娘はキャンプ料理を作りたい
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──娘はキャンプ料理を作りたい
「戻ったよー、フェリクス」
「おう。戻ってきたか」
フェリクスは椅子に腰かけて本を読んでいた。
既に焚火は灯され、ぱちぱちと木の焼ける音がしている。
「夕飯にするか?」
「そうしよう。いざチャレンジ」
「よし。やってみよう」
クラリッサたちは持って来た食材を並べる。
麺パスタ。玉ねぎ。ベーコン。マッシュルーム。アスパラ。にんにく。オリーブオイル。牛乳。チーズ。コンソメキューブ。胡椒。ハーブ。
既に素材はカットされており、ぶち込むだけになっている。
「まずはオリーブオイルで玉ねぎとマッシュルームとアスパラを炒めて……」
「クラリッサちゃん。火加減注意な。丸焦げのは食べたくないからな」
「分かってるよ。中火、中火、あっちょっと強火になった」
「おいおい」
クラリッサが素材を炒めるのを全員がはらはらしながら見ている。
「そろそろ水を入れていいと思うよ」
「水投入ー」
サンドラがとぽとぽと水を鉄鍋に注ぐ。
すると水は次第に沸騰し始めた。
「ここでパスタを投入ってちょっと鉄鍋のサイズが小さすぎる」
「こういう時は折っちまうんだよ。これで入るだろ」
「な、なんていうことを……。パスタを折るだなんて!」
「パスタ折ったからなんだよ」
半分に折った麺パスタはきちんと鍋に入った。
だが、南部人であるクラリッサには神にも逆らう行為である!
おなかが空いてるから文句は言わないけれど。
「そして、コンソメキューブと牛乳を投入」
程よくゆでられたパスタにコンソメと牛乳が加わる。
「それからチーズをスライスしながら投入」
「このチーズ、そのままでも美味しそうだね」
「ちゃんと入れて」
素材を素材のまま食べてはいけない。
「チーズがとろけたら胡椒とハーブをかけて、完成だ!」
どこかで見たようなことがあるスープパスタが完成した。
「早速食べよう。熱いうちに食べないともったいないぜ」
「取り皿に注ぐから持ってきて」
「了解!」
荷物は少ないに越したことはないのだが、スープパスタを鍋のように食べるわけにもいかず、それぞれが取り皿を持ってくる形になった。
「それでは、いただきます」
「いただきまーす!」
クラリッサたちがスープパスタを食す。
「ううむ。クリーミー。チーズと牛乳がいい仕事してる」
「寒いところで食べると温まっていいね」
パスタはチーズが絡み、牛乳とコンソメのスープが香ばしく、具材も丁度いい火の通り加減だった。納得の一品だ。
それになりより11月の寒空の下で、焚火の炎で暖まりつつ、温かなスープパスタを食べるというのは実にキャンプをしている、という実感が湧いていいのだ。体も心もホカホカ。寒い日のカップラーメンが美味しいように、寒い日に自分たちで作ったスープパスタはもっと美味しいのである。
「ふう。満腹、満腹」
「私もだ。満足した」
ウィレミナがおなかを撫でるのに、クラリッサもそう告げた。
「食器洗ってくるよ。誰かひとり手伝って」
「私が行こう」
「クラリッサちゃんは料理作ってくれたからいいんだよ?」
「キャンプに誘ったのは私だし」
というわけでサンドラとクラリッサは食器を洗いに。
「軽く洗って、布でふき取るだけでいいよ。はい、布」
「おう」
クラリッサは水場で料理に使った鉄鍋や取り分けた皿などを水で汚れを流し、キッチンペーパーでふき取っていく。なるべく食べ残しがないようにしたので、汚れをまき散らすことにはなっていない。キャンプではそれが重要。後の人も快く使えるように綺麗にしておくのである。
「サンドラってさ」
「なあに?」
「お嫁さん力高いよね」
「ふへっ!?」
クラリッサがなにげなく告げるのにサンドラが顔を真っ赤にした。
「ど、どうしてそう思ったの?」
