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娘は合同水泳大会に臨みたい

……………………


 ──娘は合同水泳大会に臨みたい



 今回の水泳大会は合同ということもあって、ブックメーカーは聖ルシファー学園からも出店していた。聖ルシファー学園にも王立ティアマト学園のブックメーカー──クラリッサのブックメーカーが出店している。


 聖ルシファー学園のブックメーカーと王立ティアマト学園のブックメーカーは賭けのオッズも異なるため、両校の生徒が両方で賭けを行っていた。ちなみにクラリッサは生徒会長の座についてから、ブックメーカーでの賭け金制限を撤廃したぞ。


「儲かりますね!」


「儲かるね」


 計上される収益金を見て、アガサとクラリッサが声をそろえる。


 クラリッサがブックメーカーに噛んでいるように、アガサもブックメーカーに噛んでいる。彼女は収益金の還元というものを提示しながらも、クラリッサと同じように一部を懐に収めていた。とんだ生徒会長たちもいたものである。


「オッズは僅かに我が校優勢ですね。クラリッサさんはどちらに賭けられました?」


「王立ティアマト学園だよ。私は愛校心があるからね」


 愛校心のある生徒は闇カジノなんてしないぞ。


「それにしてもやはりビッグゲームは盛り上がりますね。これまでは校内行事だけで賭けていたんですが、やはりビッグゲームは賭け金が段違いです。全ての生徒が賭けていると言っていいほどの大金が動きますよ」


「ふふふ。このビッグゲームは愛校心を刺激するからね。王立ティアマト学園と聖ルシファー学園はよきライバル関係。自分たちの学園に賭けることで、勝利に貢献しているという気分になれるのさ。いい話だ」


 アガサたちのブックメーカーはあの合同体育祭の後に設立され、これまでは校内行事で賭けを行ってきていた。校内行事も盛り上がるには盛り上がるのだが、ビッグゲームほどかと言われると微妙なところである。


 ビッグゲームは盛り上がる。


 王立ティアマト学園と聖ルシファー学園はライバル関係にあると言っていい。そのふたつの学園が衝突するのに、ここぞとばかりに愛校心に目覚めた生徒たちが自分の学園に賭けるのだ。それはもう大金がどっさりと動く。


 そこから収益が生まれるので、動く金が金だけにどっさりと儲かる。


 もちろん、収益金の一部は優勝賞金や水泳部への予算増強に当てられるが、クラリッサもアガサも自分たちが働いた分のお金をいただくことは忘れない。


 本当にギャンブルの胴元とは儲かるものなのだ。


「この調子でバリバリ儲けていきましょう。ところで、水着コンテストの面子は決まりましたか? うちはギリギリになってようやく決まりましたよ」


「決まってるよ。うちは美男美女揃いだから勝ちはいただきだね」


「おっと。随分な自信ですね。こちらも負けてはいませんよ。勝利のためならなんとやら。勝ちを狙っていきますからね。水着姿のウンディーネたちに魅了されちゃいますよ。まだ審査が未了なだけに」


「……そうだね」


 クラリッサは真顔になった。


「ところで、クラリッサさんもオクサンフォード大学の経営学部を目指しておられるとか? ホテルとカジノをするのでしたよね?」


「そだよ。そういえばアガサも経営者希望だから、経営学部?」


「ええ。まずは学位を取り、父の下で働いて経験を積んでから、いずれはブランドのひとつを任せてもらいたいと思っています」


 アガサの将来の進路もクラリッサと同じく経営者だった。


「ううむ。私もパパの下で働いた経験があった方がいいのかな?」


「どうでしょう? クラリッサさんには既に経験がおありのように思えますけれど」


 確かにクラリッサはカジノ部や闇カジノ、ブックメーカーを経営しているぞ。


「それでもパパに比べるといまいちだよ。パパは経営の天才だからね。大学の学位は持ってないけれど、たくさんの部下がいて、それをまとめ上げて、軍隊みたいに行動させているんだ。パパは本当にすごいよ」


「それでしたら、今のうちからでもお父様の下でお手伝いなどしては?」


「させてくれない……」


 マフィアの仕事を娘にさせる親はいないのである。


「うーん。それでしたら私と同じように学位を取得してから実地で学びましょう。大学は理論を教えるだけに近いので、それに加えて実地で学べば、自身に自信あふれる地震でも動かないような頑丈な土台を手に入れられますよ」


