娘は大盛り上がりの文化祭に招待したい
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──娘は大盛り上がりの文化祭に招待したい
「執事服・メイド服買い出し班、集合!」
サンドラがそう告げて、クラリッサたちが集まってくる。
「クラリッサちゃん、フィオナさん、フェリクス君、ジョン王太子。これで全員だね」
「おー!」
執事服・メイド服買い出し班は5名。サイズを伝えて、デザインをカタログと同じに注文するだけなので難しいこともない。ひとりでもできるレベルのものだ。
それになぜ5名も行くかというと、その店リーチオのシマの店だからである。
マフィアは怖い。マフィアが用心棒をしている店も怖い。
というわけで5名である。
また、カタログ同様の品がなかった場合はその場で代わりのものを選ばなければならないという任務も背負っている、責任重大だ。
「では、行こうか」
「出発ー」
クラリッサたちは意気揚々と学園を出発。
馬車でイースト・ビギンに入り、トテトテと進むとクラリッサが懇意にしている服屋があった。リベラトーレ・ファミリーから借金をして南部から移住し、リベラトーレ・ファミリーにみかじめ料を納めて警備してもらっている店である。
イースト・ビギンでは珍しくもない。ここら辺の店でリベラトーレ・ファミリーから融資を受けなかったり、警備を受けなかったりする店は少ないだろう。
何せ、ここら辺は南部出身者が多く、かつ治安が悪いのだ。
ブラックチャペルやイースト・ビギンのことになると都市警察は当てにならないし、自衛するのはリスクが高いし、大人しくリベラトーレ・ファミリーにみかじめ料を納めておく方が得策である。実際に被害がなくとも、みかじめ料を納めておくと、何か問題が起きたときにリーチオが組織を動かして助けてくれることもあるのだから。
「ついたな」
「乗り込めー」
クラリッサが先陣を切って店内に入っていく。
「ども。執事服・メイド服の件できたけど大丈夫?」
「ええ。リーチオ様からお話は伺っております。何なりとお申し出ください。それからリーチオ様にはどうぞよろしくと」
「うん。ばっちり伝えておくよ」
クラリッサが入店すると店員が深々と頭を下げる。
対するジョン王太子には挨拶のひとつもない。
「……私って王族としての威厳がないのかな……」
「殿下は立派な王族ですわ!」
ジョン王太子はへこんだ。
「カタログにあるメイド服を頼みたいんだけど、在庫とかサイズとか大丈夫かな?」
「少し見せていただいてもよろしいですか?」
「どうぞ、どうぞ」
店員が告げ、クラリッサはカタログを差し出す。
「ふむ。概ねご要望に沿えそうです。しかし、この白のメイド服はただいま取り扱っておらず……。しかし、似たようなデザインのものがありますのでそちらにしてはいただけませんか?」
「見せてもらっていい?」
「はい。こちらです」
店員はクラリッサたちを件のメイド服まで案内していく。
「こちらになります」
「おお。これは。よきかな、よきかな」
代わりに準備されたメイド服はフリルたっぷりで、リボンで飾られており、可愛らしい品だった。スカート丈はなかなか攻めている。
「フィオナ。試着してみなよ」
「そうですね。着てみます」
フィオナはメイド服を手に取ると試着室に向かっていった。
「あのスカート丈はあまりよろしくないのではないかな?」
「あれぐらい普通じゃないのか?」
男性陣はスカート丈について話している。
普段、クリスティンやフィオナという優等生に囲まれているジョン王太子にとっては短いようにも見えるスカート丈だが、普段からクラリッサやウィレミナというお洒落女子に囲まれているフェリクスにとっては普通のスカート丈だ。
「着替えました! 正義の天使、フィオナ参上!」
凄いテンションでフィオナが試着室から出てきた。
「おお。フィオナ、似合ってるー」
「せ、正義の天使とは?」
クラリッサが拍手を送るのにジョン王太子が固まった。
「もう。殿下は設定をお忘れですか。私は正義の天使としてウィレミナさんと戦っているのです。ちなみに殿下はウィレミナさんの味方なので私の敵です」
「ああー! その設定本当に使うのー!?」
「もちろんです」
フィオナに羞恥心はなかった。
「サンドラたちもそれっぽいセリフを言ってみてよ」
「ええー……。何も外でこんな恥ずかしいことしなくても」
「当日はお客さんたちが来ている中でやるんだよ。ほらほら」
そうなのだ。
クラリッサのでっち上げた中二病設定の演技を文化祭当日にはやるわけなのである。恥ずかしいというよりほかない。親御さんには見せられないよ!