「んー。だって、いつもなんだかんだできっちり仕切ってくれるし、ベニートおじさんのお風呂を借りたときも最後の片づけはサンドラがしてたし、こうやって後片付けもサンドラから申し出てくれたし?」
サンドラの問いにクラリッサがそう告げて返した。
「そ、そっかー。でも、クラリッサちゃんも今回の件でお嫁さん力上がったと思うよ」
「上がったのはサバイバルスキルだと思う」
「クラリッサちゃん……」
クラリッサはお嫁に行く気などこれっぽっちもないぞ。
「サンドラは結婚する?」
「素敵な人が見つかったらね」
「私もだ。出会いがあればいいけれど」
クラリッサたちは皿を洗いながらそう告げ合う。
「ク、クラリッサちゃんはお嫁さん力高い人は理想じゃない?」
「私の理想はバリバリ稼いでくれる人だね。それからワイルドな人」
クラリッサはいつもの理想を語る。
「……クラリッサちゃんの馬鹿……」
「何か言った?」
「なーにも」
クラリッサとサンドラは皿を洗い終えると綺麗に水気をふき取って、フェリクスたちの待つテントまで戻ったのだった。
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「でな、この熱した石をそこそこまで冷やしてから布に包んで寝袋に入れるんだ」
テントでは寝る前の準備が進められていた。
今は懐炉作りである。懐炉と言っても化学反応で熱が発生するものは開発されていないので、キャンプ場にある適した石を温めて寝袋に入れるか、湯たんぽのように熱したお湯を入れたものを寝袋に入れるかである。
「これで暖かい寝袋で寝れるってわけだ」
「おお。流石はフェリクス」
フェリクスの説明にクラリッサたちが拍手を送る。
「シャロンは東部戦線ではどうしてたの?」
「火は敵に発見される恐れがあるので使えませんでしたので、仲間内で密集して体温で温め合っていましたであります。冬は死ぬ人間が多かったでありますね」
「おおう……」
シャロンの話を聞いた一同は困った表情を浮かべた。
笑い話のようにシャロンが話すのだが、全然笑えない。
「それも死体が死後硬直と寒さでカチコチに凍っているので、埋葬するにも苦労したであります。それでも人ととして埋葬はしてやらないとでありますからね」
「う、うん」
シャロンの生々しい体験談に暖まったはずの体が冷え始めた。
「シャロン。聞いておいてなんだけど、笑える楽しい話をして」
「笑える楽しい話でありますか……」
シャロンがうーんと唸り始める。
「ああ。一度閲兵式があったのですが、その時にやってきた将軍のヅラが軍帽からはみ出していまして、笑うに笑えず、みんなして苦しい思いをしたであります。そのあとで大笑いしたのでありますが、まあ、それぐらいでありますよ」
「他にいい思い出はなし?」
「戦場にいい思い出なんてないであります。自分は傷病除隊で前線を離れられましたが、他の兵士たちはまだ前線で戦っていると胸が苦しいでありますよ。あそこは人が死ぬときは一瞬で死ぬ世界でありますからね」
「そっかー」
やはり戦争は終わらせるべきなのだろうと考えたクラリッサだった。
「みんないつ頃寝る?」
「もうしばらくは自然を楽しんでおきたいかな。ロンディニウムにはこんな場所はないからね。夜空もこんなにはっきり見えるし」
「あたしも自然を満喫ー! ここにブルーを連れてきたら大喜びしただろうになー」
確かに犬を遊ばせるにはすごくいい場所だ。どこまでも広がる平原。ここなら犬たちも思う存分遊べるだろう。しかし、残念なことに大型犬であるブルーは列車に乗ることができないのだ。
「クラリッサちゃんのアルフィはどうしてる?」
「アルフィはこの間、石板に文字を書いてた。どこの文字かは分からないけど」
「それ絶対やばいのだよ」
アルフィは自分が呼ばれた気配がするのにサイケデリックな色合いに変色したが、それだけで石板に酸で文字を記す作業を続けた。テケリリ。
「フェリクスはどうする?」
そこでクラリッサがフェリクスに話しかけた。
