娘はカジノ部を盛り上げたい
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──娘はカジノ部を盛り上げたい
クラリッサはリーチオたちをまずはクラスのカジノでもてなした。
まるでカードの中身が分かっているかのようなクラリッサの采配とリーチオたちカジノ熟練者の腕前、そしてたまたま降りかかったグレンダへの幸運もあって、ゲームは盛り上がり、クラリッサたちのゲームを見るためだけに客が来るレベルで盛り上がった。
リーチオたちは最終的に勝利をグレンダに譲り、グレンダはちょっとした臨時収入を手に入れたのだった。
「どう? 楽しかった、グレンダさん?」
「とっても。男の子たちはよくよくこういうゲームをしてるけれど、私は経験がなかったから楽しめたよ。ありがとう、クラリッサちゃん」
「それはよかった」
グレンダもクラリッサも満面の笑みだ。
「ヘイ、クラリッサちゃん。店番、代わりに来たぜ」
「おう。任せた、ウィレミナ」
そして、時間がお昼を回りそうなころにウィレミナが戻ってきてクラリッサと入れ替わった。ふたりは制服を着替えに更衣室に行き、制服を着替えるとウィレミナはクラスの店番に、クラリッサはカジノ部の店番に行くことになった。
「これからカジノ部に行くけど、パパたちも来るよね?」
「ああ。だが、その前に腹に何か詰めていかないか?」
「そだね。適当に食べてこよう」
とりあえず、クラリッサたちは腹ごしらえへ。
「どこが美味い店か分かるのか?」
「新聞部がレビューを出してる。これに従ってみよう」
新聞部は何も選挙の際に不正をすることだけを目的とした部ではないのだ。
彼らは新聞部として事前に各催し物の調査を行い、レビューを行っている。ひとりが星を付けるのではなく、複数人で行ってみて、それぞれがレビューを行う方法なので、それなりに信頼性があるぞ。
もっともクラリッサはこのレビューでも新聞部を買収して、1年A組とカジノ部に有利なレビューを行わせていたが。いい加減に報道の自由を奪うのはやめよう。
「星が一番多い店は1年B組のプレート焼きのお店だね。行ってみる?」
「試してみようか」
1年B組はクリスティンとフローレンスがいるクラスだぞ。本当に大丈夫か?
「いらっしゃ──なんだ、クラリッサさんではないですか」
クラリッサたちを出迎えたのは給仕服姿のクリスティンだった。
「ここの店、新聞部がおすすめしてたから来てみたけどどう?」
「ふふん。自信はありますよ。熱々の鉄板から食べる東洋料理は評判がいいのです」
「東洋料理なの?」
「うちのクラス、料理研究部の部員がいまして、その方が東洋料理の研究を。その成果がこのお店なのです。きっとクラリッサさんも満足すると思いますよ」
「なるほど。試してみよう」
クリスティンが自信満々に告げ、クラリッサが入店した。
「5名様入りまーす」
「5名様、テーブル席にどうぞ!」
クリスティンが告げ、クラスメイトが席を準備する。
「おお。ホットプレート?」
「そうです。これで焼いて食べるんですよ。私が準備するから待ってるです」
テーブルに大きなホットプレートが置かれているのをクラリッサがしげしげと眺めるのにクリスティンが準備を始めた。
「それ、何……?」
「キャベツ、卵、小麦粉、水を混ぜたものです。これがベースになるです」
ここでもう分かっただろうがクリスティンのクラスの出し物はお好み焼きだ。
東洋からどういう経緯でか伝わったお好み焼きがクリスティンのクラスの料理研究部員の目に留まり、このクラスの出し物となったのだった。
「美味しいの?」
「味は保証します」
そう言いながらクリスティンはお好み焼きを仕上げていく。
ソースの香ばしい匂いがしてきたところで──。
「できあがりです!」
1年B組特製お好み焼きの完成である。
「おお。いい匂い?」
「食べてみたらもっと驚くですよ」
クラリッサが鼻をクンクンとさせるのにクリスティンが器用にヘラでお好み焼きをカットして、クラリッサのお皿に乗せた。
「どこでそんな技術覚えたの?」
「文化祭前に練習したです。クラリッサさんのところもカジノの練習したでしょう?」
「まーね」
クラリッサ自身はカジノになれていたのだが、他の生徒はそうではないためにクラリッサが訓練したという経緯がある。クラリッサから相手に賭けさせるゲーム進行を学んだ生徒たちは客に上限額ギリギリまで賭けさせているのであった。