「ここは子供の来るところじゃないよ。帰りな」
「文化祭は子供が来る場所だよ」
「ちゃんと設定に従って乗ったんだから突っ込まないで!」
サンドラが元娼婦っぽいことを言うのにクラリッサは平然と突っ込んだ。
「ほら、フェリクスたちも」
「あー。この付近に目標がいると聞いたのだが、情報に間違いがあったようだな。あの情報屋は本当に使えないなー」
「棒読み。もっと気持ちを込めて」
「嫌だ。17にもなってこんな馬鹿みたいなことしたくない」
クラリッサがぶーっと文句を言うのに、フェリクスは断固とした態度を取った。
「馬鹿みたいなことなのですか……」
「い、いや、そんなことはないよ、フィオナ嬢! かなり楽しいことだと思うな!」
「殿下は敵です」
「今は味方だよ!」
落ち込むフィオナを励まそうとするジョン王太子であった。
執拗に敵認定されているものの。
「ほら、ジョン王太子もそれっぽいこと言って」
「それっぽいことって……。そこまでだ下郎ども! 貴様らの悪事はこのジョンが見破った! 大人しくお縄につくがいい!」
「おー。流石は口だけな正義の味方って感じだ」
「褒めるのか貶すのかどっちかにしてくれないかな!」
ジョン王太子の演技はなかなかだった。確かに口だけっぽい正義漢の感じがする。
「クラリッサ嬢。君もやるんだよ」
「もちろんだとも」
そう告げてクラリッサはシェイカーを振る真似をする。
「マルガリータです。お客さん、その件に手を出すと……命の保証はできませんよ?」
クラリッサがそう告げるのに服屋の温度が3度ほど低下した。
「す、凄い黒幕感だ。これは絶対に悪事を働いている」
「本当の悪はここにあった」
クラリッサは凄い悪党に見えた。不思議。
「私はそんな悪党じゃありません。まあ、設定的には全ての黒幕だけれど」
「悪党じゃん」
サンドラに突っ込まれたクラリッサであった。
「さて、執事服・メイド服の買い出しも完了。全部でおいくらかな?」
「8万ドゥカートでよろしいですよ」
「よし。お願いね」
クラリッサ割によって大幅に値下げされ、クラリッサたちは執事服・メイド服を手に入れたのだった。これで文化祭までの準備は着実に進みつつあるぞ。
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「ただいま、パパ」
「おう。お帰り。文化祭の準備は進んでいるか?」
「悪の黒幕の演技はできるようになったよ」
「……お前のクラス、今年演劇だったか……?」
何が起きているのかさっぱり分からないリーチオであった。
「そうそう。今年も招待状が来てるよ。誰を誘う?」
「パールを誘うのはもう決まりだろ?」
「うん。パールさんにはぜひ来てもらいたい」
クラリッサにとってパールは人生の師である。是非とも来てもらいたい。
「今年はピエルトは難しいかもしれないな。あいつには今、カジノ法案の最終調整を任せているんだ。選挙で改革派が勝利したから問題なくカジノ法案も可決されると思うが、できるならこちらに有利な状態で可決してもらいたい。そのための接待と交渉をピエルトには任せている。つまりピエルトは今、忙しい」
「そうなの? じゃあ、誰を呼ぼうか……」
「ファビオはどうだ? あいつは今少し手が空いているぞ」
「よし。じゃあ、ファビオを呼ぼう」
ファビオは麻薬戦争の担当だが、今現在アルビオン王国、フランク王国ともに動きはなく、押収されるヘロインの量もゼロだった。国内の薬物取引組織については調べを進めているが、今のところ情報不足の一言に尽き、活動は低下していた。
そんなわけだからファビオが誘えるのである。
「後はグレンダさんかな? グレンダさんの予定を聞いてみるよ」
「ああ。そうしなさい」
