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娘は進路相談を行いたい

……………………


 ──娘は進路相談を行いたい



 6月上旬。


 ロンディニウム・タイムスの特派員によれば東部戦線は奇妙な静けさに包まれているという。魔族の攻撃が止まり、魔王軍が防衛陣地から動かなくなったそうだ。


「これが見せると言っていた誠意か、ブラッド?」


 ロンディニウム・タイムスの記事を読んでリーチオがそう呟いた。


 魔王軍の攻撃停止は講和の意志を示すものかもしれないし、そうではないかもしれない。ただ単にこれから行われる大攻勢の準備中ということも考えられた。いずれにせよ、魔王軍はまだ明確に立場を示したわけではない。


「ご主人様、マックス様がおいでです」


「分かった。通してくれ」


 リーチオは新聞を畳むと、マックスを部屋に迎えた。


「ボス。事前のアポイントメントもなく急にお邪魔して申し訳ない」


「気にするな。この仕事ではよくあることだ」


 マックスがいつものような鉄仮面で告げ、リーチオは肩をすくめた。


「新聞はもう読まれましたか?」


「ああ。魔王軍が攻撃を停止したようだな」


 これまで新聞に載せられる魔王軍に関する記事は数日遅れのものだった。だが、電信が発明されてからは、1日の遅れもなく最新の情勢が掲載される。ちなみにロンディニウム周辺の電信整備を担当したのはリベラトーレ・ファミリーの会社だ。


「あなたはどこまで魔族を信用されますか?」


「他の人間と同じ程度、と言っておこう」


 マックスの狙いはなんだ? この前、ブラッドと会っていたのに気づかれたか?


「それは結構です。世間ではこれが魔王軍の戦力が底をついたためという憶測も流れていますが、私はそうは思いません。むしろ逆です。魔王軍に戦力的な余裕があるからこそ、今は攻撃を控え、大攻勢の準備をしているものと思っています」


「それはお前の意見か?」


 それとも王立軍事情報部第6課の意見か?


「私の、と申しておきましょう。ひとつ言えるのはこれで麻薬戦争が終わることはないということです。麻薬戦争は続きます。魔王軍は裏での攻撃の手を緩めないでしょう」


「だろうな。そう簡単に終わる戦争じゃない。そういうことは最初から分かっている。魔王軍との戦争が正式に終わるまで麻薬戦争は続くだろう」


「その後も続くとはお考えにはならないのですね」


「どういうことだ?」


 マックスが不意に告げた言葉に対して、リーチオが眉をひそめる。


「魔王軍は表向きには講和するかもしれません。ですが、薬物取引は既に魔王軍の資金源になっているはずです。それを戦争が終わったからといってぱったりと止めるとは考えにくい。それに裏の戦争というものは、表の戦争が終わってからでも続くものです。だから、我々のような存在がいる」


 確かにそうだった。


 既に薬物取引は魔王軍の資金源のひとつとなっているだろう。それに魔王軍が表向きの戦争を止めたとしても、魔王軍の存在が人類にとって脅威なことには変わりはないし、魔王軍にとって人類の存在が脅威なことも変わらない。


 そういう状況下で魔王軍が相手を弱体化させておこうと考えるならば、戦争が終わっても薬物取引は続くと考えられるかもしれない。


「魔王軍との講和条件に薬物取引の禁止という項目を盛り込めばいいんじゃないか」


「魔王軍は表立っては薬物取引に関与していません。あくまでアヘンを輸出しているのはアナトリア帝国であり、それをヘロイン生成しているのはマルセイユ・ギャングなどの犯罪組織です。魔王軍は知らぬ存ぜぬの態度を取るでしょう」


 そうだ。あくまでアヘンを輸出しているのはアナトリア帝国。その陰に魔王軍がいるとしても、その証拠はない。そして、アナトリア帝国から輸出された麻薬を世界中にばらまいているのはマルセイユ・ギャングなどの人間の犯罪組織だ。


「ことは非常に面倒です。表の戦争が終わっても、裏の戦争は続く。魔王軍との間に友好など生まれないでしょう。平和は次の戦争の準備期間であるとの言葉の通り、魔王軍は次の戦争のための準備を進めるでしょうから」


