娘はスカンディナヴィア王国へ向かいたい
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──娘はスカンディナヴィア王国へ向かいたい
「では、班ごとに分かれてー」
修学旅行当日。
王立ティアマト学園高等部の体育館では、制服姿の生徒たちが旅行鞄を手に集まっていた。それが教師の合図で事前に決めていた班ごとに分かれる。
「いよいよスカンディナヴィア王国だね、クラリッサちゃん」
「スカンディナヴィア王国と言えばバイキング。私たちもバイキング精神で行こう」
「……それはどういう精神なので?」
「俺のものは俺のもの、お前のものは俺のもの」
「クラリッサちゃんはバイキングに謝って」
「実際にバイキングはそういう人たちだったんだから間違いないよ」
アルビオン王国もかつてはバイキングによる略奪の被害を受けていた国である。というか、国そのものを分捕られた経緯がある。まさに俺のものは俺のもの、お前のものは俺のものである。
「なあなあ、スカンディナヴィア王国のお土産って何がいいと思う?」
「シュールストレミングの缶詰?」
「それ、滅茶苦茶臭い食べ物だろう。あたしでも知ってるぞ」
この世界にもあの恐るべき開封注意の缶詰は存在した。
「まあ、あそこら辺は漁業が盛んだから、魚類の缶詰とかもいいし、山羊のチーズとかでもいいと思うよ。あるいは国営カジノで販売しているグッズとか」
「……カジノあるの?」
「完全に国営だけどね」
スカンディナヴィア王国は戦費捻出のために国営カジノを運営している。国営なので監査が厳しく、客もあまり儲けられないので人気はいまひとつだ。
「後は家具とか? 有名なメーカーがあったはずだよ」
「家具をお土産にするには荷物が……」
「後から郵送してもらうって手もあるよ」
「なるほど」
スカンディナヴィア王国は家具作りの国としても知られているのだ。そのお洒落な家具は大陸でも人気の品だ。
「でも、家具は高いし、実際に必要かも迷うしな」
「まあ、いろいろと見て歩けばいいものが見つかるかもよ」
実際にお土産屋さんに行けば、迷うほどお土産が並んでいるだろう。
「えー。皆さん、静かに。これからスカンディナヴィア王国に向かいます。集団行動を心掛け、スカンディナヴィア王国の人たちに迷惑をかけないように。それから今回は東部戦線で私たちを守ってくれているアルビオン王国遠征軍の将兵の方々を慰問します。感謝の気持ちを込めて、慰問袋を渡してください」
教師は事前の注意としてそう告げた。
「慰問袋って中身は何なのかな?」
「チョコレート。紅茶の茶葉。新しい靴下。飴。それから家族からの手紙」
「へえ。クラリッサちゃんは知ってるんだ」
「私たち生徒会が考えたからね」
慰問袋の中身を考えたのはクラリッサたちである。
ジョン王太子が王太子として前線の将兵たちに少しでもくつろいでほしいと思って、高級なチョコレートや茶葉を選んだぞ。クラリッサは塹壕戦で靴下がダメになるとシャロンに聞いていたので靴下を入れることを提案したぞ。
それからとにかく前線の兵士は煙草と甘いものに飢えていると聞いたクリスティンが飴を入れることを提案。フィオナは家族からの手紙は喜ばれるはずだとして、慰問袋をそれぞれの将兵宛てに分け、手紙を同封した。
クラリッサたちも仕事をするときは仕事をするのだ。
「前線の兵隊さんは大変だから労ってあげたいね」
「サンドラたちのお兄さんたちは兵隊にとられなかったの?」
「うん。運良くね」
アルビオン王国では徴兵はくじ引きである。くじ引きで徴兵か否かが決まり、配属先も陸軍か海軍かが決まる。
ウィレミナ兄もサンドラ兄も運よく徴兵を逃れた形だ。
「うちの兄貴は単位は確実に取っていったから、予備役将校訓練課程を受けずに済んだってのも幸いだったな。あれ受けてたら、絶対に東部戦線送りだから。まあ、徴兵で一番下っ端の兵卒やるのと、予備士官とは言え一応は士官をやるのじゃ、予備士官の方がよかったかもね」
予備役将校訓練課程を受けておくと単位がもらえたり、学費が一部免除されたりと利点がある。だが、今の情勢下では確実に東部戦線送りだ。
