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娘は写生大会の勝負に勝ちたい

……………………


 ──娘は写生大会の勝負に勝ちたい



「よう。クラリッサ……」


「お、おう、フェリクス。どうしたの? そんなにやつれて?」


 審査委員会に向かう途中にクラリッサはフェリクスに遭遇した。


「いや。写生そのものは上手く行ったんだが、姉貴がやってきて、クリスティンとぎゃーぎゃー言い合ってな。水の音を聞きながら静かに写生を楽しむつもりだったんだが、凄い騒音に悩まされながら写生をするはめになった」


「それはお気の毒に……」


 あの後、クリスティンとふたりで写生していたところにトゥルーデが乱入。トゥルーデはフェリクスにウザ絡みし、それに激怒したクリスティンがトゥルーデに噛みつき……事態は地獄絵図と化した。


「写生そのものはばっちりなんだよね?」


「ああ。見てみるか?」


「見せて、見せて」


 クリスティンがせがむとフェリクスが絵を見せた。


「おおー。凄い。まさに噴水だ。水に躍動感がある。流石はフェリクス」


「そこまで大したものじゃない。誰でも練習すればこれぐらいは描けるだろう。俺も美術選択者じゃないし、スケッチの手法は自然史の本からの独学だが、こんなもんだ」


 とは言えど、フェリクスの写生は見事なものだった。


 噴水からあふれ出る水は冷たさと清々しさを感じるような色合いで、躍動感がある。噴水の周りの木々も見事なもので、写真のような精密さであった。ある意味では人の目を通した光景として写真よりもリアルかもしれない。


「フェリクス君、フェリクス君。私のはどうかなあ?」


 そこでサンドラがあまり自信なさそうに自分の絵をフェリクスに見せた。


「ん。いいんじゃないか。少し木の肌の色で迷った様子はあるが、全体的によくできてる。なかなかいい点が狙えるはずだぞ」


「やった!」


 フェリクスのお墨付きを得て、サンドラは満面の笑みを浮かべた。


「ところで、クリスティンの絵は?」


「今、仕上げに入ってる。姉貴ともめてたから時間ギリギリなんだよ」


 そう告げてフェリクスはため息をついた。


「フェリクス君! お待たせしました!」


 と、そんな話をしていたらクリスティンが駆け寄ってきた。


「おう。できたのか?」


「完璧、とは言いませんが、人にお見せして恥ずかしい品ではありません。足を引っ張ることはないと思います」


 フェリクスが尋ね、クリスティンが笑顔でそう返した。


「これもフェリクス君にいろいろ教わったおかげですよ。そ、その、ありがとうございましたです」


「力になれたならなによりだ」


 クリスティンはテレテレしていた。


「んじゃ、審査委員会に見せに行こうか」


「そうしよう」


 クラリッサたちはフェリクスとクリスティンと合流し、審査委員会へ。


「はい。今回の成果」


「うむ。確かに受け取ったよ」


 審査委員会では審査委員長の美術教師が絵を受け取っていった。


 ちなみに、今回の美術教師はクラリッサやウィレミナの作品を個性的と評した人物ではなく、高等部の美術教師だ。なのでどんな判断が下されるのかは分からない。


「しかし、ジョン王太子たちはまだかね」


「勝負が怖くなって逃げだしたんじゃないかな」


 美術教師が懐中時計を見て告げるのにクラリッサが肩をすくめた。


「遅くなったね!」


 そこでジョン王太子の登場だ。


「あれ? 逃げたんじゃないの?」


「人聞きの悪いことを言わないでもらおうか。私は勝負するときは勝負する男なのだ」


 そう告げてジョン王太子は絵を美術教師に差し出した。


「よろしくお願いします」


「うむ。フィオナ嬢、ヘザー嬢、トゥルーデ嬢は?」


「彼女たちもすぐに来ます」


 ジョン王太子が告げたように後からトトトとフィオナたちがやってきた。


「遅くなりました!」


「いや。時間丁度だ。それでは審査を始めるとしよう」


 審査員は美術部員4名と美術教師の計5名。それぞれが10点満点までの採点を行い、特定の作品だけではなく、全体の絵を見て点数を出す。クラリッサが上手でも他がダメだと得点はがっくりと落ちてしまうわけだ。


 さて、審査の結果は?