これで今年招待する人物は決まった。
後は実際に招待状を渡していくだけである。
「ファビオにはパパから渡しておいて。私はまずはパールさんに渡してくる」
「おう。って、この時間帯に宝石館にいくつもりか?」
「そだよ?」
「いや。宝石館も娼館だからな? この時間帯は営業時間だぞ?」
「大丈夫。招待状を渡すだけだから」
「ダメ」
「どうしても?」
「ダメ」
リーチオは確固とした拒否の姿勢に出た。
「仕方ない。週末に渡しに行こう」
「そうしなさい」
こうしてクラリッサが営業中の宝石館を見ることはなかった。
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「グレンダさん。今度の金曜日、暇?」
「ん。祝日だよね。暇だよ。私はサークルとかもしてないから。今は研究室も大きな発表が終わって一段落しているしね」
「大きな発表って何?」
「学会での発表。『学童の性質に基づく適切な教育環境について』」
「難しそう……」
「まあ、クラリッサちゃんにはちょっと早いかな。簡単に言うとその子の個性に応じた勉強方法を作ろうって話だよ。一律に教室の机に座らせて、同じ方法で勉強をさせるんじゃなくて、もっとその子の個性に応じて教材や環境を整えようって話」
「へえ。私みたいに?」
「クラリッサちゃんもちょっと変わった性質をしているね。けど、世の中にはもっといろいろと変わった子がいるんだよ。注意がいろいろなものに向いてしまう子とか、上手く人とコミュニケーションが取れない子とか」
「なるほど?」
クラリッサは分かったような分からなかったような気分だった。
「それで今度の金曜日に何があるの? ああ、分かった! 文化祭でしょ?」
「当たり。グレンダさん、よかったら今年も来てよ。今年も楽しいゲームがあるよ」
「なら、お言葉に甘えて。クラリッサちゃんも本格的な文化祭をするのはこれが最後かしら? 来年度は受験が目前だから、そこまで凝ったことはできないでしょう?」
「ううむ。どうやらそうっぽい。私たちが全力で遊びきれるのは今年までのようだ。だから、グレンダさんも一緒に楽しんでね」
「ええ。楽しみにさせてもらうね」
こうしてグレンダの招待に成功したクラリッサは次はパールを誘いにいった。
自動車で宝石館に乗りつけて、玄関を潜る。警備もクラリッサならば顔パスで素通りさせている。わざわざボスの娘を止める警備などいないのだ。
「こんちは、サファイア」
「あら。クラリッサちゃん。こんにちは」
宝石館ではいつものようにサファイアが部屋にいる。
「パールさんいる?」
「いらっしゃるわよ。文化祭の招待でしょ?」
「当たり。パールさんには今年もうちのクラスとカジノ部で遊んでもらいたい」
サファイアが言い当てるのにクラリッサが招待状を出す。
「私も去年はカジノ部で遊んでみたわ。クラリッサちゃんはいなかったけど、なかなか楽しませてもらえたわ。いいディーラーが揃っているわね」
「私が徹底的に教育したからね」
クラリッサは自信満々だ。
「クラリッサちゃん。来ていたのね」
「お邪魔してます、パールさん」
やがて2階からパールが下りてきた。
「パールさん。今度の文化祭、来てくれる?」
「ええ。もちろんよ。楽しみにしていたから」
パールは笑みを浮かべてそう告げた。
「なら、これが招待状。絶対にうちのクラスと部に遊びに来てね」
「クラリッサちゃんたちは今年は何をするのかしら?」
「それは来てみてのお楽しみ」
クラリッサは不敵に微笑んだ。
「楽しみね」
パールも楽し気に微笑んだ。
これでファビオが応じればメンバーは揃うぞ。
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