娘は文化祭にいろんな人を招待したい
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──娘は文化祭にいろんな人を招待したい
「ブラックサークル作戦」
リーチオはピエルトから報告されたこの作戦について調べていた。
マックスに話を聞くのが一番手っ取り早いのだろうが、マックスがこの作戦について探っていることを知るとなると問題が生じかねない。
そこでリーチオは個人的な伝手を利用し、自分の名前を出さずに調べさせた。
だが、分かったことは少ない。
はっきりとわかったのはこの作戦が多国間に及ぶ作戦だということ。
アルビオン王国、フランク王国、ヒスパニア共和国、北ゲルマニア連邦、バヴェアリア王国、エステライヒ帝国、クラクス王国、スカンディナヴィア王国、コロンビア合衆国。各国の情報機関がかかわっている。
アルビオン王国王立軍事情報部。北ゲルマニア連邦内務省国家保安部。コロンビア合衆国戦略諜報局。そういう胡散臭い面子が顔をそろえていた。
だが、作戦内容についてはさっぱり分からない。
これだけの国と組織がかかわって、何をするというのだろうか?
リーチオが首をひねっていたとき、書斎の扉が叩かれる音がし、リーチオは書類をカギのかかった引き出しにしまい込んだ。
「パパ。文化祭の招待状」
「ああ。もうそんな時期か。早いな」
入ってきたのはクラリッサで、彼女がリーチオに告げるのに、リーチオは頷いて見せた。年を取ると時間が経つのが早く感じられるものだ。
「今年は誰を招待しようか?」
「ベニートの奴に数日のためにわざわざロンディニウムまで来いというのも悪いだろう。今年はベニートは呼べないな」
「ううむ。残念なり」
ベニートおじさんの引っ越したサンドフォードからロンディニウムまでは鉄道を使っても4時間の道のりだし、駅まで行くのも一苦労の場所に位置している。ベニートおじさんならクラリッサがどうしても来てほしいというならば飛んでくるだろうが、既にベニートおじさんも老体なので、そっとしておいてあげるべきだ。
「グレンダを呼んだらどうだ? 世話になっているんだろう?」
「ん。そだね。グレンダさんを誘ってみよう」
これでひとり決定。
「後はパパとパールさんとピエルトさん」
「いつもの面子だな」
いつもの面子で3人が決定。
「それじゃあ、グレンダさんが来たら文化祭に来られるかどうか聞いてみる」
「ああ。それから勉強の方も頑張るんだぞ。いい感じなんだろ?」
「ふふふ。任せといてよ」
文化祭が終われば高等部1年最後の期末テストだ。
「お嬢様、グレンダ様がいらっしゃいました」
「オーケー」
そして、クラリッサはトトトとリーチオの書斎を出ていった。
「子供は元気でいいものだ」
クラリッサが去った書斎で再びリーチオはブラックサークル作戦の書類を見る。
「単なる七大ファミリーと薬物取引組織との抗争を計画したものか。それとも別の意味があるのか。魔王軍に直接俺たちをぶつけるような」
そして、リーチオは唸った。
「アルビオン王国にはブラッドがいる。あの男がいる。あれと戦うのか」
リーチオは暫し唸ると、書類を仕舞い、カギをかけた。
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「グレンダさん、グレンダさん。来週の週末、暇?」
「特に予定はなかったと思うけど、どうして?」
一方、クラリッサは早速グレンダを文化祭に誘おうとしていた。
「今度、文化祭があるんだ。私、生徒会長だし、張り切ったんだよ」
「そういえばクラリッサちゃんは生徒会長だったよね」
「そうだよ。私にかかれば選挙戦は余裕だったね」
クラリッサは金の力で票を買ったぞ。
「それでね。うちのクラスはアートカジノ喫茶をするの。よかったらグレンダさんも来てよ。招待状はちゃんとあるからさ」
「私なんかが王立ティアマト学園に行っても大丈夫かな?」
「大丈夫、大丈夫。王立ティアマト学園は最近はオープンな学園になったからね。聖ルシファー学園とも合同体育祭をやったりしたんだよ」
「そうなの? それは凄いね」
グレンダは聖ルシファー学園の卒業生だ。その母校は学力はあるが貧しい家庭の児童などに奨学金を払って、質を維持している。そのため上流階級もいるのだが、そうでない層もそれなり以上にいるのである。
その母校と、上流階級しか入学を許されない王立ティアマト学園が合同体育祭をしたというのだから、グレンダには大きな驚きだ。
「来年も私が生徒会長だったらグレンダさんを合同体育祭に招待するね。凄いよ。ビッグゲームだから。わんさかお金が動く。凄く儲かる」
「楽しみにしてるね」
今年度はあいにくアガサが生徒会長に当選せず、合同体育祭は実施できなかった。
だが、来年度こそは!