「うーむ。なかなかの出来ですね」


「悪くないです。きわめて写実的で写生大会の主題に沿っている」


 美術部員たちはそんなことを告げながらそれぞれの作品の出来を見る。


「……これは」


「こ、個性的ではあるし、シュルレアリスムってこんな感じじゃないですか?」


 何やらもめている作品が。


「悪くない」


 そして、美術教師がそう告げる。


「風景を写し取ることは誰にでもできるが、それがどのような見え方をしているのかを探るのが美術だ。よって、この作品は素晴らしいものである」


「あ、はい」


 問題になったのは誰の作品なのか……。


「これもそうですよね?」


「これはへたくそなだけだ。イメージを写し取ったものではない」


 恐る恐ると美術部員が1枚の絵を見せたが、美術教師が吐き捨てた。


「では、そろそろ採点の結果をお願いしますっ!」


 そこで進行役のウィレミナがそう告げた。


「まずはクラリッサチームから!」


 ウィレミナがそう告げて、一斉に札が上がる。


「10点、8点、9点、9点、5点! 計41点!」


 最低点を出したのは美術教師だ。


「では、それぞれの作品についてコメントをお願いします」


「どれも絵としてはよくできている。特にクラリッサ嬢とフェリクス君のは完全に現実を写し取っている。だが、そこまでだ。訴えかけるものがない。情熱がない。自然の力を感じない。もっと感性を磨き、自然から物事を学び取る努力をしたまえ」


 美術教師はそう告げて、他にコメントはないというように黙り込んだ。


「え、えっと。ありがとうございました。それではジョン王太子チームの採点を!」


 ウィレミナがそう告げて、一斉に札が上がる。


「6点、6点、8点、8点、8点! 計36点!」


 今度は美術教師の評価が高い。


「それではそれぞれの作品についてコメントをお願いします」


「このフィオナ嬢の木漏れ日を強調した作品は素晴らしい。自然の息遣いを感じる。メッセージ性としては自然の中に一筋の光が差す、すなわち現代社会には自然を顧みるべきときが来ているということを意味しているのだろう。なんにせよ、これは素晴らしい」


 美術教師大絶賛のフィオナの作品がそろそろと上げられる。


 ……カオスだった。


 線が真っすぐ引けないのではないかと思うぐらいぐねぐねの線をしており、色はハチャメチャで確かに木漏れ日だけはしっかりと描かれていた。しかし、その木漏れ日たるや核爆発でも起きたのかと思うほどの強烈な閃光だった。


 これが美術教師から高い評価を受けていることにクラリッサたち全員が首を傾げた。


「逆に減点の原因は?」


「言いたくはないがジョン王太子の作品だ。これは酷い。初等部の生徒ですらもっとましな絵を描くだろう。何が描いてあるのかも理解できないし、理解しようとする気力すら失われる。ここまで酷い作品を高等部の生徒が描いたなど!」


 やれやれという具合に美術教師は語る。


 そこでそろそろとジョン王太子の作品が上げられる。


 ……これは酷い。


 事前の自信はなんだったのかと問いただしたくなるようなうえうえぐにゃぐにゃへにょへにょの木々と何を見て色を塗ったのかな? と言いたくなる色使い。だが、フィオナの作品と違うのは木漏れ日がないことぐらいである。


