娘は新年度に備えたい
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──娘は新年度に備えたい
文化祭も無事終わり、クラリッサたちのクラスは収益金学年1位に輝いた。
これもクラリッサが新聞部を買収──みんなが頑張ったおかげである。
クラリッサたちはクラスでひとり当たり2万ドゥカートの収益金の還元を受け、カジノ部では8万ドゥカートの還元を受けた。カジノ部も部活部門においては収益金1位だ。それもクラリッサが裏帳簿を作って、収益金をごまかしているにもかかわらず。
監査委員会は裏帳簿のことまでは見抜けず、今回の文化祭は概ね問題なく終了したとの監査結果を出し、生徒会長であるクラリッサが承認の判を押した。
ジョン王太子たちは訝し気であったが、ここまでくればもう大丈夫。
さて、そんな儲けて楽しかった文化祭が終われば、次は期末テストだ。
「ジョン」
「は、はい。国王陛下」
場所はノルマン宮殿。
そこでジョン王太子とジョージ2世、そして王妃キャロラインが食事をとっていた。
「最近、成績が落ちていると聞いたが、事実か?」
「は、はい。順位としては幾分か落ちました」
ジョージ2世が尋ね、ジョン王太子はそう告げた。
「よくないな」
ジョージ2世は語る。
「今や国家の価値は黄金の数や軍隊の数だけで決まるものではない。学問によっても決まるのだ。アルビオン王国には多くの発明家や科学者たちがおり、王室はそれを支援していることはお前もよく知っているだろう」
「もちろんです、陛下」
自動車、電力、電信。様々な分野で今は科学力が大事にされている。
「王室はその見本にならねばならない。つまり、王室の者も学問に通じていなければならないのだ。分かるな?」
「はい、陛下」
「かつての王たちは軍馬にまたがり、軍服を着て、ただ命じるだけでよかった。だが、今は違う。全く異なる。王は議会なしには動けず、軍服を着たところで軍の最高司令官ではない。我々王室は変わらなければならないのだ。民衆から支持を得られる王室に。そして、民衆のことを理解し、導く王室に」
ジョージ2世はそこで新しくワインを注ごうとする使用人にもう要らぬと言った。
「それなのに成績が落ちていいるとはなんだ、ジョン。王室の一員たるものが、他のものに劣っているとはどういうことだ。あれだけ家庭教師を付けて、学ばせてやっていると言うのになんという有様なのだ?」
ジョン王太子は胃がキリキリと痛むのを感じた。
確かに科学の時代であり、武勇と並んで学問が大事にされる時代においては、学問で優秀な成績を収めることは、東部戦線で戦果を挙げるのと同じくらい重視される。
そして何より、ジョン王太子は王室の一員だ。
アルビオン王国が学問に舵取りすることを決めたのは王室ではなく議会だが、それでも王室が臣民のために見本を示すのは当たり前のこととされていた。王室は皆、何かしらの学問に携わり、成果を収めるのが義務となっていた。
次代の国王であるジョン王太子もそれが望まれている。
しかし、ジョン王太子にはやりたいことがない。王室はその性質上、歴史や文学に関する学問からは一歩引かねばならず、自然科学に関する学問を行うのが推奨されていた。
だが、ジョン王太子は理系が苦手である。
クラリッサのようにどうしようもないほど苦手というわけではないが、好きではない。だが、自分に求められているものがこの分野のものだと考えると嫌気がさす。
「努力いたします、国王陛下」
「よろしい。次の期末テストではいい知らせを期待しているぞ」
ああ。どうしてこんなことになったんだろう。
ジョン王太子はまた家庭教師にしごかれる日々を思い出して鬱になった。
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「ふんふん」
「お。クラリッサちゃんがテスト前なのに眠そうじゃないぞ」
今日は期末テスト1日目。
