娘は授業参観で頑張りたい
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──娘は授業参観で頑張りたい
いよいよ授業参観を翌日に控えた日がやってきた。
「フランク王国の組織は引く様子はないようです。改めて我々のシマから退去するようにと要求しましたが、連中は共同ビジネスとやらを持ちかけてきました。なんでも南方のアナトリア帝国産の薬物を取り扱うとかで」
そして、その日は幹部会の日であった。
「言語道断だ。リベラトーレ・ファミリーは薬物には手は出さない。違法な煙草、違法な酒、違法な女には手を出しても、違法な薬物だけはだめだ。あれは国を破壊する。俺たちの街を破壊する。娼婦も、男も、一度薬物に溺れたら、廃人になるだけだ」
リーチオはそう告げて幹部を見渡す。
「連中のそのビジネスの提案とやらは時間稼ぎだろう。問題は連中の本当の狙いだ。俺たちのシマを乗っ取るにはどうにも兵力で欠けている。人員も魔道兵器もこっちの方が圧倒的に数は上だ。それなのにいつまでも居座っている。目的はなんだ?」
リーチオはそう問いかけた。
「シマを取るつもりがないって断言はできんでしょう。どこかに伏兵がいるのかもしれませんぜ。ドーバーの方はフランク王国と取引が多くて、向こうの船乗りがうじゃうじゃいる。ドーバーで仕掛けられたら不味い」
そう告げるのはベニートおじさんだ。
「でも、連中のほとんどはこのロンディニウムにいるんでしょう? ドーバーでことを起こすなら、俺たちの視界に入らないように行動すると思いますけれど。どうにも俺にはフランク王国の貴族って奴が引っ掛かりますよ」
ピエルトは今もフランク王国の犯罪組織の裏にいるとされる貴族について調査を進めていた。もっとも、現段階では狙いは分からなかった。
ただ、フランク王国の犯罪組織の動きそのものについては分かっている。今もロンディニウム郊外に拠点を構え、歓楽街を中心に構成員を送り込んでいるということ。薬物売買の可能性もあるので、調べてみたが、その線の商売はせず、ただリベラトーレ・ファミリーのシマを偵察しているという感じであった。
「面倒だ! 叩きのめしちまいましょう。北ゲルマニア連邦との魔道兵器の取引については話が纏まった。これで遠慮せずにフランク王国に戦争が仕掛けられる。ボス、戦争をするなら早めに始めた方がいいですよ。相手に先手を打たれるのは最悪だ」
ベニートおじさんは相変わらず血の気が多い。
「フランク王国と本格的にことを構えたくはないが、ロンディニウムからはご退場いただくべきだろうな。奴らがロンディニウムで商売するなら、完全にシマを荒らしていることになる。今は観光客気分のようだが、安心はできん」
リーチオはそう告げてピエルトの方を向く。
「奴らが観光以外に目的があるのか調査しろ、ピエルト。そして、商売をやりそうな気配があるならば、宣戦布告と受け取れ。連中を吊るすなり、川に浮かべるなりして、狼煙を上げろ。ただ、明日は動くな。明日までは静かにしておけ」
「明日? ああ。クラリッサちゃんの授業参観ですね」
リーチオが命じるのに、ピエルトが頷いて返した。
「そうだ。明日は娘の授業参観がある。俺は午前から午後まで学園にいることになる。もし、俺の留守中に何か起きたとしても、学園まで指示を仰ぎにこなくていい。まずはベニートに指示を乞い、それからピエルトに指示を乞え。明日、向こうから仕掛けてきた場合は容赦なく反撃しろ。分かったな?」
「了解です、ボス」
リーチオの指示に部下たちが頷く。
「フランク王国の組織と抗争になると海峡経由の密輸が難しくなるから避けたいところだ。北ゲルマニア連邦からの輸入は北海経由になって時間も手間もかかる。新しく税関も買収しなければならんしな。フランク王国の組織が引き下がるならそれに越したことはないのだが、少なくとも向こうの目的が分かればな……」
「いざとなったら海峡を越えてシマを拡大しましょう。フランク王国の連中には迷惑料を支払ってもらわなきゃ割が合いませんぜ」
「無論、こちらが被った損害についてはきっりと返してもらう」
リベラトーレ家のモットーは『受けた恩は絶対に返す。受けた害は必ず血を以てして報復する』である。受けた損害についてはきっりと血を流してもらうことになるだろう。