「えー。では、この勝負41点対36点でクラリッサチームの勝利です!」


「わー!」


 ウィレミナの宣言にサンドラたちが完成を上げた。


「くっ……。あと4点でびったりだったのに……」


「クラリッサちゃん?」


 クラリッサは予想を外したことを嘆いていた。ここは素直に喜ぼう。


「しかし、フィオナさんとジョン王太子の作品だけピックアップされてたけど、ヘザーさんとトゥルーデさんはどんな絵を描いたの?」


「私のはこれですよう」


 サンドラが尋ねると、ヘザーが自分の作品を見せた。


「……なにこれ?」


「カップル使用後の樫の木ですよう」


「使用後……?」


 ヘザーの作品は確かに上手だったのだが、首輪など写ってはいけないものが写っている。この作品を見て美術教師と美術部員たちは何を思ったのだろうか……。


「トゥルーデさんは……フェリクス君だね」


「そうよ! 描くならフェリちゃんしかないじゃない! フェリちゃんこそ至高よ!」


 トゥルーデの絵はフェリクスを描いたものだった。


 スターリン的修正かどうかは知らないが、フェリクスの隣にいたはずのクリスティンは姿が消されている。どうあっても他の女性とフェリクスを一緒にしたくないようだ。


「さて、勝敗が付いたね。私の勝ちだよ、ジョン王太子。賞金として500万ドゥカート支払ってもらおうか」


「おいいっ!? そんな約束はしてなかっただろ!?」


「そうだよ。今決めたもん。私が勝ったら賞金を請求する。負けたら精神的ショックに対する慰謝料を請求する」


「どうあっても私がお金を払うことになるじゃないか!」


 クラリッサの言っていることはもはや滅茶苦茶であった。


「クラリッサちゃん。ジョン王太子をいじめたらダメだぜ?」


「いじめてないよ。勝者の特権を行使しているだけ」


「勝者の特権って」


 何故クラリッサがジョン王太子から金をせしめようとしているかというと、予想を外して、賞金がもらえなくなったからである。


 そう、賞金がもらえるのは±2点までという基準があるのだ。


 ピッタリ賞には満額、惜しかった人には半額ということになっている。


 というわけで、クラリッサは賞金が得られないのだ。


「クラリッサさん。事前に決めていないことを言い出すのはダメですよ」


「それじゃあ勝った意味がないじゃん」


「勝利したということは思い出になります」


「思い出は金にならない」


「うがーっ! 思い出を金にしようとするなー!」


 クラリッサが吐き捨て、クリスティンが唸る。


「クリスティンはいいよね。フェリクスといちゃいちゃできたんだから」


「う……。べ、別に、いちゃいちゃしていたわけではなく、ただフェリクス君に写生のコツを教わっていただけです。勘違いしないでください」


「フェリクスー。クリスティンがフェリクスのことどうでもいいってー」


「うがーっ! そんなことは言ってないだろー!」


 クラリッサがフェリクスに向けてでたらめを告げ、怒ったクリスティンがゆさゆさとクラリッサをゆすった。


「なんだ。やっぱりいちゃいちゃしてたんじゃん」


「してない!」


 クリスティン、時には認めることも必要だぞ。


「クラリッサ。今回は別に勝たなくても問題はないぞ」


「どして?」


「まず、俺たちの得点を当てられた人間がいないはずだ。いたとしても微妙にずれているだろう。ならば、残った賭け金は?」


「私たちの物というわけだね」


「その通り」


 クラリッサとフェリクスがにやりと笑った。


「よし。ジョン王太子。今回の勝負は私たちの勝ちだ。その勝利を知らしめるために、作品展示を行うよ。覚悟はいいね?」


「どうとでもしてくれたまえ……」


 ジョン王太子はすっかり牙を抜かれてしまった。


「さてと、ではまずは金勘定、金勘定」


 この後、クラリッサたちの作品が展示されたが、ジョン王太子にとっては晒し首にされたも同然の状況であった。どの生徒も『これはない』と言っていたぞ。


 頑張れ、ジョン王太子。いつか美術の才能を発露するんだ。


……………………

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