「それじゃあ、グレンダさん。文化祭、来てね。楽しいよ。カジノもできるから」
「私、カードゲームってあまりやったことがないのだけれど、それでもルールは分かるかしら? ポーカーの組み合わせぐらいは分かるのだけれど」
「簡単だよ。素人でも遊べるから流行るんだ。もっともゲームで勝とうと思うならば、それなり以上の勝負への熱意と技術と幸運が必要だけれどね」
クラリッサはゲームだけは確かな熱意をもって行ってきているぞ。
「勉強もそれぐらいの熱意をもってやろうね」
「任せて。今度の期末テストでも、5位内に入るよ。今の私には自信がある」
クラリッサはそう告げてグレンダとともに勉強に励んだ。
だが、勉強も大事だけれど、文化祭も大事である。
クラリッサはグレンダにも文化祭を思いっきりエンジョイしてもらおうと決め、そのために必要なことを頭の片隅で考え始めた。
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文化祭の準備は着々と進みつつあった。
アートカジノ喫茶のアートの時点で挫折しかけていたが、なんとかそこから持ち直し、アートの方もなんとか前進中だ。ウィレミナのブルーの肖像画もそれなりの出来栄えになりつつあり、今も熱心にスケッチ中だ。
音楽組のレコードも完成し、蓄音機から流れてくるメロディーはこのアートカジノ喫茶に相応しいものになりつつあった。
だが、問題は残っていた。
「学園の制服でいいのではないかね?」
「いいや。全員でそろいの制服にするべき。その方が一体感が出る」
文化祭当日の服装をどうするかだ。
今年は女装したり、バニーガールになる必要はないのだが、それはそれとして制服を揃えようというのがクラリッサの意見であった。
だが、ジョン王太子たちはわざわざそういう格好をする必要はなく、エプロンだけつけておけば、学園の制服でも問題ないだろうと考えていた。
両者の意見の食い違いはそろそろ服装を準備するならギリギリの6日前まで続いている。この言い争いは今に始まったものではなく、企画書が通過した時点から続いているのだ。困ったものである。
「学園の制服だと何か困ることがあるのかね?」
「非日常感がでない。文化祭だというお祭りの雰囲気がでない。そうなるとお客の財布のひもが緩まない。つまり、儲からない」
「む。確かに一理あるが……」
文化祭はお祭りである。お祭りに浴衣を着ていき、いつもなら買わないような縁日価格のタコ焼きや焼きそばを買い、当たるかどうかも分からない射的に挑むのは、それが非日常的な空間であるからだ。
皆が浴衣のような格好をして、普段は静かな神社の境内がにぎやかに彩られるのに、人々はお祭りの空気を感じて、お祭りだからということで財布のひもを緩めるのだ。
今回も重要なのはそこである。
学園の制服のままでは生徒たちや保護者たちに非日常感を与えられない。学校行事の延長にあるのだと思われてしまう。それではお客の財布のひもは緩まない。
学園の制服と全く異なる服装をすれば、教室の中に異なる存在がいることで、非日常感としてはばっちりだ。ここがカジノであることを考えるならば、儲けはお客がどれほど財布のひもを緩めるかにかかっているのだから重要だろう。
「しかしだな。君と所縁のある店で頼むとしても制服代は高くつくぞ?」
そうである。
いくら非日常感が出したくて制服を必要としても、それにはお金がかかる。
高等部の文化祭の予算は一クラス一律20万ドゥカートまで。
今回は既にカジノためのゲームテーブルや椅子、そして食料品を保存する冷蔵庫などに少なからぬ予算を割いている。確かに予算を使い切ってはいないのだが、今から発注するとなると急いでもらわねばならず、結構な費用がかかるだろう。
「どうにかなるよ。どうせ予算は使い切れなかったら返却するんでしょ?」
「うむ。そうなのだが」
使い切れなかった予算はそのまま懐へ……ではなく、文化祭の実行委員会に返却しなくてはならない。そうしないと何もしないまま20万をそっくりいただくという小ずるいことを考える人間が出てくるためだ。