「……そうだね」


 クラリッサは真顔になった。


「では、お互いの夢に向かって頑張りましょう。それでは!」


「おう。頑張ってこの大会を盛り上げよう」


 場所はハディッド・センター。会場内は観客で満ちている。


「いよいよビッグゲームの始まりだ」


 クラリッサは左手の手のひらを右手の拳で叩くと更衣室に向かった。


……………………


……………………


 ハディッド・センターのプールは50メートルのものが11レーン。


 観客収容者数は2500名。


 両校の高等部の生徒たちを収容するには十分な大きさだ。


 おまけに今回は保護者も招待してある。保護者にも賭けてもらわなければ、ビッグゲームは盛り上がらないのだ。


「おう。パパ、王立ティアマト学園に賭けてくれた?」


「賭けたぞ。4口買った」


「もっと買ってよ。儲かるよ?」


「ダメ」


 リーチオは収益金をクラリッサがちょろまかしているのをうすうす感じ取っているのだ。なので賭けるのは常識の範囲内。


「パールさんは賭けてくれた?」


「ええ。私は8口。王立ティアマト学園に」


「パールさんは分かっている」


 1口500ドゥカートで今回のゲームでは控除率30%なので、パールの場合のクラリッサの取り分は1200ドゥカートだ。これは儲かる。


「それにしてもプログラム見たら水着コンテストとかあるんだが……。まさか、お前が出るわけじゃないよな?」


「出るよ? 私の美貌を見せつけてくるから」


「……はあ」


「何故にため息を?」


 お父さんは見世物のような競技には出てほしくなかったのだ。


「クラリッサちゃんは可愛く育ったから、きっと審査員の人も高い点を付けてくれるわ。今のクラリッサちゃんはディーナさんにそっくりよ」


「照れる」


 もう16歳まで成長したクラリッサは、かつてのディーナと同じような輝きを有していた。長い銀髪も、好奇心に満ちた瞳も、スラリとした肉体も、それら全てがかつてのディーナを思い起こさせる。


 だからこそ、リーチオはクラリッサに水着コンテストに出てほしくなかったものかもしれない。クラリッサがディーナのように成長しているからこそ。


「じゃあ、私は個人メドレーとフリーリレーと水着コンテストに出るから応援してね」


「ああ。分かった」


 クラリッサはそう告げると、プールに入る前のシャワーを浴びに向かった。


「ちーす。クラリッサちゃん。準備万端?」


「準備万端」


 ウィレミナが確認に来て、クラリッサがそう告げて返す。


「ウィレミナは個人自由形とメドレーリレーだっけ?」


「おうとも。勝ちを狙っていくから任せといてくれよ」


「頼りにしてるよ、ウィレミナ」


 ウィレミナがサムズアップし、クラリッサがサムズアップを返した。


「サンドラ。準備はいい?」


「う、うん。けど、私、運動音痴だから絶対に足引っぱっちゃうよー」


「気にしない、気にしない。サンドラは個人背泳ぎだっけ」


「そ。背泳ぎは息継ぎがいらないから楽なんだ」


「平泳ぎも楽だよ?」


「うーん。あれは苦手。上手く泳げない」


 いろいろと個人の事情があるようだ。


「うちの水泳部は確実に敵にぶつけるんだよね?」


「おう。アガサと話し合って、水泳部対決を準備してもらったよ」


「うちの部、勝てるかなー?」


「頑張ってもらおう。まあ、負けたら負けたで仕方ない」


 水泳部は今回のビッグゲームで得られた収益金のうち幾分かを受け取って練習体制や指導陣を充実させることにしている。勝っても負けても、水泳部は予算が増えるのだ。


 もっとも、水泳部にもプライドがある。そう簡単に諦めはしないだろう。いい勝負を見せてくれれば、それだけゲームも盛り上がるというものだ。もし、王立ティアマト学園が逆転勝利したら、ゲームの盛り上がりは最高潮に達するだろう。


「それじゃあ、張り切っていきますか!」


「おー!」


 ウィレミナが立ち上がり、彼女たちはプールに向かった。


 最初の種目は1年生同士の対決だ。


 個人種目が自由形、平泳ぎ、背泳ぎ、バタフライ、メドレーの5種。メドレーは200メートルを泳ぐが、それ以外は50メートルだ。


 王立ティアマト学園高等部1年の各クラスの代表者と聖ルシファー学園高等部1年の各クラスの代表者が飛び込み台の上に並び、合図を待つ。


「スタート!」


 爆竹の音が鳴らされ、一斉に生徒たちがスタートする。


 水泳部の能力でこそ聖ルシファー学園に劣っている王立ティアマト学園であるが、生徒個人個人の能力は拮抗している。ギリギリの手に汗握る勝負が繰り広げられ、王立ティアマト学園が勝利し、聖ルシファー学園が勝利し、観客席からは声援が飛ぶ。


