娘は恋人たちを茶化したい
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──娘は恋人たちを茶化したい
文化祭最終日。
2日目は遊んですごしたので、3日目のクラリッサはクラスの出し物とカジノ部の出し物を往復することになり、とても忙しかった。
だが、健全な忙しさだ。
クラリッサはこの忙しさを楽しみ、文化祭最終日を楽しんだ。
こんな風に遊べるのも今年が最後と考えると、たまらず遊びたくなるものである。
クラリッサはノンアルコールカクテルを作り、ディーラーをし、謎のメイドを演じ、裏カジノにこっそりとお客を招待し、慌ただしく過ごした。
だが、何事にも終わりはある。
21時。文化祭終了。
「クラリッサちゃん。屋上で花火見ようぜ!」
「おう。いいぜ」
教室の片づけを始めようかという時間帯にウィレミナからお誘いが。
「クラリッサちゃん。私もいい?」
「もちろん。サンドラも一緒にくるといいよ」
サンドラも参加。
「ところで、花火が終わったらフォークダンスだよね。花火でお相手を探しているカップルもいるかも?」
「あたしは探す必要もなく、フィリップ先輩と踊るぜ!」
クラリッサが首を傾げてそう告げ、ウィレミナがこぶしを突き上げた。
「サンドラは?」
「私はクラリッサちゃんとでいいよ」
「うむ。いつも通りだな」
もはやサンドラと踊ることに欠片も疑問を持っていないクラリッサであった。
「おそらくフェリクスはクリスティンとトゥルーデの間で取り合いになっているだろう。ついでだから茶化しておこう」
「ひでー。けど、面白そうだな!」
「でしょ?」
悪魔的発想をするクラリッサとそれに乗るウィレミナであった。
「ちょっと。フェリクス君たちが可哀そうだと思うよ」
「サンドラは興味ないの?」
「ないかあるかで問われたらあります」
「素直でよろしい」
サンドラの良心も脆かった。
「じゃあ、花火の時はカップルを冷やかして回るぞー。目標5カップルの撃破」
「いや。撃破したらダメでしょ」
サンドラに突っ込まれながら、クラリッサたちは生徒の集まる屋上に向かった。
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屋上は思ったより人が集まっていた。
「隊長。これでは誰と誰がカップルか分かりません!」
「安心しろ、ウィレミナ隊員。よく観察すれば分かる」
ウィレミナが告げるが、クラリッサは群衆をよく観察した。
「あそこにジョン王太子とフィオナがいる」
「おー。本当だー」
「では、早速冷やかしに行こう」
「行こう、行こう」
クラリッサたちの第一目標はジョン王太子とフィオナに。
「花火がよく見えるといいのだが」
「そうですね。花火にはそれなり以上の予算を割きましたから」
「いや、お金がかかっているだけではなく、私の気持ちというか……」
「?」
ジョン王太子とフィオナの会話はちょっとかみ合っていなかった。
「ヘイ、ジョン王太子。フィオナ、口説けてる?」
「わ! クラリッサ嬢!?」
突如として背後からクラリッサが姿を見せるとジョン王太子が悲鳴を上げる。
「き、君は何をしに来た!」
「ジョン王太子がフィオナを口説けてないようなら私が口説こうと思って」
ナチュラルに突拍子もないことをぬかすクラリッサである。
「そ、そんな、クラリッサさんに口説かれるなんて照れてしまいましゅ……」
「フィオナ。この暗闇の中でも君は輝いて見えるよ。その天使の羽のように美しい金髪のせいかな? 素敵だよ、フィオナ」
「ひゃ、ひゃいっ!」
早速フィオナを口説きだすクラリッサと婚約者をわきにそれに乗るフィオナである。
