娘は猛獣が見たい
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──娘は猛獣が見たい
お昼は園内に設置されているカフェでとることになった。
「あたし、野菜ピザ!」
「あたしはカルボナーラだな」
クラリッサたちはそれぞれ注文するメニューを決めていく。
メニューは牧場でとれる卵や牛乳と農場でとれる野菜を使ったメニューが豊富だ。
「俺もカルボナーラにするか」
「では、私も」
「トゥルーデも!」
既にカルボナーラ派が議席の半数を獲得。
「私は季節野菜のシチューにしますわ」
「私は水だけでいいですよう」
ヘザーだけ注文がおかしい。
「私も季節野菜のシチューにしよっと」
「ヘザーはちゃんと選んでね」
ヘザーは選びなおし命令。
「なら、私もカルボナーラでえ」
カルボナーラ派過半数を獲得です。
「それにしても可愛い動物がいっぱいだったね」
「羊もこもこだったなー」
注文の品が来る間、サンドラたちは感想を述べあう。
「アルパカはあれはなんだったんだろう……」
「深く考えないでおこう」
アルパカは何とも言えない表情でカフェの方を見つめていた。
「フェリクス君、フェリクス君。お気に入りの動物はいましたか?」
「いや。俺は犬派だからな。羊の囲いに牧羊犬がいることを少し期待したんだが」
「羊はもこもこで可愛かったではないですか。今度、羊毛で何か編んであげますよ」
「別にそういうのはいらんからな」
ここぞとばかりにアタックするクリスティンだ。
「やっぱり馬はよかったな。後は槍があれば最強だった」
「クラリッサちゃんは何と戦うつもりなの?」
謎の闘争意識を燃やすクラリッサであった。ランスチャージ!
「サンドラは乗馬体験、満喫した?」
「とっても! 馬に乗るって楽しいね」
「それはよかった」
ちゃんとした乗馬にサンドラもにっこり。
「クリスティンとフェリクスは満足した?」
「え、ええ。とても満足しました。なんというか乗馬っていいものですね! あれなら何度でも体験したいと思います。なんというか実にいいものです……」
クリスティンは今にも天に昇っていきそうな具合にそう告げた。
「お前、座ってだけじゃないか。結局、俺がずっと鐙踏んでたし」
「ま、まあ、お気になさらず。いいものはいいものだったのです」
クリスティンはフェリクスと密着できて嬉しかったのだが、まだまだそれを伝えられるほどではなかった。フェリクスからは女の子みたいな香りがして、クリスティンは凄くドキドキしていたのだったのである。
「それで午後は?」
「このまま動物園を見学。まだトラとグリズリーを見てないから、絶対に見るよ」
「お前、好きそうだもんな。トラとかグリズリーとか」
「まあね」
アルビオン王国からは貴族の趣味である狩猟のせいでクマが絶滅してしまっている。グリズリーは新大陸から輸入されたものだ。つまり、クラリッサもグリズリーを見るのは初めてというわけだ。
「トラに餌はやれるかな?」
「トラとは触れ合えないぜ、クラリッサちゃん」
クラリッサはトラの檻に生きた餌を放り込む残虐イベントを予想していたぞ。
動物愛護団体も真っ青だ。碌でもねえな!
「じゃあ、トラとグリズリーは眺めるだけか。惜しいな」
「惜しいも何も、眺める以外に何をするんだ?」
「……格闘?」
「死ぬぞ」
クマと格闘して怪我せずに済むのは金太郎だけです。
「ご注文の品をお持ちしました」
「よし。まずは食べよう。それからじっくりと見て回ろうじゃないか。この春休みにいい思い出を作っておこう」
「おー!」
というわけで、クラリッサたちの動物園見学はまだまだ続くよ。
……………………
……………………
「ウサギだー!」
「ウサギだー!」
クラリッサたちが食後に訪れたのはウサギの厩舎であった。
“ふれあい可能”と書かれており、中には専属の飼育員がいる。
今さらにはなるが、アルビオン王国では動物愛護の精神が少しずつ育まれている。
というのも、貴族の狩猟によって多くの動物がアルビオン王国から姿を消し、その狩猟方法も今の価値観では残酷なものがあったため、その反省を活かして、これ以上動物たちがアルビオン王国からいなくならないようにと、動物愛護の精神が生まれたのだ。
だが、国内で狩猟に関する締め付けが厳しくなると、海外に出かけて狩りをするという貴族もいたもので、インドやアフリカで獲物を狙い、スポーツに近い狩猟によって再び動物たちがこの惑星から姿を消しつつある。
世界的な動物愛護の精神が生まれるまではこの傾向は続くだろう。
その時にどれほどの生き物が生き残っているか。
ともあれ、今はウサギだ。
動物愛護の精神を発信するという立場でもあるこの動物園では、小動物にもストレスや体調不良を感じていないか調べるための飼育員が付いている。
「ウサギ、ふれあいできます?」
「できますよ。囲いの中にどうぞ」
飼育員にそう言われてサンドラたちが囲いの中に入る。
「うわあ。ふわふわだー。可愛いー!」
「シチューによさそうだね」
「クラリッサちゃん?」
「冗談だよ、冗談」
クラリッサがナイスジョークと言うように告げたが、ウサギたちはジョークと思わなかったらしく、クラリッサの傍からぴょんぴょんと離れていく。
「あーあ。クラリッサちゃん、嫌われちゃった」
「無理やり捕まえて来ようか」
「やめなよ」
逃げるウサギにクラリッサの人狼ハーフとしての本能がうずく!
