娘はキャンプの思い出を残したい
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──娘はキャンプの思い出を残したい
「ふわあ。よく寝たー」
翌朝、ウィレミナが目を覚ます。
「ウィレミナ」
「なあに、クラリッサちゃん?」
「寝相酷すぎ」
ウィレミナは寝袋に入って寝たはずなのにどういうわけか、クラリッサのおなかに足が載ってしまってした。相変わらず寝相の悪さはチャンピオン級だ。
「ごめん、ごめん。ブルーとあの平原を駆けまわる夢を見ててさ」
「ウィレミナは夢見ないで」
「ひでえ」
酷いのはウィレミナの寝相だぞ。
「とにかく、起きて。朝ごはん作るよ」
「了解!」
クラリッサたちは寝袋から出ると、テントから出た。
「おはよ、ウィレミナちゃん」
「おはー」
先に起きていたサンドラがウィレミナに朝の挨拶。
「ん。いい匂い。何作ってるの?」
「ホットサンド。それから、はい、コーヒー」
「おお。サンキュー」
ウィレミナはサンドラからコーヒーを受け取ると熱々のそれをちびちびと飲んで頭をはっきりさせ始めた。
「朝ごはんはフェリクス君たちが作ってるの?」
「昨日はクラリッサたちに任せてたからな。今日は俺がやるよ」
そう告げてフェリクスはじゅーっと音を立ててホットサンドの器具でホットサンドを次々に作っていっていた。
「ウィレミナは皿を準備して。大きい奴。私のリュックに入ってる」
「了解!」
ウィレミナはささっとクラリッサのリュックに向かった。
「これでいい?」
「そうそう。それ、それ。それに並べていこう」
フェリクスが焼き上げたそれをクラリッサたちが並べていく。
「人数分できたな」
「ばっちり」
フェリクスは道具を仕舞った。
「それではいただきます」
「いただきまーす!」
クラリッサたちはホットサンドに食らいつく。
「んー! チーズとハムが合わさってて美味しい!」
「こっちはトマトが入ってる。美味い」
フェリクスのサンドイッチは大絶賛だ!
「作るのはすげー簡単なんだけどな」
「でも、これはいいよ。これこそこの時期のキャンプで食べるべきものだ」
フェリクスもチーズがなかでまろやか、外はサクサクのホットサンドを味わっていた。我ながらいい出来だなと彼は思っている。
「シャロンも食べなよ」
「すみません。いただくであります」
シャロンもホットサンドを頬張った。
「ああ。温かくて心に染み渡るであります」
「それはよかった。お礼はフェリクスにね」
そう告げてクラリッサがにやりと笑った。
「フェリクス様。朝食、ありがとうであります」
「べ、別に大したことでは……」
クラリッサは分厚い防寒着でも隠しきれていないシャロンの立派なものにフェリクスが挙動不審になっていることを知っているぞ。
だが、浮気はダメだぞ、フェリクス。君にはクリスティンがいるのだからな。
「はー。美味しかったー」
「これからどうする?」
予定は特に決めずにキャンプに来たため微妙に時間が余る。
「ベニートおじさんに何かないか聞いてみようか。そうそう、ベニートおじさんも犬飼ってるよ。とっても懐っこいの」
「本当!?」
おっと。その犬はフランク王国における犯罪組織の構成員の指をかみちぎった犬だぞ。
「とりあえず行ってみよう」
「俺はここでのんびりしてるから、行ってきてくれ」
「ダメ。フェリクスも来るの」
クラリッサによってフェリクスは連行。
キャンプ場からベニートおじさんの農場までの距離は短い。
30分と経たずにクラリッサたちはベニートおじさんの農場に到着した。
「おお。クラリッサちゃん。今日、帰るんだろう?」
ベニートおじさんは馬に干し草を食べさせているところだった。
「それがまだ時間があるんだ。ベニートおじさんの犬とかと遊べないかな?」
「構わないよ。何なら馬にも乗ってみるかい?」
「いいの?」
「もちろんだとも」
思わぬ収穫を得たクラリッサであった。
「犬と遊びたい人ー」
「はーい!」
