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娘は修学旅行の準備がしたい

……………………


 ──娘は修学旅行の準備がしたい



 勉強を山ほどしたらリフレッシュしたいよね?


 そんなこともあろうかと王立ティアマト学園高等部2年では、この学園生活をエンジョイしてもらうために修学旅行の予定があります。


 そんなわけで、クラリッサの生徒会にも修学旅行の仕事が回ってきた。


「パス」


「いきなりかね」


 書類の山が積み重ねられると同時にクラリッサが宣言した。


「なんで学園生活をエンジョイしたいのに、こんなクソ面倒なことしなくちゃいけないの。こんなことだから聖ルシファー学園に新入生の数で抜かれるんだよ」


「いや。こういう仕事があると分かって生徒会に入ったのだろう」


「分かってなかった」


「おい」


 リーチオは散々、生徒会は雑用係だぞと警告していたぞ。ちゃんとそれを聞いておかなかったクラリッサが悪いね。


「今回の仕事は何? 生徒会にしかできないことなの?」


「うむ。いつも通りしおりの管理と観光地の案内だ。今年はスカンディナヴィア王国だよ。スカンディナヴィア王国はアルビオン王国とも歴史的かかわりの深い国であり、同時に姉妹校のひとつである聖バアル学園がある。今回はそこへの表敬訪問と──」


「あー。あー。面倒くさい。しおりは全面的に文化委員会に任せることにします」


 ジョン王太子が説明するのを遮ってクラリッサがそう告げた。


「君という奴は! なんでも投げればいいというものではないのだよ!」


「でも、生徒会じゃないとできない仕事ってわけでもないでしょ。他でできることは他に回す。どうせ文化委員会なんて文化祭ぐらいしか見せ場がないんだから、使ってあげないと。これからの世の中は全てを自分たちでする社会ではなくなるんだよ?」


 この時代に於いて業務のアウトソーシングを促進するクラリッサであった。


「というわけで、文化委員会を招集します。他に仕事は?」


「……修学旅行の旅費負担に関するものだ」


 なんだか納得いかないものを感じながらジョン王太子が告げる。


「これは何すればいいの?」


「生徒の代表として納得したということならば生徒会長のサインを入れればいい」


「詳しいね」


「私が以前生徒会長だったことをお忘れかな?」


「ああ。そんな不幸な時期もあったね」


「君という奴は!」


 クラリッサがわざとらしくしみじみとした雰囲気を出す。


「で、旅費の個人負担額は5万ドゥカートと。ウィレミナは大丈夫?」


「流石にそれぐらいはどうにかなるぜ」


 ウィレミナの家はこれまで負担だった兄たちの学費が消え、逆に兄たちから仕送りが来るようになったので以前のようなとっても貧乏家族ではなくなったのだ。


 まあ、貴族というにはちょっと貧乏だけれど。


「ねえ、姉妹校への表敬訪問を中止して、自由行動の時間を増やせば予算さらに削れないかな。ぶっちゃけ姉妹校とか何の役にも立たないでしょ。スカンディナヴィア王国とか寒いだけの国だし、ささっと終わらせて帰った方がよくない?」


「君は聖バアル学園とスカンディナヴィア王国の人たちに謝りなさい」


 他国を馬鹿にしてはいけないぞ。


「スカンディナヴィア王国は魔王軍に対する東部戦線の一角を担っている国であり、アルビオン王国からも大勢の兵士が派遣されている。それらを慰問する目的もあるのだよ」


「……魔王軍、かあ」


 クラリッサは自分のルーツについて考えたことがある。


 自分は間違いなく魔族の子供だ。他の子供とはあまりに違うからそれは分かる。


 魔王軍は魔族で構成されている。そして、人類の敵だ。


 自分も人類の敵なのだろうか? そう考えたことは一度だけではない。


 だが、父であるリーチオは人類の一員として社会に貢献している──マフィアとしてアルビオン王国の暗黒街を支配するのもクラリッサの中では貢献なのだ。


 魔族と思われるリーチオは魔王軍を裏切ったのだろうか?