だが、ウィレミナの言うように徴兵で一兵卒として従軍するのと、予備士官として士官として従軍するのとでは士官の方がよかっただろう。
もっとも一兵卒の責任と士官の責任を考えると、必ずしも士官がいいとは言えない。士官は士官で大変なのである。
「それでは皆さん、馬車に乗ってください。荷物を忘れないように」
「いよいよだ」
クラリッサたちはついにスカンディナヴィア王国に向かう。
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スカンディナヴィア王国までは船旅となる。
ドーバーを出発して、北海を横断し、スカンディナヴィア王国の首都であるクリスチャニアに寄港する。
長い船旅をクラリッサたちは雑談やカードゲームで潰し、肌寒くなってきた北海の様子を時折眺めたりした。後は恒例のカップル探しである。
クリスティンとフェリクスを冷やかし、ジョン王太子とフィオナの様子を影から観察し、そんなことをしながらクラリッサたちはクリスチャニアまでの時間を潰した。
そして、ついにスカンディナヴィア王国の首都クリスチャニアに到着。
「おー。ここがクリスチャニア」
「海軍の船が停泊しているね。あれはアルビオン王国海軍かな?」
クラリッサたちは港の様子を眺めながら、船がゆっくりと桟橋に着岸するのを待つ。
「ついた、ついた」
「乗り込めー!」
クラリッサたちは荷物をひっつかむと船から飛び降りた。
「スカンディナヴィア王国へようこそ。王立ティアマト学園の皆さん!」
クラリッサたちが船を飛び降りて他の生徒たちと列を作ると、少し鈍りのあるアルビオン語で歓迎の挨拶がかけられた。
「初めまして。もしかして、聖バアル学園の?」
「はい。聖バアル学園の生徒会長アデラ・オーグレーンです。どうぞよろしく」
クラリッサが尋ねるのに、色白の美少女はそう返した。
「ども。私はクラリッサ・リベラトーレ。王立ティアマト学園の生徒会長」
クラリッサはそう告げてアデラの握手に応じた。
「他の生徒会の方々は?」
「そろそろ来るんじゃないかな」
クラリッサは一番に船を降りたので先頭にいたのだ。
「ウィレミナ。聖バアル学園の生徒会長さんが来てるよ」
「おお。生徒会会計のウィレミナ・ウォレスです。よろしく!」
会長の次は何故か副会長ではなく、会計だった。
「どうも。副会長や書記の方々は?」
「いないよ」
「え?」
「うちの生徒会に副会長と書記はいないよ」
「ええー……?」
クラリッサが言い切り、アデラは困惑した表情を浮かべた。
「失礼、失礼!」
そんなとき、後方からジョン王太子たちがやってきた。
「副会長のジョンだ。どうぞよろしく」
「書記のクリスティン・ケンワージです。どうぞよろしくお願いします」
ジョン王太子とクリスティンはなんとか前列に出るとそう挨拶した。
「あれ? 副会長と書記はいないんじゃあ……」
「彼らは自称副会長と自称書記なんだ。生徒会に勝手に居座られて困るよ」
アデラがきょろきょろとし、クラリッサがそう告げた。
「誰が自称副会長だって、クラリッサ嬢?」
「クラリッサさん?」
自称とされたジョン王太子とクリスティンがクラリッサを胡乱な目で見つめてくる。
「困っちゃうよね。いくら生徒会の仕事が名誉でも自称しちゃうなんて」
「よし。我々は自称らしいから、これから生徒会の仕事は全てクラリッサ嬢に任せよう。今度は体育祭の準備とかいろいろあるが、自称の生徒会役員はいらないだろう」
ジョン王太子はそう告げて回れ右する。
「冗談、冗談。ちょっとしたジョークだよ。君たちは立派な生徒会役員」
「君という奴は……」
ジョン王太子がため息混じりに戻ってくる。
「遅くなりました」
それからフィオナが顔を出した。
「庶務のフィオナ・フィッツロイです。どうぞよろしく」
「え。ええ。あなたは正真正銘の生徒会役員で?」
「……? そういうことになりますね」
アデラはクラリッサが翻弄しまくったせいでよく分からなくなりつつあるぞ。
「それではようこそ、王立ティアマト学園の方々。我らの母校までご案内します」
アデラはそう告げると準備していた馬車に王立ティアマト学園の生徒たちを案内する。ここから少し距離があるのが聖バアル学園だ。
クラリッサたちは馬車に乗り込むと聖バアル学園を目指した!
