娘は一波乱起こしたい
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──娘は一波乱起こしたい
「まずはお前の部に行ってみるか?」
「ん-。今は混んでいるだろうし、後でいいかな。それより隣のクラスに行ってみようよ。今年も使い魔レースだよ」
「そうか。使い魔レースか。……その手に持っているバスケットはなんだ?」
リーチオはクラリッサがバスケットを抱えているのを見逃さなかった。
「参加者を連れてきただけだよ」
「おい。やめろ。絶対にやめろ」
「やめないよ」
クラリッサは使い魔レースの受付に向かう。
「エントリーしたいんだけど」
「はい。では、用紙にご記入いただき、使い魔をお預けになってお待ちください」
「よし」
クラリッサは準備されていた用紙に名前などを記入していく。
だが、種族欄は謎と記されていた。
「できた」
「はい。アルフィちゃんですね。種族は……謎?」
「アルフィは謎」
「謎」
思わず繰り返した受付の生徒である。
「謎だといろいろと困るのですが」
「ちゃんとレースはするから」
「ううむ。分かりました。エントリーを受け付けます」
そして、エントリーを受付けちゃったのである。
「アルフィがレースに出るよ」
「お前なあ。俺はどうなってもしらんからな」
「私も知らない」
「おい」
クラリッサ、それはテロと呼ばれても仕方がないぞ。
「それではレースを開始します」
アナウンスが流れ、ベニヤ板で作られたレース会場に注目が集まる。
ちなみに、2年B組のこの使い魔レースもギャンブル行為とみなされているため19時以降は使い魔ふれあい広場として開放される予定である。このレース会場で使い魔を遊ばせたり、運動させたりして、仲良くするのである。
そんなほのぼのとした会場にアルフィが!
「え、えー。ラブラドールレトリバーのマックス君とコロンビアンショートヘアのルイージ君、ハツカネズミのラッキーちゃん、そして種族は謎のアルフィちゃんです」
アルフィがバスケットから姿を見せるのにその場は騒然となった。
悲鳴が上がり、客たちが逃げ惑い、残った客もアルフィから視線を逸らす。
アルフィは自分が歓迎されていると思ったのか目玉を8つ形成して、周囲を見渡した。
「と、とりあえずレースを始めます! 各使い魔はスタート地点に立って!」
アナウンスはそう告げるのだが、他の使い魔たちはアルフィに注意を引かれており、唸って威嚇したり、逃げ惑ったり、レース担当者の腕に噛みついたりと大騒ぎだ。
「落ち着いて! 落ち着いてください! レースを開始します! 位置について!」
必死のアナウンスもあってようやく使い魔たちが位置につく。
「それでは、よーい、スタート!」
号令が下され、使い魔たちが一斉にスタートする。
アルフィもやらなければならないことは分かっているらしく、ぬるりとナメクジのように体を伸ばすと、意外なほどの速度で突き進み始めた。その速度に観客席からも驚きの声が湧く。そして、同時にあの奇妙でグロテスクな生命体の速度が速いことに恐怖した。
レース中は大騒動である。アルフィが触手を伸ばして隣を走るハツカネズミに眼球を向けてハツカネズミが驚いて動けなくなったり、アルフィが謎の怪音波を飛ばして犬と猫を混乱させたりとレースは大揉めであった。
その間アルフィは準備された障害物コースをぐにょりぐにょりと通過していき、瞬く間に1位の座を獲得した。ハツカネズミは怯えて動かず、犬と猫は混乱して同じ場所をぐるぐると回っている中、アルフィは堂々と1位でゴールインした。
歓声は──ない。
誰もが何なんだこれはと思っている。アルフィの姿を直視できない人々も、辛うじて直視できている人々もこのレースの惨状に唖然としていた。
「1、1位はアルフィちゃんです」
拍手はなかった。
「いえーい。1位獲得ー。賞金がもらえるんだよね」
「は、はい。受付でどうぞ……」
レース担当の生徒が直接触れることすら躊躇われたアルフィを抱きかかえるクラリッサに周囲はドン引きしていた。
「ああ。そうだった。グレンダさん、この子はアルフィ。私の使い魔だよ」
「……グレンダ。気絶してるぞ」
グレンダはショッキングなクラリッサの使い魔を見てしまい、失神していた。
「グレンダさん、起きてー。アルフィが挨拶したがっているよー」
「やめろ。いいからその化け物をバスケットに収めろ」
「アルフィは化け物じゃないもん」
リーチオに言われて渋々とクラリッサはアルフィをバスケットに収める。
「クラリッサさん!」
そこで聞き覚えのある声が。
「よう。クリスティン。遊びに来たよ」
「遊びに来たよ、ではありません! お客様が逃げていってしまったではないですか! あなたが奇怪な使い魔をレースに参加させるから!」
「奇怪とは失礼な。こんなに可愛いと言うのに」
クラリッサがバスケットを開くと眼球がにゅっと伸びてきた。
「テケリリ」
「あ。はい。テケリリ」
思わず合わせてしまうクリスティンであった。
「って、やめろー! さりげなく人の正気を削ろうとするなー! その化け物を連れて出ていけー! 営業妨害だー!」
「もう一レースぐらいでようと思ってたんだけど」
「お断りです!」
クリスティンに拒否されて、クラリッサは受付で賞金を受け取ると、2年B組の教室から叩き出されたのだった。
「酷くない? あんまりにも酷くない?」
「あんな怪物を繰り出したお前の方がずっと酷いぞ」
「アルフィは化け物じゃないし」
アルフィは客観的に見て化け物です。
「う、うーん」
「あ。グレンダさん、起きた?」
ファビオに抱きかかえられていたグレンダが唸りながらゆっくりと目を開いた。
「あれ? あのお化けは?」
「お化けなんていないよ?」
グレンダが周囲を見渡して尋ねるとクラリッサがそう告げる。
「う、うーん。確かにグロテスクなお化けを見たはずなんだけど」
「もう大丈夫ですか?」
「ひゃ、ひゃい!」
そこで初めてグレンダはファビオに抱えられていることに気づいた。
それもお姫様抱っこである。グレンダの顔は一気に真っ赤になる。
「具合が悪いようでしたら保健室にご案内しますが」
「だ、大丈夫です! 大丈夫ですから!」
グレンダは心なしかファビオとの距離を縮めた。
あれだけピエルトがアピールしてもまるで相手にされなかったと言うのに……。哀れ、ピエルト。安らかに眠れ。
「さて、この調子で使い魔関係の催し物全てを制覇して『あなたの使い魔は有名人』のトロフィーをゲットしないとな」
「何がトロフィーだ。やめろ。迷惑だ」
「まだ『あなたの使い魔はデビューしました』のトロフィーしかゲットしてないよ」
「トロフィーとか訳の分からないこと言わない。またグレンダが卒倒したらどうする」
「仕方ない……」
クラリッサはトロフィーコンプの夢を諦めた。
……というかトロフィーってなんだ?
