娘は春休みの予定を立てたい
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──娘は春休みの予定を立てたい
2月の文化祭が終わり、期末テストの時期になってきた。
流石に進学組である2年A組も文化祭の浮かれた気分は残っていない。今はそれぞれの将来に向けて、ひたすらに勉強を頑張っているのである。
「うーん」
「どうした、クラリッサちゃん。何か分からないことでもあった?」
クラリッサが唸るのを見て、ウィレミナが声をかけた。
「いや。春休みは何しようかと思って」
「……まだ期末テストは終わってないぜ、クラリッサちゃん」
クラリッサだけは浮かれていたようだ。
「期末テストはすぐ終わるよ。それよりも春休みの予定を立てないと。春休みは正真正銘、これで最後なんだから、悔いのないようにしておきたいじゃん?」
「テストに悔いがないようにはしないの?」
「テストは大丈夫。余裕がある」
なにもクラリッサもテスト勉強を放棄して遊びのことばかり考えているわけではないのだ。予習復習はしっかり行っているし、テストに備えた勉強もグレンダと行っている。テストの成績はそれなりにいいはずである。
だが、今のクラリッサには春休みという魅惑的な季節に惹かれているだけだ。
「しかし、クラリッサちゃん。それを考えるのはテストが終わった後でいいと思うぞ」
「そんなことない。春休みはちょっとしかないんだよ? 精いっぱい遊べるように今からしっかりと予定を組んでおかないと。ウィレミナはやりたいことある?」
「あたしはフィリップ先輩の卒業祝いに行くから」
「な……。それじゃあ、ウィレミナは誘えないじゃん」
「1日だけだから。3月28日ね。フィリップ先輩は寮に入るみたいだから、引越しの手伝いとかもするんだ」
「へー。今からできる女アピールをするわけだね?」
「へへへ。フィリップ先輩とは1年間、会えないからね」
ウィレミナは実にリア充であった。
「そうだ。私も大学の見学にいかなくちゃ。経営学部がどういうところか見て来ないと。そうしないとモチベーションに関わる」
「オクサンフォード大学のオープンキャンパスは7月だぜ」
「なら、春休みは何しよう」
クラリッサは首を傾げた。
「また山に登る?」
「キャンプもいいよね」
夏休みはオープンキャンパスに夏期講習にと忙しいだろうから、春休みに遊ぶのがよいでしょう。もっとも、クラリッサが夏期講習を受けるかどうかは定かではないが。
「クラリッサちゃんたち、何話してるの? テストの話?」
「いや。春休みに何するかの話」
「……真面目にやろうよ」
サンドラは呆れた顔をしてそう告げた。
「春休みは短いからしっかり予定を立てておかなくちゃ」
「だからって、テスト前に浮かれるのはよくないよ」
「浮かれてないよ。堅実に予定を立ててるんだよ」
「それが浮かれてるんだよ!」
クラリッサは至って真面目だったが、サンドラに突っ込まれた。
「サンドラは春休みの予定ある?」
「んー。ないと思うけど」
「それなら何したい?」
「まずはテストに集中したい」
「ちっ」
サンドラに真面目な顔で言い切られた。
「でも、サンドラもやりたいことあるでしょ? 山登りとかキャンプとか旅行とか」
「うーん。言われればあるけれど。でも、今考えることじゃないよ」
「いいから、いいから」
クラリッサがサンドラに促す。
「牧場の見学に行きたいなって。牧場と動物園を兼ねている場所があって、珍しい動物とも触れ合えて、乗馬もできるんだって。私、昔にしかまともな乗馬したことないから、乗馬してみたいなって思っているって感じかな」
「おお。いいじゃん、いいじゃん。春休みはそこにしよう」
サンドラの言うような牧場兼動物園というのは最近ロンディニウムから離れた場所にできたレジャースポットだ。牧場の動物たちと触れ合い、珍しい動物を観察し、乗馬や乳しぼりの体験ができる体験型レジャー施設だ。
ランチには搾りたての牛乳と農場でとれた野菜のピザなどが味わえる場所でもある。
春は動物たちも元気だし、行くとするならば春だ。
「はい。春休みの予定は決まりました。テストを頑張ってね。油断してると順位落ちちゃうよ。模試でもB判定になっちゃうかも」
「頑張るよ。けど、それはそれとして春休みは遊ぶよ」
「うん。春休みは遊ぼうね」
というわけで、春休みの予定ができたクラリッサ。
テストでいい点とれて、春休みは牧場の動物たちと触れ合えるかな?
