオナとクリスティンはオープンキャンパスに行った?」
「私はまだです。けど、夏休みには行こうと思っています。フェリクス君と一緒に」
クリスティンの志望校は北ゲルマニア連邦の大学なので、オープンキャンパスにいくのも一苦労だ。それでも自分が進路先に選んだ大学は一度見ておくべきである。
「私もまだだな。しかし、やはり見ておくべきだろう」
「殿下。一緒に見に行きましょう」
「ああ! そうしよう!」
ジョン王太子は急に浮かれ始めた。
オープンキャンパスに行くんだぞ。デートに行くんじゃないんだぞ。
「ジョン王太子は入試の方は大丈夫なの? 君、B判定だったでしょ?」
「私も勉強しているよ。学園ではフィオナ嬢と、家では家庭教師と勉強をしている。フィオナ嬢のおかげで理系に対する苦手意識もなくなりつつある。今度の8月の模試では見事にA判定を獲得して見せようではないか」
ジョン王太子も日頃の勉強を頑張っている。
苦手だった理系分野についてフィオナから教えられ、苦手意識は薄まり、勉強にも前向きになっている。フィオナは家庭教師たちと違って優しく、分かりやすく教えてくれるので、ジョン王太子も思わず勉強を頑張ってしまうのだ。
「それならいいけど。ジョン王太子だけ入試に失敗したら同窓会でネタになるとおもったんだけどな」
「人の不幸をネタにするのは感心しないな、クラリッサ嬢」
クラリッサが退屈気に告げる。
「それはそうと生徒会解散パーティーの日時だ。7月19日は空いてる?」
「特に予定はないな」
ジョン王太子たちが頷く。
「なら、その日に予約しておく。楽しいパーティーにしようね」
「おー!」
クラリッサたちのパーティーが始まる。
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