娘は写生をしたい
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──娘は写生をしたい
クラリッサとジョン王太子の勝負は新聞部によって宣伝された。
マラソン大会が中止になって、今回は賭けができないなと思っていた王立ティアマト学園の生徒たちに、今回の勝負は賭けの対象にできるということが知らされたのだ。
と、同時に、ブックメーカーの方からも発表があった。
今回のゲームの賭け方についてだ。
今回のゲームは賭け方が一風変わっていた。
「お互いの得点を予想するのか」
「ただ、どちらかに賭けるのではなく、得点の予想と来たか」
そうである。
今回のゲームではクラリッサ陣営が何点、ジョン王太子陣営が何点かの得点を予想するタイプの賭けが行われることになっている。
これによって賭けはより難しくなり、ギャンブラーたちが意欲を燃やす。
「やっぱりいかがわしいことに使うんじゃん……」
「いかがわしくはないよ。健全な経済活動だよ」
サンドラが渋い顔をするが、クラリッサは平然と言い切った。
しかし、クラリッサ。ギャンブルは健全な経済活動とは言い難いぞ。
「審査員は5名。美術部員と美術教師。それぞれが10点満点までの評価を下せる。となると、私たちは何点くらいかな?」
「うーん。50点満点でしょ? 35点くらいじゃない?」
「サンドラは自分を卑下し過ぎだよ。ここは45点はもらえると見たね」
「クラリッサちゃんは自分を過大評価しすぎだよ」
クラリッサの自信は謎であった。
「というわけで、私は45点に賭けるよ。ジョン王太子たちは25点かな?」
「クラリッサちゃん?」
今回のゲームでは得点ぴったりでなくとも、近ければある程度の賞金が出るタイプの賭けである。全員が外すと、賞金はブックメーカーの手元に残る。
しかし、それにしてもクラリッサはジョン王太子たちを舐めまくっている。
「ジョン王太子なんてクソ雑魚かたつむりの観光客だし、これぐらい点数が取れればいい方でしょ。フィオナが点を稼ぐかもしれないけれど、それを考慮してもこの得点だよ。ジョン王太子が足を引っ張ることは間違いないからね」
「そうかなー?」
クラリッサの油断し過ぎな判断にサンドラは首を傾げた。
「そもそもジョン王太子は誰を誘ったの?」
「……? ジョン王太子は友達いないからフィオナぐらいじゃない?」
「クラリッサちゃん。ジョン王太子には普通に友達いるからね?」
もはやメンバーすら揃わぬと思っていたクラリッサであった。
「クラリッサ嬢!」
そんなことを話していたときに話題の当事者であるジョン王太子がやってきた。
「点数を予想する賭けとは随分とまた胴元が儲かりそうな賭けにしたね……」
「それほどでも」
「褒めてはいないよ」
テレテレしだしたクラリッサにジョン王太子が突っ込んだ。
「ところで君の方はチーム、集まったの?」
「もちろんだとも。まずはフィオナ嬢」
フィオナはちょっと心配だけれど妥当な線だなとクラリッサは考えた。
「次にヘザー嬢」
「……あの子にしたの?」
「うむ。絵が上手いと評判だったからね」
果たしてヘザーはよそ様にお見せしてもいい全年齢向けの絵が描けるのだろうかとクラリッサは疑問に思った。
「最後にトゥルーデ嬢」
「トゥルーデ?」
意外な人物の名が挙がり、クラリッサが首を傾げる。
「う、うむ。最初は加わってもらうつもりはなかったのだが、君のチームにフェリクス君が加わったと知って、是非とも自分もゲームに加えてくれと押されてしまってね。それに彼女は絵にも精通しているらしいから期待できるだろう!」
トゥルーデはただフェリクスがいるからゲームに加わりたかっただけでは、とクラリッサは疑問を感じた。
「以上が私のチームだ! 君のチームに勝ってみせるぞ」
「やっぱり15点くらいにしておこうか」
「クラリッサ嬢?」
ヘザーとトゥルーデが加わった時点でクラリッサはジョン王太子が勝つことはないだろうと判断したぞ。
「君のチームこそどうなのかね!」
「クリスティン、フェリクス、サンドラ」
「むぐ。意外にできる面子を揃えたね……」
フェリクスが絵が上手なのはジョン王太子も知っているのだ。
「だが、だがだ! 実際に戦ってみなければ分からない! いざ勝負だ!」
「おうともよ」
ジョン王太子が宣言し、クラリッサはサムズアップして返した。
いよいよ明日は写生大会。
勝つのはクラリッサチームかジョン王太子チームか。
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いよいよ写生大会当日。
クラリッサは学園に指定された場所の中でどこが写生に向いているかを調べていた。
「ねえ、フェリクス。どういう地形が描きやすくて、同時に見た目が映えるかな?」
「凄い無茶苦茶な条件だしてきたな……。描きやすいのはあまり描かなければならないものが少ない場所だ。グラウンドとかな。だが、それだと見栄えがしない。見栄えを求めるなら、草木が多少なりと生い茂っている場所がいいだろ」
「なるほど。流石はフェリクス。で、具体的には?」
「学園裏の植物園を遠景にほかして入れて、それから学園裏のヒナゲシの花畑を隅に入れておくといいだろ。後は何もない光景を描くだけだ」
「グッドアイディア」
流石は絵については才能のあるフェリクスなだけあって、画面構成まできっちりしている。クラリッサは全く考えていなかったぞ。
「後は虐殺される農民を入れるかだけだね」
「……虐殺される農民がどこにいるんだ?」
「私の心の中に」
そんな物騒なものを心の中に入れておくんじゃありません。
「写生大会なんだから見たままを描け、見たままを」
「ぶー……」
これは先が思いやられそうだ。
「フェリクス君はどこで写生をするのですか?」