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期末テスト。
今回は高等部2年のおさらいである。
試験範囲は高等部2年で習った範囲と広い。
いくつか悩む点はあったものの、クラリッサは概ね自信のある回答ができた。
これもグレンダと勉強を頑張ったおかげである。
テスト前に一夜漬けするどころか早くも春休みのことを夢見ていたクラリッサの今回の期末テストの成績は──。
「1位。ウィレミナ・ウォレス」
「いえい!」
やはり1位はウィレミナであった。
「ウィレミナ、成績良すぎない? おかしくない?」
「そんなこと言われても困るぜ。あたしだって頑張ってるんだからな」
「具体的には」
「んー。授業中に集中したり」
「それだけ」
ウィレミナは本当に頭がよかった。
「2位。フィオナ・フィッツロイ」
「フィオナさんも不動だねー」
フィオナも変わることなく2位だった。
「フィオナも勉強頑張ってるの?」
「はい。テスト前は気合を入れて勉強していますよ。東洋ではこういうときには、頭に布の帯を巻くそうなのでそうやって頑張っています」
「なるほど。気合が入りそうだ」
日の丸鉢巻きがアルビオン王国にも出回っているのだろうか。
「3位。サンドラ・ストーナー」
「よかったー。成績維持できたよ」
サンドラも成績を維持。
「サンドラも成績いいよね。なんで?」
「なんで、って勉強してるからだよ」
「うーむ。私も勉強しているんだけどな」
クラリッサは納得できなかった。
「4位。クリスティン・ケンワージー」
「ありゃ。クラリッサちゃん、4位の座奪還されちゃったね」
「無念なり」
以前はクラリッサのものだった4位の座はクリスティンに奪還されていた。
「フェリクス君! 8位じゃないですか! その調子ですよ! また勉強会しましょうね! 今回はテストの復習です!」
「ああ。頼りにしてる」
「彼女ですからね! 彼女ですからね!」
「何故二度も言う」
クリスティンはすっかり浮かれポンチになっていた。
あの文化祭での壮絶な告白ののち、すっかりクリスティンはフェリクスの彼女ポジションをゲットしていた。時折、トゥルーデの襲撃を受けるものの、それをしのぎ切ってフェリクスの彼女ポジションを死守している。
「5位。クラリッサ・リベラトーレ」
「5位には入れたね」
前回から1位順位が落ちたものの、クラリッサの成績も安定してきていた。
「このままオクサンフォード大学合格までいけるかなー?」
「どうだろうね。入試は競争だから。他の人よりいい成績を取らなきゃいけないし」
「ライバルをどうやってか減らせないかな? こう、物理的に」
「またクラリッサちゃんはそういう発想を……」
碌なことを考えないクラリッサである。
「6位。ジョン王太子」
「ジョン王太子も頑張ってるね」
ジョン王太子も前回から1位順位が落ちているものの、クラリッサには離されまいと頑張っていた。
「でも、ジョン王太子って志望校どこ? 学部は?」
「ううーん。王族だから政治学部とかじゃないかな?」
クラリッサたちにはジョン王太子の志望校が分かっていなかった。
「……はあ。6位か……」
と、そんなことを言っている間にジョン王太子が隣に来て成績表を見上げていた。
「ジョン王太子。君って志望校と志望学部どこ?」
「ん。ケンブリッジ大学の理学部だが。言っていなかったかな?」
「あれ? 政治学部とかじゃないの?」
「今の王族に政治はあまり求められていないんだよ」
かつては王族が政治の全てを仕切っていたが、今は貴族と議会が政治を仕切っている。アルビオン王室は君臨するとも統治せずを掲げ、政治からは距離を置いていた。
下手に王族が政治に首を突っ込むと、かつての王族のように断頭台に送られかねないからね。仕方ないよね。
「けど、ジョン王太子、理系苦手じゃん」
