娘は体育祭を満喫したい
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──娘は体育祭を満喫したい
いよいよ午後の競技が始まった。
「そーれ! 白組ファイト!」
まずは障害物競走。
ネットや平行棒、ハードルや跳び箱などが設置されたコースをそれぞれのクラスの選手たちが走っていく。だが、ここで優位に競技を進めていた白組のクラスが全員遅れるという致命的な失点が。それにより白組と紅組の順位が逆転してしまう。
だが、その遅れを取り戻さんとするようにクラリッサたちがリレーに臨んだ。
「クラリッサ嬢。よろしく頼むよ」
「任せておいて」
アンカーのジョン王太子が告げるのに、クラリッサが頷く。
体育祭の間は休戦。お互い自分たちのクラスの勝利のため、白組の勝利のために頑張るのである。いつもは仲が険悪なクラリッサとジョン王太子も、今日ばかりは仲違いを起こしていない。やはり、彼女たちも勝利したいのだ。
「1年生合同、リレーの時間です。競技に参加する生徒の皆さんは集まってください」
アナウンスが響き、1年生の各クラスの生徒たちがグラウンドの所定の位置に集まる。
「今年初めての体育祭参加となる1年生によるリレーです。体育祭のテーマである『日々の成果を今ここに』をスローガンに頑張ってきた1年生の努力の成果をご覧ください」
各クラスともに出場者は5名。ひとり100メートルで500メートルを走り、グラウンドを一周することになっている。
クラリッサのクラス──1年A組ではウィレミナが最初の走者で、それから2名が走り、続けてクラリッサ、アンカーにジョン王太子が走る。
「準備は?」
「万端」
ウィレミナが尋ねるのに、クラリッサがそう告げる。
「なら、頑張っていこう。白組ファイト!」
「白組ファイト」
そして、クラリッサたちが位置についていく。
「位置について。よーい──」
それぞれに緊張が走る。
「ドン!」
爆竹の音が鳴り響き、全クラスの代表が一斉に走り出した。
ウィレミナは先頭に躍り出て、100メートルを一気に駆け抜ける。
ウィレミナはジョン王太子より若干足が速く、19秒台で100メートルを駆け抜け、バトンを次の走者に繋いだ。ちなみに、体育祭の各競技では生徒の安全のためにフィジカルブーストの使用は禁止されている。
2番目の走者はそこそこの速さで100メートルを駆け抜け、3番目の走者のバトンタッチ。3番目の走者は勢いよく走りだしたのだが──。
「ああ。1年A組のランナーが転んでしまいました!」
3番目の走者はもう少しでクラリッサにバトンタッチというところでこけてしまった。
膝を擦りむいているが、それでも立ち上がり、他のクラスに一斉に追い抜かれながらも、クラリッサのところまで走り出す。
「クラリッサさん。お願い!」
「任せて」
3番目の走者がバトンを託すのに、クラリッサが頷いた。
そして、クラリッサが一気に駆ける。
「凄い追い上げだ! 1年A組、巻き返したー! これは予想外の展開です!」
流石はクラリッサ。フィジカルブーストなしでも速度は他の生徒を大きく上回っている。あっという間に他の生徒たちを抜き去り、ギリギリ首位を奪還した状態で、そのままジョン王太子に向けて走る。
「頼んだよ。フィオナも応援してる」
「任せてくれたまえ!」
クラリッサがバトンをジョン王太子に託すのに、ジョン王太子は力強くバトンを受け取った。これまでの敵対関係が嘘のようなスムーズなバトンパスである。
「そーれ! 白組ファイト!」
応援団の席ではフィオナが声を上げている。彼女は精一杯ジョン王太子を応援している。やはり彼女はジョン王太子の婚約者なのだ。
もっとも彼女はクラリッサが一気にトップに躍り出たときも、キャーキャーと黄色い声援を送っていたが。ちゃらんぽらんである。
「1年A組のアンカーはジョン王太子殿下です! 1年A組、このままトップでゴールインできるかっ! じわじわと他の走者が追い上げてきていますが、これを振り切ることは果たしてできるのでしょうか!」
ジョン王太子は走った。何も考えずにひたすらに走った。クラリッサとのいさかいのことも考えずにひたすらに走った。フィオナの声援を聞きながらひたすらに走った。ただ彼女の声援に応えたいという感情だけで走った。