「クラリッサ嬢! いい加減にしたまえよ! フィオナは私の婚約者だ! 私と結婚するのだからね! この花火だってフィオナ嬢とロマンチックな時間を過ごそうと思って、あえて君の提案に乗ったのだから……」
そこまで告げてジョン王太子はようやく言い過ぎたことに気づいた。
「だってさ、フィオナ。ジョン王太子の無駄遣いもたまにはいいものでしょ?」
「そうですね! 殿下がそこまで考えていてくださったなんて……」
フィオナが喜びの視線をジョン王太子に向ける。
「一緒に花火を見ましょうね、殿下」
「ああ! もちろんだとも、フィオナ嬢!」
なんだかんだで丸く収まったジョン王太子とフィオナのカップルだった。
「さて、次は……」
「あ。フィリップ先輩がいる」
ウィレミナは人込みの中からフィリップの姿を見つけた。
「これは行くしかないね」
「え、えー……。クラリッサちゃんたち絶対冷やかすでしょ……」
「そんなことはない」
「ジョン王太子とフィオナさんへの反応を見た後だとまるで信用できない」
さっきのやり取りを見ていた限り、クラリッサはカップルを冷やかす気満々だ。
「乙女には引いてはいけない場面があるんだよ? さあ、行ってらっしゃい」
「むう。確かに今のうちにフィリップ先輩を押さえておかなければ……」
クラリッサが無理やりにでもウィレミナをフィリップの方に押し出そうとするのに、ウィレミナがうーんと考え始めた。
「よし。分かった。行ってくる!」
「それでこそだ、ウィレミナ」
クラリッサはいい笑顔でウィレミナを送り出した。
「さて、どうなるかな」
「クラリッサちゃん。冷やかさないって約束したのにこっそり見てて……」
クラリッサが物陰からウィレミナの様子を見るのに、サンドラが呆れたようにクラリッサの様子を眺めていた。
「フィリップ先輩! ちーす!」
「やあ、ウィレミナ君。君も花火を見に?」
「はい! よければ先輩と一緒にみたいですけど……?」
ウィレミナは普段の様子は引っ込めて猫を被った態度でそう告げる。
「構わないよ。それから自然にしてくれると嬉しいな」
「あはは。やっぱりばれてました?」
「後輩のことは分かっているつもりだよ」
後頭部を掻くウィレミナにフィリップがそう告げて笑った。
「先輩、受験の方はどんな感じです?」
「ん。大丈夫そうだよ。模試でもA判定だったし、後は気を抜かないようにするだけかな。それでも楽しめるものは楽しんでおかないよね」
「そうですよね!」
ウィレミナは凄くいい笑顔だ。
「ウィレミナ君は推薦入試を予定してるんだって?」
「はい。陸上部も生徒会も頑張りましたからね。推薦枠は獲得できると思ってます」
「一緒の大学に通えるといいね。1年先に待っているよ」
「必ず行きます!」
なんだかいい感じである。
「冷やかしにくくなった」
「冷やかさなくてよろしい」
そんなウィレミナとフィリップの様子を見てクラリッサが唸る。
「仕方ない。ウィレミナたちはそっとしておこう。代わりにフェリクスたちを探そう。絶対にトゥルーデとクリスティンに絡まれているから。修羅場が見れるよ」
「クラリッサちゃんはもー」
文句を言いながらもついてくるサンドラである。何かだかんだ言いながらも、サンドラもカップルたちのことが気になるのだ。
「フェリクス君! こっちの方がよく見えますよ!」
「いいや! フェリちゃんこっちよ! こっちの方がよく見えるわ!」
そして、すぐにクリスティンとトゥルーデのもめている声が耳に入った。
「落ち着け。どこだろうと花火は見える。なんなら屋上じゃなくても見える。だから、クリスティンも姉貴も俺の腕を引っ張るんじゃない!」
そこにはクリスティンとトゥルーデに引っ張られるフェリクスの姿が!
大岡裁きかな?