「抱っこしてもいいでしょうか?」
「ええ。優しく抱きかかえてください。こんなふうに」
「はい!」
フィオナは飼育員の指示に従ってウサギを抱きかかえる。
ウサギはフィオナ相手なら安心と判断したのか、大人しく抱っこされていた。基本的に人に慣れているウサギばかりだ。
「フェリちゃん、フェリちゃん。この子、お姉ちゃんみたいで可愛いわよ!」
「ウサギと人間は一年中発情期らしいな」
「どうしてそういうこというの?」
フェリクスは毛玉まみれになりたくないのか囲いの外からウサギを見ていた。
「うちの牧場も昔はウサギを飼ってたんだが、姉貴のシロが皆殺しにしたんだよな」
「仕方ないじゃない。シロはお肉が好きだもの」
「ほとんど食ってなかったぞ。殺すだけ殺したって感じだったぞ」
シロ、サイコパス疑惑。
「ウサギはいいものだね。とっても可愛い」
「そこここに糞をするから野外じゃないと飼えないな」
「ま、まあ、そうだね」
クラリッサはウサギにトイレを躾けることは無理そうだと判断した。
「そういえばアルフィはトイレどうしてるの?」
「アルフィはトイレしないよ?」
「……だろうね」
アルフィは飲み込んだもの全てを溶かしきってしまうだろう。
「それじゃあ、次に行こうか」
「ばいばーい」
ウサギたちはぴょんぴょんと跳ねてクラリッサたちを見送った。
「次は……」
「豚だって」
ウサギの次は豚だった。
「豚っ!? 私のことですかあ!?」
「違うよ……。絶対に騒ぐと思ったけど」
ヘザー大興奮。
「それにヘザーは豚ってほど太ってないじゃない」
「精神の問題ですよう。私の精神は豚なんですよう。だから、容赦なく豚って呼んでくださいよう。豚のように鞭で叩いてもいいですから」
「豚は鞭で叩かないよ……。意味不明なこと言ってないで豚を見て来よう」
クラリッサたちは豚の囲いへ。
「あ。子豚がいる」
「私のことですかあ!?」
「しつこい」
「ああん!」
クラリッサにぽかりと叩かれたヘザーだが幸せそうである。
「春は繁殖期だからね。赤ちゃんブームだよ」
「ふむふむ。豚ともふれあえるらしいよ」
「豚とかー」
なんとなく豚は不潔そうなイメージがある。
「豚に興味がおありですか?」
と、そんなことを話し合っていたら、豚の飼育員が。
「えっと。豚とのふれあいってどんな感じなんでしょう?」
「餌を上げたりとかですね。豚は意外に清潔な生き物なので、ふれあっても病気の心配をしたりする必要はないですよ。彼らは泥で体を洗って清潔にしているんです。暑い季節は水浴びなども楽しんでいますよ」
「なるほど。なら、お願いします!」
豚は清潔だと分かったので突撃するサンドラたち。
「餌はこれをあげてください」
「了解」
クラリッサたちは飼育員から餌を受け取る。
「食べるかな?」
「ちょっと警戒しているみたい」
赤ん坊がいるためか、ちょっと距離を置いている豚たちだ。
「お。お前は食べに来たのか、よしよし。いい子だ」
その中で豚の1頭が餌を食べにやってきた。
クラリッサはニンジンのスティックを差し出して、豚に与える。
「うわ! いっぱい寄ってきた!」
「餌をあげないと豚の餌になるぞ」
「豚は肉食じゃないよー」
豚は雑食です。
「ベニートおじさんの牧場の豚もよく食べてたなー」
「そのおじさんの牧場に馬とかはいなかったの?」
「いたけど、乗馬できるやつじゃなくて、荷物を運ぶやつ。凄いタフだったよ」
ベニートおじさんの愉快な牧場。人食い豚もいるよ!