犬と遊びたいのはウィレミナとフェリクス、そしてトゥルーデ。
「馬に乗りたい人ー」
「はーい!」
馬に乗りたいのはクラリッサとサンドラ。
「ベニートおじさんの犬は何が好きかな?」
「そうだな。このベーコンなんかが好きだよ。ボールを投げて取ってきたら、このベーコンをちょっとあげるといい。うちの犬は賢明だから、大抵のことには従うよ。よほど犬に舐められない限りはね」
「ありがと、ベニートおじさん。おいで、おいで」
ベニートおじさんの犬はボーダー・コリーで、フランク王国の犯罪組織の指を食いちぎった割には温厚な性格をしていた。忠犬のようである。
「それじゃあ、ウィレミナたちは犬と遊んでて。私たちは馬に乗ってみるから」
「おう!」
ウィレミナはベニートおじさんの犬をもみくちゃにしながら、玩具とベーコンを持って、キャンプ場の方に向かっていった。
「さて、私たちは乗馬チャレンジだ」
「おー!」
ベニートおじさんの農場では農耕馬や馬車の馬として出荷する馬を飼育している。ベニートおじさんは競馬にも興味があったのだが、流石に競馬に出られるほどの馬を育てることはできていなかった。
それでも馬に乗るという経験はあって損はない。
「どれ。この馬に鞍を付けてあげよう。気性の大人しい馬だ。何の問題もなく乗れるはずだよ。ただし、下手に刺激してはいけないからね」
「了解」
ベニートおじさんは馬の一頭に鞍を付けるとクラリッサにそう告げた。
「サンドラは乗馬経験ある?」
「一応は。本当にちょっと乗っただけだけど。昔、牧場に行く機会があって、その時に乗せもらった。なつかしい思い出だよ。それから馬に乗るだなんてこと一度もなかったもん。こうして、また馬に乗れるなんて!」
「それはよかった。楽しんでいってね」
「うん!」
サンドラはワクワクして馬に乗るのを待った。
「じゃあ、サンドラちゃんはこいつな」
「は、はい」
そして、サンドラに渡された馬は──。
「ロバ?」
「馬だよ。いつもは農作業しているけど、立派な馬だよ」
小柄でっずんくりむっくりしたその馬はロバにしか見えなかった。
「ま、まあ、そういうことなら」
「クラリッサちゃんはこいつな」
クラリッサに渡された馬もずんぐりむっくりしていた。
「早速乗り回そう、サンドラ」
「そだね。でも、どうやって言うこと聞かせればいいの?」
「こう手綱を操って」
「おお。クラリッサちゃん、うまーい!」
クラリッサは乗馬の経験があるのだ。
こういうロバみたいな馬じゃなくて、サラブレットにも乗った経験があるぞ。王立ティアマト学園では乗馬が科目から消えて久しいが、クラリッサは乗馬というアルビオン王国の伝統を残しているのである。
「これでキャンプ場まで行ってみようか?」
「いいのかな?」
「いいの、いいの」
キャンプ場ではキャンプ場でウィレミナたちがベニートおじさんの犬と戯れていた。
「ほら、取ってこい!」
「ワン!」
ベニートおじさんの犬は人懐こく、ウィレミナたちにすっかり慣れていた。
ベニートおじさんはこの犬とは別に獰猛な闘犬も飼育しているのは内緒だ。
「懐っこい子だねー。いい犬だ! 犬は人類の友!」
「ああ。いい犬だ。猟犬として育てられているらしい。獲物をしっかり捕まえてくる」
ウィレミナとフェリクスはそう言葉を交わすとフェリクスがボールを投げた。
ベニートおじさんの犬は嬉しそうに尻尾を振りながらボールを追いかけ、ボールをキャッチするとそれを加えてウィレミナたちの下に戻ってきた。
「お姉ちゃんもこれぐらいはできるわ! ボールを投げて、フェリちゃん!」
「犬と張り合うな」
そして、ベニートおじさんの犬に負けじとアピールするトゥルーデであった。
確かにボールは取ってこれるかもしれないが、それは人として犬に負けている。
「俺も犬を連れてくればよかったな。これだけ広ければ大喜びだっただろう」
「あたしもブルーを連れてくるべきだったね。犬が鉄道に乗れれば」
周囲は犬が遊ぶの最適な場所。広大な平原。人気の少なさ。猫の不在。