「し、しかし、これだけの文化祭が来年もできるとは限りませんし、最良の場所で花火を見るべきだと思います! よって、こっちに来てください、フェリクス君!」
「いいえ! こっちよ、フェリちゃん! 記念の花火を見るのはお姉ちゃんと一緒がいいわよね! そうに決まっているわ!」
フェリクスは心底疲れた顔をしてふたりに引っ張られている。
「フェリクスがやはりふたりに振り回されている」
「フェリクス君、可哀そうに……」
クラリッサがにやにやしながらフェリクスの様子を眺め、サンドラが同情の視線をフェリクスに向けていた。
「ここはひとつ、かき乱してみよう」
「ちょっと。クラリッサちゃん、何するつもりなの?」
「なあに。少しばかり冷かしてくるだけだよ」
クラリッサはそう告げるとストトとフェリクスの背後に回っていった。
「よう、フェリクス」
「ああ。クラリッサ。こいつらになんとか言ってくれ。花火なんてどこで見たって同じだろ? 生徒会は今回の花火に予算をかけたらしいが、だからこそ花火はどこからでも見れる。だろ?」
「そんなことはないよ。私がいい場所を取っているから来てみて」
「お、おい。クラリッサ!」
そして、クラリッサが別の方向にフェリクスを引っ張る。
「クラリッサさん! なにをするのですか!」
「クラリッサさん! フェリちゃんは渡さないわよ!」
そして、さらに勢いを込めてフェリクスを引っ張るクリスティンとトゥルーデ。
「やめ、やめろー! 俺を引っ張るんじゃない!」
フェリクスは3人の手を振りほどき、唸った。
「もういい。俺は花火なんてみない。帰る」
「そ、そ、そんな! 私がクラリッサさんの予算の無駄遣いに目を瞑ったと言うのに! この時を待ち望んでいたというのに!」
「うるさい。俺はもう帰る」
クリスティンがフェリクスを呼び止めるのに、フェリクスはそっぽを向いた。
「あーあ。やっちゃったねー」
「クラリッサちゃんのせいじゃん!」
他人事の顔をしているが、クラリッサもこの状況の元凶その一だぞ。
「フェリクス君! これまではあくまで友達という立場なので遠慮していましたが、今回は遠慮しません!」
「なんだよ。何か文句でもあるのか?」
「あります! 私と結婚を前提に付き合ってください!」
クリスティンが叫んだのに周囲がどよめいた。
「な……。お前、何を言って……」
「私と結婚を前提に付き合ってくださいと言いました!」
フェリクスもぎょっとするのに対して、クリスティンが繰り返し叫ぶ。
「その、俺はここを卒業したら北ゲルマニア連邦に帰るつもりだし、大学を卒業してからは探検家になるつもりだぞ? もしかしたら、ほとんど家にいないかもしれないぞ? そんな男と結婚しても幸せにはなれないと思うぞ?」
「構いません! あなたの帰りを家で待ち続けます! そして、あなたが探検の成果を持ち帰ったら、一緒にそれについて調べましょう! 新しい生物だったら分類して生態系を調べ、新しい地質だったらかつての大地に思いを馳せましょう! 私はあなたが探検家になっても平気です! それから子供の数は3人でお願いします!」
「おま、お前……」
クリスティンが大声でぶちまけるのにフェリクスは完全にパニック状態だ!
「さあ、あなたの答えを聞かせてください、フェリクス君! 結婚を前提に付き合ってもらえますか!?」
「ちょっと待て。冷静になれ。お前、凄いこと言っているぞ」
「極めて冷静です! さあ、答えを!」
クリスティンはぐいぐいとフェリクスに迫る。
周囲はフェリクスに注目している。フェリクスがクリスティンに対して何と答えるかに注目が集まっている。
「ここで断ったら、凄い外道に見えるな」
「クラリッサちゃんもこの状況を作ったひとりだからね?」
クラリッサが他人事のように告げるが、サンドラに突っ込まれた。
「……本気なんだな?」
「本気ですよ」
フェリクスが確認するのにクリスティンが頷いた。
「分かった。付き合ってもいい。ただし、結婚を考えるのはまだ早い」
「早くありません! むしろ、遅いくらいです! 今から家族計画を考えておかなければいけませんよ! 住む家とか、子供の数とか、親御さんへの挨拶とか!」
「重い話をするな! 今は付き合ってみるだけだ。それで不満ならこの話は終わり」
クリスティンの愛は重かったし、先を考えすぎていた。
「うー……。分かりました。それで構いません。ただし、遊びで付き合うのではなく、本気で付き合うと約束してください」
「ああ。分かった」
フェリクスがそう告げるのと同時に拍手が響き渡った。
「あー! もう! お前、本当に場所を選べよな!」
「選んでいるような余裕はありません!」
フェリクスが唸るのにクリスティンが叫んだ。
「嘘よ! フェリちゃんは私と結婚するのよ! 他の女に渡したりはしないわ!」
「トゥルーデ。諦めるのも必要だよ」
顔面蒼白のトゥルーデが叫び、クラリッサが彼女の肩を叩いた。
そして、その時、花火が打ち上がり始めた。
「おお。綺麗」
「本当だ。……クラリッサちゃん、いったいいくら使ったの?」
「そういう野暮なことをいうものじゃないよ」
打ち上げられる花火はとても綺麗であり、それぞれの心に思い出として残った。
恋人たちの思い出にも、そうでない人の思い出にも。
花火は高らかに打ち上げられ、2月の空を彩った。
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そして、書籍化決定です!詳細はあらすじをご覧ください!