「俺もしばらくは星を見ておく。最近、ようやく天文学の面白さが分かってきてな」
「おお。ロマンチックだね」
フェリクスが告げ、クラリッサがにやりと笑う。
「フェリちゃんと私は同じ星座よ!」
「そりゃ双子だからね」
ここぞとばかりにトゥルーデがアピールするのに、クラリッサは神妙な顔をした。
「けど、ふたご座じゃないんだよね」
「天秤座だな」
クラリッサはこれまでフェリクスとトゥルーデの誕生日会も開いたが、それは10月の体育祭が終わってからのことであった。
「フェリちゃん、フェリちゃん。どの星座がふたご座?」
「あれだな。あの光が強い星と星を結んで──」
ふたご座が見えにくいのは6月と7月だと言われている。
クラリッサたちはのどかな自然の光景を眺めてココアを飲み、心の底からリラックスするとうとうとし始めた。
「ねえ。そろそろ寝ない?」
「そうだな。明日の朝のこともあるし、そろそろ寝るか」
というわけで、クラリッサたちは寝袋へ。
「おー。暖まってるー。これはいいね」
「寒いから眠れるか心配だったけどこれなら安心だね」
クラリッサが寝袋の温度を確かめ、サンドラがそう告げる。
「あれ? シャロンは寝ないの?」
そこでシャロンが寝袋の準備をしていないことに気づいた。
「はい。ベニート様からここにはたまに人を襲うイノシシがでるということから見張りを。このように猟銃もお借りしましたし」
「おおーっ!? 軍用の新型小銃っ! 金属式薬莢の後装式! 8連発銃!」
クラリッサが思わずエキサイトする。
「シャロン。見張りは代わるから、それ私に貸して?」
「えーっと。それはちょっと……」
子供に銃を持たせるのは危険だし、何せクラリッサだぜ?
「触るだけでも、触るだけだから触らせて?」
「分かったであります……」
シャロンは弾倉を抜き取り、チャンバーからも銃弾を取り出すと、クラリッサに銃を手渡した。クラリッサはワクワクしながら軍用の新型小銃に触る。
「はあ。これまでは魔道式小銃がメインだったけれど、ついに威力が実弾を使う銃の方が上回ったんだよね。これからは順次、装備はこれに置き換えられていくはず。研究自体は進んでいたのに、これまでは魔道式小銃の方が便利で採用されなかったんだよね」
「確かに魔道式小銃は強力でしたからね。反動も少なく、威力もある。ですが、ついに装備が更新されるときがきたのでありますね」
これまでマフィアたちが抗争にマスケットを使っていたのは、需要がないためにこのような後装式ライフル銃が製造されなかったためである。だが、アルビオン王国のロイヤル・オードナンス社が威力あり、連発可能な実弾小銃を開発してから事情は変わった。
魔道式小銃から放たれる金属の槍と実弾小銃から放たれる弾丸では、弾丸の方が命中精度と威力、ともに高かった。
この事実から各国の軍隊は魔道式小銃の製造を取りやめ、実弾小銃の開発と製造を始めたのだった。
マフィアの抗争にもこれからはこの手の実弾小銃が使われるようになるだろう。リバティ・シティを治めるヴィッツィーニ・ファミリーがマフィア時代の象徴ともいえるトンプソン短機関銃を手に入れるのも時間の問題かもしれない。
少なくとも拳銃などの小火器は更新され、従来のショットガンなども改良されていくだろう。この世界には既にショットガンは存在はしているのだ。
「はあ。いいな。銃。大人になったらベニートおじさんみたいに銃をコレクションしようかな。今のうちに古い銃を買い取っておくべきかもしれない」
「リーチオ様に怒られないようにしてくださいね?」
リーチオはクラリッサが銃火器を集めることには大反対するだろう。
だって、クラリッサだぜ?
「ふわあ。それじゃあ、私はもう寝るよ。シャロンも少しは休みなよ」
「はいであります」
クラリッサは寝袋に潜り込み、ぐっすりと眠りについた。
まだ焚火の光が周囲を照らしている。
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