娘は生徒会最後の文化祭を盛り上げたい
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──娘は生徒会最後の文化祭を盛り上げたい
七大ファミリーの権力がドン・アルバーノからニーノ・ヴィッツィーニに引き継がれてから数か月後。
王立ティアマト学園では文化祭のムードが漂い始めていた。
「今年は一段と派手にやるよ」
生徒会長の椅子に座ったクラリッサが宣言する。
「ここのところ毎年派手にやっていると思うのだが」
「今年はさらに派手にやるよ」
ジョン王太子が困惑気味に告げるのにクラリッサがそう告げる。
「……具体的には?」
「深夜営業許可」
「無理だね」
「やってみなくちゃ分からない。学園内の風紀は守られているし、深夜しか空いた時間のない保護者のためにも深夜営業を許可するべきだよ」
文化祭期間中は9時から17時までが文化祭の時間に割り当てられている。クラリッサはこれを9時から21時くらいにまで引き伸ばしたいと考えていた。
「クラリッサさん。王立ティアマト学園はエンターテイメント施設ではないのですよ。開催期間が3日間になっただけでも喜ぶべきことです」
「……夜のお化け屋敷って盛り上がるだろうなあ。盛り上がりすぎて男女の距離が急速に縮まっちゃったりするかもしれないよなあ。例えばフェリクスなんかは頼りになる男子だから、守ってくれそうじゃないかなあ」
「そ、そうですね、深夜営業もいいかもしれません」
あっけなく折れたクリスティンである。
「フィオナは深夜営業どう思う?」
「夜の学校って言うのに興味がありますわ」
「そうだろう、そうだろう」
そこでちらりとクラリッサがジョン王太子の方を向く。
「う、うむ。そうだね。知らない学園の一面を見てみるのも大事かもしれないね」
ジョン王太子もあっさりと折れた。
「ウィレミナ。フィリップ先輩と距離を縮めるチャンスだよ。これを逃したら大学まで時間が空くことになっちゃうからね」
「乗った!」
この生徒会、誘惑に弱すぎじゃなかろうか。
「それでは今年は深夜営業を許可します。手続きはジョン王太子とクリスティンでやっといて。任せたぞ」
「任せたぞ、ではないよ。君も仕事するんだよ、クラリッサ嬢」
相変わらず仕事を他人に投げようとするクラリッサだ。
「私はアイディアマンであって事務員じゃないんだよ」
「むぐぐ。生徒会長という仕事を完全に勘違いしている……」
生徒会長も事務員です。
「それからせっかくの深夜営業だし、花火を打ち上げよう。きっと素敵な光景になるよ。恋人と一緒に花火を見たら結ばれるなんて噂を流せば盛り上がること間違いなし」
「風説の流布……」
クラリッサは別に相場を弄ろうとしているわけではないぞ。
「今年でこの生徒会も最後。最後は華々しく散ろう」
「いや、散るのは困るよ……」
クラリッサが意気込むが、ジョン王太子が突っ込む。
「とにかく、盛り上げていこう。いい思い出が作れるといいね」
「そだねー。来年は受験で忙しくて、のんびり文化祭ってわけにはいかないだろうし」
そうなのである。
受験が控えている来年度は受験のない今年度よりも遥かに忙しいのだ。
受験前の追い上げが忙しくて、それどころじゃなくなる。出し物もそこまで凝ったものは出せないだろう。そして、何より、クラリッサは政権の座から降りることになる。どのような人間が後任になるにせよ、クラリッサほどフリーダムにはやれまい。
つまり、クラリッサたちが楽しめるのも今年が最後。
最後はたっぷりと楽しみたいものである。
「きっと今年は盛り上がるよ。張り切っていこう!」