 この前の連続殺人事件で出会ったブラッドという青年はリーチオのことを『待っている』と言っていた。上級吸血鬼と対等に戦うところからして、ブラッドも魔族だ。それも高位の魔族だろう。それが『待っている』というからにはリーチオは既に魔王軍に所属していないように思われた。


 だからと言って、同じ魔族の血が流れる魔王軍とむやみやたらに戦争をすることを推進していいのだろうか。


 クラリッサが望むのは魔王軍が人類と講和してくれることである。そうすれば、クラリッサのジレンマはなくなるのだ。


 だが、クラリッサに政治は分からぬ。どうやれば半世紀以上も続いている魔王軍との戦争を終わらせられるか見当もつかなかった。


「それも面倒だから省略しない?」


「しない。アルビオン王国のためにも戦っている兵士を慰問することぐらいするべきだ。君のところの執事であるシャロンさんも従軍していたのだろう?」


「まあ、そうだけど」


 シャロンは魔族を恨んではいないと言っていた。それはクラリッサにとって救いだ。


「分かったよ。予定の変更はなし。この時期だとスキーには早いし、観光地をぶらぶら巡ることぐらいしかできないね。シーズンオフだから混まなくていいだろうけど」


 クラリッサはそう告げて旅費負担の書類にサインをした。


「しかし、味気ないな。フランク王国への修学旅行の時も思ったけど、刺激が足りない。もっと、楽しいことを盛り込むべきだ。スカンディナヴィア王国はカジノ合法化してるから、カジノ巡りといかないかな?」


「いかない」


 クラリッサの提案はあっさりと棄却された。


 ちなみにスカンディナヴィア王国のカジノは国営化されており、国が直接管理している。マフィアなどの犯罪組織の浸透を防ぎ、同時に財源を確保するためである。


「ぶー。今回も退屈な旅になりそうだ」


「修学旅行だよ。バカンスに行くわけじゃないんだよ」


 修学旅行とはその名の通り、修学する旅行である。遊びに行くわけではない。


「そうですよ、クラリッサさん。学校行事で遊ぼうとするのもそれなりにしておいてください。我々は学ぶためにこの学園に通っているのです」


「勉強だけが学園生活じゃないよ」


「遊ぶことだけが学園生活ではありません」


 言い返されてしまった。


「むう。なら、文化委員会を呼んで、仕事をやらせて。私は絶対にしないよ」


「はいはい。クラリッサ嬢はへそを曲げるとこれだからなあ」


 その後、文化委員会が招集され、修学旅行のしおりのチェックを任されたのだった。


……………………


……………………


「ただいま」


「おう。お帰り」


 クラリッサは生徒会の仕事を文化委員会に押し付けたことでいつも通りの帰宅となった。カジノ部で数ゲームやって部員の成長具合を見てからの帰宅だ。今年度の文化祭でもカジノ部はバリバリ稼ぐ予定なので、部員はしっかりと鍛えておきたい。


「ねえ。パパ。魔王軍との戦争って終わるかな?」


「……どうしたんだ、急に」


 リーチオも思っていた。


 魔王軍との戦争をどのように終わらせればいいかということを。


「あのね。今度の修学旅行がスカンディナヴィア王国なのは知ってるでしょ。それで東部戦線で戦っている兵士の慰問もしなければいけないんだって。だけど、魔王軍との戦争が終われば、そういうことは気にしなくてもいいでしょ?」


「ああ。そういうことか」


 クラリッサは別に麻薬戦争のことを知って、魔王軍との和平を望んでいるわけではないとわかり、リーチオは一安心した。


「魔王軍も戦争は終わらせたがっているだろう。戦争そのものは半世紀以上に渡って続いているが、今では魔王軍は領土を占領され、防衛戦闘を続けている。致命的な一撃を受ける前に、戦争を終わらせようとするのがまともな判断だ。致命的な一撃を食らって、継戦能力がなくなれば、和平を求めることもできない」


「なるほど」


 リーチオの情報にはリーチオが四天王だったときの情報も含まれている。ディーナが勇者パーティーを離脱した時点で、魔王軍は守勢に回っていたのだ。


「でも、人間の側はこのまま勝ちたいから和平を拒否するんじゃない?」


「人間側の勝利条件は人間の生存圏を守ることだ。魔族を根絶やしにしてもその目的は果たされるが、そこまでやるには相当な時間と出費と出血が必要になる。人間側の政治家がまともならば、魔王軍が和平を申し出、国境線に非武装地帯を設置して撤退するというなら、受け入れるだろう。既に戦費で破綻しかかっている国もあるんだ」