「今日は以上だ。それぞれ、警戒を怠るな。身辺についてもしっかりと固めておけ。幹部を狙ってこないとも限らん。特にベニートとピエルト。明日はお前たちにファミリーを任せることになる。油断するな」
「畏まりました、ボス。安全な場所にいますよ」
こうして幹部会は閉会した。
いよいよ明日はクラリッサの授業参観の日だ。
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いよいよ授業参観当日が訪れた。
クラリッサたちの準備は万端だ。いつでも保護者を迎えられる。
「それでは保護者の方はこちらへどうぞ」
3年A組の保護者の面々が教室に通される。
王立ティアマト学園では1クラス15名と極めて人数が絞られている。貴族ばかりを相手にした学園だからというのも理由のひとつだが、1クラスの人間を少なく数することで、学習効率を下げず、教師がクラス全員の学習状況を把握することにも役立っている。
そんな王立ティアマト学園3年A組に保護者の面々が入室する。
やはり貴族なだけあって、誰も彼もがそれなりに着飾っている。そして、その中でもとりわけ目立つのがリーチオだ。
彼は2メートルはある長身に加えて、ファッションの聖地でもあるロマルア教皇国で仕立てられた高級スーツに身を包んでいる。そこらの貴族などかすむほどに立派な服装と、立派な体格をしている。事情を知らない保護者はリーチオのことをかなり有力な貴族の保護者なのだろうと思っていた。
「あの方、どなたかしら?」
「フィッツロイ家の方じゃないの?」
フィオナの家で代打を頼まれた叔父はまだ姿を見せていなかった。
「国王陛下がいらっしゃると聞いたのだけれど」
「本当に? 国王陛下もご多忙だからいらっしゃらないのかもしれないわ」
そんな会話を保護者たちが繰り広げているのに、ジョン王太子はちらちらと背後を振り返っていた。王立ティアマト学園の教室は1クラス15名のもかかわらず広いため、保護者達は余裕をもって席に座っている。だが、そこに国王の姿はなかった。
そんなジョン王太子の下に紙飛行機が飛んできた。
不可解に思いながらも何かが記されている紙飛行機をジョン王太子は開く。
そこには──。
『国王陛下が来るか気になる? 国王陛下が来ようともどうだろうと私と君は宿敵だからね。気合入れていこう』
と記されていた。
ジョン王太子がそれを読んでクラリッサの方向を向くと、クラリッサがサムズアップしてジョン王太子の方向を向いていた。
「いいとも。君と私は宿敵だ。何があろうとも」
国王は執務で多忙であったとしても、王妃は──母は来てくれる。
そう思ってジョン王太子は授業に臨んだ。
「はい。それでは理科の授業を始めます。今日は植物について学びましょう」
理科担当の教師はちょっと腹の出た中年男性だった。だが、こう見えてもオクサンフォード大学出身で、大学でも教鞭が取れるほどの人材だ。
「まずは基本的な植物の構造について──」
初等部3年生の理科の授業はそこまで込み入っていない。
植物の構造について学ぶとしても、葉・茎・根の基本的な構造の理解から、植物の一生──芽を出し、育ち、雌蕊と雄蕊が花粉をやり取りし、また種を付けて繁殖するという程度のことぐらいである。それから王立ティアマト学園では季節の植物についても、少しずつ学んでいくという程度である。
なので、小学生を無事に終えた人にとっては、名門と名高い王立ティアマト学園での授業もさして難しいものではない。基本的なことを学んでいるだけだ。
だが、生徒たちにとっては異なる。彼らにとっては全てのことが目新しく、初めて学ぶことである。疑問は生まれるし、覚えなければいけないことも多い。
そして、そうであるからに勝負が始まる。
「では、植物の基本的な構造について黒板に書いてもらいましょう」
教師がそう告げると同時に手が上がった。
クラリッサとジョン王太子である。
「では、クラリッサさん。お願いします」
理科の教師はまだジョン王太子の保護者──国王と王妃が姿を見せないので、クラリッサにこの問題を解いてもらうことにした。
クラリッサは颯爽と黒板の前に出ると葉・茎・根の植物の構造を図解とともに記す。
「はい。よくできました。このように植物は──」
理科の教師が説明を続けるのに、クラリッサがジョン王太子の方を向いて、にやりと笑って見せた。明らかな挑発である。