「おー!」
というわけで、クラリッサたちの文化祭が始まった。
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「今年もギャンブルは許可しよう」
「では、監査委員会が必要だね」
「最後なのにそんな無粋なものを付けるの?」
「最後だろうとそうでなかろうと監査委員会は必要だよ」
クラリッサがぶーとした表情を浮かべ、ジョン王太子がそう言い切った。
「じゃあ、監査委員会は今年も文化委員会から。他から連れてくるのはなしだよ」
「……クラリッサ嬢。まさかとは思うが文化委員会を買収していないだろうね?」
「そんなことするはずないじゃん」
「目を見て話そうか」
クラリッサ。実はこんなこともあろうかと文化委員会を買収しているのだ。表向きは今年は深夜までやるから忙しくなる分、頑張ってねという激励であるが、その実は監査はほどほどにしてねという買収であったのだ。
「私が買収したっていう証拠でもあるの? ないでしょ? はい、監査委員会は文化委員会から。決定です。パチパチ」
「こ、この……」
確かにクラリッサが文化委員会を買収したという証拠はないので、クラリッサを責めることはできない。だが、買収の疑いはかなり濃厚だぞ。
「クラリッサさん。監査委員会を買収するなど恥を知ってください」
「だから、証拠はないでしょ? 疑わしきは罰せずが司法の基本じゃなかった?」
「むぐぐ。あなたという人は!」
クリスティンもやってきたが、あっさりと返り討ちにされてしまった。
「クラリッサちゃーん。ほどほどにしておきなよ。せっかくの文化祭が問題が起きて中止になったりしたらがっかりってレベルじゃないからな?」
「クラリッサさん。問題は避けるようにお願いしますわ」
ウィレミナとフィオナはそこまでうるさく言わないものの、問題はごめん被るという姿勢だった。最後だから楽しみたいのに、問題が起きてパーでは楽しめない。
「大丈夫だよ。問題ない。私の不正が暴ける人間なんていないよ」
「あー! 不正って言いましたね!」
「言ったかもしれないし、言ってないかもしれない」
「騙されませんよ! 不正なら徹底的に暴くです!」
「そんなことをして文化祭が中止になったりしたらいやだなあ。せっかくみんなが楽しみにしている文化祭が中止になったら嫌だなあ」
「むむむ。いいでしょう! 不正を暴くのは文化祭が終わるまで待って差し上げます! それからは徹底的に追及するのでそのおつもりで!」
「まあ、頑張ってー」
クラリッサは自分に追及の手が及ぶころには証拠なんて綺麗さっぱりと片付けているだろう。この娘、そういうことにかけては才能があるのだ。
嫌な才能だな!
「一先ず監査委員会問題は横に置こう。クラリッサ嬢がかかわっているにしても、そうでないにしても、まだ話し合うには時間が早い。まずは深夜営業を認めてもらえるようにできるかだ。これを話し合わなければ」
「そだね。どうしたら納得させられるかな?」
「ううむ。難しいところだが、生徒の自立心をより高めるためとかいうお題目を付けなければならないね。深夜営業が生徒にいい効果を与えることを主張しなければ」
「なるほど。流石はジョン王太子」
「褒めても何も出ないよ」
クラリッサはあわよくばジョン王太子をおだてて仕事をやらせようとしていたぞ。だが、クラリッサとは長い付き合になるジョン王太子には見抜かれてしまった。
「生徒にいい影響かー。カップルが生まれますっていうのはなしかな?」
「なしだね。そういうことはまだ早いって言われるよ」
学園は学生恋愛を推奨してはいないのだ。残念!