「俺は中庭の噴水に挑もうかと思う。見栄えはいいし、水音を聞きながら絵を描くってもの乙なもんだろ?」
「へ、へえ。偶然ですね。私もそこにしようかと思っていたところです」
「動く水を描くのは大変だぞ?」
「大丈夫です。美術にはそれなりに自信があります」
クリスティンはフェリクスの隣ならどこでもよかったのだ。
「サンドラはどうする?」
「んー。私もクラリッサちゃんと同じ場所にしようかな。角度は変えて」
「オーケー。それぞれ役割分担が決まったね」
クラリッサはそう告げ、サンドラたちを見渡す。
「なんとしても勝つよ」
「おー!」
というわけで、クラリッサたちの写生大会はいよいよ始まった。
さて、この写生大会。学園の許可を得ている範囲なら学園の外で写生をしてもよいということになっている。ジョン王太子たちが向かったのは学園傍の公園であった。
「うむ。いいインスピレーションが得られそうな場所だね」
「いかがわしいことしているカップルはいないですかあ?」
「ヘザー嬢」
ヘザーは絵が上手いということでジョン王太子にスカウトされたが、ジョン王太子は彼女が描いている絵の中身をチェックするのを忘れていた。それはもうお外には出せないような官能的な絵ばかりだったと気づいたときには遅かった。
「いいかい。ヘザー嬢。写生大会ではアルビオン王国の自然に触れ、心を豊かにし、感性を磨くことが目的とされているんだよ。だから、自然を描くんだ。自然を」
「雄と雌が交わるのも自然ですよう」
「求められているのはそういう自然ではないんだ!」
ジョン王太子チーム。早速仲間割れか。
「まあまあ、ヘザーさん。今日は木々の美しさなどに目を向けましょう。この樫の木など創作意欲をそそりませんか?」
「そうですね。ここでいけないプレイをしているカップルもいたかと思うと。ふへっ」
「ヘザーさん……?」
ヘザーはにたにたした笑みで樫の木を眺めていた。
「フェリちゃん! フェリちゃんはどこにいるの!? フェリちゃんと同じ絵が描きたかったのに! これじゃ、描けないわ! 問題よ!」
「ト、トゥルーデ嬢。フェリクス君とは別チームだからね。彼らとは違ったテーマになると思うよ。だが、それでも作品発表の時は同じだ」
「やだー! フェリちゃんと同じものが描きたいー!」
ジョン王太子のチームは始まって早々に解散寸前だ!
「分かった、分かった。それぞれ好きな場所で描いてくれたまえ」
「フェリちゃんを探してくるわ!」
トゥルーデは凄い勢いでいなくなった。
「ヘザー嬢はどうするかね?」
「私はここでいいですよう。このカップルが野外でいけないことをした場所で……」
「ヘザー嬢。あまり問題になるような絵を描かないようにね……」
ヘザーを前にはジョン王太子もあきらめ気味だ。
「フィオナ嬢はここでいいだろうか?」
「はい、殿下。一緒に素敵な絵を描きましょう」
「そうだね!」
フィオナと一緒というだけで大抵の問題は無視できるジョン王太子である。
幸せな脳みそだね!
さてさて、それぞれ写生する対象が決まったところで写生開始だ。
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「むう。この角度かな」
「クラリッサちゃん。それっぽいことしているけど、それだと地面と青空しか描けないよ。分かってる?」
クラリッサは画家になった気分で指で四角を作り、風景を切り取っていたが、サンドラが突っ込んだようにその角度では青い空とちょっと芝生の茂った地面しか描けない。
「フェリクス君も言ってたでしょ。植物園を背景に入れて、ヒナゲシの花畑を隅に収めるって。言われたとおりにしておこう?」
「いや。ここは個性を出すべきだよ」
「青空と地面だけでは個性も何もありません」
クラリッサはなかなか人に言われたとおりにしないのだ。
「サンドラはもう決めたの?」
「うん。植物園を背景に、あの大きなオークの木をメインにしようと思う」
「ふむふむ。面倒くさそうだね」
「そういうこと言わない」
クラリッサは良くも悪くも正直である。
「私はフェリクスに言われたとおりにするよ。さっさと描き始めないと時間切れになっちゃうしね。ちゃんとした完成品をお出ししたい」
クラリッサはそう告げて改めて描く範囲を決めると、腰を下ろしてカリカリと鉛筆でスケッチを始めた。
クラリッサはなんだかんだで美術の才能があるようであり、美術史などはさっぱりであったものの、精巧なスケッチが描きあげられていく。途中で虐殺される農民を挟み込みたくはなったものの、それを押さえて、絵を完成に近づける。
それから翌日の11月3日もスケッチに勤しみ、次は色を塗る。
色使いも文句なしだ。青々とした青空を完全に描き切り、緑の枯れた木々を描き、その画面に華を添えるヒナゲシの花を描いていく。それによって画面はにぎやかになり、スケッチは完璧な風景画となった。
「出来上がり」
11月4日の午前中にクラリッサは絵を描き終えた。
締め切り時間までは残り30分だ。
「サンドラ。描けた?」
「描けたけど、うーん……」
サンドラが唸りながら自分の書いた風景画を見せる。
「よくできてるじゃん。何か不満なの?」
「できてるかな? あんまり自信なかったんだ」
「できてる、できてる。これで高得点は固いよ」
サンドラのスケッチは少し色使いに迷いが見られるものの、全体の出来としてはなかなかのものであった。風景も歪まずに、見たままに描かれている。
「さて、そろそろ締め切りだ。行こう」
「そだね」
というわけで、クラリッサたちは今回のゲームの勝敗を決定する審査委員会に絵を運びに行ったのであった。
他の生徒たちはどんな絵を描いたのだろうか?
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