「では、いただきます」
クラリッサはお好み焼きをほぐして口に運んだ。
「む。これは美味い。クリスティンが作った料理なのに美味い」
「うがーっ! なんだその物言いはー! これまで私が作った料理を食べたことがあるとでもいうのか―!」
クラリッサはクリスティンは料理できない系女子だと勝手に決めていたぞ。
「本当だ。美味しいね。このソースが特別なのかしら?」
「らしいです。ソースのレシピはあいにくしらないのですが」
お好み焼きソースのレシピを覚えているのは料理部の部員だけだ。
「美味いな」
「美味いですね。流石は東洋。神秘の国だ」
アルビオン王国が把握しているのは魔王軍による攻撃を辛うじて押さえ込んでいる中華大陸までで、それから先にあるという黄金の島国についての情報はあまり出回っていない。なんでも傭兵として大陸の戦争に参加しているようだが。
彼らが傭兵として大陸に渡ったことでその国の料理がアルビオン王国にまで知れ渡ったのだろうか? 謎である。
魔王軍は現在西部においてクラクス王国を前線とし、中部でパシュトゥニスタンを前線とし、東部で大中華帝国を前線にしている。この旧大陸の3分の1を支配しているといってもいいだろう。それほどまでに魔王軍は巨大なのだ。
「美味しいわね。東洋というのは神秘の国だそうだけど、味覚は私たちと同じなのかしら。それとも東洋のレシピをアルビオン王国向けにアレンジしたの?」
「うーん。手に入らない食材は諦めたそうです。東洋では魚を乾燥させたものを削って、振りかけるそうですよ、どんな魚なのか、どうやって乾燥させるか。我々は知らないですからね。なかなか完全にレシピを真似るのは難しいと」
「そうなの。魚を乾燥させたもの、ね」
クリスティンが唸りながら告げ、パールが頷いた。
「お代わりが必要なら言うです。お代わりは200ドゥカート引きの500ドゥカートで提供するです。しっかり食べてください」
「1枚で十分だよ。これ、結構ボリュームあるから」
この1年B組のお好み焼きはサイズも大きく、具だくさんで1枚食べれば十分だ。
「帰りましたわ。どなたか交代なさいます──」
そこで出かけていたと思われるフローレンスが戻ってきてクラリッサとばっちりと視線があった。
「こ、このー! どういう顔をしてここにいますの!?」
「美味しいものが食べれて満足した顔で」
フローレンスが噛みつくのに、クラリッサが涼しい顔をしてそう告げた。
「フローレンスさん。お客さんに失礼ですよ」
「うぐ。ま、まあ、せいぜい味わっていくことですわ」
クリスティンが渋い顔をしたので、フローレンスがそう告げた。
「そうそう、クリスティン。これからフェリクスがフリーになるから交代してもらえるなら交代してもらうといいよ。トゥルーデは店番しているし」
「あ。そ、そうなのですか。フェリクス君と文化祭で特にしたいことがあるわけではないですけれど、それでしたら交代を」
そして、挙動不審になるクリスティンであった。
「なら、一緒にカジノ部まで行こうか。フェリクスはカジノ部だよ」
「またよからぬことをしようとしているのでは?」
「少なくとも監査委員会は問題にしなかったよ」
クラリッサはそう告げると、クリスティンを加えてカジノ部の部室へ向かった。
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カジノ部の部室は新部室棟の1階の隅に位置している。
新部室棟は広く、ひとつひとつが教室並みの大きさを持っている。そんなカジノ部の部室前に人込みができていた。
「はいはい。関係者です。失礼します」
クラリッサは人込みをかき分け、部室の中に入った。
「おお。クラリッサ。こっちは順調だぜ」
「そうみたいだね。外の人たちは?」
「様子見している連中だ。まだテーブルは空いてる」
フェリクスはそう告げてまだ空きのあるテーブルを指さした。
「うーん。賭けやすいシステムと雰囲気にはしておいたんだけどな」
「ここのゲームは他のクラスがやっているようなお遊びと違ってガチだって分かっているからだろ。ビビってんのさ。ま、何人か儲けた客が出たら、入ってくるだろうさ」