「むむむ。働くことの大切さがわかります、とか?」
「それなら時間延長する必要はないって言われかねないよ」
「文句ばっかりじゃん。意見を出してよ、意見を」
「やりたいって言いだしたのは君だろう!?」
深夜営業がやりたいと言ったのはクラリッサだぞ。
「夜の学園の姿を見て、学園の思わぬ一面に触れる。そのことで学園により親しみを持つようになるというのはどうでしょうか?」
「クリスティン、ナイスアイディア」
クリスティンが告げるのにクラリッサがサムズアップする。
「この線で行こう。愛校心を高める。これなら間違いなく行けるよ」
「早速そのことを書類に纏めますね」
「任せた」
クリスティンは書記としての仕事を始めた。
「ウィレミナ。今年の文化祭の予算は結構とれる? 深夜営業をやるから、それなりに予算が集まってないとまずいんだけど」
「任せろ。数字の魔術を見せてやるぜ」
「おおー。頼もしいー」
ウィレミナは使われないまま貯蓄されていた各種予算を絞り出して、今回の文化祭のための資金を捻出し始めた。流石は秀才。どこの予算なら搾り取っていいのかが分かっている。だが、来年度はこの手は使えないぞ。
何分、文化祭の予算も収益金の還元で減っているために、こういう手段でも使わないと深夜営業までやる予算は捻出できないのだ。
来年度からはそこら辺の見直しも行われるだろう。クラリッサの傍若無人な暴政もここまでというわけである。
「皆さん、お茶が入りましたわ。どうか一服なさってください」
「おおー。ありがとう、フィオナ」
クラリッサも書類仕事を始めてうんうん言っている中、フィオナがお茶を持ってきてくれた。ここら辺の心配りができる貴族子女であることを窺わせる。
「さて、一世一代の大文化祭に向けて準備を進め行こう」
「おー!」
果たしてクラリッサたちは新たな試みを成功させることができるのだろうか?
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「許可が下りたぞー」
「やったー!」
クラリッサが生徒会室に入ってくるなり告げ、ウィレミナたちが歓声を上げた。
「深夜営業の許可も取れたのですか?」
「取れたよ。夜間は警備員を増強して、ことに当たるって。後は保護者による送迎も必須になったよ。それができないところは学園の準備した馬車で帰宅だって」
「問題なさそうですね」
生徒の安全面は考慮されている。こうすると問題はなさそうだ。
「予算についてはどうなったー?」
「生徒会で捻出してくれって。基本的な額はいつも通りつけるけど、深夜営業分は生徒会の方でどうにかしてくれってさ」
「それなら問題なしだ。深夜営業分の予算は既に確保済み」
「流石ウィレミナ」
ウィレミナの動きは素早かったし、的確だった。
「だが、問題があるだろう、クラリッサ嬢」
「ううむ。ないよ?」
「嘘をつかない。私も同席していたから聞いている」
クラリッサがすっとぼけるのに、ジョン王太子が突っ込んだ。
「はあ。それがね。19時以降のカジノの経営は風俗法に引っかかるからダメだって。カジノ法案が通過しそうなのにおかしいよね」
「カジノ法案は特区限定だよ。一般的には夜遅くまでカジノをやることは認められていない。それこそ風紀の乱れに繋がる」
「ちょっとぐらい乱れたっていいじゃない。文化祭だぜ?」
「ダメ」
クラリッサはよく分からない理屈を展開したが、あっさり却下された。
「というわけで19時以降のカジノはできません。理解のない学園長たちのせいです」
「まあ、そのように通達しなければならない。カジノだけをやるクラスなどにはカジノが禁止の時間帯に何をやるのか決めておいてもらわなければ」
「あーあ」
クラリッサのカジノ部も大儲けのチャンスだと思ったのに時間制限付きになってしまった。これではそこまで儲からないだろう。
いや、まったく儲からないということもないだろうが、深夜営業の時間も使って大儲けというわけにはいかないのである。
「ふむふむ。うちのクラスは何にしよっか?」
「いつも通り喫茶店とカジノと後何か」
「適当だなー」
クラリッサは夜間も営業できないので不貞腐れているぞ。
「まあ、これはクラスに帰って決めよう。クリスティンさんのクラスは何やる?」
「そうですね。使い魔レースが好評なので今回もと思っています」
「なるほどなー」
この時誰も気づかなかった。
クラリッサの目が僅かに輝いたことに。
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