娘はいよいよキャンプに行きたい
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──娘はいよいよキャンプに行きたい
11月上旬。
この日は比較的暖かな日だった。
太陽の光は暖かく、防寒着で身を固めたクラリッサは前のボタンを外した。
「シャロン。そろそろ行こうか」
「はいであります」
シャロンも執事服ではなく、アウトドア用の防寒着に身を包んでいる。
待ち合わせ場所はパディントン駅となっている。
クラリッサたちは馬車にごとごとと揺られ、パディントン駅に到着した。
「クラリッサちゃーん! こっち、こっち!」
「おお。サンドラ。元気いっぱいだね」
「張り切ってきちゃったから」
サンドラもお洒落で動きやすい防寒着で身を固めている。
「ウィレミナたちは?」
「フェリクス君とトゥルーデさんはもう来てるよ。喫茶店でお茶して待ってる。ウィレミナちゃんはまだ来てないけど、そろそろかな?」
噂をすればなんとやら。ウィレミナがやってきた。
「ちーす、クラリッサちゃん、サンドラちゃん」
「ちーす、ウィレミナ。準備はばっちり?」
「兄貴のお古だけど防寒着も準備したし、ばっちり。食材も持って来たよ」
「ナイス」
食料担当はクラリッサとウィレミナだ。
「それじゃあ、そろそろ行こうか。鉄道も来ているんじゃないかな」
「フェリクス君たち呼んでくるね」
サンドラはフェリクスたちを呼びに行った。
「あたしたちは切符買っておこうか」
「そうしよう」
パディントン駅からサンドフォード村のキャンプ場までは鉄道で2時間30分。
クラリッサたちはフェリクスたちと合流すると列車に乗り込んだ。
「この寝袋、本当にコンパクトになるよね。流石はお高いだけはある」
「キャンプは荷物のことも考えないとな。なるべく収納できるのがいい」
サンドラがリュックサックを荷物籠に置いて告げるのに、フェリクスがそう告げた。
「私のフェリちゃんへの愛は折り畳みできないほど大きいわよ」
「折りたたんで捨ててしまいたい」
「酷い!」
そんなこんなでわいわいしながら鉄道の旅を楽しむこと2時間30分。
「到着!」
「厳密にはまだ到着してないけどね」
この駅から馬車で1時間の位置にサンドフォード村とキャンプ場は存在するのだ。
「確か乗合馬車がこっちの方に──」
クラリッサが周囲を見渡す。
「あったあった」
サンドフォード村までの乗合馬車が駅の前で待っていた。
「では、行こうぜ、諸君」
「レッツゴー!」
クラリッサたちは乗合馬車に乗り込むと、ゴトゴトとサンドフォード村を目指した。
1時間さらにお喋りを重ねて、フェリクスが会話に飽きてきたころ、サンドフォード村が見え始めてきた。農場が広々と広がる田舎だ。だが、田舎であるが故に空気はロンディニウムより遥かに清らかだった。
「あそこがサンドフォード村か?」
「そだよ。まずはベニートおじさんに挨拶していこうね」
クラリッサがそう告げて返すと、クラリッサたちはサンドフォード村の前で乗合馬車を降りた。サンドフォード村は10世帯ほどの小さな村であり、それぞれの家屋は農地と牧場によって隔てられている。
だから、ベニートおじさんがここで敵対者をミンチにしても、誰も気づかなかったというわけである。個々の家屋のプライバシーはしっかりしている。
「ベニートおじさんの家はこっちだよ」
クラリッサがサンドラたちを案内する。
すると、農家にしては立派な家が見えてきた。少し離れた場所には厩舎があり、農場の生き物の鳴き声が聞こえてくる。
「ベニートおじさん。遊びに来たよ」
クラリッサが扉をノックしてそう告げるとドアが開いた。
「おお。クラリッサちゃん! 来てくれたか! さあ、みんなも上がって上がって」
ここで敵対者を拷問して、ミンチにして、豚の餌にしていたベニートおじさんはそんなことはなかったかのような態度でクラリッサを新しい家に案内した。
「家、広いね」
「ボスから退職金をたっぷりともらったからちょっとデカくしたんだ。仕留めた獲物なんかも飾りたいところだしな。最近では猟銃のコレクションも趣味にしている」
