娘は父の誕生日を祝福したい
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──娘は父の誕生日を祝福したい
「うーん」
「どうした、クラリッサちゃん。何か悩みか?」
休み時間にクラリッサは唸っていた。
「いや。今度、パパの誕生日なんだけど、今年はどうしようかって思って」
「ああ。そういう悩みか。相談に乗るぜ」
ウィレミナはサムズアップしてそう告げた。
「プレゼント、何にしよう? 思いつく限りのものはもうあげちゃったんだよね」
「プレゼントかー。あたしんちはネクタイとネクタイピンを贈ってるけど、クラリッサちゃんのお父さんはスーツも高級品だからな。合わないネクタイをあげたら困りそう」
「そうだね。だとすると、何にしよう?」
「ううむ。心のこもった品なら大抵喜ばれそうだけど、最良の選択をするとなると困るね。サンドラちゃんにも意見を聞いてみよう」
というわけでクラリッサたちはサンドラの意見も聞くことに。
「え? 誕生日プレゼント?」
「そうそう。何がいいかなって」
サンドラに尋ねるくクラリッサ。
「うーん。うちは毎年手作りお菓子を贈ってるけれど。けど、クラリッサちゃんのお父さんって甘いものは苦手だったんだよね」
「うむ。お菓子はあまり喜ばれないと思う」
リーチオは甘党ではないのだ。
「けど、手作りっていうのはいいよ。真心が籠っているからね。何かクラリッサちゃんも手作りに挑戦してみたらどうかな?」
「ふうむ。パパが食べそうなものか……」
クラリッサは脳内でラインナップを考える。
クッキー? これも甘いものだな。
南部料理? 確かに喜ばれるだろうが、ホテルでも料理は出るし、これでは料理が被ってしまう。
チョコレート。そうだ。ビターチョコレートならリーチオも食べてくれるのでは?
「チョコレートを作ろう」
「作り方知っているの?」
「……知らない」
クラリッサの知っているチョコレートは市販品だけだ。
「私、手作りチョコレート作ったことあるから、手伝うよ。手作りと言っても、市販品を溶かして型にはめただけだけど」
「カカオ豆から作らないの?」
「作れるはずないじゃん」
カカオ豆からチョコレートを作るのは難易度が高すぎるぞ、クラリッサ。
「じゃあ、明日の放課後から作り始めよう。明日までにチョコレート調達してくる」
「了解です。季節も暖かくなってきたから、途中で溶けないように気を付けてね」
「任せろ」
というわけで、クラリッサの今年のプレゼントは手作りチョコレートに決まった。ちゃんと食べられるものができるかな?
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翌日。
チョコレートを買ってきたクラリッサたちが家庭科室に集まる。
「さて、クラリッサちゃん。チョコレートを作る際に気を付けるべきことがあります」
「なになに?」
「温度です。適切な温度にしないと残念なチョコレートができます」
そうなのである。
チョコレートを溶かして型にはめるだけの簡単な作業と侮ることなかれ。チョコレートを溶かしたときの温度などによってチョコレートの出来栄えは異なるのだ。
「ここに調理用温度計があるから、しっかり温度管理しながら作っていこうね。ささっと済ませたいから強火で一気にってのはダメだよ。家庭科室を料理するのもダメだよ。分かっているよね?」
「分かってる、分かってる。私もそう何度も家庭科室を調理したりしないよ」
クラリッサは任せろと言うように頷いた。
「じゃあ、チョコレート作りを始めようか。買ってきたチョコレートは?」
「はい。言われた通り、中に何も入ってない奴」
今回のクラリッサの調理の生贄──もとい、材料になるチョコレートがテーブルに置かれる。サンドラが事前に注意していたように中にアーモンドやウィスキーの入っていない、ただのチョコレートである。
「うわ。これ、めっちゃ高いところのチョコレートだ」
