娘は写生大会に臨みたい
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──娘は写生大会に臨みたい
夏休みが終わり、クラリッサはお土産を配って回り、そして新学期が始まった。
今年も水泳大会でブックメーカーが賭けを行い、クラリッサたちはなかなかの利益を計上したと同時に、水泳部の予算をブックメーカーの収益で増強した。水泳部員たちにはゲームを盛り上げてもらったし、クラリッサは部活動の予算増強を掲げて当選しているので、公約を果たす形となったところだ。
そして、次はマラソン大会のゲームで陸上部の予算をぐーんと伸ばそうと思っていたところだった。既にウィレミナとの密約で、陸上部の予算は増額されているが、そこにさらに予算を増やそうと思っていた。
というのも、陸上部は王立ティアマト学園で唯一と言っていいほど安定した成績を維持している部活動なのだ。他の部は予算不足、指導員不足、部員不足などの様々な問題を抱えており、真っ当に機能している部活は陸上部と他僅かという具合である。
当然ながら魔術部も高等部での活動はいまいちだった。
だが、そのような思惑でクラリッサが生徒会長として準備を始めようとした矢先、思わぬ知らせがクラリッサに届いた。
「は? 写生大会?」
「そう、今年はマラソン大会の代わりに写生大会をするそうだ」
クラリッサがぽかんとした顔をして、ジョン王太子が教師から渡されたプリントをクラリッサに手渡した。
「王立ティアマト学園写生大会。11月2日から11月4日まで……。なにがどうしてこうなった? マラソン大会は?」
クラリッサは困惑しっぱなしでジョン王太子に尋ねる。
「今年からマラソン大会と写生大会を交互に行うことになったそうだ。なんでも、貴族としてアルビオン王国の自然の風景に慣れ親しみ、豊かな感性を養うためらしい」
「表向きの理由はどうでもいいよ。実際のところはどうなの?」
「その、文化系の部活動から自分たちの予算も増やしてほしいとして写生大会が提案されたそうだ。美術部も頑張っていることだし、ここはひとつ写生大会を頑張ってみないかね? マラソン大会もいいが、写生大会も盛り上がる行事だろう?」
クラリッサがずいと尋ね、ジョン王太子がそう返す。
「よくない。うちの美術部ってほとんど活動実績がないじゃん」
そうである。
王立ティアマト学園の美術部は大会で入選したということもなく、そこまで実績のある部活動ではなかった。クラリッサも公約に従ってそれなりに部費は増やしたものの、これ以上部費を上げることは考えていなかった。
「そもそも写生大会はゲームとして地味だ」
「地味だって。そもそも学校行事はゲームではないのだよ」
「私にとってはゲームだ」
クラリッサにかかれば体育祭も水泳大会もマラソン大会も全てゲーム。そして、ゲームとはお金を稼ぐための絶好の機会である。
だが、写生大会は3日間開催の割に勝負の状況が見えにくく、ゲームとして盛り上がりに欠ける。そもそもどのような作品が賞に選ばれるかについては、クラリッサたちには知る由もないのである。
「文句は聞かないよ。決まったことだ。今年は写生大会。その準備のために動こう」
「やる気しない」
「君は生徒会長だろ?」
「生徒会長でもお金は大事」
「君という奴は!」
クラリッサはぐんにゃりとテーブルの上に伸びた。
「はあ。せっかく今回も荒稼ぎするつもりだったのに。写生大会なんてそもそもなにするのさ。景色を描くの?」
「うむ。そうだね。王立ティアマト学園では音楽教育に重点が置かれているが、美術についても教養を得ておくべしという考えでね。このアルビオン王国の自然は豊かだ。その自然の豊かさに触れ、さらには美術の技能に触れられればと」
「はー。そんなくだらないことのために私のマラソン大会は……」
「くだらないといかいうんじゃないよ、クラリッサ嬢!」
クラリッサは再びテーブルの上にぐんにゃりした。
「うー。写生大会もなんとかしてビジネスの機会にしたい。とは言えど、わが校の美術に関する技能は底辺に近い。これでは白熱した勝負は望めない」
「君はなあ……。底辺に近いとかいうものじゃないよ」
「ジョン王太子はこの学校の作品展示、見た?」
クラリッサにそう問われて、ジョン王太子はそっと視線を逸らした。
ジョン王太子も中等部2年、中等部3年の美術選択者の作品展示を見ている。