「1年A組、1位でゴールイン! 1年A組が1位です! 続いで1年C組──」
ジョン王太子は1位でゴールインした。
「殿下ー!」
「流石です!」
ジョン王太子がゴールインしたのに歓声が上がる。
別のクラスのフローレンスまで歓声を上げているぞ。でも、君は自分のクラスの選手を応援してあげような。寂しそうだぞ。
「や、やった……! 見てくれたか、フィオナ嬢! やり遂げたぞ!」
「殿下ー! おめでとうございます!」
ジョン王太子が喜びの声を上げるのに、応援団の席からフィオナの声が響いた。
「やったね」
「ああ。やったな、クラリッサ嬢! 君のおかげだ!」
クラリッサたちがゴールにやってきて告げ、ジョン王太子がクラリッサを抱擁した。
「暑苦しい。それにフィオナが見てるよ」
「す、すまない。思わず……」
クラリッサはあれだけの運動の後だと言うのに汗の臭いなどしなかった。女子らしいシャンプーの優しい匂いがしていた。
「ここで白組が挽回しましたが、まだまだ最終競技が残っています。次のプログラムは全学年合同の騎馬戦となります」
「さてと。私は応援団に戻るか」
クラリッサたちの頑張りのおかげで白組は再び紅組を追い抜いた。
クラリッサも後は応援するだけ。そのはずだった。
「クラリッサさん、クラリッサさん。いいかな? ちょっと不味いことになってて」
「ん? 何?」
新入生歓迎パーティーで知り合った同じクラスの女子がクラリッサに告げるのに、クラリッサが怪訝そうに振り返った。
「騎馬戦に出場するはずだった子が、おなか壊しちゃって出場できなくなっちゃったの。そこで代わりにクラリッサさんに出てもらえないかなって」
「ふむ。私のギャラは高いよ?」
「ゆ、有料なの?」
しっかりと金を取ろうとするクラリッサである。
「クラリッサちゃん。そんなこと言わずに出てあげなよ。騎馬戦で勝ちさえすれば、白組の優勝は揺るがないんだから。クラリッサちゃんも勝ちたいでしょ?」
「仕方ない。ノーギャラで働くとするか。諸君、これは貸しだよ?」
ウィレミナが告げるのに、クラリッサがそう告げてやれやれと肩をすくめる。
「で、騎馬戦って何すればいいの? 槍で相手を突くとか?」
「そんな物騒なことはしませーん。4人1組になって、相手の鉢巻きを取る競技だよ。クラリッサちゃんのポジションはどこかな?」
ウィレミナがそう告げてクラリッサを誘った生徒に尋ねる。
「騎手役の子が体調不良だから騎手役をやってくれるかな?」
「了解。白組の優勝のために頑張るとするか」
クラリッサは生徒たちの話を聞くと、騎馬戦の選手たちの集まる場所に向かった。
「よろしく、クラリッサさん。私たちで白組の優勝を飾りましょう」
「よろしく。白組優勝に向けて頑張ろう」
クラリッサはそこで騎馬役の生徒たちと合流。
「私たちはとにかく敵に向けて走るから、頑張って相手の鉢巻きとってね」
「任せて」
クラリッサは自信満々だ。
「では、最終競技である騎馬戦を開始します。両陣営のチームは位置について」
アナウンスがそう告げるのにクラリッサが騎馬役の生徒たちの上に乗る。
「クラリッサさん。意外と軽い?」
「意外とはなんだ、意外とは」
クラリッサは絞った体型をしているので軽いぞ。筋肉達磨ではないのだ。
「両陣営位置について──始め!」
合図とともに白組と紅組の両陣営が動き出す。
クラリッサのチームは遅ればせながら敵──紅組に対して突撃。
「ほいっと」
クラリッサは自分の鉢巻きは取らせず、相手の鉢巻きを軽々とゲットする。
「この調子で敵に突撃して」
「合点!」
クラリッサの指示に騎馬役の生徒たちが突進する。そして、クラリッサは突撃していく先からポンポンと鉢巻きを獲得していく。
相手の注意が逸れた一瞬を狙って、相手が方向転換に必死になっている一瞬を狙って、相手が正面から挑んできたところをカウンターの一瞬を狙って、クラリッサたちは次々に紅組のチームを撃破していく。
「1年A組。順調な様子です。あれはリレーでも活躍した選手でしょうか。紅組、白組に押されて行っています。紅組、逆転なるか?」
アナウンスが飛ぶ中、クラリッサたちは既に6チームを撃破。全学年合同競技なので24チームが参加しているが、紅組に残っているチームは12チームほどだ。対する白組は18チームが健在だ。これは勝負ありかと思われる。
