父は娘に誕生日プレゼントを贈りたい
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──父は娘に誕生日プレゼントを贈りたい
誕生日が着々と近づいてくる。
そして、リーチオは悩み続けている。
新型軍用小銃は手に入ったが、これを誕生日プレゼントとして渡すのは躊躇われる。子を持つ親として、流石にこれは贈ったらいけないものではないのだろうかという思いが、リーチオの頭の中にあった。
「ここで考えていてもらちが明かんな」
リーチオはそう告げると屋敷を出て、使用人にオクサンフォード・ストリートまで向かうように指示した。馬車はガラガラと音を立てて、イーストビギンの街並みから、オクサンフォード・ストリートの商業地区に入る。
リーチオはそこで馬車を降り、商業地区を見て回った。
商業地区は冬の装いに変わり、扱っている品も冬用の品になっていた。
リーチオは商業地区に行けば何かアイディアが思い浮かぶのではないだろうかと思ったが、現実はさして甘くなかった。よさそうな品はショーウィンドウに展示されているのだが、それで喜ぶクラリッサの姿が想像できない。
クラリッサが本当に喜ぶのは別荘や新型軍用小銃なのだろうか?
クラリッサにはなにひとつとして不自由な思いをせずに過ごさせるつもりのリーチオだったが、少しばかり甘やかしすぎたし、周りの悪影響が凄くて変な子に育ってしまった。これではディーナに申し訳ないと思うリーチオだった。
「ディーナがいてくれればな……」
ディーナがいてくれればもっとプレゼント選びなども楽だっただろう。そして、クラリッサも少しは女の子らしく育ったかもしれない。
「いやいや。今のクラリッサが俺のクラリッサだ。女の子らしかろうと男の子っぽかろうとあの子が俺の子だ。どう育とうと受け入れていくべきだ」
リーチオはそう言って考えを振り払った。
「しかし、ディーナならどんなプレゼントを選んだだろうか……」
リーチオがそう呟いて商業地区を見渡した時、ひとつの看板が目に入った。
「こいつは……」
リーチオはその看板に近づき、しげしげと眺める。
「そうだな。これがいい。あいつに必要なのは思い出だ。軍用小銃や別荘ではなく、思い出が必要だ。これならばそれが実現できる」
リーチオはそう呟くと、オクサンフォード・ストリートで必要なものを買い集めに向かった。それから屋敷に帰り、再びオクサンフォード・ストリートに向かう。
そこまでして、リーチオがクラリッサに贈ろうとしていたものはなんだったのだろうか? その答えが分かるのはクラリッサの誕生日当日である。
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クラリッサの誕生日パーティーは恒例のプラムウッドホテルのロイヤルレセプションホールで行われた。今年も大勢の人々が招かれ、クラリッサの誕生日を祝ってくれる。
「ボス・ニーノからです、ボス・リーチオ」
「ありがとう。この友情に感謝すると伝えておいてくれ」
七大ファミリーのボスの名代たち。
「ご子女の誕生日、おめでとうございます」
「ああ。ありがとう」
リベラトーレ・ファミリーの幹部たち。
「今日という日を迎えられて嬉しく思うよ、ミスター・リベラトーレ」
「どうも、伯爵閣下」
リベラトーレ・ファミリーとかかわりのある貴族たち。
「麻薬戦争は進んでいるのだろうか?」
「ええ。滞りなく。多少荒っぽい手は使いましたが、このアルビオン王国に入ってくる麻薬の量は確実に減少しています」
「魔王軍の薬物密売組織がかかわっていると聞いているが」
「可能性はあります。例の連続殺人事件の犯人は上級吸血鬼でしたからね。他にも魔族が上陸している可能性については考えておくべきでしょう」
「この神聖なアルビオン王国に魔族が上陸しているなど恐ろしい」
おっと。目の前にいるのは魔王軍四天王を勤めたこともある魔族だぞ。
「いずれにせよ、我々が対処いたします。ご心配なく。伯爵閣下は他に何かお困りのことはございませんか? 我々の友好の証としてお手伝いいたしますよ」
「それなのだが、私の娘の──」
リーチオはひとりひとりと丁寧に会話をしていき、これを機に友好を深めた。クラリッサの誕生日パーティーは確かにクラリッサの誕生日を祝うためのものなのだが、これは同時に政治の場でもあるのだ。
リベラトーレ・ファミリーを取り巻く環境は日に日に変化している。
麻薬戦争において政府組織と結びつき戦争を進めていたら、今度は魔族の薬物密売組織が浮上し始めた。さらにはクラリッサの言うところにはリーチオを巡って魔王軍はクラリッサに攻撃を仕掛けたという。
こうなれば何がどう起きてもおかしくはない。
そのために政治的な結びつきは維持しておかなければ。万が一に備えて。
何も起きないのが一番だが、楽観的考えで危機を想定するのは愚か者のすることだ。危機管理においては常に最悪を想定しなければならない。
魔王軍の薬物密売組織がアルビオン王国国内において蜂起する。クラリッサが攫われる。リーチオが死ぬ。そのような暗いことを考えておかなければならないというわけだ。
「クラリッサちゃんのお父さん」
「私たちからプレゼントです!」
そして、サンドラたちがやってきた。
「ありがとう、クラリッサも喜ぶよ」
「はい!」
暗いことが多い世の中でも子供たちは明るい。
「ボス。そろそろです」
「分かった」
そろそろクラリッサが挨拶をする時間だ。
リーチオたちがそれとなく黙り込むと周囲もそれを察したのか静かにする。
「皆さん、今回は私の誕生日パーティーに来てくださってありがとうございます」