犬が鉄道に乗れるなら、フェリクスとウィレミナはふたりとも犬を連れてきただろう。またロンディニウムにはドッグランというものが存在しないのだから。
「北ゲルマニア連邦の鉄道には犬も乗れるんだけどな。まあ、フンやらなにやらを考えると犬は鉄道に乗れないのかもしれないな」
「残念なり」
犬が鉄道に乗れるようになるのは盲導犬や介助犬が認められてからの時代になる。
「ハッハッハッ」
「おう。まだ遊び足りないか? よし行ってこい!」
「ワン!」
飼い主であるベニートおじさんが老齢のため、全力で遊んでもらえるのは久しぶりなのだ。昔は敵対組織の指を食いちぎったワンコも遊んでもらえないのは寂しかった。それが訪れたお客に遊んでもらえているのだから幸せ満点だ。
「お姉ちゃんがキャッチするわ! な、なに! だめよ! これはお姉ちゃんが取ったのよ! そう簡単には渡さないわ!」
「犬と張り合うな、姉貴。遊ばせてやれ」
そして、犬に向けて投げられたボールを勝手にキャッチして怒られるトゥルーデ。
「騎兵隊の参上だ!」
フェリクスたちがそうやって遊んでいたときにキャンプ場とベニートおじさんの農場を隔てる丘から何者かが参上!
「何やってるんだ、クラリッサ」
「第七騎兵隊ごっこ」
「物騒だからやめろ」
第七騎兵隊は縁起が悪いぞ、クラリッサ。
「それでそれが借りた馬か? それともロバか?」
「立派な馬だよ。サラブレットとはいかないけれど」
クラリッサが手綱を操り、馬を進める。
「やっほー。ウィレミナちゃん! ちゃんと乗りこなせてるよ!」
「おお。流石じゃん、サンドラちゃん。どれくらい早さ出るの?」
「あんまり早くは走れないんじゃないかな……」
サンドラの乗っている馬は短足極太体型で、とてもではないが俊敏な走りは期待できそうにない。トテトテ走るのが精いっぱいだと思われる。
「そんなことはないよ。この子は体にサラブレットの魂を有している」
「あんまり急いで走らせると馬が怪我するからダメって言われてたよね?」
「…………」
そうなのである。
農耕馬として育ってきたこの2頭の馬は早く走る訓練や経験を積んでいないのだ。あまり速く走らせると躓いて転び、骨折してしまうかもしれない。馬の骨折というのは致命的で、安楽死が必要になってくる。
というわけで、お馬さんに無理をさせるのはやめようね!
「ウィレミナたちは満喫してる?」
「とっても! あの犬、懐っこいし、遊んでもらいたがってるよ」
「それはよかった。私たちはキャンプ場をぐるりと回って帰ってくるね」
「了解!」
ウィレミナたちは引き続き、ベニートおじさんの犬と遊び、クラリッサとサンドラはゆったりとキャンプ場の周囲を回って乗馬を楽しむことに。
「こうしてると静かだね、クラリッサちゃん」
「たまには騒がしい都会の喧騒を離れてこういうところを楽しむのもいいことなのかもしれない。都会は慌ただしいからね。何事も」
「でも、クラリッサちゃんは都会が好きなんでしょ?」
「ばれたか。まあ、都会っ子だからね。けど、たまには都会の喧騒を離れた方がいいっていうのも本音だよ」
クラリッサたちはのんびりと鳥の鳴き声などを聞きながら、キャンプ場を回る。
「あれ? 止まっちゃった?」
「ああ。それは……」
クラリッサが何事かを言う前に事は起きた。
馬の排泄である。
「せっかくいいムードだったのに……」
「馬にトイレをするなとは言えないから仕方ないことだ」
この後、クラリッサはキャンプ場を一周し終え、馬をベニートおじさんに返すと、ウィレミナたちとともにベニートおじさんの犬と戯れた。
そうして全員が満足したところで帰りの列車に乗ったのであった。
帰りの列車ではみんな遊び疲れてうたたねしていた。
11月のこの時期が終われば、もうすぐ冬休みだ。
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そして、書籍化決定です!詳細はあらすじをご覧ください!
 




