娘は金儲けを企みたい
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──娘は金儲けを企みたい
「諸君。今年は深夜営業が可能になった。だが、カジノ部は風俗法に基づき19時までしか営業できないことになっている」
クラリッサがカジノ部でそう告げるのに落胆の息が漏れた。
カジノ部は今年も大儲けするつもりだったのだが、19時までの営業とはもったいない。残り2時間営業できればもっと稼げるのにと部員たちは肩を落としていた。
「そこで、だ。カジノ部の損失を補うためにブックメーカーが賭けを行う。どのクラスがもっとも収益金を稼ぐかのギャンブルだ。我がクラスこそはと皆が賭けてくれれば、収益金は莫大なものになるだろう!」
「おおー!」
カジノ部の部員はクラリッサのブックメーカーの構成員を兼ねている。
ブックメーカーが儲かれば、分け前が与えられる。儲けが莫大なものならば、莫大な分け前が与えられる。それこそぼろ儲けである。
「だが、ブックメーカーの儲けだけで本来我々が稼ぐはずだったお金を補填するのはもったいない。カジノ部はカジノでこそ儲けるべきだ」
「だけど、深夜営業は法律で国が禁止しているんだろ?」
「そうとも。しかし、それを言うならばカジノそのものが法律では禁止されてきた。件の風俗法にも『金銭を賭ける行為』の禁止となっており、カジノとは名指しされていない。カジノ自体は法律で禁止されているからだ」
あれからクラリッサは風俗法を調べてみたが、19時までの営業となっているのは『金銭を賭ける行為』『射幸性の高い行為』となっており、やはりカジノそのものは法律で禁止されていたのであった。そもそもカジノが禁止なのに、カジノは19時までという法律が存在するのがおかしいからすぐに分かる。
カジノは禁止。それがお目こぼしされているのが王立ティアマト学園。
「だからといって表立ってカジノをすればお目こぼしもなくなるかもしれない。来場者には法曹関係者もいるからね」
「では、どうするんだ?」
「闇カジノの出番だ」
クラリッサはにやりと笑った。
「以前のように有望そうなお客は闇カジノにご案内。闇カジノの会員を増やすためのまたとない機会だよ。来年はここまで自由にやれるか分からないし、深夜営業が禁止されてカジノへの熱意に溢れたお客が彷徨うわけだから、これを取らない手はない」
「確かに。確保しておくべきだな。絶好の機会だ」
クラリッサが語り、フェリクスが頷いた。
「そのためにはまず昼間からゲームの楽しさを知ってもらわなくちゃいけない。多少は相手を勝たせてやることも重要だよ。小銭でも利益が出れば、ゲームにはまり込むようになる。ゲームの楽しさを覚えたお客様のうち、金払いがよく、マナーを守るお客様を闇カジノにご招待。後は闇カジノで時間制限も金額制限もなく賭けまくってもらうだけだ」
「大儲けの予感だな」
「そうだとも。大儲けの予感だ」
フェリクスもにやりと笑う。
「部員も増えたし、頑張っていこう!」
「……増えたよな、部員」
以前はトゥルーデとクラリッサのふたりだけだった女子部員が4人になっている。男子部員も今では12名だ。1年生がカジノの噂を聞きつけて入部してきたのだ。
「私たちも頑張りますよ!」
「女性ディーラーは甘く見られがちだけど、そこがいい点だ。甘く見た相手には思いっきりやり返してやるといいよ。あ、一部は給仕も手伝ってね。男子もだよ。前年度の客層から見て、カジノに遊びに来るのは男子ばかりじゃなさそうだから」
クラリッサは可愛い女の子が給仕をする方が儲かるかな? と思ったが、前年度のカジノ部のゲームでは女子生徒のプレイヤーも多かったので、男子にも給仕をしてもらうことにした。クラリッサは特にフェリクスに目をつけているぞ。
フェリクスは可愛くて、カッコいいという便利人材なのだ。態度は不良だけどな。
「それで、今年はそんな感じで行くのか?」