「何か食べてから次を見て回らないかしら?」
「そだね。屋台とクラスの出し物、どっちがいい?」
パールが告げるとクラリッサが尋ねる。
ちなみにパールはアルフィが出てきてもびくともしなかったぞ。流石は人生経験値の高いエルフである。多少の化け物では動じたりしない。
「お前の友達は何か店を出してないのか?」
「んー。サンドラの魔術部がフィッシュ&チップスのお店を出してるって聞いた」
「じゃあ、そこにしよう」
「おー!」
クラリッサは外に出て魔術部の出店を探す。
外では香ばしい匂いが立ち込めている。お肉の焼ける匂い。砂糖の甘い香り。揚げ物の油の匂い。そういう匂いが敏感なクラリッサの鼻を刺激する。
「あ。あのチキン屋さんもいいかも。香草の香ばしい香りが……」
「おいおい。いくら食っても文句は言わないが、食べ過ぎってことがないようにな」
「よーし。『食い倒れ!』のトロフィーゲットだ!」
トロフィーとは本当にいったい何なのであろうか。
というわけで、クラリッサはあちこちで買い食い。美味しいものはグレンダやパールに分けたりしながらも、もぐもぐと出店全てを制覇する勢いで食べている。
「お。魔術部の出店。ようやく見つけた」
クラリッサたちは魔術部の出店の前までやってきた。
「いらっしゃい! ああ! クラリッサ君か! よく来てくれたね!」
「ども、ダレル先輩」
店番は部長であるダレルがやっていた。
「フィッシュ&チップス以外にメニューある?」
「フィッシュバーガーがあるよ。フィッシュ&チップスは300ドゥカート。フィッシュバーガーは150ドゥカートだ。どうするかな?」
「どうする、パパ?」
クラリッサは背後を振り返ってリーチオに尋ねる。
「俺はフィッシュ&チップスでいい」
「私はフィッシュバーガーで」
「私も」
「私はボスと同じものに」
男性陣がフィッシュ&チップス、女性陣はフィッシュバーガーと見事に分かれた。
「なら、私もフィッシュバーガーにしよ。フィッシュバーガーを3つとフィッシュ&チップスを2つ、お願い」
「毎度あり。少々待ってくれたまえ。この魔術部の開発したフライヤーを利用すれば、瞬く間にカリカリで香ばしい揚げ物ができるんだ」
「……不良品じゃないよね」
「安心したまえ。実戦に出す前に自分たちでテストして食べている」
魔術部製品に信頼のないクラリッサであった。
「熱した油に我が魔術部謹製冷蔵庫で保冷しておいた白身魚をシュー!」
パチパチと油が跳ねながらも衣をつけられた白身魚が揚がっていく。
「ポテトも揚げるよ!」
ざっくりと切られたポテトも入れられる。
「ほい。お待ち! フィッシュ&チップス2つにフィッシュバーガー3つ!」
「おおー。予想していたよりまともだ」
「……何を想像していたのかな?」
クラリッサはてっきり丸焦げの品が出来上がると思っていたぞ。
「それじゃあ、温かいうちに食べよう」
「友達にも口コミしておくれ」
さりげなく宣伝を頼むダレルであった。
「いただきまーす」
「いただきます」
クラリッサたちはフィッシュバーガーにかじりつく。
「おお。サクサクでチーズと玉ねぎが合ってる。これは美味い」
「うん。私もこういうの初めて食べるけど美味しいね」
クラリッサとグレンダは大満足。
「文化祭の質も上がってきているのね」
パールも納得だ。
「なじみの店より美味くないか?」
「そうかもしれませんね」
リーチオとファビオは(表向きは)南部人だが、アルビオン王国料理も食べる。もっとも、南部料理という選択肢がない場合に限られる。食に関してはフランク王国と南部が一歩進んでいるのが現状だ。
アルビオン王国の食文化はカレー食っておけば問題ないよ! アルビオン王国風カレーはアルビオン王国の伝統料理!
「ファビオさんは南部料理がやっぱり好きなんですか?」
「そうですね。南部人はオリーブオイル、ニンニク、トマトがあれば暮らしていけるとまで言われていますから。今度、美味しい南部料理の店をご紹介しましょうか?」
「是非!」
いや、だからグレンダ、ファビオとは年齢差が……。
「さて、次は何を見て回る?」
「新聞部のレビューが出る明日に新しいところは挑んだ方がいいね。今日は──」
クラリッサがビシッと立ち上がる。
「カジノ部で豪遊しよう」
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そして、書籍化決定です!詳細はあらすじをご覧ください!