「ぶーぶー」
「……何やってるの、ヘザー?」
「豚になり切っていますよう」
「……そうか」
クラリッサはニンジンのスティックをヘザーに与えた。
「豚は豚だね」
「うむ。食欲旺盛。丸々とした豚だ」
「豚をペットにする人もいるらしいよ」
「……死体処理用?」
「絶対に違う」
そんなこんなの会話を交わしながら、クラリッサたちは豚の囲いを出た。豚たちはぶーぶー鳴きながらクラリッサたちを見送り、ヘザーがぶーぶー鳴いて別れを惜しんだ。
「次は……」
「トラだって」
「トラ」
ついにこの時が来たとばかりにクラリッサがこぶしを握り締める。
「よし。トラを拝もう。トラはどこかな?」
「あっちの囲いだって」
クラリッサたちはこれまでとか異なる金属でできた囲いに向かった。囲いの高さは高く、5、6メートルはある。
「トラだ」
「トラだね」
トラはトラだった。
いや、黒白茶の縞模様で、大型ネコ科動物特有の顔立ちをしているトラである。今は何もする気がしないのか、横になってくつろいでいた。運動不足気味なのか、ちょっとでっぷりして見える気がする。
「ふれあえないかな?」
「クラリッサちゃん、死にたいの?」
トラと触れ合うのは無理があるぞ。
「ここには飼育員さんはいないの?」
「どうだろう。けど、飼育員さん見つけてどうするの?」
「さっきの豚をここに連れてくる」
「動物虐待、ダメ絶対」
クラリッサの発想は血にまみれていた。
「しかし、何もしないトラだな。ずっと寝てる。野生でもこんなものなのかな? それとも動物園で暮らしてて野生を失ったのかな?」
「どうだろうね。野生を失った可能性あるかも」
トラは腹を丸出しにして横になっていた。野生の欠片も見つけられない。
「あ。ここに紹介文がある」
「なになに。“このトラはインド政府から贈られたトラの二代目です。名前はラーヒズヤと言います。お昼には食事の光景を見ることができます”だって」
「お昼、過ぎちゃってるね」
「残念なり」
このトラの食事にはどっしりとした生肉がたっぷりと与えられるぞ。いつも狩りをしなくても食事が提供されるので、トラはケージの中をうろつく以外は野生を失ってしまった。今ではすっかり大きな猫である。
「そういえばクリスティンは猫派だけどトラはどう?」
「えっと。トラは猫とはかけ離れすぎていますので。耳も小さいですし、口は大きいですし、そもそも膝に乗せられるようなサイズでもありませんし」
「そっかー」
猫好きがトラ好きとは限らないのだ。
「じゃあ、次に行こうか」
「次はグリズリー」
「おお。グリズリー」
クラリッサが興奮し始めた。
「グリズリーはこっちの囲いだって」
「どれどれ」
クラリッサたちが囲いに向かう。
グリズリーの囲いも金属製で、二重になっていた。高さはやはり6、7メートルほどあり、さらに天井は塞がれている。
そんな囲いにグリズリーが2頭。
1頭はのどかに昼寝しており、もう1頭もだらんとしている。
「グリズリーまで野生を失ったか」
「まあ、狩りとかしなくていいし、他の動物に襲われることもないからね」
クラリッサががっくりするのに、サンドラがそう告げた。
「ここに紹介文があるね」
「なになに。“この2頭のグリズリーはコロンビア合衆国モンタナ州より寄贈されました。アルビオン王国ではクマは絶滅してしまっていますが、コロンビア合衆国でも生息数は減少傾向にあります。よろしければグリズリーの保護活動にご協力ください”と」
「アルビオン王国ってクマ、絶滅してたんだ」
「初めて知った」
アルビオン王国はクマは絶滅しているが、クマのぬいぐるみはよく売られている。
「後で保護活動の寄付をしておこう」
「そうだね。コロンビア合衆国でまでクマが絶滅したら残念だもんね」
「そうそう、クマと戦えないし」
「クラリッサちゃんは死にたいの?」
執拗に猛獣と戦おうとするクラリッサだった。
「次は?」
「もうお終い。お土産屋さんで何か買って帰ろう」
「オーケー」
こうしてクラリッサたちの動物園見学は終わった。
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