 今回は自分たちの金を賭けているというだけではなく、互いの学園というライバルを打ち倒すための戦いでもある。両校の生徒とも必死になって応援するのは当然というものだ。時には罵詈雑言が飛び出したりするが、おおむねスポーツマンシップに則った試合が繰り広げられている。


「1年生組の統合勝利は聖ルシファー学園か」


「負けちゃったね」


 2種のリレーを含めて3対4という拮抗した成績ながらも、聖ルシファー学園が一歩リードして1年生組の勝負は終わった。


「私たちが巻き返していこう。ファイト、ティアマト!」


「ファイト、ティアマト!」


 クラリッサたちは気合を入れると選手控室から出た。


 最初の競技は個人自由形。


 ウィレミナの出番だ。


 それに加えて高等部2年の個人自由形にはフローレンスが出場している。


 王立ティアマト学園の選手が並び、聖ルシファー学園の生徒が並ぶ。


「位置について」


 飛び込み台の上で緊張が走る。


「スタート!」


 爆竹が鳴らされ、選手たちが一斉に飛び込んだ。


 ウィレミナはここぞとばかりに全身の筋肉を使って前へ、前へと押し進み、それをフローレンスと聖ルシファー学園の生徒たちが追う。ウィレミナは陸上部ながら水泳も得意であり、一気に他の選手を引き離す。


 そして──。


「1位! 王立ティアマト学園のウィレミナ・ウォレス選手!」


「いえいっ!」


 ウィレミナは見事に1位を獲得した。


「2位。王立ティアマト学園のフローレンス・フィールディング選手。続いて……」


 個人自由形における王立ティアマト学園の勝利は確定した。


「やりますわね」


「そっちこそ。ファイト・ティアマトだよ!」


「ええ。ファイト・ティアマトですわ」


 プールから上がってウィレミナとフローレンスがそう言葉を交わし合う。


「初戦でやり返しました王立ティアマト学園。これからどういう流れになるでしょうか。続いての試合は個人平泳ぎです。選手は集まってください」


 アナウンスが流れるなか、『PRESS』の腕章をつけた新聞部の部員たちがウィレミナにインタビューしながら写真撮影を行う。新聞部は今回はこの合同水泳大会の特集記事を書く予定である。クラリッサからもゲームが盛り上がったことを記録してほしいと、幾分かお金を積まれているのだ。


 特集記事に注目した生徒たちが集まれば、次回もビッグゲームができるかもしれないという目論見である。来年度はクラリッサたちは生徒会役員にはなれないので。


 そして、その間にも試合は進んでいく。


 個人平泳ぎの出場選手はヘザーとクリスティン他2名。


 ヘザーは以前の水泳大会ではプールに沈んだまま上がってこなくて大騒ぎになったが、今回はどうだろうか? そして、ちびっ子のクリスティンの方もどれほどの泳ぎが披露できるのか?


「スタート!」


 注目が集まる中、一斉に生徒たちがスタートした。


 ヘザーも飛び込み…………上がってこない。


「お、王立ティアマト学園のヘザー・ハワード選手。潜ったまま進んでいるようです。これは大会の規約違反にはならないのでしょうか?」


 ヘザーはプールの底をすいすいと進んでおり、上がってくる様子はない。これは平泳ぎの競技として大丈夫なのかという議論が司会席で行われている。


「だ、大丈夫とのことです。しかし、ヘザー・ハワード選手。このまま沈み続けてゴールするつもりなのでしょうか……?」


 誰もが困惑するなかヘザーが浮上した。


 それも1位の順位で。


「1位はなんと王立ティアマト学園のヘザー・ハワード選手。会場が驚きと興奮に包まれています」


「まあ、こんなもんですよう」


 ヘザーは何事もなかったかのようにプールから上がる。


 そのころクリスティンは──。


「8位。王立ティアマト学園のクリスティン・ケンワージ選手。残念ながら最後尾でした。ですが、彼女も健闘しました」


 最後尾でひーひー言いながらゴールインしていた。


「ぐぬぬ。私ではこの程度でしたか……」


 クリスティンはくたくたになりながらプールから上がった。


「ヘザー・ハワード選手。あの長距離潜水には何かの作戦が?」


「いやあ。水責めにされている気分が味わえてよかったですよう」


「……そうですか」


 新聞部はこれは記事にできないなと思った。


「個人平泳ぎ。これは王立ティアマト学園が勝利しました。果たして次の競技では? 次の競技は個人背泳ぎです」


「来た……!」


 アナウンスにサンドラが立ち上がる。


「サンドラちゃん。ファイト!」


「サンドラはやればできる子だよ」


 ウィレミナとクラリッサがサンドラを応援する。


「うん。行ってくるね!」


 そして、サンドラは決戦の舞台に向かった。


……………………

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