娘は文化祭を満喫しておきたい
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──娘は文化祭を満喫しておきたい
クラリッサたちはいざお化け屋敷へと向かった。
「おお? 行列ができてる?」
「新聞部のレビューで人気だったからだよ」
ちなみにクラリッサのクラスも繁盛しているぞ。
「待つのは嫌だなあ。生徒会権限でどうにかできないかな」
「権力を乱用しちゃダメだぜ。大人しく列に並ぼう」
クラリッサは3、4組が待っている列に並んだ。
「あー。やられちゃったみたいですね。参加賞です」
「残念」
出口からはレインコートを纏い、色絵具を浴びた生徒たちが出てくる。
「ひょっとしてレインコートとか持ってこなきゃいけなかった?」
「受付で貸してくれてるみたいだよ」
ウィレミナがその様子を見て告げ、クラリッサが安物のビニールレインコートを配っているのを確認した。そう、この世界ビニールもあるんです。化学はそれなりに進んでいるようである。ちなみにクラリッサのテントは革製だったぞ。
「3名様ですか?」
「そ。3名。どうぞよろしく」
と、ここでようやクラリッサたちの番が巡ってきた。
「これがレインコートになります。室内ではお化けが絵の具を投げつけてくるので、しっかりと身につけてください。万が一制服などにシミができても、こちらでは一切補償など致しませんのでそのつもりで」
「おう」
そういえばさっき出てきた生徒も絵の具を浴びていた。
「そして、こちらが除霊銃となります。これでお化けを倒しながら進んでください。ノーダメージでクリアするとプレゼントがありますよ」
「やる気出てきた」
クラリッサはこういうのが好きなのだ。
ちなみに渡された除霊銃は水鉄砲だった。『超水流! 8発まで発射可能!』との文字が書かれている。
「それではレインコートを着用し、暫くお待ちください」
「しっかり着ようね。制服に絵の具がついたら困るから」
受付の生徒がそう告げ、サンドラたちがしっかりとレインコートを着用する。
「お化けどもをばったばったと倒して、プレゼントをゲットだ」
「おー!」
クラリッサがにやりと笑い、サンドラたちが気合を入れた。
「それではどうぞ中へ。お楽しみください」
受付の生徒が告げ、クラリッサたちがずいずいと中に入っていく。
「おお。暗い。そして、絵の具の臭いがめっちゃする」
「だ、大丈夫かな」
「サンドラは後ろからついて来るといいよ。前にいるとお化けを撃つ時に間違ってサンドラを撃っちゃうかもしれないし」
「酷い!」
そんなこんなのやり取りをしながらもクラリッサたちはベニヤ板で仕切られた狭い通路を進んで行く。すると──。
「はーはっはっはっは! 来たな、人間ども! このドラキュラ──」
おかれていた棺桶の扉が吹き飛ぶように開き、中から燕尾服姿の青白い顔をした男子生徒が飛び出してきたが、クラリッサの水鉄砲によって速攻で撃たれた。
「無念……」
「よわっ」
ドラキュラが棺桶に引っ込むのにクラリッサが思わずそう告げた。
「上級吸血鬼はもっと強かったよ」
「上級吸血鬼の相手をしたことがあるクラリッサちゃんがおかしいよ」
普通の子供は上級吸血鬼と戦うことなどないぞ。
「ま、この調子で行こう。なかなか楽しそうなお化け屋敷だ」
「う、うーん」
その後、クラリッサたちはささやかな脅かし要素に遭遇したりしながら、お化け屋敷を進んでいった。そのささやかな脅かし要素にもサンドラは心臓が止まりそうなほどにおどろいていたものの。
「む。ボスの気配を感じる」
「気配を感じるって……」
ゲームじゃないんだから。
「うおおおっ! 俺はフランケンシュタイン! 俺は──」
飛び出てきた大柄な男子生徒がセリフを言いきる前にクラリッサが水鉄砲を浴びせた目標は頭の横のねじだ。
「……せめてセリフを言わせてくれよ」
「勝てばいいのだ」
クラリッサは水鉄砲をジャキッと構えてそう告げた。