「ううむ。なんかクラリッサちゃんが下手に弄るより、これをそのまま渡した方がいい気がしてきた」
ウィレミナとサンドラは、クラリッサが買ってきた高級チョコレートを見て、そのような意見をのたまっていた。
「失礼なこといわないの。さ、作り方教えて?」
「まずはチョコレートを溶かすための鍋を準備するよ」
「鍋にチョコレートをぶち込むの?」
「そんなことしたら丸焦げのチョコレートができます。鍋に水を入れて、その上にボウルを乗せて、湯煎してとかすんです。ここまでついてこれてる?」
「油引けば鍋で直接チョコレート溶かせないかな? オリーブオイルとか使って」
「ダメ」
隙あらば無精を試みるクラリッサであった。
「さて、お湯が温かくなるまでにチョコレートを砕いておこう」
「任せろ」
「クラリッサちゃん。どうして拳を構えるの?」
クラリッサは素手で砕く気満々だったぞ。
「包丁を使うんだよ。細かく砕くんだからね。拳は使いません。というか、料理の手順でどうして拳を使うって発想がでてくるのか不思議だよ」
「私の拳は鋼鉄も砕く」
「……調理台はどうなるの?」
「……死んでしまうかもしれない」
調理台を殺してはいけません。
「もー。隙あらばクラリッサちゃんは家庭科室を滅茶苦茶にしようとするんだから。こうやってチョコレートを包丁で刻んでいって。なるべく細かく刻むんだよ」
「密告者を拷問するときの感覚だね」
「……クラリッサちゃん。これは料理であって、拷問ではないよ」
ベニートおじさんは密告者の指を細かく刻んでいたぞ。
「さて、できました。後はお湯の温度だけど……」
「サンドラちゃん。50度になったぜ」
「よしよし。それではチョコレートをボウルに投入」
クラリッサとサンドラは細かく刻んだチョコレートをボウルに流し込む。
「クラリッサちゃん。チョコレートの温度が45度以上にならないように気を付けてね」
「流石に細かすぎない? 弱火でコトコトとかそういうレベルじゃないの?」
「じゃないの。チョコレート作りは難しいんだよ」
「早くも挫折しそうだ」
「難しいのはここだけだから。頑張って!」
クラリッサがやる気を失っていくのに、サンドラが励ました。
「次は温度をいったん下げるよ。ビターチョコだから、27度くらいかな」
「細かすぎるよ。もう料理というより化学じゃん。南部料理でもここまで細かくはしないよ。シェフの感覚でアルデンテのパスタができるんだよ」
「料理も化学の一種です。さあ、文句言ってないで水にボウルをつけて。そしてヘラでかき回しながら、温度を27度に」
「ううむ。面倒くさい……」
クラリッサは面倒くさがりながらも、サンドラの指示に従ってボウルを底から掻き混ぜつつ、温度を27度まで下げる。
「次はまた湯煎して温度を33度に」
「はいはい」
軽く湯煎してチョコレートの温度を33度に上げる。
「よし。できあがり。とは言えないけれど、最大の難所はクリア。後はこれを型にはめて、冷蔵庫で冷やすだけだよ」
「ふう。ようやくか」
クラリッサはへとへとの気分で溶かしたチョコレートを事前に準備した型に流し込んでいく。全てのチョコレートが型に収まったら、それを家庭科室の冷蔵庫へ。
「30分ほど待とうね。それからラッピングの準備はしてる?」
「サンドラに言われたとおりにいろいろ買ってきたよ。どれがいいかな?」
クラリッサはチョコレートのサイズに合った箱と包装紙、そしてリボンなどを家庭科室の調理台の上に並べた。
「お父さんに贈るなら、ピンクはないよね。青か緑だね。箱は無難に白にする?」
「ここは思い切って虹色を」
「……まあ、そこら辺はクラリッサちゃんの自由だけれど」
クラリッサのセンスは謎であった。
「虹色の箱に虹色のリボン。完璧だ」
「包装紙は?」
「渋い大人の黒」
「凄まじいセンスだ」
ウィレミナはクラリッサのセンスを前にそれ以上の言葉がでなかった。
「さて、そろそろ時間だね」