「このまま戦果を拡張しよう。どんどん敵に突撃していって。取れるだけ取るから」
「了解!」
今回の騎馬戦のルールは殲滅戦。最後まで残っていた陣営の勝利だ。
クラリッサは取る、取る、取ると縦横無尽の大活躍。
既に敵騎12チームを撃破。残る紅組は4チーム。白組は9チームだ。
「向こうにこっちの鉢巻き取りまくってるエースがいるね」
「フローレンスさんのチームだね」
なんと『ジョン王太子殿下名誉回復及びクラリッサ・リベラトーレ対策委員会』の委員長であるフローレンスは騎馬戦に紅組として参加していた。向こうもなかなかのエースで、既にその手には9個の鉢巻きが握られている。
「あれを落とそう。そうすれば勝負は決まったも同然」
「了解!」
そして、フローレンスの宿敵であるクラリッサがフローレンスに向けて突撃していく。その様子にフローレンスは油断なく気づいた。
「ちいっ。平民がこんなところまで出しゃばって。あれを落とすわよ!」
「畏まりました!」
そして、クラリッサ対フローレンスの対決が幕を開ける。
「落ちなさい!」
フローレンスのチームがクラリッサのチームに勢いよく体当たりをかます。
「よっと。随分と勢いがいい相手だ。落とし甲斐がある」
クラリッサはそう告げるとバランスを保ちながら、敵の隙を窺う。
だが、流石はこれまで劣勢だった紅組チームで頑張っていたフローレンスたちなだけはある。隙はなかなか見つけ出せないまま、両者の対峙と衝突が続く。
「平民風情が体育祭でまで出しゃばらないでくださいますからしら!」
「平民だろうと貴族だろうと運動は運動だよ」
ヒートアップするフローレンスとあくまで冷静なクラリッサ。
「フローレンス様! 右から敵騎が来ます!」
「ええい! 邪魔をしないでくださるかしら!」
紅組はほぼ全滅し、残るはフローレンスのチームと1チームのみ。
白組も相打ちなどでやられたものの、クラリッサのチームを含めて5チームが健在。
数で押せば白組が勝てる。だが、乱戦になると転倒の危険がある。
そんなわけで白組はフローレンスのチームを包囲しながら、クラリッサのチームを援護することに。フローレンスのチームはクラリッサのチームを含めて3チームに囲まれた。
「ええい! こうなったらクラリッサ・リベラトーレだけは落とすわ! 突撃!」
フローレンスはそう告げてクラリッサに向けて突撃した。
「よっと」
だが、渾身の突撃はクラリッサが身を捻ったことで回避されてしまったぞ。
そして、クラリッサの手がフローレンスの鉢巻きを掴んだ。
鉢巻きはするりとフローレンスの頭部から抜け──。
「試合終了!」
紅組で残っているのはフローレンスのチームだけになっており、そのフローレンスのチームはクラリッサの手で落とされた。
「そ、そんな……。平民ごときにこの私がやられるなんて……」
「お気を確かに、フローレンス様!」
騎馬戦の女王の座はクラリッサに強奪されてしまった。
「今年の優勝は白組です!」
わーっ! と歓声が響き、白組の応援団がボンボンを振りまくる。
「クラリッサちゃん、お疲れー!」
「うん。流石に疲れた」
フローレンスはなかなかの強敵でしたね。
「体育委員は片付けもしなくちゃいけないけれど、打ち上げもやるみたいだから逃げるなよー。クラリッサちゃんは後片付けとか面倒くさがりそうだからなー」
「げっ。何故分かった」
「もう半年以上は付き合いがあるんだぜ、あたしたち」
ウィレミナが告げるのに、クラリッサが渋い表情を浮かべる。
「そうだね。今月で半年になるんだ」
「時間が経つのは早いものだ」
サンドラが告げるのに、クラリッサがコクコクと頷く。
「だから、この大事な時間を無駄にはできない。私は帰らせてもらう」
「ダメー。体育委員としての仕事も大事な時間です。それに学園のボスになるでしょ? なら、体育委員で功績を上げなくちゃ!」
「ぐぬ。仕方ない。今はただただ耐えよう……」
というわけでクラリッサは後片付けに参加決定。
「パパ。私は後片付けに強制参加だから先に帰ってて」
「そうか。気を付けろよ。それから今日はよく頑張ったな」
クラリッサが告げるのにリーチオがクラリッサの頭をわしわしと撫でてやる。