「そだね。部室棟を掃除して、受け入れ準備を整えよう。トランプも新調して、台は本格的にカジノテーブルに。お客には本物のカジノを味わってもらうよ」
「とは言えど、お前も本当のカジノなんて知らないだろ」
「知ってるよ?」
「え?」
悪い大人2号であるピエルトがホテルでやっている闇カジノに連れて行ったおかげで、クラリッサは本格的なカジノを知っているぞ。とはいっても、今、新大陸西部で行われているような、ホテルとセットになったそれはもう豪華なカジノについては知らないが。
「そういえばフェリクスの北ゲルマニア連邦はカジノできたっけ」
「できない。国が禁止している。今は戦時だからそれどころじゃないとさ」
「早く戦争、終わらないかなー」
「そう簡単には終わらないんじゃないか」
クラリッサにとって戦争とはビジネスの障害でしかない。
「さて、それと決まったらやるゲームとその準備をしようぜ。軽食で出す料理は凝ったのを出すか?」
「サンドイッチで十分だよ。あくまでお客には賭け続けてもらう。途中退席は負けたときだけ。それかこっちが意図的にちょっと勝たせてやったときだけ。それ以外の時はどこかで賭け続けてもらうよ」
「なら、ゲームテーブルは大きくしないとな」
「そうそう。大勢が賭けられるようにね。それから給仕には2名。交代要員は5名。午前中と午後でシフトを決めていくよ。何か見て回りたいものがあったら遠慮なく言ってね。こっちで予定を調整するから」
「了解です!」
1年生は元気がいい。
「それじゃあ、今年の文化祭も儲けるぞ。還元された収益金は山分けだからね。みんなお金のために張り切って!」
「おー!」
こうしてろくでもないもののために頑張り始めたクラリッサたちであった。
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そのころ、学園内では重要な会議が行われていた。
「皆さん、今年は文化祭が21時にまで延長されます。そのことについて諸般の問題が生じることが懸念されます。不純異性交遊から闇カジノまで!」
そう叫ぶのはクリスティンである。
クリスティンが出席している会議は風紀委員会の会議だ。
クリスティンは既に生徒会書記であり、風紀委員会とは繋がりがないのだが、今回は生徒会主導の文化祭ということもあって、オブザーバーとして出席していた。
「そうですね。不純異性交遊は徹底的に取り締まらなければなりません。今年もキャンプファイアーとフォークダンスがありますが、それで男女が結ばれるなどという不埒な噂が立っております。これは取り締まらなければならないでしょう」
「い、いえ。そういう健全なお付き合いはいいかと思います、はい」
自分もフェリクスと踊る気満々だったクリスティンが賛同の声に小声で反論する。
「まさか書記殿はあれを疑っておいでで?」
「あれ、といいますと」
「一部の部活動がいかがわしい行為を複数人で行うという……」
「な、なんですか、それは! それはなんとしても取り締まらなければなりません!」
クリスティンは顔を真っ赤にしてそう告げた。
「ちなみにその部活は何部ですか?」
「チェス部です。ストリップチェスや王様チェスなどのいかがわしいゲームを企んでいると匿名の通報がありました」
「……それ、騙されてますよ」
チェス部はそんな部じゃないよー。
「私としてはカジノ部に注視するべきだと考えています。カジノ部は深夜の営業が中止になったからと言って、そう簡単に諦めるとも思えません。きっと闇カジノを利用するはずです。今度こそ我々は闇カジノの存在を暴くのです!」
「それよりもレスリングが全裸パフォーマンスをやるという情報が」
「うがーっ! どう考えてもでまかせだろうがー!」
クラリッサはクリスティンが動くことも想定済みだ。
風紀委員を買収してしまうのが一番手っ取り早いのだが、クラリッサはまずは風紀委員会を機能不全にしようと百通近い出まかせの通報を行ったぞ。その努力をもっと建設的なことに活かせればいいのにな!