サンドラが冷蔵庫を開ける。
「うん。ばっちり固まっているよ。これで出来上がり」
「いえい」
クラリッサがサンドラの言葉にガッツポーズを決めた。
「型から抜いて、包装しよう」
「任せろ」
クラリッサたちはチョコレートを型から外すと、それを箱に収めていき、箱を閉じてラッピングし、リボンで飾り付ける。
「できた」
「クラリッサちゃんのお父さんもきっと喜んでくれるよ」
割合謎のラッピングになったが、できることにはできた。
後は当日にリーチオにこれを渡すだけだ。
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「ピエルトさん、ピエルトさん」
「ん。なんだい、クラリッサちゃん?」
ピエルトが定例報告を行いにリーチオの屋敷に来て、帰ろうとしていたとき、クラリッサがピエルトを呼び止めた。
「パパの誕生日パーティーの準備、進んでる?」
「もちろん。プラムウッドホテルのロイヤルレセプションルームを予約して、料理の手配もしておいたよ。参加者も幹部は全員揃ってる」
「おー。完璧じゃん。流石はピエルトさん」
「まーね!」
ピエルトは自信満々だった。
「パールさんたちもちゃんと招待している?」
「し、してるよ。うん」
「してないんだね」
だが、その自信は呆気なく壊されてしまった。残念なり。
「パールさんたちは私が誘っておくよ。ピエルトさんは抜かりないようね。誕生日ケーキはそこまで大きい奴じゃなくていいからね。それから料理は南部料理。警備もばっちり固めておいてね。分かった?」
「クラリッサちゃんには敵わないなあ。しっかり準備しておくよ」
クラリッサがホテルとカジノの経営者になったら、ピエルトはその下につくことになる。今のうちから上司の機嫌を取っておくのも悪いことではないだろう。
「クラリッサちゃんがホテルとカジノの経営者になったらボスの誕生日パーティーは自分のホテルでできるようになるね」
「どうだろう。一応、レセプションホールとかも準備するつもりだけど、カジノの併設されているホテルで結婚式とか会議とかやる人たちいるかな?」
「どうだろうねえ。そこら辺は先にスタートするヴィッツィーニ・ファミリーのホテルを見てみるしかないね。案外、カジノで大儲けして、そのまま結婚式を挙げる人もいるかもしれないよ。クラリッサちゃんの経営するホテルは一流のホテルになるはずだし」
「ううむ。今は勉強あるのみだな」
ラスベガスとかだとドライブスルーで結婚しちゃう人もいるぐらいだが、ロンディニウムではどうだろうか。『俺、この勝負で勝ったら彼女と結婚するんだ……』って言う風なことを言って、そのままホテルで挙式なんて人もいたりするのだろうか。
この世界バージョンのラスベガスを企画しているニーノの采配はどのようになっているのだろうか。やはり、彼もホテルに結婚式や会議、パーティーが開けるレセプションホールを準備しているのだろうか。
「まあ、カジノでわいわい騒ぐ誕生日パーティーもありだよね」
「うんうん。その時はボスに勝たせてあげてね」
「それはどうかな?」
クラリッサはにやりと笑った。
「それじゃあ、改めて準備よろしく、ピエルトさん。私はパールさんたちを誘ってくるよ。にぎやかなパーティーにしようね」
「うん。そうしよう」
その後、クラリッサは自動車で宝石館に向かい、パールとサファイアをリーチオの誕生日パーティーに誘った。ふたりは快諾し、リーチオの誕生日パーティーに出席することを約束してくれた。
その際、パールは何やら考えているようだった。
パールは今年もディーナとリーチオの思い出の日が来たことに思いをはせていたのだろう。ディーナがいたら一緒にリーチオの誕生日を祝えたということを考えていたのかもしれない。
リーチオの誕生日はリーチオの結婚記念日でもあるのだから。
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