その恐るべきまでの個性豊か──で、あたかも地獄のような作品群に意識を失いそうになったほどだ。相変わらず美術についてはこの学校はカオスであった。
「よし。では、私と勝負するというのはどうだね。君とならいい勝負になりそうじゃないか。君もそれなら納得するだろう?」
「私、絵についてはめっちゃ上手いよ? ジョン王太子は絵を描いたことあるの?」
「あるに決まっているだろう。この世の中にこの年になるまで絵を描いたことのない人間などいるはずがないじゃないか」
「描いたことはあるけど、腕前は?」
「なかなかだ」
ジョン王太子は自信満々だった。
「けどなあ、絵の採点って見る人次第だし、客観的な評価ってのが得られないんだよね。クソ下手な絵でも個性的だとか、インパクトがあるとかいって高額でやり取りされる世界だし。その点を解決しないと勝負にはならないね」
「ううむ。確かに。何せ、アルフィのごとき粘土細工が高評価されるのだからね」
「おい。人の使い魔を失敗した作品のように語るのはやめてもらおうか」
ウィレミナは中等部3年でもブルーをモチーフに作品を作ったが、正直なところ、アルフィと見分けが付かない感じであった。
「そうだ。大会の審査員とは別に審査員を配置してみてはどうかね? 生徒会や美術部から人選をして、5、6名ほどの審査員を揃え、独自に審査をするというのは?」
「ふむ。あの美術教師に任せるよりはよさそうだ」
あの美術教師はクラリッサの農民を虐殺する絵を素晴らしいといったりする人である。彼の感性は狂っているとしか思えない。
「でも、君と私だけの勝負じゃ盛り上がらないからチームを組もう。合計点によって勝敗を決める。それならある程度はもりあがるんじゃないかな」
「構わないよ。では、チームを組むとしよう」
クラリッサ対ジョン王太子ではゲームも盛り上がりに欠ける。
ここはもっと大規模にやらなければ。
「それでは私はフィオナを──」
「いや。フィオナ嬢は私が──」
クラリッサたちによるチーム分けが早速始まったときだった。
「ちーす。クラリッサちゃんとジョン王太子、何してるの?」
ウィレミナがやってきた。
「今度のマラソン大会が写生大会に変わった」
「げっ。せっかく陸上部が活躍できるチャンスだったのにー……」
クラリッサの知らせにウィレミナががっくりする。
「まあ、そう落ち込まない。代わりのゲームを準備したから。写生大会で私とジョン王太子の率いるチームが勝負するの。なかなかいいアイディアでしょ?」
「クラリッサちゃんとジョン王太子が?」
ウィレミナはそう告げてふたりを見た。
「はいはーい! なら、私はクラリッサちゃんのチームに──」
「いらない」
「……何故に」
「いらない」
ウィレミナの美術の成績は個性的と評価されているだけで、客観的に見たらどん底だぞ。チームに加わるとマイナスにしかならないぞ。
「ちぇっ。なら、ジョン王太子のチームに──」
「申し訳ないがウィレミナ嬢には審査員をお願いしたい」
ジョン王太子もノーサンキュー。
「ええー……。審査員する自信ないよ。審査員は美術部にやってもらいません?」
「そうだね。ウィレミナ嬢は公平な立場から審査員を選んでくれたまえ」
ジョン王太子は何が何でもウィレミナをチームには入れないぞという構えに出た。
「ぶー……。仕方ない。私は審査員選びをしよう」
どうにもチームに加えてもらえないということを理解したウィレミナは、渋々と審査員選びの側に入った。
「チームの人数は?」
「4名。それぐらいがちょうどいい」
「となると……」
「美術部員を誘うのは禁止だよ」
「分かっているよ」
ジョン王太子がなにやら人選について考え始める。
「遅くなりました」
「あら。もう皆さんお揃いだったのですか?」
そんなときにクリスティンとフィオナがやってきた。
「フィオナ。絵を描くの得意?」
「絵ですか? あまり経験はありませんが……」
早速クラリッサが尋ねるのに、フィオナが言葉を濁した。
「どうして絵の話をしているのです? マラソン大会の準備をするのでは?」
「マラソン大会は中止になったよ。代わりに写生大会が開かれる。その写生大会で私とジョン王太子が勝負するんだ」
クリスティンが怪訝そうな表情を浮かべるのに、クラリッサがそう告げた。