まあ、まずそんな人間はいないだろうが。クラリッサ以外。
「なら、使い切ろう。人数分と行かなくても店番をする人間の分くらいは準備できるでしょ。男子も女子も体格の似た人同士で共有。きっとこれなら大丈夫」
「ううむ。君がそこまで言うのならば……」
ついにジョン王太子が折れた。
「決まりだね。では、早速採寸開始だ」
クラリッサたちは急いで採寸を始める。
「トゥルーデはフェリちゃんと共有でいいわ! 同じサイズですもの!」
「男物と女物じゃ違うだろ。馬鹿を言うな」
トゥルーデが相変わらずの調子で告げたが、フェリクスが突っ込んだ。
「私とウィレミナは共有できそうだね」
「けど、それだと同時にお店に立てないぜ?」
「それもそうか」
最終的にはサイズの似た生徒同士、最大3名でひとつの制服を使うことになった。お店に立たなければいけない人数が7名程度と考えるとちょっとばかり足りないので、その分は多目に作成することになる。それでも必要経費は大きく減らせている。
というわけで、制服の話し合いは終わり、クラリッサたちはリベラトーレ・ファミリーのシマの店に注文を行うと、制服が完成するのを待ったのだった。
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制服の発注が終わったら、クラリッサにはやるべきことがあった。
パールを文化祭に誘うのだ。
いつものようにリーチオがパールを誘うと下心を疑われるため、クラリッサが自分で誘うことになった。手土産にはお菓子をちゃんと準備してきたぞ。
「こんちは、サファイア」
「いらっしゃい、クラリッサちゃん」
クラリッサは毎週末には宝石館を訪れ、学園であったことなどを知らせている。勉強を教えてもらうことはグレンダに任されたが、今でもサファイアとパールはクラリッサのよき相談相手である。
「サファイア。今年の文化祭は凄いよ」
「あら。そうなの? そういえばクラリッサちゃんは生徒会長よね」
「そうそう。あらん限りの権力を振るって、カジノをやることになったよ」
クラリッサはそう告げてにやりと笑った。
「サファイアも文化祭に来たらうちのクラスとカジノ部に寄っていってね。新大陸で仕入れたゲームなんかもやってるから。きっと楽しんでもらえるよ」
「それは楽しみね。私もお誘いがかかっているからお邪魔するわ」
サファイアはほぼ毎年、客に誘われて王立ティアマト学園の文化祭を訪れている。高級娼婦を子弟の通う学園に誘う客も客である。
「ところで、パールさんは?」
「そろそろいらっしゃるんじゃないかしら」
サファイアもクラリッサの用事がパールを文化祭に誘うことなのは既に分かっている。毎年のことなのだから。この時期になるとクラリッサは宝石館を訪れて、パールに文化祭の招待状を渡すのだ。
「あら。いらっしゃい、クラリッサちゃん」
「こんにちは、パールさん」
そして、パールが階段を下りてやってきた。
「パールさん。今年も文化祭に来てね」
「お誘いありがとう。今年もお邪魔するわ」
クラリッサが招待状を手渡し、パールがしっかりとそれを受け取った。
「そういえば宝石館はお客に財布のひもを緩めさせるために何かしてる?」
「財布のひもを緩めさせるようなことはしてないわね。ただ、楽しく過ごしてもらうためにいろいろとサービスは充実させているわ。この宝石館にいるだけで、完結して楽しめるようにね。本もたくさんあるから、本が好きなお客さんも満足してるわ」
「完結した状況か……」
クラリッサはうーんと考えた。
「ありがとう、パールさん。参考にさせてもらうよ」
「ええ。文化祭、楽しみにしているから」
クラリッサはそう告げ、自動車で宝石館から走り去っていった。
もうすぐ文化祭開催だ。
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