「猟銃! どんなのがあるの?」
「ここだけの話だが、軍用小銃も手に入れていてな……」
「ふむふむ。それは夢が広がるね。いいコレクションだ」
ベニートおじさんとクラリッサがいかがわしい会話をするのをサンドラたちが渋い表情で眺めていた。これから狩りをしますとか言いかねない。
「クラリッサちゃんのお友達たちでしょう。こっちに来てアップルパイでも食べないかしら? お茶もあるわよ」
「ごちそうになります」
クラリッサとベニートおじさんがいかがわしい話題で盛り上がっているので、サンドラたちはベニートおじさんの奥さんの厚意に甘えてお茶にすることにした。
「今日はキャンプに来たの?」
「はい。近くにキャンプ場があるそうなので」
「キャンプ場と言っても水場とトイレが整備されているだけだけれどね。ああ。確か管理人さんが薪を売っていたわね。薪はそこで手に入れればいいわ」
「なるほど」
クラリッサは下調べのしの字もしなかったので、ここにきて初めて情報収集だ。
「それからお風呂やシャワーはうちに来るといいわ。女の子はやっぱりお風呂に入らないと気になるでしょう?」
「助かります」
女子にとって身だしなみは大事である。別に男子が大事ではないとは言わないが、女子は清潔であることによりいっそうの努力をしている。1日でもお風呂に入れないというのは、実に困ったことなのだ。
「それからクラリッサちゃんと仲良くしてあげてね。あの子は少し変わっているけどいい子なの。うちの亭主みたいな人間とも遊ぶけれど、同年代の子と遊んだほうがいいわ」
「それはもちろんです。私たちもクラリッサちゃんにお世話になってますから」
「ありがとう。じゃあ、困ったことがあったらいつでもここ来てね」
ベニートおじさんの奥さんはそう告げて微笑むとキッチンに向かった。
「思ったけどさ」
「うん」
「クラリッサちゃんっていろんな人に愛されているよね」
「人徳って奴なのかな」
リベラトーレ・ファミリーも七大ファミリーの幹部たちも、そしてサンドラたちもクラリッサのことを良く思っている。突飛な行動をするのはなんだが、それはそれとして、嫌われてはいない。最近ではクリスティンですらクラリッサのことを毛嫌いしていない。未だに嫌っているのはフローレンスぐらいのものである。
これもクラリッサの人徳なのか。それとも金の力なのか。
「やあ、ごめんごめん。ベニートおじさんのコレクションを見せてもらってたんだ。今はシーズンだからよければちょっと狩りに……」
「いかないよ」
「ぶー……」
愛されていても行動の全てが認められるわけではないクラリッサだ。
「なら、そろそろキャンプ場に行こうか。急がないと暗くなっちゃう」
「そだね。そろそろ行こう。御馳走様でした」
サンドラたちは空になったティーカップと皿を残して立ち上がる。
「気を付けてな、クラリッサちゃん。この時期は寒いからね」
「任せて。ばっちり準備してきたから」
心配するベニートおじさんにクラリッサはサムズアップして返した。
いよいよキャンプの時間だ。
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「テント設営完了ー!」
クラリッサたちはテントの設営を完了した。
ああじゃない、こうじゃないと四苦八苦し、フェリクスの助けを借りて、なんとか設営できたものである。ついでにシャロンの力も借りている。クラリッサのテントは3人が過ごせるだけあって大きいのだ。
「さて、これからどうする?」
「ご飯……にはちょっと早いな。先にベニートおじさんの家でお風呂借りようか?」
フェリクスが尋ねるとクラリッサがそう告げる。
「賛成ー。テント設営するだけで汗かいたー」
「私も暗くなる前にシャワー浴びておきたいな」
キャンプ場は広大だったがシーズンオフということもあって、クラリッサたちのキャンプの他には数か所のテントしか存在しない。加えて辺りは街灯などもなく、広い平原であり、暗くなってしまったら道に迷ってしまうこと間違いなしだ。