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聖バアル学園。
王立ティアマト学園と同じく歴史ある学園だ。この学園も士官学校を一般に開放したものなのだ。モットーは質実剛健。元は士官学校らしいモットーだ。
だが、全体の施設としては王立ティアマト学園より古びている。
というのも、なんだかんだで余裕のある王立ティアマト学園と違って、聖バアル学園は本当に余裕がないのだ。
長きにわたる魔王軍との戦争の最前線。そのために教育予算は減らされ、今のような古ぼけた施設のみが残されたのである。
「あまり豪華な歓待はできませんが」
「大丈夫。期待してない」
「はあ。そうですか」
古ぼけた校舎とスカンディナヴィア王国というかつての大国に期待はゼロだ。
「さあ、ささっと行事を終わらせよう。特にすることもないでしょ?」
「両校の情報交換など……」
「うちの学園は順風満帆です。そっちは上手くいってないみたいですね。終わり」
クラリッサからは何が何でも姉妹校同士の交流など適当に終わらせてやるという固い意志が感じられてしまっている。
「クラリッサ嬢。真面目にやらないと体育祭の準備は協力しないよ?」
「ふうむ。それは逆に言えばここで真面目にやれば、ジョン王太子たちは私が体育祭で何をやろうとも協力してくれるってことだね?」
「あ。そ、そういうわけでは──」
「さあ、意見交換と行こう」
見事にクラリッサの策に乗ってしまったジョン王太子である。
果たしてクラリッサは体育祭で何をするつもりなのか……。
「王立ティアマト学園では学校行事に力を入れていると聞きましたが、具体的にはどのような試みを試しているのでしょうか?」
「どんな些細なことでも賭けの対象にすることだよ。うちの学園では聖ルシファー学園と何度も合同イベントをやっているけど、その度に賭けをするよ。両校が互いの面子のために戦う賭け事では、大金が動くし、賭けの元締めは儲かる。それで得た収益金を陸上部などに還元することで学園全体の活気が上がるというわけさ」
「な、なるほど。しかし、スカンディナヴィア王国では賭け事は全て国の許可を得なくてはなりませんので……」
「それを変えていくのが生徒会だよ?」
クラリッサはいい笑顔でそう告げた。
しかし、国が規制しているものを一学園が変えようというのはちょっと無理があるぞ。クラリッサたちのカジノ部も本来なら法律すれすれの代物なのだ。
「さ、参考にさせていただきます。それと文化祭を3日間開催にされたとか」
「それは中等部のときからだね。3日間にした意味は大きいよ。私たちのような小中高一貫の学園では、文化祭を3日間開催することによって、学年ごとの溝が埋まるし、初等部の子たちは高等部の催し物からアイディアを得たりするからね」
「ほうほう。それは有意義ですね」
「それから収益金の還元だね。自分たちで稼いだお金が自分たちのものになる。これはモチベーションが大きく上がるよ。3日間開催なら戻ってくるお金も大きいし、これは是非とも取り入れてもらいたいな」
「う、うーん。うちの学園でそれは難しいかもしれません。何せ、設備をまともにメンテナンスできるような予算もないですから……。収益金は次の文化祭のために取っておかなくてはならないのですよ」
「それは残念」
聖バアル学園では何事も予算ギリギリ。文化祭の予算も限られており、収益金は次の文化祭のための予算に回さなければならないのだ。
こう見るといかに王立ティアマト学園が恵まれているかが分かる。
なんだかんだで戦線から離れたアルビオン王国の経済は良好なのだ。
「それでは私たちにお尋ねになりたいことはありますか?」
「国営のカジノってどんな感じ?」
「えーっと。それは……」
クラリッサ。学生はそもそもギャンブルができないということを覚えておこう。
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