「むぐ。確かにそうなのだが、これからの時代は科学に通じていなければいけないということで、自然科学を学ばなければならないのだ。私としても文系の学部に進めるのならば、そうしたいのだが……」
「ほへー。ジョン王太子も大変なんだね」
「大変なんだよ。大学を卒業したら軍にも入らなければいけないし」
アルビオン王族は必ず軍に入ることが義務となっている。海軍か陸軍かは不明だが、ジョン王太子も軍に入って、戦うことになるだろう。いわゆるノブレス・オブリージュというものである。
「まあ、頑張って。志望校に入学できるといいね」
「ああ。そうなればいいのだが」
さて、クラリッサの期末テストはこれで終わりだ。
いよいよ春休みが近づいているぞ。
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「またヘロインが持ち込まれました。今度は500キログラムです。ヘロインそのものは都市警察が押収し、ヤクの売人はこっちで押さえました。今は尋問中ですが、どうもただの使い走りのようです。あまり多くの情報は求められないでしょう」
「だが、ヘロインが持ち込まれたのは事実だ。何としてもこの密輸に関わっている連中を洗いださなければならん。そうしないとアルビオン王国における麻薬戦争は終結しない。俺たちは戦争を続けなければいけなくなる」
ファビオが報告し、リーチオがそう告げて返す。
カジノ法案は通過し、後はカジノの経営許可書を取得するだけになった。
リベラトーレ・ファミリーのフロント企業が今、カジノの経営許可を取得するための申請をしている。
だが、リベラトーレ・ファミリーを合法化するという目的を明確に打ち出したリーチオにとって、麻薬戦争が終わらなければ、合法化への道は断たれているに等しい。
そして、気になるのはブラックサークル作戦だ。
あの情報機関の秘密作戦がリベラトーレ・ファミリーを利用としていることは明確だった。麻薬戦争が終わっても、情報機関はこれまで便利なシステムを手放したりはしないだろう。どうすれば連中と縁が切れる?
何はともあれ、今は麻薬戦争を終わらせなければならない。
麻薬戦争が続いている限り、リベラトーレ・ファミリーは裏の仕事をしなければならず、情報機関とも協力しなければならない。
麻薬戦争が終わったら?
何とかして情報機関との繋がりを断つことだ。情報機関がリーチオを魔族として告発するならば、リーチオはブラックサークル作戦について暴露する。
このことは情報機関とて想定済みのはずだ。共倒れになるぐらいならば、諦めて組織存続の道を選ぶだろう。
「ただいま、パパ」
「おう。お帰り」
「手紙が来てたよ」
クラリッサはリーチオの執務室にいる面々──ピエルト、ファビオ、マックスの顔を眺めるとなにやら大切な話をしているようだとして、退散して自室に向かった。
「住所が書いてないな」
「怪しいですね」
封筒は差出人の住所も、あて先の住所も書かれていなかった。
つまり、これを届けた人間は自分でリーチオの屋敷に投函したことになる。
「とりあえず、何が書いてあるか見てみるとするか」
リーチオの鼻はこの封筒から毒物の類の臭いを感じ取らなかった。最近では封筒を開けた途端に毒物が噴き出すような暗殺の道具も出回っているそうだが、これは違うようだ。ただ怪しい手紙。それだけだ。
「さて……」
リーチオは封筒を開き、中の手紙に目を通す。
“話し合いたい。我々の今後について。4月2日。あなたと愛する人が結ばれた場所の向かいのベンチにて。──ブラッド・バスカヴィル”
書かれていたのは短い内容だったが、それは驚くべきものだった。
「ボス。手紙にはなんと?」
「……私用だ」
マックスが尋ねるのにリーチオはそう告げて手紙を引き出しにしまった。
「このまま麻薬戦争を続け、いずれ終わらせる。完璧に」
リーチオはそう宣言しながらも、手紙の内容に心を騒がせていた。
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