「そうだ。クラリッサちゃんは大活躍だったな。応援にリレーに騎馬戦に。まさしく歴史に残るような快挙なんじゃないか。今度、クラリッサちゃんの優勝を祝ってパーティーをしなきゃならんな。それとも今晩パーティーにするかい?」
「うん。今晩、テンションが高いうちにパーティーにしよう」
ベニートおじさんが告げるのにクラリッサがサムズアップする。
「お前らなあ。急にパーティーの予定なんて入れるんじゃない」
「大丈夫ですよ。うちのシマならいつでもパーティーできますから。ボスもなんだかんだでクラリッサちゃんの勝利を祝いたいでしょう?」
ため息をつくリーチオにピエルトがそう告げた。
すっかり白組の優勝がクラリッサの優勝に書き換えられているマフィアどもである。
「まあ、うちでささやかにパーティーするぐらいのことは考えていたが……」
「なら、いいじゃないですか。優勝したんだし、派手にやりましょうよ。クラリッサちゃんも祝うなら、大きく祝ってほしいよね」
「今のテンションの高さからして、大きく祝わざるを得ない。優勝パーティーへの渇望が胸に蠢いている」
「ほら、ボス。クラリッサちゃんもこう言っていますよ」
調子に乗ったピエルトにいい加減なことを言うクラリッサである。
「分かった、分かった。今日はパーティーだ。明日はどうせ休みだしな。今日は少しばかり夜更かししてもいいぞ」
「やった。ありがとう、パパ」
とうとうリーチオが折れ、クラリッサがぴょんと跳ねた。
「クラリッサちゃーん! 片付け始めるよー!」
「分かった。それじゃあ、後でね、パパ。それから今日は来てくれてありがとう」
クラリッサはそう告げるとトトトと後片付けの始まった天幕に向かっていった。
「クラリッサちゃん。成長してますわね」
「そう思うか?」
「ええ。これまでは同年代の友達なんて全然いなかったのに、もうあんなに社交的に活動してて。それも身分の違う子たちとも物怖じせずに。前々から素質はありましたけれど、それが芽生えるほどに成長したと言えますわ」
パールが告げるのにリーチオは後頭部を掻いた。
「成長したなら何よりだ。あいつにはあまり不自由な思いはさせてやりたくないが、何から何まで俺が手伝ってやるわけにもいかん。あいつにはあいつで自分の道を切り開いてもらわんとな。そのための手助けは何だろうとしてやるつもりだが」
リーチオはそう告げて天幕を畳むのを手伝うクラリッサを眺めた。
「なら、片付けにもうちの部下を動員しましょうか?」
「馬鹿か、お前は。そういうことはできないって言ってるんだよ」
ピエルトは相変わらずボケボケだぞ。
「さあ、パーティーをやるのならば支度をせんとな。ピエルト、店を準備しろ」
「畏まりました、ボス」
こうしてクラリッサの初めての体育祭は終わった。
看板が畳まれ、大道具が倉庫に仕舞われ、天幕が折りたたまれる。
「ふう。あれだけ賑やかだったのが嘘のようだ」
「だな。後の祭りだ」
「それを言うなら祭りの後」
後の祭りでは意味が全然違うぞ、ウィレミナ。
「そういえば打ち上げって言ってたけど?」
「軽くジュース飲んで、今回のことでの慰労をお互いに。そんな感じ」
「ふうん。ウィレミナはこの後、時間ある?」
「あるけど。どうかしたの?」
クラリッサが尋ねるのに、ウィレミナが首を傾げる。
「うちで優勝パーティーやるからよかったら参加しない?」
「いいの? それって、その、身内のお祝いじゃない?」
「ウィレミナももううちの身内だよ。リベラトーレ家は借りを返すんだ」
「ううん……。借りを返すかあ……」
普通の友達が言うならいいものの、発言者はクラリッサである。何やら物騒だ。
「まあ、せっかくだし参加させてもらうよ。参加料は?」
「友達からはお金は取らないよ」
あれだけ無賃金に腹を立てていたクラリッサとは思えない発言である。
「おーい! 1年生ー! 片付け終わったらこっちおいでー!」
「あ。呼ばれている。行こうぜ、クラリッサちゃん」
「うん」
体育委員としての打ち上げが始まり、クラリッサの体育祭の一日は更けていく。
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本日1回目の更新です。