クラリッサはしゃんとした姿で、寝ぐせもなく、余裕の態度で期末テストを迎えていたぞ。今はテスト前に教科書を見直しているところだ。
「私だって学習したよ。テスト前に詰め込んでも頭に入らない。重要なのは日々の積み重ねだってね。私はちゃんと毎日勉強しているから強いぜ?」
「おー。クラリッサちゃんが珍しく正論を……。というか、それを学ぶまでが遅くね? もっと早く気づいておこうぜ?」
「人間には限界がある」
「クラリッサちゃんの限界、意外に低いのな」
もっと早く一夜漬けには効果がないことを知っておくべきだった。
「それはそうとウィレミナ。今回のテストでは私が勝つよ」
「おお? 根拠のない自信はやめておいた方がいいぜ、クラリッサちゃん。こちとら初等部の時から全て1位なんだからな。あたしが風邪でも引いてない限り勝ち目はないぜ?」
「ふふふ。どうだろうね。今の私は確かな自信に満ちている」
「じゃあ、問題です。1815年にエルバ島を脱出してフランク帝国皇帝に返り咲いたのは誰でしょう?」
「……シャルル10世?」
「ぶー。違います。ジョゼフ・ボナパルト1世です」
「テスト範囲じゃない」
「でも、授業には出てきたぜ?」
クラリッサが抗議するるが、ウィレミナはにやりと笑った。
「まあ、クラリッサちゃんに1位は無理だから、また5位内を目指すといいよ。今回も5位内だったら何がご褒美あるの?」
「んー。要相談ってところかな」
最近のクラリッサは大学に入ることが目的となっており、ご褒美目当てではなくなっている。それでもご褒美をもらえるなら喜んでもらっておくのだが。
「狩りとか行きたくない?」
「いや、別に……。あたし、お肉とかばらせないし」
「要領は人間と同じだよ」
「あたしは人間のばらしかたも知らないよ……」
クラリッサはベニートおじさんたちが人間を解体する場面を目撃しているぞ。
「となると。春休み、どうしよう。そろそろベニートおじさんのところにも顔を出したいしな。春にキャンプって面白いと思う?」
「んー。わかんないや」
「そっかー」
このクラスで合宿以外のキャンプ経験者と言えばフェリクスぐらいなのだ。
「後でフェリクスに聞いてみよう。それはそうと今はテストだ」
「頑張れ。キャンプ行くなら誘ってね」
「おうとも」
ウィレミナが自分の席に戻り、クラリッサはそう告げた。
「クラリッサちゃん、クラリッサちゃん。飴要る? ミント入りのやつだよ」
「おお。サンクス、サンドラ。でも、なんで唐突に飴を……?」
「クラリッサちゃん。また眠たくなってないかなって思って」
「今日の私はいつもの私とは違うの」
ウィレミナが去ると今度はサンドラがやってきた。
ミント入りの飴はすーっとして眠気を覚ましてくれるのだが、そもそもクラリッサは別に眠たくはない。昨日はテストに備えて22時には寝ている。
「クラリッサちゃん、ついに一夜漬けを止めたんだ。一夜漬けって効果ないもんね」
「うんうん。勉強は日々の積み重ねだよ」
「……教師を買収したりは?」
「……予算がでなかった」
クラリッサは一夜漬けを止めたが、ダーティーな手段を止めたわけではないぞ。もっともその方法はリーチオによって却下されてしまっていたが。
「サンドラ。春休み、予定ある?」
「ないよー。まあ、進級の準備くらいしかすることないし」
「春にキャンプってどうかな?」
「どうだろ? 分からないね」
「そっかー」
サンドラも経験はなかった。
「それそうとテスト頑張ろう。これが終わったら春休みだよ」
「おうとも」
サンドラはクラリッサを励ますと自分の席に戻った。
「ふわあ……」
クラリッサが改めて教科書を見ようとしたとき、背後から大きな欠伸が聞こえてきた。クラリッサはなんだろうかと思って振り返る。
「ジョン王太子。眠いの?」
「む。そ、そんなことはないぞ。うん」
「さては一夜漬けしたね?」
「ぐぬ。君もそうじゃないのか?」
「勉強は日々の積み重ねだよ」