カジノ部は実際、他のクラスとは比べ物にならないほどゲームの質が高い。ディーラーである部員が訓練されているし、ゲームに加わっているのも普段は闇カジノで遊んでいるような生徒たちである。
真剣なゲームの雰囲気が伝わってくるのに多くの未経験者は今はただただ見守るしかなかったわけである。それもフェリクスが言うように一儲けした人間が出るまでだろう。誰かが上手くいけば、レミングスの群れのように押し寄せてくるに違いない。
まあ、飛び降りるレミングスの群れはデマだが。
「さて、フェリクス。店番は私が代わるよ。君はクリスティンと楽しんできて」
「げっ。クリスティンを連れてきてるのかよ」
クラリッサが告げ、フェリクスが渋い顔をする。
「げっとはなんですか、げっとは。私は生徒会役員のひとりとして、監査委員会の渡してきた事前の情報も知っているから、今回の文化祭にはとても詳しいですよ。おすすめのスポットも纏めてきました。さあ、見て回りましょう」
「はいはい。分かった、分かった」
というわけで、フェリクスはクリスティンと一緒にフェードアウト。
「さて、私は制服に着替えて来なくちゃ」
クラリッサはカジノ部の部室の奥にある更衣室に入り、そこでごそごそと着替える。
「完璧」
「格好だけは一丁前のディーラーだな」
「格好だけじゃないよ」
ちっちっちっとクラリッサが指を振る。
「さあ、ゲームを始めよう。私はブラックジャックのテーブルを受け持つよ」
「俺はテイシャ・ホールデムに挑むか」
「いろいろありますねえ。じゃあ、せっかくだし、俺はブラックジャックを」
リーチオたちはそのテーブルに散っていく。
「うーん。クラリッサちゃん。簡単なゲームはどれ?」
「ブラックジャックは簡単だよ。21に近い番号が揃った方の勝ち。私がルールを教えてあげるから、グレンダさんはブラックジャックをやりなよ」
「そうしようかな」
というわけでピエルトとグレンダはクラリッサの仕切るブラックジャックのテーブルについた。リーチオはテイシャ・ホールデム、パールはインディアン・ポーカーだ。
そして、ゲーム開始。
「ああ。また負けちゃった……」
「グレンダさん。もっと攻めていかないと。16くらいならもっと引いていいよ」
グレンダはなかなか勝てない。
「とほほ。クラリッサちゃん、滅茶苦茶ゲームに慣れてるね……。俺も全然勝てないよ。どうしてそんな狙ったようにブラックジャックやらが出せるわけ?」
「長年の勘、かな?」
ピエルトも負けが込んでか落ち込み、クラリッサがにやりと笑った。
クラリッサはどうやらテーブルを自分の望むような状態に持っていくコツを持っているようだ。別にいかさまをしているわけではないだろうが、ディーラーとしての勘がなかなか客に勝利を許さなかった。
「どうする? もうギブアップ?」
「いや。なんとしても1回くらいは勝つよ」
グレンダはそう告げてチップをテーブルに乗せた。
「それでは始めようか」
そしてゲームの結果──。
「やった! ブラックジャック!」
グレンダは見事にブラックジャックを叩き出し、賭け金を回収した。
「おめでとう、グレンダさん。これで様子見組もゲームに加わるかな?」
クラリッサはそう告げてカジノ部の部室を覗き込む生徒たちに視線を向ける。
彼らはひとり、ひとりとカジノ部に入ってきて、チップと現金を交換し始めた。ゲーム初心者と思われるグレンダが勝ったおかげだろう。様子見組もゲームに加わっても大丈夫だという空気になってきたようだ。
こうやって客が入り始めれば、後はカジノを堪能してもらうだけである。
「クラリッサちゃん! フェリちゃんは!?」
「フェリクスなら出掛けたよ。それより、トゥルーデ。応対をお願い」
「ああん! フェリちゃんと一緒にしたかったのに!」
クリスティンと出かけたことはしっかり伏せておくクラリッサだ。
「お客に飲み物と食事を。ゲームに集中できるように」
「はいはい。任せておいて!」
ブラコンであることを除くのならばトゥルーデは誰もがドキッとする美少女だ。彼女はカジノのことはさっぱり分からないが、食事と飲み物を提供するぐらいならできる。
そんなこんなでカジノ部は大いに盛り上がり、大金が動き、クラリッサたちはホクホクの笑みを浮かべたのであった。
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