「それじゃあ、この調子でずんずん進もう」
「う、うーむ」
果たしてこれが本来の楽しみ方なのだろうかとサンドラは疑問に感じた。
それはともあれ、クラリッサたちはさらに前進。
またいくつかの脅かし要素を受けたのち、ドアの4つ並ぶ場所に出た。
「間違いなく、この先にボスだね。気合入れていこう」
「お、おー」
サンドラがびくびくしながら応じる。
「さて、ボスがいるのは……」
クラリッサが鼻を鳴らす。
「ここだ」
クラリッサは扉を開き銃口を扉の中に向けた。
「あたし、トイレのマリーさん。あなたの命が──」
そして、またセリフ中に弱点のお札に発砲するクラリッサ。
「もー! セリフ最後まで言わせてよ!」
「勝てば正義」
クラリッサは水鉄砲をジャキッと構えてそう告げた。
「さて、いよいよラスボスだ」
「そうだね……」
こうも簡単に撃破していっては驚くものも驚けない。
緊張感のないお化け屋敷を通り過ぎていき、最後に現れたのは──。
「ワン!」
子犬であった。
「……犬?」
「かわいいー! 抱っこしていいかな? いいかな?」
犬派のウィレミナは大興奮。
犬は黒い毛並みのフラットコーテッド・レトリーバーだった。
子犬だが、甘えたがりのようでうるうるした瞳でウィレミナたちを見ている。
「ちょっと待って。何か書いてる」
そこでクラリッサが子犬の首輪に何やら看板が下げてあることに気づいた。
「『この犬は死を運ぶものブラックドック! 不吉なこの犬に鳴かれてしまったら、あなたはあの世に一直線! 見事に水鉄砲で気を逸らして通過しよう!』だって」
「……ただの子犬だよね?」
「……だね」
死を運ぶものブラックドックはお座りして行儀良くしている。
「まあ、いいや。水鉄砲でじゃらしてやろう。ほれほれ、水だぞ」
「ワン! ワン!」
クラリッサが放水するのに死を運ぶものブラックドックは嬉しそうに飛び跳ねながら、水にじゃれついた。サンドラたちも放水してじゃらす。
「これぐらいでいいだろう。そろそろ行こう」
「わーん。抱っこしたいー」
「あの世に一直線だよ、ウィレミナ」
物陰からそそくさと飼い主らしき人物が出てきて、遊びまくって水浸しにあった子犬をタオルで拭いていた。流石に子犬を一匹で放置するという無茶はしないらしい。場合によっては子犬でも噛むかもしれないしね。
「はい、ゴールイン」
「おお。ノーダメージクリアですね。景品を差し上げます」
クラリッサたちが出口から外に出るのに、係員の生徒がクラリッサたちのレインコートを確認した。クラリッサたちはボスが攻撃を仕掛けてくる前に撃破したのでノーダメージである。流石はクラリッサ。こういうことには長けている。
「好きなキーホルダーをお取りください」
「ふむふむ。私たちが倒してきた魔人のキーホルダーだね」
そこにはデフォルメ化されたドラキュラ、フランケンシュタイン、トイレのマリーさん、そして死を運ぶものブラックドックのキーホルダーがあった。
「あたしは犬!」
「私も」
「これしか無難なのがない」
全員一致で死を運ぶものブラックドックに。
「またのお越しをー」
というわけで、クラリッサたちはお化け屋敷を堪能した。
そろそろお昼の時間だ。
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「お昼、どこで食べよう」
「サンドラの魔術部の出店、美味しかったよ」
「それはなによりです」
魔術部が作ったにしてはフライヤーはよくできていた。
「激辛カレー試してみた?」
「試した。大したことなかったよ」
「なーんだ。期待してたのになあ」
激辛カレーは激辛だったのだが、クラリッサがそれを認識しなかっただけだぞ。
「レビューが高いのは?」
「食品部門1位はステーキハウス。凄くいいお肉がでるんだって」
「へー。でも、高いとか?」
「ステーキセットが1300ドゥカート」
「結構するな」