 マックスはそう告げたが、リーチオはそう考えていなかった。


 魔王軍と薬物取引の関係を証明する証拠を持っている人間をリーチオは知っているからだ。そう、ブラッドは薬物取引に魔王軍が関与しているとの情報を持っている。ブラッドが証言し、講和の条件に薬物取引の禁止を盛り込めば、麻薬戦争は終わりだ。


 そもそもアナトリア帝国という崩壊寸前の国家に対して薬物取引についての制裁を科さなかったこともどうかしている。裏に魔王軍が存在し、アナトリア帝国も関与を否定しているとしても、もはやアヘンの供給源は分かっている。


 ブラッドの情報が正しければ経済的に優位に立っているのは人間側だ。人間側がアナトリア帝国に経済制裁を科せば、魔王軍も手を引かざるを得まい。


 そういう事情があっても、なおマックスが裏の戦争の必要性を論じるならば、それはただ単にマフィアを隠れ蓑に使った情報作戦──ブラックサークル作戦のためだと思われる。あの作戦は情報機関にとっては非常に有益だ。魔王軍を相手にするにせよ、同じ人間を相手にするにせよ。


「戦争に従軍する見返りはあるのか?」


「政界により強いパイプを準備しましょう。あなたの娘さんが議員になれるほどの」


 クラリッサが議員とは! やはりこの男はブラックサークル作戦を何としても続けたいのだろう。政界へのパイプは下手をすると政界からの足かせになりかねない。


「あいにくだが、うちの娘はホテルとカジノの経営者をやることになっている。議員になるつもりはない。厚意だけは受け取っておこう」


「そうですか。それでも政界とのパイプはあった方がいいのでは。これから情勢がどう動くか分かりません。カジノ法案も通過し、営業許可も取れる見込みができましたが、政治というのは生き物ですからね」


「既にあるパイプでどうにかするさ」


 リーチオはリベラトーレ・ファミリーを合法化するためにカジノを始めるのだ。それが情報機関の巻き添えを食って、マフィアを続けなければならないというのはどうかしている。本末転倒だ。


「そうですか。では、戦争にはそちらの意志で参加していただくしかありません」


「安心しろ。俺たちもアルビオン王国にヘロインが入り込むことには反対している。麻薬戦争はそれが終わるまで続けるだろう」


「ありがとうございます。それでは」


 そう告げてマックスはリーチオの書斎を去った。


「あれ? パパ、マックスさん来てたの?」


 マックスが去ったのと入れ替わるようにしてクラリッサが扉をノックし、リーチオの書斎に入ってきた。


「ああ。最近のことを話しにな」


「へー。マックスさんってなんか距離がある感じがして、付き合いにくい」


「だろうな」


 リーチオとしてもマックスとクラリッサが親しくするさまは想像できない。そして、そうあってほしくもない。クラリッサとマックスの間には溝があってほしい。


「そうそう。それはそうと今度、進路相談があるから、来てね。6月10日」


「おい。すぐじゃないか。そういうことは早めに言いなさい」


「ごめん。忘れてた」


 リーチオが唸るのに、クラリッサがてへぺろという表情をした。


「まあ、予定的には大丈夫だ。進路は変わっていないんだろう?」


「おうともよ。アルビオン王国で最大のカジノとホテルを経営するぜ」


「模試の結果もよかったし、もうひと頑張りだな」


 クラリッサは模試でA判定だったのをリーチオに自慢している。


「頑張るぞー」


 クラリッサは掛け声を上げ、こぶしを突き上げたのだった。


……………………


……………………


 6月10日。


 今日は進路相談の日だ。


 保護者を連れた生徒たちが進路相談室の横の空き教室に作られた待合室で待っている。待たされているのは貴族たちなだけあって、学園の使用人がお茶やお菓子を提供し、丁重に接待している。


「お久しぶりです、リーチオさん」


「これはフィッツロイ公爵閣下。お久しぶりです」


 リーチオはクラリッサの友人の保護者との挨拶を交わしている。親同士の情報交換も学園生活では必須だ。特に平民であるリーチオとクラリッサはここで貴族社会の情報を入手しておかなければならない。