クラリッサがやたら上から目線でそう告げる。
「まあ、何があっても君には負けないから安心して」
「こ、この……。油断するなよ、クラリッサ嬢! 私も腕を上げたのだからね!」
「へっ」
「その軽薄な笑いはなんだー!」
というわけで、テスト開始。
結果は──。
「1位。ウィレミナ・ウィレス」
「いえいっ」
ウィレミナは不動の1位だった。
「ウィレミナ。そんなに勉強してるの?」
「んー。予習復習と軽くテスト対策の勉強だけだぞ」
「世の中不公平だ」
ウィレミナは本当に頭が良かった。
「2位。フィオナ・フィッツロイ」
フィオナも不動の2位。
「フィオナも勉強は適当に?」
「いえいえ。ウィレミナさんのように私は頭が良くないので、頑張って勉強しています。テスト前は勉強ばかりですよ」
「フィオナ。君は可愛いね」
「は、はひっ!」
クラリッサはフィオナには親近感を持った。
「3位。サンドラ・ストーナー」
「よし。頑張った甲斐があった」
サンドラは今回も3位に。
「サンドラも勉強した?」
「したよ。苦手なところはしっかり予習復習して、覚えるまで頑張った。うちもクラリッサちゃんの家に倣って家庭教師の先生に来てもらっているんだ」
「む。その賢さがさらに賢くなるのか……」
クラリッサは3位以内に入るのは無理そうだと諦め始めた。
「4位。クリスティン・ケンワージ」
クリスティンも前回と同じく4位。
「クリスティンも頑張ってるなー」
そう告げてクラリッサはクリスティンを探す。
「11位。なかなか頑張ったではないですか、フェリクス君。この調子で10位以内を目指しましょう。勉強ならいくらでも付き合うです」
「あー。それじゃ、テストの復習、頼めるか?」
「もちろんです!」
クリスティンは4位であったことよりフェリクスの順位が上がったことの方が嬉しそうだ。恋と勉強と生徒会を両立させているクリスティンには恐れ入る。
「5位。クラリッサ・リベラトーレ」
「やったな。クラリッサちゃん!」
「余裕で1位取った人に言われても嬉しくない」
クラリッサはウィレミナをジト目で見た。
「クラリッサちゃんの成績も安定してきたなー。この調子なら本当にオクサンフォード大学に合格できるんじゃない?」
「うむ。目指せ、オクサンフォード大学」
クラリッサの夢はカジノとホテル経営者。
「そういえばジョン王太子も気合入れてたけど」
「6位。ジョン王太子」
ジョン王太子は6位だった。
「はあ、なんとか成績は上がったか……」
掲示板を見ていたジョン王太子が安堵の息をついていた。
「よう。6位さん。私には勝てなかったようだな」
「むぐ。確かに負けた……。クラリッサ嬢、君は理系が得意なのだろう? 理系の何に興味を持って勉強しているのか教えてくれないか?」
ジョン王太子が珍しくクラリッサの揶揄に突っ込まずに、教えを乞うてきた。
「興味? うーん。数学は将来帳簿を付けたり、経理をしたりするときに必要になるから必要だし、物理や生物学はシマから怪しいヤクを追い払うのに必要だし、公共事業の請負にも必要だし。まあ、興味と言えば、自然科学はこの星を理解するということだから楽しいよ。というか、自然科学にロマンが欲しければ探検家や博物学者の伝記を読むといい。刺激を受けるよ」
「なるほど……。ありがとう、クラリッサ嬢!」
「これでまた貸しひとつだよ。初等部の時にフィオナの誤解を解いたときの貸しはまだ残ってるからね。覚えておいてね」
「あ、ああ」
クラリッサはしっかりと貸しは取り立てるつもりだぞ。
「しかし、ジョン王太子がクラリッサちゃんに教えてって言ってくるなんて。天変地異の前触れかな?」
「まあ、迷える子羊を助けるのもボスの役目だ」
「何のボスだよ」
クラリッサはウィレミナに突っ込まれたものの無事に期末テストを終えた。
後は春休みをどう過ごすかだ。
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