「なるほど」


 魔王軍が守勢に立ったからと言って人間が勝てるというわけでもない。


 魔族は自分たちの勝手知ったる土地での戦いにシフトし、地の利を得ていた。人間の軍隊が魔王軍支配領の奥へ、奥へと進むごとにおびただしい血が流れ、将来国を担うはずだった若者たちが死んでいく。


 そして、戦費の問題もあった。


 今は最前線になっているクラクス王国とスカンディナヴィア王国を他の国が支援しているが、この支援というのが各国にとって大きな負担であった。


 アルビオン王国はこの負担のために酒税や煙草税を法外に釣り上げねばならず、他の公共事業は縮小を余儀なくされていた。


 戦争がすぐにでも終わってくれるというのならば、各国はそれに飛びつくだろう。


 そこまで各国の財政状況は切迫しているのだ。


「うーん。ここまでの状況は分かったけど、どうしてまだ戦争が終わってないの? どっちももう戦争にはうんざりしてるんじゃん。なら、ささっと戦争を終わらせてしまっていいと思うんだけどな」


「世の中、そう簡単じゃない。魔族と人間は殺し合ってきたんだ。それがいきなり終わりにしましょうってことを誰かが言い出しても、これまでの血の連鎖を止めるのは難しいし、本当に相手に戦争を止める意志があるのか疑わしく思える」


 リーチオは続ける。


「一度戦争を終わらせようと動員解除したところを殴りかかられたら、大損害を出す。相手が裏切るか、同意するか。囚人のジレンマって奴だな。仲良く痛み分けで和平するのがグッド、裏切って勝ちに行くか、両方が裏切って戦争が再勃発するのがバッド」


 和平交渉で裏切るか否か。


 それがあるからこそ、両者ともに和平に踏み出せずにいるのだ。


 これまで半世紀以上に渡って戦い続けてきた相手だ。そう簡単には講和できない。講和にはこれまで流した血の分だけ時間がかかるだろう。


「それでも早く平和にしたいよね。シャロンだって戦争で手を失っちゃったし、私たちだって人間と魔族がもめていない方がいいでしょ?」


「それは……」


 リーチオはそこで気づいた。


 クラリッサは自分のルーツを確信して、平和を望んでいるのだと。自分が魔族の子供であるからこそ、魔族と人間の間に平和が訪れることを望んでいるのだと。自分がその争いのはざまに生まれた人間と人狼のハーフであるが故に。


「……恨んでいるか?」


「何を? 私はパパの子であることを誇りに思っているよ。だけど、人間と魔族には仲良くしてほしいと思う。パパだってそうだよね?」


 クラリッサは本当にリーチオの子供に生まれてよかったと思っている。自分のルーツがなんであれ、リーチオの正体がなんであれ、ここまで自分を育ててくれたのはリーチオだ。自分のわがままを聞いてくれたのはリーチオだ。


 それを恨んだりするはずがない。


「ああ。俺も平和を望んでいる。できる限りのことはしよう」


 リーチオは思った。


 クラリッサが何不自由なく暮らせるようにするためにはリベラトーレ・ファミリーを合法化するだけでは足りないのだと。本当にクラリッサが平穏に暮らすためには、魔王軍との長きにわたる戦争を終わらせなければならないのだと。


「さ、自分の部屋に戻りなさい。グレンダがそろそろ来るぞ」


「了解ー」


 クラリッサはトトトと自分の部屋に戻っていった。


「……戦争を終わらせる、か」


 リーチオは呟く。


「ブラッドに会うべきかもしれない。魔王軍の真意が知りたい」


 リーチオはそう呟いて、仕事を続けた。


……………………

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新連載連載中です! 「人を殺さない帝国最強の暗殺者 ~転生暗殺者は誰も死なせず世直ししたい!~」 応援よろしくおねがいします!
― 新着の感想 ―
[一言] 和平に反対の陣営が、敵の仕業に見せかけて代表団を攻撃とか、アニメでは、ありがちな、展開ですね。
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