朱色のドレスに身を包んだクラリッサが現れてペコリと頭を下げる。
「今年で私も17歳となりました。もうすぐ大人の仲間入りです。それにふさわしいだけの礼儀とマナーが身に付けばと思います。そして、来年度の受験に備えて、懸命に努力していく次第です。将来の夢のために」
クラリッサもここに集まっているのがリベラトーレ・ファミリーにとって欠かせない人物たちであることを知っているので挨拶も丁寧だ。
普段からこうならば言うことなしなのだが。
しかし、クラリッサもしっかり成長している。
背丈は伸び、女性的な体つきになっている。まだまだ色っぽいとは言えないかもしれないが、スタイルはかつてのディーナのように育っている。
「それではパーティーを楽しんでいってください。乾杯!」
「乾杯!」
クラリッサの音頭で乾杯が行われ、それからは和気あいあいとした時間が戻ってきた。政治の時間は大人たちだけのものになる。
「クラリッサちゃん。おめでとう!」
「おめでとう!」
サンドラとウィレミナは早速クラリッサの傍にやってきてクラリッサを祝福する。
「ありがと。これで私も17歳。ほぼ大人だね」
「どうかなー?」
クラリッサはまだまだ子供だ。
「クラリッサさん、おめでとうございます」
「クラリッサさあん、お誕生日おめでとうですよう」
フィオナとヘザーもお祝いにやってきた。
「おう。これで私も17歳だよ」
「いけない小説が読めるようになるまで残り1年ですねえ!」
「……そんなの読まない」
ちなみにヘザーは年齢を偽って、いけない小説を購入して読んでいるぞ。
「よう。クラリッサ、誕生日おめでとう」
「おめでとう、クラリッサさん!」
フェリクスたちもやってきた。
「フェリクス。どうよ、このドレス」
「ふつーだな」
「見る目がないなあ……」
クラリッサのドレスは胸元も開き、背中も開け、スリットも深いドレスだったのだが、着ているのがクラリッサでは色気も何も感じないフェリクスであった。
まあ、いつも漫才している相手をそういう目で見れるかと言われると大変微妙であるからにしてしょうがない。
「クラリッサちゃん! 誕生日おめでとう!」
「ベニートおじさん。来てくれたんだね」
「もちろんだ。クラリッサちゃんの誕生日なんだからな」
遠路はるばるベニートおじさんもやってきた。
「これは俺からのプレゼントだ。もらってくれ」
「おお? 猟銃だ!」
ベニートおじさんのプレゼントはポンプアクション式のショットガンだった。
「弾はある?」
「ああ。もちろんだ。ただ、ボスに預けてある」
「そっかー」
クラリッサはショットガンを構えて見たりしてご機嫌な様子だった。
「見てみて、パパ。猟銃だよ」
「ベニート。お前という奴は……」
こうしてクラリッサの妙な趣味は加速するのである。
「アルフィを猟犬にして狩りを楽しむよ。だから、後で弾頂戴ね」
「ダメ。大人になるまで弾は渡しません。それからあの化け物を猟犬にしようとするな。獲物をドンドン食ってデカくなったらどうする」
「ぶー……。パパは私のこと信用してくれないんだ。アルフィのことも」
「今の状況では信用できないな」
クラリッサの行動には信頼できる要素が欠片もない。
ジョン王太子を狙撃っ! とかやってもおかしくないのだ。
「それからこれが俺からのプレゼントだ」
「ん? ブローチ?」
リーチオからのプレゼントは別荘でも新型軍用小銃でもなく、大きめのブローチだった。どうやら中に何か入っているらしい。
「これは……」
「お前が生まれたときに描いてもらった一家の肖像画だ。写真屋に頼んで縮小してもらった。お前にはディーナの思い出が必要だと思ってな」
一家の肖像画には赤ん坊のクラリッサを抱きかかえたディーナとその脇に立っているリーチオが描かれていた。ディーナは優し気な笑みを浮かべている。
「ママの肖像画か……」
「嫌だったか?」
「ううん。これはばっちり。私、だんだんママの思い出が消えていくのが心配だったんだ。でも、これでママのことを忘れずに済むよ。ありがとう、パパ」
クラリッサは満面の笑みを浮かべてそう告げた。
「ねえ。この肖像画を描いたときに私は何か言ってた?」
「凄く泣いてたぞ。画家が危うく途中で帰るところだった」
「またまた。私がそんなに泣くはずないじゃん」
「いいや。子供のころの前は泣き虫だった。お気に入りの玩具がなくても泣くし、とにかく何があってもワンワン泣いてた」
「むうう」
クラリッサはそう告げながら肖像画を見つめた。
「ママはどんな感じだった? 泣いてる私にうんざりしてた?」
「お前の夜泣きには苦労させられたが、お前のことを愛していたぞ。大切なちびっ子ちゃんってとても可愛がっていた。お前は覚えてないかもしれないが、子供のころのお前の玩具はディーナが作っていたんだぞ。ぬいぐるみの作り方をパールに教わってな」
「そうだったんだ」
改めて母の愛を知ったクラリッサであった。
「このブローチ。とっても大切にするよ。私の大切な家族の思い出だから」
「ああ。大切にしてくれ。俺たちの思い出だ」
大切な母と父、そして自分の描かれた肖像画を見ていると、クラリッサは今も母ディーナが生きているような気がしてきた。傍にいてくれているような気がしてきた。
これはずっと大切にしよう。クラリッサはそう決めた。
「ボス。新型軍用小銃の方はどうしますか?」
「ファミリーの武器庫に収めておけ。今は必要ない」
ファビオが小声で尋ね、リーチオがそう返した。
こうしてクラリッサは誕生日のプレゼントに一生の思い出になる品を受け取ったのであった。よかったね、クラリッサ!
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