「他にも理科学部が火炎放射器を開発しているとか、キャンプファイアーに紛れて校舎に放火を企んでいる人間がいるとか、美術部が芸術と称して生々しい性描写のある作品を展示しようとしてるとか」
「うがーっ! どれもタイプライターで印刷されたものじゃないですか! でたらめな通報を行っているのは同一人物です!」
「そ、そんな……」
「わざとですか? わざとやっているんですか?」
風紀委員がショックを受け、クリスティンがそう問い詰めた。
「わざとなどとんでもない。私たちは学園の風紀を守るべく努力しております」
「……真面目な方向で努力してくださいね」
風紀委員が告げ、クリスティンが力なくそう告げた。
「それでは闇カジノ対策です。闇カジノを徹底的に潰しましょう。こちらの潜入捜査官をまずはカジノ部に送り込み、相手が声をかけてくるものを待つのです。金払いが良ければ相手はこちらが潜入捜査官だとは気づかずに声をかけ、闇カジノに案内するはずです。そこを一網打尽にしてしまうのですよ!」
「おおー!」
クリスティンの完璧な作戦を前に風紀委員たちが歓声を上げる。
「ですが、カジノの料金はどのようにして?」
「それは風紀委員の活動費で」
「……風紀委員の活動費は大幅減額されて、腕章すら買い替えられません」
「……え?」
思わぬ風紀委員の発言に固まるクリスティン。
そういえばそうである。
ここ最近は生徒会長という権力を手にしたクラリッサの暴走を止めるのに必死になっており、風紀委員会の予算についてまでは手が回っていなかった。ウィレミナが安全弁になってくれるだろうと楽観視していたのだが、よくよく考えればウィレミナもお金で動く現金な人間だったのだ。当てにするべきではなかった。
「な、なんという失態……。クラリッサ・リベラトーレ、恐るべしです……」
クラリッサは今頃高笑いしていることだろう。
「そうだ! 今度のブックメーカーのゲームで一山当てて……」
「うがーっ! 風紀委員が風紀を乱す行為に加担するなー!」
しかし、クリスティン。お金がなければどうにもならないぞ。
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「今度のブックメーカーのゲームは文化祭の収益金トップを当てるものだよ。クラス部門と部活部門、統合部門があるよ。保護者の人たちも賭けれるから、こぞってゲームに参加してね。文化祭を盛り上げよう」
「クラリッサ嬢。そうやってなんでもギャンブルにするのはよくないと思うな」
生徒会室で発行されたばかりの新聞部の告知を見せるクラリッサに、ジョン王太子が神妙な表情で突っ込んだ。
「なんで? 賭けれるものがあるならばなんだって賭けにするべきだよ。ちなみにこのゲームで生じた収益金の一部は来年度の文化祭のためにプールされます」
「むぐぐ。実際に収益金が役に立っているので何も言えない」
クラリッサのブックメーカーの上げた収益金は部活動や学校行事を活発にさせているので、文句は言えないのである。
実際に陸上部や水泳部、魔術部などは収益金の還元を受けて、練習環境が向上し、指導員の層も厚くなったために大会で成績を残すようになったのである。そう、ダレルの魔術部も優勝とはいかなくとも、3位ぐらいの成績は取れているのである。
このように部活動も活発になり、学校行事も不参加者がいなくなるぐらいに活発になったので、ジョン王太子も表立ってはクラリッサのブックメーカーにとやかくは言えないわけなのだ。金はいつの時代も強いね。
「クラリッサさん!」
そこでクリスティンが殴り込んできた。
「風紀委員会の予算を不当に減額しましたね! ウィレミナさんもそこを動かないでください! 共犯の容疑がかかっています!」
「共犯って……」
今回の文化祭の予算を計算していたウィレミナが渋い顔をする。
「不当って何のこと? 私はこれまでの活動実績を見て判断したよ」
「何をぬけぬけと! 今の風紀委員会では腕章のひとつも買い替えれないほど予算がないのですよ!」
「腕章なんて買い替えられなくてもいいじゃん。困るもんじゃあるまいし。風紀委員会はスカート丈のチェックとかするだけだし、そんなに予算要らないでしょ?」
「いーりーまーすー! あなたが不当に経営している闇カジノの告発や、新聞部との癒着も暴かなければならないのですから!」
「はいはい。そんな警察的なことがやりたかったら、警察にでも入って」
「うがーっ! 抜かすか、貴様―!」
クラリッサは肩をすくめて余裕の態度だ。
「今日も学園は平和でした、ってことにしておかないと困るのは私だけじゃないんだよ。新入生徒を求める学園長だって困るんだよ。大人を困らせるのはよくないよね?」
「むぐぐ。そういう手できましたか……」
確かに学園の治安が乱れています! となると学園長たちは学園を宣伝できなくて困るだろう。だから些細な不正には目を瞑り、学園は平和ですよとしておきたいのだ。
「諦めませんよ、クラリッサさん! 必ずあなたの闇カジノを潰して見せます!」
「ふふふ。やってみるがいいだろう!」
ということになった。というか、なってしまった。
果たしてふたりの勝敗は如何に?
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そして、書籍化決定です!詳細はあらすじをご覧ください!
 