「それじゃあ、私たちはベニートおじさんの家に行ってお風呂借りてくるけどフェリクスとトゥルーデはどうする?」
「俺は後でいい」
フェリクスはこの広大なキャンプ場を明るいうちに頭に収めておこうと歩き回っている。
「私はフェリちゃんと入るからいいわ」
「おい。姉貴。とっとと風呂に入ってこい」
トゥルーデはフェリクスとの混浴を試みたが呆気なく却下された。
「酷い、いつも一緒にお風呂に入ってるのに」
「いつの話だ。もう小学校に入るときには一緒に入ってなかったぞ」
「そうだったかしら」
「都合のいい時だけ知らぬふりをするな」
というわけでトゥルーデもお風呂に連行。
「ベニートおじさん。お風呂貸して」
「おう。いいよ。風呂場はこっちだ」
クラリッサがベニートおじさんの家に戻ってきて、ベニートおじさんが風呂場に案内する。風呂場は清潔そのもので、よく掃除されているのが窺えた。
「それじゃあ、ゆっくりとな。最近は寒いから湯冷めしないように気を付けて」
「ありがと、ベニートおじさん」
クラリッサはそう告げるといそいそと衣服を脱ぎ始めた。
「……クラリッサちゃん」
同じく衣服を脱ぎ始めたウィレミナがそれを見つめる。
「育ったね?」
「ふふふ。私のナイスバディにようやく気付いたかね」
クラリッサは平均よりちょっと成長していた。身長も女性としての発育も。
対するウィレミナが育ったのは足の筋肉と背丈だけだ。
クラリッサは勝ったとばかりに不敵な笑みを浮かべる。
「ふいー。ちょっと防寒着を着込みすぎちゃったみたい。ちょっと暑いくらいだった」
「ぶー……。フェリちゃんとお風呂に入りたかったのにー……」
そして、サンドラとトゥルーデが衣服を脱ぐ。
そこには平均よりちょっと成長したぐらいのクラリッサとは比べ物にならない立派なものが。凄まじい発育だ。
「……私たちは団栗の背比べだたね」
「……だね」
クラリッサとウィレミナは意気消沈してしまった。
「ん? どうしたの、クラリッサちゃん?」
「サンドラのことは今度から乳牛と呼ぼう」
「酷い!」
クラリッサ。ちょっと嫉妬したからといって、友達に変なあだ名をつけてはいけないぞ。そういうのはいじめだぞ。
「しかし、トゥルーデも発育がいい。サンドラもトゥルーデも普段から何かしてるの? キャベツと牛乳をいっぱい取ると大きくなるって聞いたけど」
「それ絶対ガセだよ、クラリッサちゃん」
民間伝承に頼ってはいけない。
「特にしてることはないかなあ。うち、お母さんも大きいから家系だと思う」
「うちのお母様もそれなりに大きい方よ。フェリちゃんはいくら大きくても振り返ってくれないけれど!」
そしてサンドラとトゥルーデがそう答えた。
「家系か……。ママは大きかったのかな……」
「そんなに気にしなくてもクラリッサちゃんは綺麗だと思うよ。バランスよくて」
「嫌味にしか聞こえない」
「そ、そんなつもりじゃ……」
持てる者がそういうことを言っても説得力がないのだ。
「さあ、早くお風呂に入りましょう。フェリちゃんがひとりで寂しくしてるわ」
「むしろ、静かで喜んでたりして」
トゥルーデとクラリッサはそう言い合いながらお風呂に入った。
汗を流し、体を洗い、顔を洗い、髪を洗い、そうやって丁寧に今日の汚れを落としていった。狭いお風呂で4名というのは大変だが、面白いものだった。
「ふう。さっぱり。気持ちよかった」
「後は夕食を張り切って作るだけだね」
「おうとも。素晴らしい料理を作ってやるぜ」
「隠し味はなしだよ」
クラリッサは素人の癖に料理をアレンジしようとするから手に負えない。
それから火力を上げすぎる。炎が足りないと自分の魔力で生み出した炎でファイアーするので何もかもが丸焦げになってしまう。
「私は愛情を入れるわ!」
「愛情は気持ちだよ? 体液とかじゃないからね?」
問題児だらけのキャンプ。
果たしてクラリッサたちは夕食にありつけるのか。
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