「そうなのですか。前々から体育会系の行事ばかり充実していてバランスが悪いとは思っていましたが。しかし、写生大会で勝負とは怪しからんですね……」
「いたって健全な勝負だよ」
嘘である。
クラリッサはこのことを賭け事に利用するつもりだ。
「クリスティンは絵、上手い?」
「そうですね。昔はよく動植物のスケッチなどしていましたが」
「クリスティンは私のチームに入ろう」
「強引ですね……」
この勝負、絵の経験者には片っ端から声をかけるしかない。
「私は純粋に美術において感性を磨くべきだと思うです」
「フェリクスも誘うつもりなんだけどな。フェリクスと同じチームなんだけどな」
「うぐっ……。し、仕方ないですね。今回だけですよ?」
「よしよし。フェリクスを誘いに行こう。それから誰か1名……」
クラリッサがフィオナを見る。
フィオナは一見してできる感じだが、どうにも経験はないらしい。あてにはできない。となると、フェリクス、クリスティンの他に誰か1名まともな感性を持っていて、技術もそれなりにある人物を選ばなければならない。
「フィオナ嬢は私のチームに加わってくれるかね?」
「はい。殿下。微力ながらお手伝いさせていただきます」
フィオナはジョン王太子に誘われて嬉しそうだ。
「クリスティン。絵の上手い人に心当たりある?」
「ええっと……。美術選択者の方ですか?」
「いや。美術選択者はもっともあてにならない人間だよ」
クラリッサ自身、美術選択者なのでよく分かる。
「そういえば、ヘザーさんが絵が上手いと聞きましたよ。しかしながら、なんでもいかがわしい絵を描いているそうですが」
「……ヘザーの趣味から中身は想像できる。却下」
ヘザーのいかがわしい絵と言われたら中身はお察しだ。
「サンドラさんはどうですか?」
「サンドラか。そういえば音楽に残ってたけど、初等部の時は絵が上手かったよね」
ここで名前が挙がったのがサンドラ。
サンドラは音楽選択者だが、少なくともウィレミナの粘土細工がおかしいことははっきりと理解できる感性の持ち主だったし、初等部の時の図工の授業ではそれなりの絵を描いていた記憶がある。
「では、サンドラを誘おう。レッツゴー!」
「写生大会も準備はしなければいけないのではないですか……?」
クリスティンは納得いかないものを感じながらも、クラリッサについていった。
そして、1年A組の教室。
「サンドラ。私たちのチームに入って」
「へ? 何の話なの?」
クラリッサ、説明しないと意味不明だぞ。
「今度のマラソン大会が中止になって写生大会になったんだ。それで写生大会を盛り上げるために私とジョン王太子の率いるチームで勝負をすることになったの。サンドラが加わってくれれば、心強いんだけど」
「うーん。私、そこまで絵、上手じゃないよ?」
「大丈夫。平均点の作品を描いてくれれば私がどうにかするから」
「凄い自信だ」
クラリッサは自信に満ちていた。
「なら、加わるけど、いかがわしいことには利用してないよね?」
「してないよ?」
嘘だぞ。賭けのネタにする気だぞ。
「後はフェリクスを誘わなきゃ」
「フェリクス君って絵、上手なの?」
「フェリクスは凄いよ。音楽選択者だけど、この間スケッチを見せてもらったら、本当に上手だった。流石は探検家を目指すだけはあるね」
科学者の中でも生物学者や医科学者などは標本をスケッチするのに絵の才能が発達することがある。それは将来の夢が探検家というフェリクスにも当てはまり、彼のロンディニウムの風景をスケッチした絵はとても精密なものであった。
「ヘイ、フェリクス。私たちのチームに入ってよ」
「は?」
だから、まずは説明しようクラリッサ。
クラリッサはフェリクスにマラソン大会の代わりに写生大会が実行され、そこでクラリッサとジョン王太子が勝負することを説明した。
「だる……。そういう勝負は興味ない」
「これも賭けの種になるよ?」
「む。そういうのならば」
フェリクスは嫌そうな表情を浮かべていたが、クラリッサがこっそり囁いただけで、くるりと態度が変わった。
「しかし、これだけの人数で盛り上がるのか?」
「大丈夫。ゲームは盛り上げていくものさ」
心配するフェリクスにクラリッサがブイッとVサインを送った。
果たしてクラリッサはどうやってゲームを盛り上げるつもりなのだろうか?
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