「クラリッサ・リベラトーレさん、リーチオ・リベラトーレ様。どうぞ進路相談室へ」


「いくぞ、クラリッサ」


「おうとも」


 進路指導担当の教師が告げるのに、クラリッサたちが席を立つ。


「ようこそ。それでは進路相談を始めます」


 進路指導担当の教師はそう告げて、クラリッサたちとの面談を始めた。


「クラリッサさんの志望校と志望学部は以前はオクサンフォード大学の経営学部でしたが、それから何か変更などは?」


「ないよ。私はオクサンフォード大学の経営学部を目指す」


「分かりました。成績の方は……」


 進路指導担当の教師が資料を捲る。


「A判定ですね。今のところは問題なく合格できるレベルにあると思われます。ですが、これから1月、2月の入学試験当日までこの成績を維持しなければなりません。その点には問題はありませんか?」


「ないよ。私は日々着実に進歩していっている。任せておいてもらいたい」


 クラリッサは自信に満ち溢れていた。


「では、1月、2月までこの調子で頑張ってください。大学でのカリキュラムなどについては既にご存じですか?」


「7月にオープンキャンパスに行って、そこで聞くつもり」


 クラリッサは志望校のことをあまり調べていないぞ。


「しっかりとカリキュラムについて事前に調べておいてください。オクサンフォード大学は進級するのにも、卒業するのにもかなりの単位が必要になります。必須講義と選択講義。大学でどのようなことを学ぶのかも含めて調べておいてください」


「了解」


 クラリッサは大学に入りさえすれば後は楽勝だと思っているが、現実はそうではない。大学は学ぶところであり、日々が勉強なのだ。特にオクサンフォード大学のような名門大学になると、卒業するために血眼になって勉強しなければならない。


 クラリッサはそのようなことは知らずにいるが、7月のオープンキャンパスで現実を知ることになるであろう……。


「それから大学卒業後はホテルの経営者でしたか?」


「ホテルとカジノの経営者を目指すよ。ロンディニウムの新規開発地区に新しく、ホテルとカジノがオープンするんだ。その経営者になる」


 進路指導担当の教師が尋ね、クラリッサがそう答える。


「ロンディニウムの新規開発地区。そういえばそういうニュースを見ましたね。確かノーヴェンバー・エンターテイメント社という会社が申請を出しているとか」


「そうそれ」


 ノーヴェンバー・エンターテイメント社はリベラトーレ・ファミリーのフロント企業だ。このカジノ経営許可の申請を出すために使われている。


「親御さんも納得されているので?」


「ええ。この子の選んだ道ですからね。精いっぱい応援したいと思っています」


 リーチオはそう答える。


「ところで、現状でも本当にオクサンフォード大学には合格できるのでしょうか?」


 リーチオは少し心配になってそう尋ねた。


「模試の結果はA判定ですが、この時期にA判定を取っても不合格になる生徒はいます。ここでA判定を取ってしまうと安心してしまって、その後の勉強がおろそかになるからです。そうならないようにこれからも引き続き、今の調子で勉強に励んでもらい、12月の模試でもA判定が出れば、合格は難しくないかと思われます」


 進路指導担当の教師はクラリッサの成績を見ながらそう告げた。


 クラリッサも今では学年で5位内の成績を取るようになった。以前と違って成績が安定していないわけではない。サンドラやウィレミナ、グレンダとともに勉強を頑張っていけば、オクサンフォード大学に合格することもできるだろう。


「何か他にお尋ねになりたいことはありますか?」


「俺からはこれ以上は。クラリッサ、お前は?」


 進路指導担当の教師の質問にリーチオが首を横に振る。


「ないよ。ばっちり」


 クラリッサはぐっとサムズアップして返した。


「それでしたら入試当日まで気を抜かずに頑張ってください。以上となります」


 こうしてクラリッサの進路は決定したのだった。


 夢に向かって頑張れ、クラリッサ!


……………………

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[良い点] 魔族側が麻薬ビジネスの供給側をどこまで抑え込めるかが、問題ですね。 [一言] A判定でも、不合格になるときはなります。 知人の話ですが。 私は、B判定で不合格。
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