なんとこの学園ステーキハウスまであるのだ。流石はお貴族様の学園。まあ、ただ単に肉好きな生徒がいただけかもしれないが。
「私が奢るよ。使い魔レースで稼いだしね」
「サンキュー、クラリッサちゃん!」
使い魔レースではオッズはジェイソンとコーギーに傾いていたのか、ラリーに賭けていたクラリッサは大儲けしている。
「それじゃあ、お昼はステーキ?」
「そうしよう。腹いっぱい食べようではないか」
というわけで、クラリッサたちは意気揚々とステーキハウスに。
お昼までまだ1時間ほどあることもあって、ステーキハウスはそこまで混んでなかった。だが、美味しそうなお肉の香りは漂ってきている。
「期待できそうだ」
「いってみよー!」
クラリッサたちはステーキハウスの扉を潜った。
「いらっしゃいませー!」
「3名。いいかな?」
「はい。では、こちらのお席にどうぞー」
元気のいいウェイトレスの挨拶に出迎えられて、クラリッサたちはテーブルに。
「全員、ステーキセットでいい?」
「いいよ」
メニューにはいろいろとあったのだが、今のクラリッサたちは肉を食いに来ているのである。ここで肉を食わずして何を食うというのか。
「注文お願いしまーす」
「はい。どうぞ!」
「ステーキセット3つ。飲み物はコーヒーと。どうする?」
「あたしは紅茶」
「私も紅茶かな」
ウィレミナたちがセット飲み物を告げ、ウェイトレスが伝票にメモしていく。
「はい。オーダー、入りまーす!」
そして、オーダーが厨房になっている一角に伝えられた。
「本格的だね」
「私たちのところも負けてないよ」
クラリッサたちのところもオムライスが人気だし、カジノっぽさを演出するためのノンアルコールカクテルが充実している。流石にステーキまでは出てこないが。
「ステーキセットとなります。鉄板、お熱くなっていますのでお気をつけて!」
やがて鉄板に乗せられたステーキがじゅうっと音を立てて運ばれてい来た。
「おお。これはなかなかいいお肉だ」
「いただきまーす!」
クラリッサがお肉の焼ける香ばしい香りを楽しむ横でウィレミナが早速お肉にフォークとナイフを突っ込んだ。
「んっ! 美味しい! 流石はレビュートップ!」
「本当だ。美味しいね。文化祭でこんなのが食べられるなんて思わなかったな」
お肉は程よい脂の乗った、柔らかく、旨味が閉じ込められたものだった。かなりの肉好きが作ったものだと窺わせる。
「うむ。これはなかなかによい。お肉もいいがソースも抜群だ。市販の品ではないね」
「うんうん。市販のステーキソースじゃここまで美味しくはできないもんね」
クラリッサもステーキに大満足。
「もう1枚ぐらい行けそうな感じ」
「私はもういいです。これ以上はおなかのお肉が……」
クラリッサが告げ、サンドラがおなかを押さえる。
「サンドラ。言うほど太ってないよ? むしろ、ちょうどいい感じだと思うけど。まあ、気になるなら運動することだね。筋肉が付くと基礎代謝が上がって、太りにくくなるよ。もちろん、継続的な運動は必要だけど」
「うーん。朝の散歩だけじゃ足りないかなあ」
「足りない、足りない。もっと走らなきゃ」
サンドラがぼやき、クラリッサがそう告げる。
「サンドラちゃんも陸上部の練習に混じってみる?」
「遠慮しておきます……」
ウィレミナの勧誘は断られた。
「それにしても楽しい文化祭だ。これが最後なんてちょっと悲しいな」
「一応3年生でも参加できるよ。出し物は凝ったものはできないだろうけど」
フルに遊べるのは高等部2年生まで。3年生はほぼ見学だ。
入試が同じ2月にあり、遊んでいる場合ではないのである。人によっては文化祭そのものに不参加という場合もあるぐらいだ。
「じゃあ、楽しめるだけ楽しんでおきますか」
「次はどこに行く?」
クラリッサたちは宣言通り文化祭を楽しみ切ったのであった。
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