ジョン王太子はクラリッサにそっぽを向きながらも背後を確認する。
まだ国王も王妃も来ていない。王妃は来ていてもおかしくないのだが。
「それでは次は植物の各部位の役割について学びましょう」
そうこうしている間にも授業は進む。
質問がいくつか繰り返され、クラリッサとジョン王太子が早押しクイズよろしく手を上げる。理科の教師は早い者勝ち方式を選び、先に手を上げた方が、発言者として許可される。ちなみにそんなに必死になって手を上げているのはクラリッサとジョン王太子だけだ。学年1位のウィレミナは普段の成績が彼女の努力を証明しているため必死にはならず、フィオナはクラリッサとジョン王太子の両方にエールを送っていた。
ジョン王太子が背後を振り返ること10回目。
そこで教室の扉が開いた。
だが、やってきたのは国王でも王妃でもなかった。
やってきたのはジョン王太子の従兄だった。
「これはこれは。親王殿下。ようこそいらっしゃいました」
「構わない続けてくれ」
ジョン王太子の従兄はそう告げると、ジョン王太子の席に歩いて行った。
「国王陛下と王妃陛下はフランク王国の貴族との急な会談になってこれなくなった。代わりに私が来ました。ここでのことは国王陛下にお伝えするので、そのつもりで授業には望まれてください。よろしいですか?」
従兄という立場にはあるが、王位継承権では第1位であるジョン王太子に従兄は敬語を使って喋る。それがより一層の距離感を感じさせられた。
ジョン王太子はといえばがっくりしていた。
国王が多忙でも、王妃は、母親は来てくれるだろうと思っていた。だが、どちらも来てはくれなかった。せっかく頑張ったのに、あれだけ頑張ったのに、両親は息子である自分に関心を持っていないのではないだろうかと思わされた。
思えば体育祭の時もジョン王太子の家族は来てくれていなかった。学園のセキュリティーの問題やら国王その人が多忙であるという理由で来てくれなった。
そう考えるとジョン王太子の気力は底をつきかけた。
そんなときにまた紙飛行機が飛んできた。
『切磋琢磨。一応、保護者は来てくれたんだし、君もプライドを見せるべき。宿敵は今も牙を研いでいるぞっ!』
ジョン王太子がクラリッサの方を向くと、クラリッサはにやりと笑っていた。
「そうだな。そう簡単に負けてなるものか」
それからもクラリッサとジョン王太子のデッドヒートは繰り広げられた。まるで早押しクイズである。理科の教師もここまで退屈なはずの理科の授業が盛り上がるとは思わず、ノリノリで授業を進めていっていた。
そして30分ほどが過ぎた時だ。
ファビオが教室に入ってきて、リーチオになにやら耳打ちする。
そして、リーチオは教室から出ていった。
「本当なのか?」
「はい。ベニートさんが先ほど刺されたとのことです。刺した犯人はこちらで取り押さえました。今から尋問を開始します。それで、どうなさるのですか?」
ベニートおじさんが刺された。
今の状況からみて、犯人はフランク王国の犯罪組織かもしれない。だとすれば、抗争の始まりだ。武闘派のベニートが倒れたことで、リベラトーレ・ファミリーは出鼻を挫かれた。やり返すなら迅速に動かなければならない。
「犯人を尋問し、同時に身元について捜査しろ。ベニートはこの間の盗品売買組織の件でも恨みを買っている。そちらの線ということもあり得る。残りの指示はピエルトに仰げ。こういうときのために奴がいるんだ」
「戻られずともよろしいので?」
「ベニートは生きているのだろう?」
「ええ。犯人を取り押さえたのが、当のベニートさんですから」
ベニートおじさんは刺されながらも気合で刺してきた犯人を取り押さえたぞ。流石は伊達に武闘派を謳っていない。
「なら、大丈夫だ。大事にはならん。ベニートは安静にさせておけ。奴のことだから腹を刺されていようとも自分で報復に行こうとするだろうからな。俺からの指示はこれだけだ。伝えておけ、ファビオ」
「畏まりました、ボス」
リーチオはそう告げるとファビオは音もなく、教室の前から去った。
「さて、クラリッサの頑張りを見届けないとな」
リーチオはそう呟いて、教室に戻っていった。
今日の授業参観はとても充実したものになったぞ。やったな、クラリッサ。
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